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第百九話 連戦


 静まり返った闘技場内。

 しかしそれも束の間。観客席がワッと歓声に沸く。

 だが、この中で今、目の前で起きた事を理解している者が何人いるだろうか。

 自分達も全てを把握しているとは言えないが、と思い至りシュティーナとトーリィは息を吐く。

 医療班に運ばれていく男子生徒を視線の端に捉えつつもイズミを見る。


「剣を持った男子生徒を子供扱いなのは、分かるとして」


「あの……それはそれで理解が追いつかないのですが……」


「まあそれは、いつもの事なので」


「えぇ……」


 エレインが、どういう事? という表情をシュティーナに向ける。

 武器どころか防具類も身に着けずに戦っていた事もだが、その状態で剣を持つ相手を接近戦で倒してしまった事で混乱に拍車がかかっている。魔法主体であれば稀に無手で戦う事もある。現に此処にいる者たちは開始するまで遠距離で対応するものだと思っていたらしい。防具らしい装備が見当たらなければ、そう考えるのは不自然ではない。シュティーナの成長具合を見て、専門は魔法ではないかと予想していた事も、その考えを補強していた。

 しかし木刀を壁に突き刺した辺りから、何やら怪しくなる。

 壁に突き刺した事もだが、そもそも武器を使うのか? と思いきや、あっさり手放したりと訳が分からない行動ばかりだ。

 結局、体術のみで押し切ってしまった事で余計に訳が分からなくなったのだ。

 

