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第十三話 ものづくり ~常識の在り所~



「これを煮る、と」


 朝食のために食材の調理の話、ではない。


 無限収納エンドレッサーの作成の為の手順を確認しながら魔力が満たされた水に浸された神樹の根の状態を確かめる。

 地面に小さな池を作り、水を満たしてそこにたっぷりの魔力を注ぎ神樹の根を浸しておいたのが昨日の昼。それから定期的に魔力を充填して神樹の根に吸収させるのを繰り返した。


「そうじゃな。この状態で水を沸騰させ繊維状にほぐれるまで煮込む」


 早速水の温度を上昇させ沸騰させる。

 でかいゴボウを煮てるようにしか見えないが、しばらく沸騰させると繊維状のものが浮いてきた。

 この時点で沸騰をやめ、冷めるまで放置。

 この放置が意外と大事。

 煮物なんかも沸騰させてから冷ますと味が染みるのが早い。

 冷めてから根を水から取り出し、皮を剥くと繊維の束が現れる。


「こんな風になるのか。この状態でもうほとんど糸だな」


 土で作った簡単な作業台の上に、その繊維をほぐしながら置いていく。


「下段を縦に上段を横に並べるように重ねて、均一になるように、じゃな」


 言われた通りに繊維を並べる。

 一辺が1メートル弱程度の正方形のそれはまだ布と言うには程遠い。

 この状態から布になるのか?


「これで完成じゃないってのは分かるけど、この後は?」


「魔力を流し、プレスするように圧縮すればよい」


 再度、指示通りに魔力を流し、同時に圧縮をかける。


「お、おお?」


 すると、みるみるうちに繊維の隙間が無くなり、先程まで見えていた繊維の原型がいつの間にかきれいに一体化して布が出来上がった。


「こんなに簡単に布になるのか……。機織はたおりでもするのかと思ってたけど、そんな事する必要なかったんだな」


 完成した布は、言うなれば和紙のように繊維が絡み合った状態。それに加えて縦横にも繊維が走っているという構造。

 そして表面はテラテラと艶のあるものに仕上がった。

 作業工程と素材を考えると絶対にこうはならないはずだけど、その辺を非常識が担当しているようだ。

 よく見ればテラテラした外見以外にも、水面に出来る波紋のように風や指の触れた部分が反応して表面に模様を描いている。


 これを袋状にして土台は出来上がり。

 なんだけど、どうやって袋にしたもんか。

 縫うしかないか?


「この状態から端を魔力でくっ付けて袋状にするのは可能?」


「可能じゃな。と言うより、むしろそれをしないと後々面倒になる」


「面倒?」


「完全な空間の隔離をするのに縫い目や接着しただけだと余計な術式が必要になる。ただでさえ出入り口の部分で通常空間との境目に、内外で空間が干渉しないように術式を組まねばならんのだから、それ以外で魔方陣を使うのは望ましくないのじゃ。単純な構造のもののほうが信頼度が高いのは魔法でも機械でも変わらんという訳じゃな」


「神樹の素材を使えば、よりシンプルに出来るって事か。あれ、そうなると神樹以外の素材だとどうなるんだ? 箱状でも袋状でも一体成形って難しくないか?」


 オレの場合、神樹の根っていう便利素材が使用可能だが、他の素材で作った場合に同じような事が出来るんだろうか?


「その辺が職人の腕の見せ所ではないかの。神樹以外の素材でも一体化は不可能ではない。そうでなくてもある程度は魔方陣で対応可能じゃろう。しかし、それだと容量をそれほど大きく出来ないかも知れんがな」


