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第二話 日常からの

 



 その日は学校が終わったらまっすぐ道場に来るように言われていた。


 朝、出掛けに「絶対に顔を出すんじゃぞ!」と、ジイちゃんに念を押されたが、そもそも行動の選択権が与えられていない。

 言われなくても毎日行ってるじゃないかと言いそうになったが余計なことは言わないに限る。

 下手な反論をすると、これは死ぬ絶対に死ぬ、いや死んだほうがマシだ! というかコレ殺しにきてるよね? と思うような稽古内容に変わるからだ。

 ふはーっはっはっはー! と、どこのラスボスですか? と言いたくなるような笑い方で苛烈な攻撃を繰り出し、肉体的にも精神的にも追い詰めてくる。

 それが分かってるので抗議しようなんて気はさらさら起きない。


 小高い山の中腹ににあるその建物は、大きな木に囲まれて麓からはほとんど見えない。

 そこにうちの道場があるというのを知っていても、なかなか見つけられないだろうという立地だ。

 オレとジイちゃんの専用稽古場のようなものなので滅多に他人が訪れる事はないから、そこはなんの支障もないが。

 道場とうたってはいるが門下生は一人もいない。

 かといって募集をしているわけでもない。だが誰にも全く知られていないという訳でもない。少しおかしな感じの道場である。

 時折、外部の人間、それもかなり遠方から態々訪ねて来たりもするのだが、オレが学校にいる時間に訪れる事が多いので、ほとんど顔を合わせる事はない。

 

 道場の話は今はいいか。

 その学校だが、オレにとっては唯一ほっとできる心のオアシスだ。

 もの心ついた時には既に朝と夕方、そして時々深夜までの稽古が当たり前で、それ自体は苦に感じた事はない。

 感じた事はないが、やっぱりそればかりだと味気ないと思うのは避けられないわけで。

 学生生活に多少の安らぎを求めてもバチは当たらないだろう。


 オレの住んでいる所はギリギリど田舎から足抜け出来るかどうか、くらいの田舎。

 通っている高校も毎日稽古の時間を削らずに通えるという理由で勧められた学校である。

 勧められたというか……

 何かしらの強制力が働いた結果なのだが正直思い出したくない。

 というより微妙に記憶が飛んでたりするから説明するのが難しい。

 ……オレにいったい何があったんだ。


 高校の校長とジイちゃんが昔からの知り合いだったのいうのも無関係じゃないだろう。

 まさかと思うが裏口か? 裏口なのか?


 自宅から徒歩でおよそ三十分弱の距離にあるその高校は(ちなみにうちから道場までは歩いて五分)田舎にあるにも関わらず、ガラの悪い輩がいない。

 田舎の学校だからってガラの悪いヤツが多いってのも偏見に近いかもしれないが、一般的な高校で全くいないというのも珍しいんじゃないだろうか。

 相対的に見てとかじゃない。平均して皆悪いから気が付いていないだけとか、そういう事じゃないから。

 そいう点では、ある意味、特殊な学校と言えなくもない。


 しかしまあ、おかげで無駄に絡まれることがなくていい。

 自覚はないが、どうやらオレの目つきはちょっと悪いというかキツいというか。

 そんな感じらしいのだ。

 面倒事に巻き込まれる事がないのは日常生活を送る上で重要なのは言うまでもないだろう。

 いやまあ、はっきり人相が悪いって言ってくれれば、それはそれで諦めもつくんだ。

 そんな遠回しな思いやりは、オレじゃなかったら逆に傷ついているかもしれない。

 

 話が逸れた。詰まるところ居心地がいいのだ。

 他にも可愛い子が多いとか、周りには気のいい奴らばかりとか、環境には非常に恵まれたと言える。

 半ば強制的に決められてしまった進路だったが3年になった今では感謝してもいいと思える程である。

 ジイちゃん達には口が裂けても、そんな事を言うつもりはないが。

 なんか負けたようでしゃくだから。

 

