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第十一話 受け渡しの際の注意

 



 新しい朝が来た。希望に満ちた朝だ。

 理想はこれだ。


 壊れかけていないレディオから流れる朝の某健康体操の冒頭のような感じだが、気持ちのいい一日を迎えるためには気持ちのいい朝は欠かせない要素だ。


 しかし現実はこうだ。


 まどろみの中、新緑の匂いの混じった気持ちのいい風を―――全くもって感じない!

 神樹の葉の上で寝ているオレの間近でする微かな獣臭。


 ゴンッ ゴンッ ゴンッ


「~~~~っ! 頭を鼻で突くな! ハゲたらどうする!」


 ガバッと勢いよく起き上がって抗議の声を上げる。

 目の前にいるのは安眠を妨害してくれたラキだ。


「わふっ!」


「わふっ! ぢゃねえよ! そんなデカイ鼻で突かれたら頭皮ごとズル剥けるわ!」


 おすわりの格好で尻尾をブンブン振りながらオレの教えた笑顔でオレを見下ろしている。


「もしそうなったら首から下の毛を全部刈って、ライオンもどきにするからな」


 ラキの鼻先に人差し指を向けると、分かっているのか、いないのか、寄り目でオレの指を見つめている。

 色素が薄いせいかピンク色の鼻、俗に言う赤鼻というヤツに向かって指を突きつける。


 パクッ


「ちょ、またかっ! なんでオレの手をイチイチしゃぶる! は~な~せ~っ!」


 いや待て、やっぱりオレを食う気なのか? そうなのか?

 早まるな、そんなのは愛情でも何でもないぞ!


「何をしておるのじゃ」


 ぬうっと背後からイグニスが顔を近づけた。

 

「イグニス……く、食われる」


「何を言うておる、食われたりするわけがなかろう。魔力を味わっておるだけじゃ」


 最初はトンットンッという感じで起こしに来たはずなのに、オレが起きずに寝返りをして後ろを向いたのをいい事に、後頭部に鈍器のごとき鼻を使って毛根を死滅させる勢いで衝撃を加えてきたのだ。

 頭を突いて起こしに来たのは、早く模擬線がしたいかららしい。それとは別に、どうも昨日のオレのイタズラに対する仕返しの意味も含まれているような気がする。

 しかし手加減がなってない。危うくもう一度眠らされるところだった。いや、これでも手加減しているのか。

 ラキがその気になれば、鼻と地面の間にあるオレの頭なんてゾウに踏まれたスイカの如くグシャっといくのは間違いない。

 手加減していなかったら、朝っぱらからグロ画像なんていう、確実に食欲のなくなる状況になっているだろう。

 ま、そうなったらオレにはそれを見る事はできないんだけど。


「やっぱりオレを食うって事じゃないのか!?」


「飴を舐めておるようなものじゃ。余程美味いとみえる。おぬしの魔力は珍しいからの」


「昨日もそんなこと言ってたな。美味いって他と何が違うんだ?」


 んぐっんぐっ、と哺乳瓶でも吸うかのようにオレの手を咥えて離さないラキ。


「説明は難しいのう。人間には感知出来ない深層部分の違いだからの。仮に気付く者がいたとしたら褒めてやりたいくらいじゃ。と、そういった部分の違いなのじゃが、混ざりモノがない、と言えば分かるか?」


「ん~、なんとなく」


 眉根を寄せてうなる。分かったような、分からないような。


「まあ、そのような反応になるのは仕方ないのう。ラキのように魔力を経口摂取出来るような種族にとって、おぬしの魔力はアクもエグみもない非常に良質な食ざ…魔力じゃな」


「今、食材って言った? 言ったよな!?」


「魔力というのは何かしらの不純物が混ざる事がほとんどじゃ。成長する際の環境による周囲からの魔力の影響や感情による濁りが、不純物という形で現れる。それが個々人の魔力特徴になるのだがの」


「無視!?」


「ん? 何がじゃ」


「いいよ、もう……。その不純物がオレの魔力にはないのか?」


「通常は魔力の器とでも言うのか、それが安定する頃には既に特徴としての不純物は定着してしまう。ところがおぬしの場合、その器が完成しつつある現状で、不純物の入り込む余地がなかったために、純粋な魔力の詰まった状態になったと言う訳じゃ。おそらくこの先も混じる事はないじゃろう」


「で、オレの魔力はレアだから、ここぞとばかりに味わってるのか」


 ラキは意外に貧乏性?