「やっぱり、そういう制限もあるのか」


「素材、魔方陣の種類、数、と様々な要因が絡む。そして込める魔力量でも変化する事から、これが標準、と言えるようなものはないじゃろうな」


「実物を見てみなきゃなんとも言えない感じだな。まあ、自作するんだから選択肢で悩む必要はないんだけど」


 無限収納エンドレッサーが具体的にどういったものか、大まかには理解できた。

 これから作るのだから、一般に出回っているものについては予備知識程度でいいだろう。

 自作する無限収納エンドレッサーの大きさを確認して布を裁断する。

 一辺約1メートルの布を半分に切って、それを折りたたんで25センチ四方の袋状になるように端をくっ付ける。

 手順通りに行えば簡単な作業だ。

 しかし、裁断で若干つまづく。


「全然切れねえ……」


 黒曜石のナイフで切ろうとしても全く切れない。

 防刃性があるという感触ではなく刃が当たってるはずなのに、その感触が曖昧というか届いてないというか奇妙な感覚だ。


「その感覚は間違っておらん。限りなくゼロに近い距離だが当たってはいない」


 試しに普通の土の上で勢い良く刺してみたが、ナイフの形で土に穴は空くが布は刃に張り付いただけで全く変化がない。なにこれ。

 

「こんなんじゃ加工できないぞ……」


「神樹の刀でよいのではないか? 試し切りもしておらんかったじゃろう」


「完成してないのに試し切りはしないだろ普通。これなら切れるのか?」


 置いてあった神樹の刀を手に取る。

 刃が届かなかったら切れないだろうと思いつつも他に手段も思いつかない。

 いや、風の刃ならいける気がする。

 そう考えたが、まずは刀からやってみよう。


 布の中心線に上から包丁で肉を切るように刃を立てる。

 そうイグニスが細かく指示をしてきた事に多少疑問を感じながら言われた通りにする。


「ッ!?」


 刃を下ろしたと思ったら何の抵抗もなく鍔元まで刃が土に埋まってしまった。

 布はちゃんと半分に切れていたが、そこに意識は全く向かなかった。


「同素材ゆえに切るのは問題ないが、やはりそちら(・ ・ ・)には気付いていなかったようじゃな」


「なんだこの切れ味は……イグニスは知ってたのか?」


「神樹で刀身を作った者がおらんから予想でしかなかったがな」


 土から引き抜いて、今度は刃を垂直に下に向けてそのまま落とす。

 鍔元で止まるまで落下速度は変わらずに地面に刺さる。

 

「おお……」


 まさかと思いながらも、予想した範囲内ではあるが、刀の挙動に芸のない呟きしか出ない。

 そのまま引き抜かずに、刃の方向に向けて振り上げるとこれまた抵抗を感じない。

 刺さる時に抵抗がないんだから当たり前だよな。


「とは言え、さすがにこれは無理だろう」


 手に持った刀をそのまま岩に向ける。

 垂直に落としたり、斬りつけるのは刃が欠けたらイヤなのでしないが、刺さるかどうかだけでも確かめてみる。


 普通に刺さった。土の時と同じように落としただけでも鍔元まで刺さった。


「……危な過ぎるぞコレ」


「作る時に込めた魔力が異常であったからのう。刀の扱いは慣れておったようだからそれほど心配はしていなかったが、いつも刃を上にして置いていたじゃろう。切れ味に気が付いておらんと思っての。しかし予想以上であったな」


「こんなんじゃ、鞘に入れて持ち歩く事自体無理――いや、なんとかなるか?」


「ほう……何か思いついたのか?」


「鞘も無限収納エンドレッサーにすれば、と思ったんだけどな。じゃなきゃ、硬いっていう六種類の魔性金属を使うかだけど、重そうなんだよな」


 刀身が鞘の中では浮いている状態なのはもちろん知っている。

 そのためにしっかりハバキの部分は作った。

 しかし、この刀身を普通の鞘に収めるのは不安しか沸かない。

 何かの拍子にズレてしまった時に、普通の刀身なら鞘を切ってしまうなんて事はないだろう。

 だが、この刀身だと間違いなく鞘が切れてしまう。

 危険な事に加えて、そのたびに作り直さなきゃいけないのは、はっきり言って面倒だ。

 