 先程挙げた可愛い子率が高いというのは学生生活において、オレだけに限らず一般男子高校生にとっても非常に重要な要素だろう。

 田舎の閉鎖性とでもいうのか、小、中学校と一緒だったヤツらが半数以上なのだが、それまでも多いと思っていた可愛い子の人数が高校に入ってさらに増えたのにはビックリした。

 ほんとになんでだ? 変な書類審査してるんじゃあるまいな。


 授業中も精神的に癒してくれることは多い。

 オレにとって重要な要素がここに集約されている。

 体育の授業などは特にだ。

 様々なタイプの可愛い子がきゃっきゃウフフとしてる姿を見ているのはそれだけで和む。

 十分以上に目の保養になるのだ。

 何よりピッタリ目のジャージを着た時に顕わになる、お尻のラインからは目が離せない。離す必要が感じられない。


 そしてここで苦心の末に編み出した技が活躍する。

 視線を正面から動かさずに視界で全体を捕らえつつ意識を見たい部分に集中することで、視線を悟られずに見たいものを見る、という人知を超えた荒業だ。

 その技を使い下着のラインに装飾された造形美を心行くまで堪能する。

 何故これが癒しになるか今は置いておくが、体育の授業はオレにとって、この上ない至福の時間なのである。

 

 しかし、もうじき高校最後の夏休み。その休みの間は当然体育の授業がない。普段体育がない日でさえ切ないのに長期間体育の授業がないのは涙が出るほど切ない。


 基本、休日や長期の休みは稽古漬けになるので精神的にホッとできる学校での時間のみ。オレにとっては非常に大切な時間だ。

 終業式が近づいてくると毎回ちょっとアンニュイな気分になってしまう。

 まあ長期休暇の前でなくても毎日の帰宅時には、後ろ髪が根こそぎ抜けそうなほどに引かれる。


 放課後はほとんどの生徒が部活に、その青い春を捧げている。

 ど田舎の高校で、それほど生徒数の多くないのに運動系がなかなか強いらしい。

 オレはというと、みんな頑張ってるな~と校庭で練習している運動部を横目に見ながら帰宅の徒につくのだ。


 運動部かー、ちょっと羨ましいな。

 などと考えながら校門を出る辺りまで来ると、決まって声をかけてくるヤツがいる。


「――スミちゃん!」


「なずな」


 小走りで後ろから声をかけてきたのは隣に住んでいる同い年の女の子で、宮入みやいりなずな。

 男子からは『小さいのにデカい』と密かに言われていたりする。

 あと幼馴染ってカテゴリーになるのか? 一番古い記憶には既になずながいた。

 隣といっても二百メートル以上離れてる。田舎の隣家としては、これでも近いほうだ。


 そんな、なずなも部活には参加せずオレと同じ帰宅部。

 家の仕事の手伝いとかなんとかで授業が終わると大抵は即下校だ。どういう手伝いかは前に聞いたことがある気がするんだけど。

 あー……、ダメだ思い出せない。正確には手伝いの内容から仕事が推測出来ない、であるのだが。


 それはともかく。同じ帰宅部でお隣さんとなれば当然一緒に帰ることも多くなるわけで。

 オレは稽古の延長って訳でもないが、なんとなく自転車は使わずに徒歩での通学。

 なずなも運動不足解消の為などと言って時折、徒歩通学をしている。


「一緒にいい?」


「また荷物持ちが必要か?」


 満面の笑みのなずなに、ちょっとだけ予想を先回りして尋ねる。


「ううん、今日は何にも頼まれてないから大丈夫」


 それを聞いて安心した。なずなの買い物に付き合うと尋常じゃない量の荷物を持たされるから結構大変なんだ。こんなの何に使うんだという物が割と多い。というかこんな物売ってるんだ、という店を巡るから時々驚く。


 そんなやり取りもいつも通り。その後も何気ない会話をしながらの帰宅。

 屈託のない笑顔で楽しそうにしているなずなを見ると自然と和む。

 同時に最近のなずなを見ていると特に思う。よーく育ったなあ、と。

 いやホントに。

 彼女の身長は156センチとそれほど大きくない。どちらかと言えば小柄だ。

 だが大きいのだ。

 何が?