「ちなみにイグニスは味見は?」


「記憶を読み込んだ時に味は確認したのう」


「もう試食済みなのか……」


 ……いいけどね。

 いつの間にという感じだが、兎に角理由は分かった。

 分かったから離して!





 ~~~~





 早朝の剣術の鍛錬を済ませ、既に毎日の予定に組み込まれた朝食後のラキとの模擬戦。

 今日は順番を変えて、朝食前に模擬戦をしたいと提案。

 食前、食後で多少の結果の違いが出る事を期待してのことだ。

 腹が膨れていると自覚無しに動きが鈍くなる可能性を考えて、それを排除する。


 うん、関係無かった。

 相変わらずオレの攻撃は掠りもしない。

 ラキも楽しそうだ。


「まだまだじゃの」


「一日でどうにかなるとは思ってないけど、やっぱりヘコむな」


「魔力制御の精度を上げれば、そのうちに追い着く。強化タフ・ドライブも大別すれば付与魔法じゃからの」


 強化タフ・ドライブも自己を対象にした付与魔法という事ならば、正確な対象認識でより効率的で強力な強化魔法になる。

 漠然と強くなるというイメージではなく具体的に、極端な事を言えば細胞一つ一つを対象に付与するくらいのつもりでやるべきだという事だろう。


 それを実現させる為の近道が近道じゃないって事ね。

 確実に一から積み上げていくのが唯一の近道と。

 そういう事なら得意だ。地道な作業は嫌いじゃない。

 伊達に長年、武術の鍛錬をしてきた訳じゃないから、その辺はまあね。 


 朝食を食べながらでも射的は出来るかと思ってやってみたら、昨日一日である程度慣れたせいか割りとすんなりと出来た。

 精度と速度の向上のために昨日と同じメニューに更に課題をプラスして開始。

 様々なパターンで魔力球を射出していく。

 手始めに魔力球を一個ずつ高速で生成して的に向かって撃ち込む。

 1秒間に10発。最終的には一分間に6千が目標。

 さすがに1分間で100万発の連射速度のメタルストームは真似する気が起きない。一定数の弾丸を一瞬で吐き出すのを見て思ったけど、ほぼ散弾銃撃ってるようにしか見えないんだよなアレ。


 次に歯を磨きながら同時発射数を増やしていく。

 10個単位で増加させていき200発辺りで着弾に誤差が出始めたので、歯磨きが終わるまでのあいだはその弾数で継続。

 誤差修正を済ませた後、魔力球の圧縮率を増加させる。

 さすがに注ぎ込む魔力が増えるため、連射はせずに単発射撃。

 込められるだけ魔力を込めて指先程の大きさの魔力球で的を狙い撃つ。


 ドカンッ

 

 岩の中心に大きな音をたてて命中。裏側まで突き抜けた。

 貫通したその魔力球は着弾点は小さな穴が空いているだけだったが、裏側が砕けて飛び散っていた。


「あれ……?」


 魔力のみだと物理干渉力ってほとんどなかったはずじゃあ……。


「思いきり撃ち抜くイメージをしたじゃろう。それだけ圧縮されていれば、それが結果として現れるのは当然じゃな。石などを強化して飛ばしても同じ結果を得られるという理由で、効率を考えればそちらを使うのが一般的ではあるがの」


 オレの様子を見て、何を考えてるか察したのか、不足していた情報を補うように言う。


「普通はこんな事をしないってことか?」


「そうじゃな。魔力を圧縮しただけで対象を破壊するのは非効率的じゃ。通常はなんらかの性質変化か物質操作を、魔力を介して行うほうが楽じゃろうな。一度の攻撃でそこまでの魔力を込めたりするのは実戦的どころか実験としても試すものはそうおらんじゃろう」


「なんでだ? そんなに不便な使い方だとは思えないけど」


「そこは魔力保有量に対しての割合の話になってくる。おぬしにとっては微々たるものかも知れんが、おそらく他の人間にとってみれば、そうでない場合がほとんどじゃろう。同じことが出来る者はそうおらんはずじゃ。十数発撃って魔力切れなどという使い方は実戦を知る者ほど敬遠するじゃろうな」


「へぇ、保有量に左右されるのか。でも、その保有量を増やすにはいいやり方なんじゃないか?簡単に枯渇状態に持っていける」


「そんな使い方はせんじゃろう。同じ枯渇に持っていくなら、実践的な魔法でも練習して魔力を使い切ったほうが合理的ではないか?」


「あ~、確かにそうか」


 言われてみればその通りで、この世界の一般的な魔法の修行がどういったものか詳しくは知らないが、この方法で枯渇させる時間と場所があるくらいなら属性魔法を使ったほうが無駄がなさそうだ。


「かと言って、その方法が全く無駄と言うわけではないがの」


「何か応用がきくのか?」


「ワシらが使うブレスは、それの延長線上にあるからの」


「え、オレが一発で消し飛ぶっていうアレだよな?」


「使う機会はほとんどないがの。一応、殲滅魔法ではあるが対ドラゴンで使うくらいじゃな。それも祖竜同士だと切り札には成り得んが」


「殲滅魔法でも決め手にならないって、なにソレ」


 殲滅って何を殲滅するの? 怖すぎるんですけど……。


「魔法障壁と常時展開の異相結界があるからのう。遠距離では決め手に欠ける。しかしドラゴンと戦うには覚えておいて損はない魔法じゃ」


「戦うの前提!? ドラゴンなんかと戦わないっつーの! オレの目的は観光! じゃなかった、人探し! あ、いや帰還方法の探索? とにかくドラゴン退治の意味がわからない」


「ブレブレじゃな。しかしドラゴンの縄張りにはなかなかレアなスポットもあるのだがの。観光するのなら見逃せないものばかりなのじゃがなあ」


 普通に考えたら、辿り着くのが難しいこの場所の方がレアっぽいけど。

 ここと同じか、それ以上の特異性を持った場所だとしたら、この目で見てみたい。


「オレの趣味的には確かに外したくはないけど……その誘導は卑怯だぞ」


「それに、そういう場所にサシャ殿がいないとも限らん。いなかったとしてもドラゴンが情報を持っている可能性は否定出来ん。彼女は有名じゃからな。どちらにしても力を見せる必要はある」


「はぁ……わかった。覚えるよ、ブレス」


 出来る事は全部覚えたいとは言ったけど、なんか納得いかない。


「なあ、オレがさっきの圧縮弾使わなかったら、どうなってた? 話の流れ的にこうはならなかったと思うけど」


「意味のない仮定じゃな。心配せずとも、いずれは覚えてもらうつもりだったからの」


「心配なんかしてねえよ! なんでそんなにドラゴンと戦わせたいんだよ!?」


「面白そうだからの」


「やっぱりか!!」