「ベストなのは……う~ん、鯉口だけに一番硬い金属を使って、鞘は手に持てるだけの最低限の長さにして無限収納エンドレッサー化、くらいしか思いつかないけど」


「ふむ、確かにそれが最良じゃろうな。その構造なら仮に鯉口が斬れてしまったとしても無限収納エンドレッサーには影響がないであろうし交換すれば良いからの」


 なんとも厨二病がくすぐられる構造だよな。

 違う空間から刀身を抜くってのは空想ものでは割と定番だし。

 こうなると納刀状態でのバランスなんかどうでもいい。

 オレが慣れればいいだけの話だ。


「金属の選定は手伝ってくれよな。オレじゃ判断出来ないし」


「まずは無限収納エンドレッサーを仕上げてからじゃな。魔方陣も覚えねばならんしのう」


「そういえば、それがあったな」


 魔方陣を覚えるのはなんとかなる。

 というか多分、一番簡単だ。

 魔法の訓練を始めた当初から考えていた暇つぶし、というか遊ぶ為の方法を使えば、何種類でも覚えられる。

 ただなあ…… 


「魔方陣はそれぞれ違った効果のある図柄を組み合わせて一つの陣とするのが一般的じゃ。要するに回路図じゃな。ひとつひとつの図柄の効果を知れば、独自の陣も組めるようになるじゃろう。少し細かく説明するが、おぬしなら覚えられるはずじゃ」


 オレの能力を知ってるからこういう教え方をするんじゃないかと思ったけど、やっぱりなあ。

 組み合わせとかそういうの考えるの面倒だから、コレはこういう魔方陣って、まるっと教えて欲しかったんだけど。

 教える事に関してはスパルタなんだよな。

 

 多分オレの考えていた方法を見越しての事だろう。

 オレが考えていた遊ぶ為の方法というのは、記憶した風景を顔料なんかを使ってそのまま絵に起こす事だ。

 インクジェットプリンターのように細かい粒子状態の顔料を記憶通りに配置していく。

 絵というよりは、ほぼ写真になる訳だけど、空いた時間に炭を粉末にして水に溶いて色々と試していたのだ。

 最初は簡単な図形から始めたが、考えて配置するのではなく機械的に再現することだけを念頭に置いてプリントアウトの練習をしていたのだ。

 顔料がないから完全再現はまだ無理だけど、白黒写真並みには精度が上がった。

 何度も繰り返して作業自体を最適化して、そういう機能をオレの頭に追加した感じだな。


 この機能を使えば魔方陣を描くのはたいした手間にはならない。

 はずだったんだけど、覚えるまでがたいした手間になっちゃったよ。


「とは言え無限収納エンドレッサーを作ってしまわねば落ち着かんじゃろう。必要な魔方陣だけ先に済ませてしまうかの」


 という訳で先に無限収納エンドレッサーを完成させる事になった。

 先程裁断した縦長の布を折りたたみ、正方形に。

 両端を魔力水で濡らして指で詰まんで魔力を流しながら圧着していく。

 餃子の皮?