 胸が。

 

 『小さいのにデカい』

 いや、人間としての器が大きいという意味もあるらしいのだが。 


 腰まわりが細いこともあってか余計に胸が大きく見える。

 中学の頃まではそれ程目立たなかったソレが、高校に入ってから倍々でバインバインと育ったようだ。

 顔立ちが丸顔系タレ目の童顔で美少女とくれば、そのギャップで、とんでもない破壊力らしい。

 らしい、とはオレ以外の男子一同の一致した見解を最近までオレが知らなかったからだ。


 曰く「あれは法律で認められてるの?」とか「どこからどう見ても兵器だろう」とか。


 または「不可避の視線誘導装置」や「星人の故郷」なんてのも。


「殺しにきてるよな。理性を」


「伊澄、爆発しろ」


 女の子の胸に対しての言い草としてはどうかと思うが、最上級のほめ言葉のようだ。

 快活な人柄と合わせて、その攻撃力にやられてしまったヤツは少なくない。

 客観的に見てエロボディなのは否定出来ないのは分かるが。

 要するに、なずなは人気があるという事だ。

 でも、なずなの魅力はそこじゃないんだよ。っていうか誰だ、爆発しろとか言ったのは。


「今、変なこと考えてなかった?」


「いや?」


「ウソだねー。スミちゃんが変なこと考えてる時って不自然なくらい無表情になるもん。正直に言いなさい」


 よく見てるなと感心しつつ、隠す必要もないので正直に答える。


「ん~? や、でかくなったな、と」

 

 少し視線をさげてまた戻すと半眼でこちらを見ているなずなと目が合う。


「やっぱり変なこと考えてた。でもスミちゃんって胸に興味あったっけ? いままで会話したりしてて胸を見られた事ない気がするよ? 他の男子は必ず胸に視線がくるけど」


「そういうのって分かるもん?」


「そりゃわかるよー、男の子たちはバレてないって思ってるみたいだけど」


 クスクスと笑いながら「男ってしょうが無い生きものだよね」みたいな感じで回答が返ってきた。

 これはアレか、禿げた人がコンマ何秒かのおでこへの視線の移動に必ず気づくのと一緒のアレか。


「スミちゃんが胸に興味があるとは思わなかったよ。てっきりお尻が好きなんだと思ってた」


 ブフォーッ!!


 ペットボトルのお茶が見事な霧に……。

 あ、虹だ。

 そんな演出いらねえよ!

 心構えもなしに心臓思いっきり殴られた! キュってなった! キューってなった!


「なな、何のことだ?」


「あはははっ、あせってるあせってる! 体育の時によく変な技使って女の子達のお尻とか観察してるでしょ? まあ他の女の子達は気がついてないみたいだけどねー。でも、あれすごいよね! 視界の拡散と意識の集中って言うか、そんな感じで全体を見てるんでしょ? 今は目が泳いでるけど、そうだよね?」


「な、なんの事やら……」


「ん~?」


 まだ言うの? 的な顔。

 ダメだ。確信を覆せない。


「そ、そのことは、どうか御内密に……」


「どうしよっかな―― でも、どうしてスミちゃんはお尻なの? 他のみんなは胸ばっかり見るよ?」


「うっ。」と思わず身体ごと顔を逸らしてしまう。


 言えない。実はきっかけが、なずなだってことは本人には絶対に言うつもりはない。

 オレだってそれまでは、みんなと同じようにどちらかと聞かれれば胸のほうが気になる健全な青少年だった。

 別にお尻好きが不健全と言ってるわけじゃなく少数派だとは思っていた。

 それがなずなのおかげで胸より先にお尻に目がいく、どこに出しても恥ずかしくない極度の尻フェチにジョブチェンジ。

 

 確か一年の夏頃だったか。何を思ったのか唐突に、なずながダイエットすると騒いでオレの毎朝のランニングについてくると言い出したのがきっかけだ。

 ランニングコースが丁度なずなの家の近くなので、そこで合流してから走りに行こうという話になったのは自然な流れだろう。


 そしてその時だ。

 約束通り、なずなの家の近くで合流した時に彼女の姿を見て衝撃が走った。

 上着は薄手のジャージ、下は厚手の黒いスパッツ。

 黒いスパッツ!!