 ~~~~





 何をどうすれば一番最初に殲滅魔法を覚えなきゃならんなんて状況になるんだ。

 圧縮魔力弾が出来ることが最低条件というブレス。

 そして一定以上の魔力量が必要。

 もうひとつは無詠唱が可能な事。

 残念ですが、条件満たしてます。


 緩い条件だと思ったら、人間が使うには無詠唱もだが魔力の保有量がネックになる。

 最低でも一発は撃てないと覚える意味がない。

 一発だけ撃ててもあんまり意味はない気がするけど。一発撃てれば使い捨ての固定砲台くらいには役に立つか。

 オレが今の状態で何発撃てるかというと……2.5発。ビミョー。


「慣れれば調節が効くようになる。そうなれば2.7発は撃てるようになるはずじゃ」


 変わらねえぇー!


「その0.2発に意味あんの!?」


「冗談じゃ。慣れた頃には絞った威力で10発は撃てるようにはなるはずじゃ。そうなればドラゴンとの戦闘時も連携に組み込める」


 真顔で冗談言うのやめてくれ。ただでさえ表情が分かり辛いのに。

 っていうか、ドラゴンとの戦闘から離れろよ!


「あーっ! 言った以上はやるよ! 10発でも20発でも撃てるようになってやる!」


 オレの言葉を聞いてイグニスの表情が変わる。

 なんでそんなに嬉しそうなんだ。わかり辛いと思ってた表情が、今すごい良く分かるんだけど。


「さっそく始めるかの」


 そう言ったイグニスの訓練は苛烈を極め――

 なんて事はなく。

 とにかくイメージの具体化に終始した。


 圧縮した魔力弾の微細化。

 威力を100分の1程に落として、それを砂粒以下の大きさまでにする。

 小麦粉とかそんな感じ。

 

 要はこの小麦粉状態の魔力弾を一定範囲に絶え間なく撃ち続けるのがブレスという魔法だと。

 完成の目安は異相結界を相殺出来る威力で放てる事。

 そこでやっと実用範囲。


 口で言うのは簡単だけど、微細化でさえ半日かけても完全に出来ていない。

 ちなみに昼食後に見本を見せてもらった。

 ラキに。


『ドラゴンじゃないのにラキもブレス使えるんだな』


 オレの疑問に「条件は満たしておるからの」と言いながら魔力で壁を作り上げるイグニス。

 50メートル程先のイグニスが厳重に張った異相結界の壁に向かってラキが狙いを付ける。

 前足を若干広げ後ろ足を踏ん張った姿勢のまま、顔の前方に尋常ではない量の魔力粒子が集まっている。球状に収束されていくそれに、本能的な恐怖が込み上げてくるのがわかる程だ。

 逃げ出したい衝動を押さえつけ。


 そして――


『ウォンッ!!』


 咆哮とともに大きく開かれた口の前方にある魔力粒子の塊が極太の粒子の奔流となり放たれた。

 

 ドッ! ゴオォオオ!!