 とは言え、イズミが関わる事では毎度の事である。

 それよりもだ。ダメージの蓄積がないのにも関わらず、ほぼ一撃で倒してしまった。

 通常、打撃によるダメージ蓄積はかなり鈍く人形に転嫁されるダメージが少ない。

 と思われている。


 しかし、実際の所そういった偏りはない。

 そこは実に簡単な話で。ナイフで刺した時と拳で殴った時を比べて考えれば、至極当然の事なのだ。

 極端な例を挙げれば、ナイフで胸を突くのと殴るのとでは、どちらがより直接的に命の危険があるかというだけの話なのだ。


 だからこそ一撃で倒した、その方法が不思議でならないシュティーナとトーリィ。

 闘技場内にいるほとんどの者は、何か魔法を使ったと思っているだろう。

 しかし。


「……ほぼ素の状態でしたね」


「身体能力のみで、あれを可能にするって、どうやってるんでしょうね。トーリィは分かる?」


『えッ!?』


 二人の会話を何気なく聞いていたつもりが、更に異様な情報がもたらされる。

 その事にふたりの周囲の人間の動きが固まった。

 魔法を使っていない事実に二人が気付いていた事、そして強化すらしていなかったイズミに対して驚きを隠せないでいた。

 だが、当の本人達はそれを気にする風はなく、イズミがやる事だからと当然のように受け入れ、考察に耽っているのが、また異様なのだという事に気付いていない。


「それにしても……教官との会話の内容も気になりますが……見事な煽りでしたね、お嬢様」


「言葉だけでペースを乱してくれるなら、安いもんだと言ってたものねえ」


「楽しいとも言ってましたけどね」


 周囲の視線に相変わらず気づかずに語るふたり。

 しかし、そんな会話を聞いて、イズミという人物の人となりを何となく察する一同だった。





 ~~~~





 さて、お次はーっと。

 お、なんか意外。騎士学科と聞いてまずは剣術が重要視されているかと思ったら、生徒Bは槍だ。

 

「体術がメインなのか……? 休憩――は要らんようだな」


「ですねー、どんどんいっちゃってください」


 次の対戦相手が中央に来るまでのイルザス教官との短い会話。

 他にも何やら聞きた気な様子だったが、そこは呑み込んで進行を優先するようである。


「第二戦目! 用意はいいか! ――それでは始めッ!!」


 生徒Bは、どちらかと言えば重装寄りか。強化も済んでる。

 構えも割と堂に入ったものだ。


「……舐めてんのか? なんだその構えは」


 んお? そこ気になっちゃう? まあそうだよな。

 肩幅ほどに足を広げてポケットに手を突っ込んで棒立ちのように見えるだろうからな。

 正解! ただ立ってるだけです。


「日常的に無理やり舐めさせるとか感心出来ないなあ。性癖暴露なら場所は弁えたほうがいいぞ?」


「……てめぇ」


「いいから、かかってきなさーい」


「ぶっ殺してやる……ッ!」


 二つの意味で無理だけどな! まず、ここ(・・)ではソレが出来ない。何よりオレが殺される以前に負けるつもりもないという事。

 だがまあ、なかなかの突進力。重たい鎧を着ている割に速い。

 定石通りというか、まずは様子見の意味でも突きは有効だろう。長物というのは、長いというただそれだけで充分強い。長物相手に数倍の技量が必要だというのは伊達ではない。

 しかし定石ならば対処法も当然あるわけで。まあ避けるだけなんだけど。

 

 生徒Bの突進に合わせて、こちらは後退しつつ右方向へ回避。

 連続の突きを予想していたが、穂先がこちらの動きに対して淀みなく追従してくる。

 おお、少し侮っていた。胴に近いほうの持ち手を動かす事で穂先の軌道を瞬時に変化させたようだ。

 槍のしなりも利用しながらの攻撃は、こちらを懐に入れさせないためには効果的だ。

 特化クラスとしてある程度の技量は備えてるという事なんだろう。

 数度の攻撃をかわしたが、思ったより多彩な攻撃だった事に感心する。


「オラァッ! どうしたあッ! 避けてるだけじゃ勝てねえぞ!」


 己の技に自信があるのか、余裕を見せつけるかのような表情で、そんな言葉を攻撃に乗せてくる生徒B。

 内心は攻撃が当たらない事に焦っているんじゃないかと思うがどうだろう。いや本気でオレが防戦一方だと調子に乗っているか? まだポケットに手を突っ込んだままなんだが。

 とはいえ、このまま続けても仕方ないのでリクエストに応えるとしようか。

 

「んじゃまあ、こっちからもいかせて貰おうかね」


 一旦距離を明け、ポケットから出した両の手の拳。それを胸の前で打ち鳴らす。

 ガチィンッ!! と金属的な音を響かせたソレは。

 コートを変形させた篭手、いや雰囲気的にはガントレットと言った方がいいか。

 外側を肘まで覆った、キアラに渡した蛇腹式のものに似たヤツだ。


「……どこから出しやがった」


 手首あたりまでしかポケットに入ってなかったのに肘まであるからな。