 それを見た瞬間。神だ、尻神様がご降臨なされた! と目から涙と一緒に二枚も三枚も鱗が剥がれ落ちたのだ。


 ――そう、まさに理想の尻がそこにあった――

 

 腰から太ももにかけての流れるような曲線。そして大き過ぎず小さ過ぎず、しかし張りのある完璧とも言える造形と下着のラインとの調和。感動すら覚えた程だ。

 走るときの胸の揺れもすごいとは思ったが、なずなのお尻の躍動感は圧倒的だった。その魅力には破壊力抜群のはずの胸の揺れでさえ勝てなかったのだ。


 なぜ今まで気が付かなかったんだ、と。

 なずなのお尻こそが神が創りたもうた芸術品。奇跡の造形美。それが今、目の前にある。

 そのあまりの衝撃にオレは、美尻の探究に人生を捧げる事を心に誓った。


 だが、なずなのお尻に勝る芸術に出会ったことはない。

 そして言いたい。なぜ胸を見る! 尻を見ろ尻を!

 胸もすごいが、お尻はもっとすごいぞ!

 ぶっちゃけオレはなずなのお尻が大好きだ! 趣味嗜好の好き、じゃなくて、なずなのお尻に惚れていると言ってもいい! 敢えて言おう! なずなの尻は神であると!


 おっと取り乱したな。


 あれ?

 なずなの顔が真っ赤だ。

 スカートのお尻の部分を鞄で押さえてこっち見てる……なぜ?


「スミちゃん……声に出てたよ……」


「え……?」


 赤い顔のなずなが、じりじりと後退しながらの指摘に間抜けな声が出た。


「……マジで?」


「マジで」


「ど、どの辺りから……?」


「割とはっきり聞こえたのは何故胸を見るって辺りからだけど……」


 はっきりって事は、もしかして結構な時間オンエアされてた?

 のほおおおおおおおおっ!?

 秘密だったのにッ! 絶対誰にも言うつもりなかったのにッ!

 よりにもよって本人目の前に力説しちまったのかようおうおう。


「今のは無かったことに……」


 オレは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆って、そう懇願していた。


「……わ、私が原因だったの? そうなんだぁ……そっかあ」


 指の隙間からなずなを見ると、顔は赤いまま苦笑気味で呟いている。

 どう反応したらいいか分からないんだろう。


「怒らないのか……?」


 恐る恐る、顔から手を離して横目でたずねる。


「え、なんで怒るの? 正直ビックリしたけど、エッチな写真とか変なことがきっかけじゃなくて良かったぁって。それに私が原因ってわかって、その……ちょっと、う―――の」


「最後のほうなんて?」


「言わない!」


 お、おう?


「ま、まあ言いたくないなら別にいいけど。でも普通ドン引きしたり怒ったりしないか?」


「怒る理由がないよ? ランニングの時にそんな風にじっくり見られてたんだって思うとちょっと恥ずかしいけど……」


「おお……尻神様が許してくだされた」


「誰が尻神様じゃ」


 日本には八百万の神がいるという。トイレの神様がいるくらいだ、尻神様だって居てもいいはず。

 しかし怒る理由がないとは。それを聞いて安心した。

 ツッコミながらも少し紅潮するなずなを見て、ちょっとだけ罪悪感がこみ上げて来る。

 確かにこれでもかってくらいガン見した。

 だが悪いことはしてない、してないはずだ。


「そうだよな。パニクって訳がわからなくなってたけど、よく考えたら、なずなの芸術的な下半身を視線で舐め回しただけで怒られるような事してないもんな」


「言い方」


「それに他に目を向けてるのだって、なずなの良さ(お尻)を確認する的な感じで、いやらしいって感覚じゃない。芸術品を鑑賞するような感覚? やっぱり綺麗なものは、はっきりとした基準を設けた上で見ていたいだろ?」