 凄まじい光と魔力の放射。障壁との衝突音が低く鳴り響く。

 数秒の放射。それが終わると同時に結界がパキンッと音を立てて砕け散り消滅する。

 威力の確認として置かれていた結界の前の岩は、跡形も無く消し飛んでいた。 


『わお……』


 確かにこれは防御手段がなければ消し飛ぶ。


『これがブレスじゃ。かなり威力を絞ったものじゃがな』


 極微細な粒子状の魔力弾が空気中に漂う物質と衝突し瞬間的に発光し閃光と化して結界に命中。

 空間の断絶をパネル状に重ね、任意の範囲に配置する異相結界をその物量で相殺していく。

 目の前で起きた事を解説するイグニス。

 異相結界ってそういう仕様だったのか。


 防御手段を習得する事も前提としてのブレスの習得。

 空間の断絶というのが良く分からないが、「必ず覚えてもらう」とオレの意思は? と言いえない雰囲気で押し切られた。

 日が暮れるまで繰り返したブレスの練習だが、完成には程遠い。

 非常に小規模な、単管のようなサイズのブレスらしきものが出ただけである。

 あとはこれを大規模化していけばいいんだけど、とにかく制御に集中力がいる。

 この後の予定に支障が出そうなくらい魔力を消費したので、ブレスの練習は切り上げる。


 夕食を済ませ鍛錬のメニューをこなすと、もうグッタリだった。

 ラキはオレにブレスの事をすごいと褒められて気を良くしたのか、ご機嫌でパトロールをしてきたようだ。

 その日は寝るまで刀を砥いでガッツリ魔力を使いきってから就寝した。





 ~~~~





 次の日から3日間は、朝の模擬戦は行わずに日課の鍛錬以外の時間は全てブレス習得に費やした。

 粒子状の魔力弾の大規模化のために延々と魔力が続く限り撃ちまくる。

 途中、魔力切れで倒れないように休憩を挟んで回復しつつ、撃つべし撃つべし。

 的にした岩を砂のように吹き飛ばす。

 一つ一つの魔力粒子が岩を削り取り、その物量をもって一瞬で蒸発したかのごとく消え去った。

 その岩の後ろにある安全対策の異相結界はまだ相殺する程の大規模試射をしていない。


 4日目の午後、昼食後に魔力の回復を待っていると。


「そろそろかの。一度最大威力で試してみても良さそうじゃな」


 と言われても、それほど大規模化出来る訳ではない。

 せいぜい鯉のぼりの真鯉の胴回りくらいの太さ。近くで見ると真鯉って結構デカイけど。

 それでもラキのブレスの半分くらい。

 あれ? でも鯉のぼりって色んなサイズがあるよな? うちのは直径1メートルくらいだったか。

 しかも特注品だったらしくて無駄にリアルだった。

 子供とか泣き出すんじゃないかってくらいの完成度で、初めて目にした人は必ず二度見してた。


 オレが余計な事を考えている間に、イグニスが異相結界を展開。

 20メートル前方に5メートル四方の半透明の壁が出現する。

 何をどうイメージすればそうなるのか、さっぱりだ。


 掌を向かい合わせ、両手を前に突き出す。

 肩幅と同程度の距離で向かい合わせた掌の間に粒子状の魔力を球状に形成。

 魔力球を正面に、右掌を突き出して添えて呟く。


「行け」


 一瞬だがわずかに膨張した球状の魔力粒子が、まばたきする間に結界とのあいだに邪魔する物のない道を作り出す。

 球状の魔力粒子が呼び水となりオレの魔力を消費し、絶え間なく魔力粒子を供給していく。


 ゴオオオォォッ!


 と、低いうなり声のような音が周囲に響き渡る。

 魔力粒子が結界にぶち当たり、その存在を侵食、相殺していく。

 ラキのブレスとは出力が違うせいか時間がかかっている。

 まだか? まだ壊せないか?

 かなり疲れてきたぞ。

 そう心の中で不平をもらしていると、結界にひびが入る。


 バキィンッ!


 音を立てて異相結界が砕け散った。

 破片が虚空に消え、静寂が辺りを包む。


「ふぅ……。どうだ?」


 基準に達しているかどうか。一応課題である結界の破壊は成った。

 しかし及第点が取れたかどうか、イグニス先生の採点やいかに。


「ふむ、もう少し時間がかかると思っておったが、なんとか形になったようじゃな」


「やっとか……。だからって絶対ドラゴンなんかと戦わないからな」


 何が楽しくて、そんな危ない橋を渡らにゃならんのだ。


「まだ言っておるのか」


 言って悪いか。