 口元も見栄えが良くなるように折り込んで貼り付ける。

 一応裏返して確認すると、見事に一体化して継ぎ目が分からない状態に仕上がった。

 再度裏返して、視線で次は? と。


「これが主になる空間重複の魔方陣。そしてこちらが干渉制御の陣になる。通常、干渉制御のほうは複数で使用するのが定石じゃな。今回は二つでよかろう」


 そう言うと、地面に図形を魔力操作で描き始める。

 空間重複の魔方陣は円形ではなく正方形を二つ重ねたような外形で、模様自体はトライバルと幾何学を足したような模様。

 もうひとつの干渉制御の方は縁取りされた内側に円形と幾何学を織り交ぜた帯状の図形。


 図形が完成したと同時に、すかさず記憶能力を使って覚える。

 この図形をそのまま縮尺を変更して布に転写するのだが、そこは魔力を使って行えば顔料等は必要ないらしい。

 神樹の布を素材に選んだのも顔料ではなく魔力でそのまま描く事が出来ることも大きいようだ。

 普通は魔力を込めたインクや、鉱石、植物を原料にした顔料や塗料を使用するらしい。


 神樹の布は魔力そのもので魔方陣を刻むことが出来るが、当然の事ながら修正が利かない。

 そうなるのを防ぐ為に何度か地面に練習で描いてみる。

 魔力の粒子をインク代わりに地面にプリントアウトしていく。


「大きさとかも、これで大丈夫か?」


「そうじゃな――これで良かろう」


 確かめるように間をおいて、そう告げるイグニスに安堵する。

 そして、布の表面、内側になる側にまずは空間拡張の魔方陣を描く。

 続けて口元近くに帯状の図形をふたつで一周させるために繋がるように描いた。


「ふぅ……と、失敗してないか?」


 何も言ってこない所をみると大丈夫だとは思うが確認せずにはいられなかった。


「うむ、あとは魔力を袋ごと魔方陣に流し込むだけじゃな」


 裏返してこれでひとまず形は完成。

 最後に魔力を込められるだけ込めれば終了となる。

 

「ここで注意せねばならん事がある。魔力を注ぐことが出来るのは一度のみじゃ。追加で行っても内部空間の拡張には作用しない。魔力の充填が中断されると、そこまでが一回とみなされる。そしてその最初の魔力充填で重複空間の規模と使用者が決定されるのじゃ」


 あぶねっ! すぐさま魔力込めようとしてたよ。

 どうせなら、でかい無限収納エンドレッサーが欲しいから完全回復してからのほうが良さそうだ。


「今回は材料がもう一つ分がまだ残っておるから試作として完成させても良いじゃろう。神樹の根も残っておるしな。一度完成させて感覚を掴んでおくのが良いじゃろう」


 あら、そうなのね。

 確かに材料はまだあるんだから、作ってしまっても問題ないよな。

 ちなみに使用者制限だけは後からでも変更可能なようだ。

 その時にも簡単な魔方陣を使うらしい。こちらは使用者の身体に描いて使用するようだが。


 てな訳で、試作品として完成させるということになったが、試作品だからと言ってここで魔力を出し惜しみするのも意味がないので枯渇寸前になるまでやってみることにする。

 手にっとって限界まで魔力を流す。

 ぼんやりと蒼い光りに包まれながら、際限なくオレの魔力を吸収していく。


 そうか、考えてみれば空間重複に変換されるんだから無限収納エンドレッサー側には限界値はないんだよな。


 などと考えてるうちにオレの魔力が残りわずかになった。

 これ以上やると気絶を避けられないので、やむなく終了だ。


「これで完成、か?」


「ひとまずは完成じゃな。試作品とは言ったが、既にそこそこの空間が確保されておるな」


「具体的にはどのくらいになったんだ? 見た目じゃ中の大きさなんて分からないしな」


「実際にその広さの空間が広がっているわけではないが直径10キロの球体と同程度の容量じゃな」


「十分だよ……」


 オレの中のイメージではせいぜい100メートル四方、どんなにデカくても1キロ四方の立方体程度だと思っていた。

 空想ものに良く出てくるアイテムだが、作中の描写で言及されているものは少ない。しかしその位の規模であれば充分過ぎるほどデカいし便利だろうなと勝手にイメージを固定してしまっていたようだ。

 そこで直径10キロと聞かされれば驚愕とともに呆れを含んだ、そんな感情を抱いても仕方ないんじゃないだろうか。

 

 イグニスの言う空間が広がっている訳ではないという解説の内容だが、実際に直径10キロの空間が袋の中に広がっているのではなく、入れる物体で容量を消費していくシステムらしい。

 RPGなどのゲームでインベントリと言われるものに近い。

 そして、その容量をどう確保しているのかというと別次元の空間の賃貸契約というのが最もふさわしい表現だとか。

 魔力を賃料に空間の使用権を得る。

 それだけで半永久的に使用できるというのは破格の条件だと思うが、貸す側が居たとして何かメリットがあるんだろうか?