 

 かなり苦しい言い訳に聞こえるが、嘘偽りのない本音だ。

 別に他のコのお尻が悪いって言ってるわけじゃない。

 各々に合った形とボリュームでどれも魅力的だ。

 しかし1級品止まりだ。惜しいが超1級品のなずなのソレには及ばない。


「あ、この男、開き直った! もう、真顔で好きとか恥ずかしいからー」


「事実だから、そこは仕方が無い」


「そ、そんなに好きなら、その……私のお尻……触りたくなったりとか……する?」

 

 後ろ手にスカートを押さえながら、俯き加減に上目遣いでこちらを見てきた。

 おおう、破壊力あるな。

 なずなのこんな表情は滅多に見れないが、こういうのに他の男子はやられたのか?

 いや、普段こんな表情はしないはずだから、別の破壊力にやられたんだな。胸とか、または胸とか。

 あとは、なずなの仕草とかかな? 小動物みたいで見ていてほっこりすると良く耳にする。


「正直触りたい気持ちはある。だが、それは出来ん! 触ったりして完璧なラインが崩れちまったらオレはオレが許せん! 究極の造形ってのはおいそれと触れていいものじゃない。見るだけだ!」


「なんか違う……。スミちゃん、なんかズレてる気がする……触ったくらいで形なんか変わらないってば」


「オレとしては当たり前の感覚なんだけどなあ。それに、なずなだってちょっとズレてないか?」


「え、どうして?」


「自分で言うのも変だけど、身近な男が他の女の子のお尻ばっかり見てたら、普通にキモいッ!! 死ねッ! とか思わないか?」


 一番見てるのはなずなのだけど。


「キモいッ! 死ねッ!」


「うっ!?」


「あははっ、ウソ、冗談だってば。そういうのはないかなあ。そんな風には考えなかったよ? 稽古でまた課題でも出されたのかもって思ってたんだよね。ずいぶん長い間やってるから継続してやらなきゃダメな技なのかなって思ったし。最近になってからだよ、もしかしてお尻が好きなのかなあって思ったのは」


 修行の一環だと考えたわけか。

 なずなも中三の夏までは週三、四日の頻度で一緒に稽古してたからな。お尻周辺を見てるのは早々に気が付いてたみたいだけど、それでもそっち側に思考が傾いてたってことか。だからこそバレたとも言える。