 でも展開式の装備だってあるんだから、それ程、不思議でもないと思うがね。


「見てなかったのか? まあ理解しようがしまいが結果は変わらんけどな」


「ほざけッ!!」


 どうせ負けるお前に教える意味はないと、オレの含みのある言葉は正しく伝わったようである。

 怒声とともに迫る生徒Bは、これまでより一層激しく攻撃を繰り出す。


 だがしかーし! 今度は回避せずにガントレットで全てさばく。

 半身に構える相手とあまり戦った事がないのか知らないが、弾かれる度に、その後の的を絞り辛そうにしているのが分かる。本人は隠しているつもりらしいが、その兆候は無手で相手をしている時からあった。

 攻撃をしている側にも関わらず、オレがお構いなしに前進するせいで、ジリジリと後退させられている事に焦りを感じている様子。

 そして上半身への攻撃が有効どころか、いなされたり強めに弾かれると態勢を崩すとなれば次はどうするか。

 はい、来たーッ!

 下半身への攻撃。来る事が分かっていれば後はそれに合わせるだけ。

 前方宙返りでの踵落とし。


 【縦独楽たてごま


 本来なら踵落としの後に刀の斬撃で完成する技だが、ここは単発。ついでに言えば踵落としを二連にする事も出来なくはない。踵に刃物なんか仕込んでると結構凶悪な部類の攻撃じゃねえかな。

 ちなみに別バージョンとして、トリプルアクセルを横にしたような感じで両手に刃物持って襲い掛かる技もあったりする。

 傍目には、なんかワイヤーアクションでクルクル飛んでるみたいな見た目らしい。実際そんなに回転してないんだけど。自力でそんなに回れるかい。速いからそう見えるだけだ。

 話が逸れた。

 魅せ要素の強い技だが意外と相手がビックリするから結構好きな技なのよ。


 脳天を狙ったが寸での所でかわされ、肩にめり込むオレの長い脚。

 長くない? ほっとけ。

 こちらは強化してないんだから、脳天直撃を避けるくらいはして貰わなければ面白くない。


 さあ懐に入ったぞ。

 自分でもニヤリと口元が緩むのが分かる。蹴り抜かれて無理やりに腰を落とされた状態で至近にオレの姿。お互いの視線が交差する。そして追撃の姿勢を見せると「くっ!」と顔を歪ませる生徒B。

 おや、潔いな。あっさり槍を手放してショートソードに持ち替えるか。

 しかし、そんな直剣で抜刀術の真似事をしても避けてくれと言っているようなもの。

 中途半端な切り上げを身を屈めてかわすのと同時に、一石二鳥な右腕を伸ばした回転下段攻撃。


 よっしゃ! ここからはお楽しみタイムだ!

 足払いを目的としたこの攻撃で、だるま落としの駒ように足が弾かれ、一瞬宙に浮く生徒B。


 落ちる隙も与えず、厚い空気の層を纏わせた足で蹴り上げる!

 同時にッ! 魔力の特殊運用で標的の周囲の空間ごと領域を掌握!

 微弱な掌握だが、これで充分。過剰な吹き飛ばしを防ぎ、ごく自然な感じで浮かせて。

 

 そして、ここでッ!!

 P・P・P・Kッ!!


 最後の後ろ回し蹴りが綺麗に決まったぜッ!!

 音にすると、ズドドッ! ドガッ! と、実にいい音だ。

 あ、壁面に叩きつけられた音も追加で。


 出来るかな? って思ってたけどホントに出来た。

 向こうじゃ無理だけど、こっちならもしかしてって、ずっと考えてたんだよ。

 魔法無しじゃ、どうやっても再現不可能だ。相手との距離の調整がネックだったが、領域掌握で、その辺を無理矢理解決してみた。別の小細工としては、気体を纏わせて攻撃範囲を限定しない事で、点ではなく面で分散した衝撃を与えるといった感じだろうか。小細工なしだとポイントがズレただけで吹き飛ばして終わってしまうと思ったが、そんな事もなかったか? まあいいか。

 それはともかく。


 いやー、気持ちよかったッ!

 やってみたかったんだよなー、空中コンボ。


 派手に吹き飛んだ生徒Bは? 壁に激突してドシャッと落ちていたがダメージはどんな感じだ?

 あれ、思ったよりダメージ受けてる。

 ヨロヨロと立ち上がるが、再び崩れ落ちる。意識はしっかりしているが、力が入らない感じなのか?


 それはそうと静かだな。視線が生徒Bに集まって――いやオレのほうを見てるのも相当いるな。

 イルザスさんも僅かに目を剥いてオレを見ていたが、生徒Bの様子を確認しなくては、といった感じで、我に返るように直ぐに生徒Bへと視線を戻した。

 そして。


「これは……続行は無理だな」


 いつの間にか入り口付近に控えていた救護班らしき人達にイルザスさんが目配せをすると、両脇を抱えるように生徒Bがルイネルの陣営へと運ばれていった。


「――勝者、イズミッ!」


 その声に再び客席がワッとなったが、先程より大人しめな感じ。代わりにザワつきが増したように思える。チラっと耳を傾けると、空中コンボを成立させた方法が議論のネタになっているようだ。