 魔力を注ぎ込んでるんだから何かしらのギブアンドテイクが成立してるのかも知れないが。


「この技術も諸説あっての。別次元からというのは疑いようが無い事実ではあるのだが、ではそこがどういったものなのか議論が続いているのじゃ。中には、この世界自体の空間を前借りしているのではないか、という説もあったのう」


「時間が絡んでくると途端に眉唾度が増すよな。それはいいんけど、さっきの魔力でこの大きさになるなら全部つぎ込んだらどうなる? 正直これで充分なんだけど」


「30キロ程度にはなるのではないか?」


「そんなにでかいの必要ないだろ……。何入れるっつーんだよ。使い切れねえよ」


「ドーズ海にいるランズロックという海洋性哺乳類、つまりクジラじゃな。それ1頭でコレが一杯になるぞ?」


 と、今しがた完成した無限収納エンドレッサーを指して言う。


「一島の間違いだろ。獲物にするにはデカ過ぎるし、それホントにクジラか?」


「なかなかの美味であったな」


「食ったのかよ!?」


「若い時に大勢の竜達とな」


 どんな状況だよ……イグニスの若い時ってのも興味あるけど、そっちのほうが気になるわ。


「……色々言いたい事はあるけど、言い出したらキリがなくなりそうだから、今はやめとく」


「そうか? 聞きたいことがあればいくらでも答えるが?」


「脇道を全力疾走するつもりはないから」


 変な方向に会話が進む前にストップをかける。

 興味がないわけじゃないから聞きたいことは山ほどあるが、それよりも今は完成した無限収納エンドレッサーの機能を確認したい。

 究極の便利グッズなんて地球には存在しないから、期待値がかなり上がっているのだ。

 という訳で、試しに食器類を入れてみることにする。


「この辺は袋より小さいから問題ない。入り口より大き目の物とか――おおっ! 入った!」


 皿とか茶碗などの比較的小さい物は後回しにして、まずは土鍋を入れて見た。

 明らかに入り口より大きな物がどうやって入るのか早く試したかったのだ。

 その様子は、まさにといった感じで四次元○ケットそのものだった。

 入り口以上の大きさのものが、その接触面に合わせて形状を歪ませて袋の中に入っていった。

 時間にすれば1秒足らずの間だったが何とも不思議な光景だ。

 ナイスファンタジー!


「すげえよ、ドラ○もん!」


「ワシを見て言うセリフではないな」


 イグニスの突っ込みは気にせず、どんどん詰め込む。といっても食器類程度しかないのであっという間に全て無限収納エンドレッサーの中に入ってしまった。


「全部入ったよホントに」


 収納したなら、当然それを取り出すという作業が必要になる。取り出す時はというと、手を突っ込むと中に入っている物の情報が頭に流れてくる。

 いや、“何があるかを理解できる”という感覚が湧き出る、と言った表現が正しいかも知れない。

 魔力の波長も利用して、カテゴリ別に分けられているようで要求したものと用途の全く違う物がひっかかる事はない。

 パソコンのフォルダツリーで、目的の物を探すのに近いと思う。

 過程を説明すると面倒な手間をかけているように思うが、実際は極短時間で目的の物を取り出せる。ここでも魔力による演算速度の高速化の恩恵を受けているようだ。

 収納時に、これは食器、これは武器、などのように無意識のうちにされている認識を無限収納エンドレッサー側が読み取っているらしい。

 剣などの武器を、武器としてではなく包丁のように調理器具として認識していると、そのカテゴリで収納されるが、本人がその認識でそれを取り出すのだから本人が使う分には問題にはならない。

 仮に問題になるとしたら使用者が変更された時だが、譲渡の際に中身の情報と一緒に前使用者の大まかな認識情報もおまけについて来るので、よほど認識に齟齬がない限りは見当違いの物を取り出すということもない、はずだ。


 実用面でどんな不都合があるかは実際使ってみないと分からないが、これといって問題があるようには思えない。譲渡した時の事だって相手がいないので確かめようがないし、今はいいだろう。

 

 入れる物の大きさも、極端な事を言ってしまえば惑星サイズであろうと収納可能だそうだが、そのためにはそれに見合ったサイズの収納空間を用意しなければならない。現実問題として、そこまでの収納空間を一度の魔力充填で構築するのはまず不可能だ。

 あくまで理論上は、という事らしい。どんな理論が成り立っているかは残念ながら興味はない。


 機能の確認が終わって改めてこの世界の非常識具合というか、魔力の異常な万能感みたいなものを痛感する。とにかく色々と便利過ぎる。

 その後、イグニスに無限収納エンドレッサーで使用した魔方陣のレクチャーを受けた。


「ひとつひとつの図形はそう複雑ではない。ただし本当の意味で自由に組み上げるとなると、組み合わせの数が膨大なものになるが、そこまで覚えろとは言わんから安心して良いぞ。実を言うとワシもそこは専門外なのでな。」