 素養がなければ、見てないものを見る、なんてことには気づきようがないはずだし。

 にしてもやっぱりズレてる気がするが……。 


「それに、スミちゃんの行動にいちいち引いてたらキリが無いよ」


「引くような事した覚えがない訳ですが」


「あはははっ、しかも自覚がないからしょうがないよね。まあ私は気になった事ないけど」


 どこがおかしな行動か問い詰めたいが、そろそろ、なずなの家が近づいてきた。


「今日も稽古?」


「ああ、今日は何があろうと絶対に来いって念を押されたんだよ。サボらないっつーの。ていうかサボれないだろって話だ」


 そんなオレの愚痴混じりの言葉に、何故か困惑とも驚きとも取れない微妙な表情をされた。


「だよねー。あ、そうだ。今度また何か美味しいもの作ってよ、ね? 口止め料」


 にぱっと笑ってしれっと言ったな。

 オレの趣味の一つに料理があるが、結構な頻度で味見と称した毒味をしてもらったりしている。

 それを大層気に入ってくれたようなのだ。

 口止め料って本人にバレてたら意味がないような……。


「了解だー。なずなにもバレないと思ってたんだけどなー。なんでバレたかなあ」


「女のカンを甘く見ちゃダメだよ。って最近やっと気が付い私が言っても説得力ないけどね。何がいいか考えとくからヨロシクー。じゃあ、また明日ね、稽古頑張って!」


「あいよー、また明日な」


 振り返って手を振るなずなを見送って、家には帰らずに直接道場に向かった。

 ちなみになずなのダイエットだが、一ヶ月ちょっとで目標を達成したらしい。

 違いが良く分からないと言ったら「見えない所だけど気になるんだもん」と返ってきた。

 見えない所ってどこだ? オレのほうが気になるじゃないか。


 しかしイカンな。尻の事になると一瞬周りが見えなくなる。

 それにしても……だ。

 やっぱりスカートはないな。

 




 ~~~~




 

 石の階段を上り、建物の前の鍛錬場としても使っている広場を見渡す。

 大抵ジイちゃんはこの辺にいるか道場にいる。

 今日は広場にはいないようだな。じゃあ道場のほうか。


 いつものように道場の戸を開けて中に入ってみたがジイちゃんはいなかった。


「珍しいな、どこにも居ないって。……誰か来てたのか?」


 ここでじっとしててもいいが、いつもと違う状況で気になる。ちょっと探してみるか?

 鞄を道場に置いて他の場所を探してみることにする。

 広場を見てもやっぱりいないな。

 普段はあまり来ることは無いが道場の裏にも来てみた。


 ん? と、いつもと違う光景が目に入る。

 

 道場から少し離れた木に囲まれた場所。

 いつ見ても若干妖しげな空気が漂っているそこには山の斜面にぽっかりと口を空けた洞窟の入り口がある。

 普段は金属の格子の戸で閉じられ、鍵がなければ自由には出入り出来ない。

 それが今日は開けっ放しになっている。

 

 そういえば、ジイちゃんとの同行が条件だったけど前に何度か入ったことがあったな。といっても最後に入ったのは小学生の頃。

 結構な距離の階段を下ったのと突き当たりにあった部屋に小さな祠があったことくらいしか覚えていない。あとはジイちゃんがその祠にお供えのようなことをしていたような気もする。


 この状況なら洞窟を調べるのは規定路線……だよな。

 中にジイちゃんがいるならちょっと驚かしてみようかなんて事が頭をよぎる。

 日頃の感謝(恨み)を込めてビックリさせてやろうか。

 心臓麻痺を起こさないか心配になったが……。


 ないわ。殺しても死にそうにない。

 ていうか、どうすれば死ぬのか教えて欲しい位だ。

 判明した暁には、いずれこの手で……クックック!

 ……無理だ、逆にヤラれる。


 しかしまあ驚かすなら、ジイちゃんに気づかれずに近づけるかどうかが勝負の分かれ目だな。

 無音術『無明山彦』

 大層な名前がついてるが要するに忍び足である。


 洞窟に入ると同時に気配を殺し階段を下りていく。

 薄くぼんやりとだが何かの光が灯っている。

 通路は湿度が高く少しカビ臭い空気ではあるが、どことなく懐かしさを感じる。


 ほぼまっすぐだが若干キツめの傾斜の階段を百メートルは進んできたか。

 記憶は正しかったと確認できたが、こんなに深かったのか。いや深過ぎないか?


 さらに進むとぼんやりと青味を帯びた光に全体を照らされた十畳程の部屋に辿り着いた。

 部屋の中心に小さな祠のようなものが青い光に照らされ幻想的な光景を生み出している。

 しばらく目が釘付けになっていたが、当初の目的を思い出して周囲を見渡す。

 誰もいないな……。

 ん? 奥にまだ部屋がある?

 前に来た時にはなかったような気がするが……。


 そっちにいるのか?

 気配を消してその入り口のわきから慎重に中の気配を探る。

 何の気配もないな。

 ジイちゃんがいないのを疑問に感じつつも部屋に入る。

 周囲を石柱が囲むように立つデザインの部屋だ。


 日本ぽくないなと思いながら中央まで歩いた時、それは起きた。


 ゴウンッ


 何かが動いたような音がしたと思ったら足元に青白い幾何学模様のようなものがが浮かび上がる。






「はいっ、そこーっ!」


「え、どこ?」


 クイーナのいきなりの叫びに返事とも言えない様な言葉を返すことしか出来なかった。



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