 そりゃあ、そうなるか。普通に考えて極めて不自然な挙動だからな。

 うーん。しかしこれは、ダメージの蓄積で肉体に制限が働いたパターンかな? 魔力と打撃の両方で一気に設定値に達したという事だろうか。


「言いたい事は多々あるが……また休憩は無しで行くのか?」


「ですね。時間が勿体ないですし、人という資源は限られていますからねえ」


「……その言い方は……何か色々と試しているのか?」


 オレの返答を聞いて、ルイネルの陣営へと向けたその表情は、生徒Bが震える小鹿になった要因を探るようなものだった。 

 通常では在り得ない過程を経た結果に、やはり疑問を隠せないようである。

 だが、ここでソレを問い詰めるような事はなかった。


「それにしても……回復手段も間に合わないとはな」


 どこか独り言のようにオレに向けられた言葉に、腰に手をあてニカッと返すと。

 今度は、ため息混じりの苦笑を返された。

 回復手段というのは、何も詠唱を唱えて回復魔法を発動するだけではない。制限はあるものの事前に札や鎧に仕込んでおく事だって可能なのだ。ボディペイントや刺青で魔法陣を描く方法だってある。

 それでも専用特性の魔力を流したり起動詠唱キースペルが必要になるが、それさえも行えなかったとなれば微妙な表情になるのも分からなくはない。

 金があるなら当然、そこら辺も充分に用意してあったはずだろうし。

 オレも今ので勝負が決まるとは思ってなかったけど。


 ん? 何やらルイネルの陣営はゴチャゴチャとうるさいな。

 次の順番で揉めてるのか? 決めとけよ。って予定と違い過ぎる結果で泡食ってるのか。

 負けるにしても、もうちょっと善戦するとか考えていたんだろう。


「あー、残り全員まとめてでも構わんのですけど」


 まだかといった表情を見せるイルザスさんに、そう提案してみる。

 このままじゃ本当に時間が勿体ない。思ったより検証出来てないんだから、色々試させろ。

 などとは口に出さずにイルザスさんの反応を伺う。


「……分かった。お前さんが構わんのなら、それでいくとするか」


 その提案を伝えるためにルイネル陣営へと後ろ頭を掻きながら歩いていくイルザスさん。

 どうしたもんか、といった面倒臭さのようなものを滲ませて。

 そしてこちらからの提案を伝えたのだろう。ルイネルが悔しさを隠そうともしない、いや親の仇でも見るかのような怒りに歪んだ顔で、こちらを睨む。

 侮辱されたと感じたのか恥の上塗りと思ったかは、オレの知った事ではないので、どうでもいい。


 だがイルザスさんが戻ってくると、中央に進み出たのは二人だった。

 ルイネル以外の、残りのふたり。


「頑なに一人で挑む事を譲らなくてな……」


 オレの顔には『どういう事?』と書かれていたらしい。

 イルザスさんが告げた理由に、少しだけ感心してしまった。


「意外と考えてるなあ、坊ちゃんは」


「……どういう事だよ」


 騎士というより冒険者の剣士風の生徒Cが訝し気にオレを見た。


「三人一緒だと真っ先に落とされる可能性があるから、それを潰したんじゃないか? 万が一の事故さえ回避するために三人同時って利点を捨ててまで、そっちを選んだ訳だ」


「ッ!」


 気付いてなかったとかマジかよ。といっても三人同時だったとしても肉壁にされるだろうから、コイツらにとって別の意味では問題ないといえば問題ない。結果は同じという意味で。


「まあ、そんな勿体ない事はしないけどな。メインディッシュを最初に平らげてどうする」


「舐めやがって……ッ!」


 自分達が倒される事が前提になっているという事に憤りを感じているらしい。

 いやいや、当然だろ。一般騎士が相手だったとしても結果は変わらんぞ。本職の騎士の本気を過少に見積もり過ぎだ。

 周りに本職はいないのか?

 いや違う、どうも同年代の女というだけで偏った認識になってるな。変なプライドのせいか女に負ける訳がないと。目の前であっさり負けたヤツを見ているのにも関わらず。

 しかもコイツら、会ったばかりの頃のキアラたちにだって及んでいるか怪しいってのに。


「では第三戦目、準備はいいか? はなから特殊連戦だ、多少の変更は問題あるまい――」


 睨み合っているオレたちに聞こえるように発せられたイルザスさんの言葉だったが、ルイネル陣営のふたりは聞いていやしない。開始の合図を待ちきれないといった様子で、こちらを睨み続けている。


「――それでは、始めッ!!」


 待ち望んだ開始の合図に、事前に仕込んでいたであろう魔法が放たれる。

 お、いいね。やっと戦いらしくなったじゃないの。こういう、よーいドンで始まる形式だと開幕でぶっ放すのは色々と効くからな。

 火矢レムス・ロウ封気砲ナーク・アレで機動力封じも狙った足元への攻撃で巻き上げられた土煙を利用して距離を取ったようだ。