「どういう事だ?」


「例えば、この図柄とこの図形を繋ぐ時にこちらで繋ぐのと、逆側で繋ぐのとでは若干だが効果に違いが現れる」


 オレの目の前に、上下に個別に描かれたものを使ってそれぞれ違う位置で繋いだ状態を見せてくれた。繋がってさえいれば良いと思っていたが、どうもそういうものでもないらしい。


「そして、使う図形や図柄が多くなると位置関係も重要になってくる。陣を描く時に使用する色や、染料の素材、それに込める魔力の種類も効果に影響を及ぼすことも知られておる。もっと言えば基本の図形自体も実は変形可能なのじゃが、そこはノウハウやレシピといったものが意味を成さない分野になるのう」


「意味を成さないって、その意味が良く分からない」


「まず、図形自体が何故その効果を持っているのか完全には解明されておらん事に多少関係してくるが、その効果を本能的に理解できる人間がごく稀に存在するのじゃ。書き手(マーカー)と言われる特殊な能力を持った者のみが、魔方陣の根幹の情報を扱えるとされておる」


書き手(マーカー)か……機械を使って再現は?」


「無理じゃったな。量子コンピュータなどよりはるかに高度で優秀な生体魔力素子演算機を使っても書き手(マーカー)の能力はトレース不可能と結論づけられた」


「何がネックになってたんだ?」


「一言でいえば魔力との親和性じゃな。人間の生体情報を魔力で構成した擬似遺伝子を使用して、まるごと構築出来るほどの演算能力と閃きは先に言った生体魔力素子演算機にも可能じゃった。しかし魔力との親和性はどうにもならなかったのだ。

 書き手(マーカー)はその親和性、いや融和性とでも言うべきそれで、魔力素子を介して次元情報を得ているのではないか、という説が最も有力じゃな」


 図形の種類、素材、魔力、その他もろもろの要素を含んだ数千万、数億通りの組み合わせの中から最適解を導き出す。魔力と抜群の相性を持ち、魔法のアカシックレコードと言われる次元情報にアクセスし、解答不可能とも思えるようなパズルに回答を出すのが書き手(マーカー)という存在だという。


「ワシはその能力を持っているわけではないのでな、大元の情報をいじる事は出来んのじゃ」


「そういうことね。と言っても間違いなくオレはその能力を持ってないし、そこまで突っ込んだものを教えられても逆に困るけどな」


 そこまでガッツリ専門的な事を講義されても、たぶん半分も理解できない。

 今話した擬似遺伝子を云々の内容も、う~ん……って感じ。

 魔力素子で擬似的に4塩基を作り出し、肉体の構成物質も魔力素子で胚の状態から擬似的な生命としてシミュレート、なんて事をしていたらしい。

 まあ、この手の研究は大抵は生体改造とか、生物兵器とか、そういった方面に突っ走っていたようだが。

 そもそも書き手(マーカー)とは遺伝子の書き換えを行う研究者の事を指していたらしい。

 そうした者達が自らを被験者に実験を繰り返し、次元情報にアクセス可能な超演算特化型の人間に変容していった結果、魔方陣のアレンジャーとしても絶大な能力を手に入れて書き手(マーカー)の意味も書き換えられていった、という事のようだ。

 そして時を経た現在、稀にその能力を持った者たちが生まれる。

 遥か昔の研究者の血縁というわけだ。

 

 話だけ聞くと、非常にマッドな印象なんだが。

 心情的にも学問的にも理解が難しい。

 でも確かに、イグニスには無縁そうな感じがするな。


「イグニスにも出来ない事があるんだな。何でも出来ると思ってたから意外だった」


「さすがにそこまで演算に特化してはおらんからのう」


 多少、話が脱線したが、無限収納エンドレッサーに使われている図形の解説を聞き、一応ある程度は理解できたと思う。

 陣の構成自体は、収納されたものを使用者の認識を利用して判別する機能の図形と、魔力量に応じて指定された領域に拡張空間の使用権限を得る為のもの、その他にも使用者の判定、制限などの幾つかの機能を持った図形が無限収納エンドレッサーの基幹部だ。