 星一つ分の存在感が有りそうな程の魔力持ったドラゴンなんかと戦ってられるか。

 勝算なさ過ぎだろ。プチッといかれるのがオチだ。


「防御手段に不安があるから、そう思うのじゃろう。ならば覚えれば済む話じゃな」


「異相結界か? 何をどうイメージすればいいのか、見ただけじゃ全然だぞ」


「まあ、そうじゃろうな」


 そう言うと、目の前に1メートル程の大きさの六角形の半透明パネルが現れる。

 近くで見ると形が良くわかるが、さっきの壁もハニカム構造みたいに組み合わさってたのか。

 このパネル、厚みはほぼゼロ。にもかかわらず、内側に異界を内包している。

 いや、内側に世界が存在していない状態が固定されていると言ったほうが近いのか?

 この魔法、長い年月を経ているのに改良などはされていないらしい。

 開発された段階で既に技術として完成していたようだ。

 詳しい経緯は分からないが様々な試行錯誤の末に奇跡のような確率で発現した魔法。


 そんな複雑怪奇な魔法をどうやって覚えるというのか。


「触れてみよ」


 触ったらビリッときたりしないよな?

 と、思いながら指先でつついたが特に何もなく、触っても大丈夫そうだ。

 目の前にある半透明のパネルに掌をそえる。

 ツルツルともザラザラとも言えない、サラサラが一番近いだろうか?

 打ち粉をまぶした、うどん生地?

 なんとも言えない手触りだ。


 感触を確かめたその瞬間に、唐突に理解した。させられた。

 この結界の構造、構築の方法、その全てが頭の中に流れ込んできた。

 何だ、これは。


「理解出来たようじゃな」


「なんだ今のは……? なんか知識とかじゃなくて感覚的に理解させられた気がしたけど……」


「そうじゃ。この魔法だけは教えてどうにかなるものではなくてな。直接触れて情報体を取得しなければならん。方法だけみれば誰でも習得出来そうなものじゃが、それなりに条件があるようでな」


「条件?」


「推測の域を出んが、魔力量もだが一番大きいのは次元の概念の有無に関係が有りそうだとは言われておる」


「異次元とか異世界とか、そういう話か?」


「そうじゃ。その辺りの意識の持ちようが関係しているようじゃな」


「イグニスにも分からないのか?」


「全てを理解している者などおるまいよ。未だに知らぬ事、分からぬ物が山となっておる。おぬしがなぜそこまで尻が好きなのか全くもって分からんしの」


「それは関係ないだろ! 混ぜっ返すなよ!」


「理解の及ばない事など長く生きれば腐るようにあるからの。気にしても始まらん。そういったものを気が向いた時に解き明かすのも、長く生きる者の特権ではあるがの」


「自分のことなのに他人事だな……。異相結界については飽きたんだろ?」


「遠からず、といったところじゃな」


 素直に認めればいいのに。変な所で頑固だな。


「昔から言われていたのは、ある種の生命体ではないかという話じゃ。情報体として新たな接触者にダウンロードさせ、自分のコピーを渡す。その際に接触者の魔力情報も取り込んで、多様性のないコピーだけでは対応出来ない全滅のリスクを回避。それらの行動原理が生物と同じなのではないかとな」


「なんか寄生虫とか、そんな感じだな……」


「然り」


「身体に影響とかないのか? 話を聞くと、どうしたって何か有りそうな感じだけど」


「寄生というより共生じゃな。故に覚えたからと言って害はなく益のほうが多いくらいじゃな。情報体として共生者から何を得ているのかは、気にしなくてもいいじゃろう」


「そこ重要! って言いたいところだけど、長年共生してきたイグニスが言うなら、きっとそうなんだろうな」


「ドラゴンと人間という違いはあるがの」


「どういう事だ?」


「人間ではなくなる可能性も、極僅かだがあったのじゃ」


「うおいっ! なんてもの覚えさせる!」


 こっちに来て綱渡りばっかりじゃねえかオレ。


「勝算があったからの。おぬしの身体情報のバックアップは完璧じゃ。何かあっても元通りにする算段はついておった」


「だからって説明もなしに―――待て……もしかしてオレが何か違う生物に変化するのを楽しみにしてたんじゃないだろうな?」


「……」


「なんで黙る! 目を逸らすなよ!」


 この竜、やっぱり油断ならねえ!

 完全にオモチャにされた!