 ただ、オレだったら結果は確認したりしない。視認できないからという理由もあるかもしれないが、土煙が薄まるまで待つとか暢気過ぎるだろ。魔法の準備をしてるとしても石でもなんでも投げ付けろよ。


 オレも同時に距離は取ったんだけどな。テッカテカに固めた土玉でも投げてやろうかと思ったけど、それで勝負が決まってしまったら検証が出来ない。


 ふーむ。この二人。どうやら片方は、ほぼ魔法職でもう片方は遊撃タイプの魔法も使う剣士か?

 長めの杖、これはスタッフだっけ? それを持った魔法使いっぽい恰好で次の魔法を練っている。

 剣士のほうもショートソードを構えつつも魔法の準備をしているようだ。

 なるほど。接近戦を警戒して遠距離で片をつけようって? それとも取り敢えずの様子見か。


火炎槍レム・トーガッ!」


 おお、三連――いや四連? 威力もありそうだし起動も速い。

 剣士のほうも、これまた炎系の魔法が起動間近だ。もしかしてオレが回避するのを見越して、それにタイミングを合わせるつもりか?

 いや、避けないよ? ならどうするかって?

 こうする。


 ポケットに入っていた小石に魔力を込め、四本の火炎槍に向かって投げる。

 『飛連穿孔』の簡易版。身体を半回転させ射線誘導によって放たれた小石が火炎槍を撃ち抜く。

 小規模ながら爆発四散した炎の槍。

 その事に動揺を隠せない、魔法使いの生徒Dが「なッ!?」と声を上げる横で「チッ!」と舌打ちと同時に魔法を解放する生徒C。

 連携を崩される想定をしていなかったようだが、構築した魔法は放つしかないとばかりに。

 火炎弾デア・レムスで作り出した拳大の火の玉の弾幕がオレへと迫る。

 しかし、それも飛ばした小石で全て四散させた。


「クソッ! 何故途中で!」


 などと叫びながらも次弾を用意してるのは、それなりに場数を踏んでいる証拠かも。

 だけど適当な着弾条件だから、邪魔されるのは当然。任意か、ちゃんと生物か人体って定義しておかないとこうなる。


 だが、なかなか良いタイミングで魔法を撃ってくる。

 普通であれば防御に徹するしかないくらい間断なく魔法が放たれている。そのせいで爆風と土煙で視界が悪くなってきた。

 壁際まで避けて後退すると、追い詰めたと思ったらしい。今までにない規模の魔力の集中。


「終わりだッ! 大炎塊デア・レム・ローガッ!!」


 おお!? 素直に驚いた。学園生が使えるとは思ってなかった魔法だ。

 でも実は、そういうのを待ってました! 壁際に立てかけてあった木刀を回収して素早く魔力を流す。

 火炎球レム・フーに比べてかなり大きい炎の球体だ。魔力の密度も比較にならないくらい込められてる。

 だが! 木刀を利用した魔力羽子板で打ち返す!

 速度的には遅いし、タイミングを合わせるのは簡単。


「んあ゛ッ!!」


 フォアハンドで渾身のリターン!

 掛け声もテニスプイヤーの真似をしてみた。


『ええ゛ッ!?』


 あれ? 対戦相手だけじゃなく、会場中からも聞こえた?

 そんな疑問が浮かぶ間に、巨大な炎の塊が二人に襲い掛かる。跳ね返しただけなんだけどね?


「がッ!?」


「ぐぅッ!!」


 二人を丸ごと爆炎が飲み込んだ。

 なんとか障壁は間に合ったらしいが、出力不足だったようだ。派手に吹き飛ばされて、それぞれ別々の方向へと地面を転がっていく様は何かに似ている。ああ、カーレースのクラッシュだ。


 死んだか? と思ったが。ふら付きながらも立ち上がり自らに魔法をかけ始める二人。

 即時発動に近い所を見ると、どこかに札か魔法陣があるのだろう。回復魔法のようである。

 なるほど。回復魔法を使うと転嫁されたダメージ蓄積値が減少して尚且つ行動制限が緩和される仕組みなのか。

 何コレ、すげえ。とんでもなく複雑な処理してるぞ、ここのシステム。 


 と、そんな事はあとにしよう。

 強制的に引き離された二人だったが、その場所のまま攻撃を再開する事にしたらしい。

 開幕でオレを押し込むために正面に陣取っていたのがマイナスにしかならないと気付いたようだ。

 小石に撃ち落されて無効化され、挙句、打ち返されたら同じ場所にいるのはデメリットにしかならない。


 しかーし! 今更遅いッ!

 オレも今から本気出すぞ。魔力で大量に作ったテッカテカにした泥玉を領域掌握で手元に引き寄せ、魔法構築の邪魔をするようにそれぞれに投げつける。


 ドカッ! という鈍い音が響く。それぞれの左足に命中した泥玉に「ぐがッ!?」「うぐッ?」と呻きを漏らす二人。再度、魔法構築のために集中するも、またオレが泥玉をぶつけて邪魔をする。

 魔法を発動しようとした瞬間に潰す、詠唱に入ったら潰す。そんな事を何度も繰り返してるうちに二人ともいつの間にか泥パック状態だ。

 剣士のほうは、その状態を打開しようとオレに接近を試みるが、それも大量の泥玉をぶつけて阻止。

 そして徐々に泥玉の数を増やしていく。ついでに泥玉の光沢もな。


 さて、どこまで耐えられるかな?