 そして、入り口で内部と外部を隔てるための結界を作り出す帯状の図形。

 付け加えるなら、収納空間は通常空間とは異なるために時間の流れが一致していない事が挙げられる。つまり中に入れた物が劣化しない。コレも定番の便利機能だ、やったね。


 魔方陣講義がキリの良い所まで終わったようでイグニスが違う話題を振る。


「ところで刀の鞘はどうするのじゃ? 今作ってしまうか?」


「そうだな、この繊維を使って何とか出来るなら作っておきたいな。これを――」


 と一応の具体的アイデアと一緒に自分の考えを提示する。


「なるほどのう、それなら問題ないじゃろう」


 さすが万能アイテムの神樹だ。

 繊維を鞘の形に無理やり固めて作ってしまうという方法もいけるようだ。

 繊維を柄と同程度の長さ、約20センチの長さで鞘の形に圧縮するのは粘土をこねる感覚とそう違いはなく、すぐさま完成。

 それに先端だけ刀を指し込み無限収納エンドレッサー部になる空間を確保。

 このままでは袋と違い裏返して魔方陣が描くという事が出来ないので縦半分に切って開きにする。

 刀の形にへこんだ部分と入り口部分に縮小した二つの陣をプリントアウト。

 その後切断面に魔力水を塗って張り合わせ、魔力を流し接着して一体化。

 後は起動用の魔力を流して完成だ。刀一本分の空間を作ればいいだけなので枯渇寸前の状態から多少の回復をしただけの今の魔力量でも充分だった。

 八畳ほどの大きさの空間が出来上がり、鞘としてはでか過ぎるが使うのに差し支えはないのでスルー。

 鯉口の金属部分にはスタッドクロムを使うことにした。

 付与魔法と非常に相性が良いということで、汎用性の高さから適しているとの判断だ。

 魔性金属の特性を利用して魔力で成形し、一度高温に熱してから魔力水、というか神樹の根の煮汁を使い急冷して硬度とスタッドクロム特有の能力を引き出すための処理を施した。

 取り付けの方法は神樹の糸をより合わせて紐にしたものでお互いの両端に作った通し穴を使い鞘をぐるっと巻くように固定する事で交換も容易に行える構造だ。


 完成した鞘に刀を納めて出来栄えを確かめる。

 無限収納エンドレッサーの機能はしっかり働いているようで、先端が突き出る事無く、ちゃんと鞘として完成していた。


「鯉口も切れる気配もないし良さそうだな」


「これでドラゴンとの戦闘も安心じゃな」


「え、なんでそうなる?」


「まあ、その話は置くとして――」


「是非そのまま放置しといてくれ」


「神域の外に狩りに出るのも良いじゃろう、武器に慣れる為にも実戦は必要になるし、換金物資もそれなりに手に入る。一石二鳥じゃ」


「お、そうだな。でも神域の外に出て、また帰って来れるのか?」


「ラキと一緒なら出入りは自由じゃ」


「ウォンッ!」


 あ、ラキいた。なんか久しぶりな感じがするけど気のせいかな?


「神域の外か。ちょっと楽しみだな」


「その前に魔法を受ける訓練も重点的に強化せねばな。ワシも細かい魔法は久しぶりじゃな」


「え゛っ! イグニスが魔法撃つの!?」


「そうじゃが?」


 何を当たり前な、みたいな顔された……。

 神域の外にも魔法を使う生き物がいない訳ではないので、そのための訓練らしいが。

 イグニスの魔法って大丈夫か? 大丈夫だよな?


 死なないよなオレ……。

 訓練内容を予想しても良くない想像しか出てこないのが不安だ。



説明ばかりですみません。でも好きなんですこういうの(´・ω・`)


次回も二週間くらいで更新できればいいんですけど、少し間が空くかもしれません。

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