 ~~~~





 イグニスは異相結界を使える人間を何百年も見ていないという。

 大戦前の旧魔導文明時代に開発されたこの結界は、当時は防壁の構築を目的とした開発ではなく、次元間航法の研究の副産物として得た情報を元に、様々な実験と検証の末、偶然生み出されたものらしい。

 面白そうな話ではあるが、正直、開発の経緯を聞いても結界がどういったものかよく分からない。

 実際、研究者も安全性を確認する為に気の遠くなるような実験を繰り返したが、安全であろうという検証結果は得られたが術式自体は完全に解明出来なかったそうだ。

 良く分からないものを、分からないまま使うのはどうかと思うが、利用出来るものを利用しないというのは人間には選択肢として存在しないだろう。例えそれが危険なものだったとしても。


 開発直後、当然だが適合条件は解明されておらず、適合率は一割以下とそれほど多くなかった。

 それでも今のように、ほぼ皆無という事はなく都市防衛などの要所で運用されていた。


 大戦を経て、一万年以上経過した現在、異相結界がどの様に進化したかは不明で、しかもオレに譲渡された情報体の大家が祖竜である事から、接触させた際にどの様な反応を示すか全く予想が出来なかったらしい。

 非常に低い確率ではあるが、可能性として肉体の変容も有り得たとか。


 あ、危ねえ……。

 一応保険はかけてくれてたみたいだけど。


 情報体の譲渡の際にわずかだが接触者の情報がフィードバックされる。

 イグニスが1万5千年のあいだに異相結界を伝授したのはほとんど人間以外だったらしい。

 人間のみで受け渡しの行われた情報体なら問題がないが、それ以外の生物の情報がこれ程入った情報体の受け渡しは前例がない。

 なので、反応の予測が困難だったという事のようだ。


 困難ではあったが好奇心には勝てなかったらしい。

 実はワクワクしてたと。


 おい。


「またとない機会じゃからのう。これほど魔力的に頑丈な人間はそうそう現れんと思い、ならば、とな」


 ならばってなんだ。


「万全を期したからこその判断ではあるがの」


 バックアップ云々の事なんだろうけど、好奇心の為には手を抜かないよなイグニスって。

 でもその後のフォローが、フォローになってるか怪しい。


「百歩譲ってオモチャにするのはいいとしても、いや、良くはないんだけど、オモチャとして扱うならもうちょっと大事に扱ってくれよ」


 最近のオモチャは取り扱いの注意書きが山ほど書いてあるぞ。

 レアものなんて箱から出さないのがデフォだ。

 それ言うと監禁されそうだから言わないけど。


「そんなつもりはないが。ふむ、善処しよう」


 はい、頂きましたよ。お言葉を。

 でも、どこまで効力があるか不安だなあ。




今回の話、かなりの難産でした(´・ω・`)

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