 ~~~~




「絵面が酷い……」


 エレインの呟きが妙にハッキリと耳に届いた。


「確かに。傍目から見るとこんな感じなんですね」


「私もお嬢様も、いつもは当事者ですからね。周囲に同じ境遇の仲間が居てソレを見ていても、客観的に見るのとでは全然違うというのは新たな発見です」


 何かズレているような気がするトーリィの感想だが、それよりも気になる事がシュティーナとトーリィの会話の中にあった。


「あの……いつも、なんですかコレ……」


「割と。基礎訓練のようなものです。なんの工夫もなく魔法を発動しようとすると泥玉で潰されますから魔法を使うのも一苦労です」


「私たちには手加減してくれてはいるんですけどね。嫌がらせ目的なら匂いも混ぜると言っていましたよね」


「あー、それであの二人はあんなに顔をしかめているのね」


「それに少しづつ泥玉が硬くなっているようですよ、お嬢様。どうも色々と試しているのでは」


「そういえば闘技場の仕様に興味があるような口ぶりだったわね」


「ああ……酷い事に。土属性魔法って、あんな事出来るものなんですね……」


「タイミングのほうは難しいですけど、規模は頑張ればなんとかなりますよエレイン様」


 滅多打ち、という表現が実にぴったりな光景だが、周囲の者は何故か目を逸らせないでいる。

 ガイン、ガインッ!! と硬質な音が絶え間なく響く。標的の二人とて、ただ黙って喰らっているわけではなく移動や回避、障壁なども駆使してなんとか凌ごうという気概は見られるのだが、そのことごとくが初動で潰され、その後、泥玉の的になる。その繰り返しである。


 そして。


「なな、な、何ですかアレーーッ!?」


 ドガッッッ!!

 観客席との境目の障壁が衝撃波に晒され、一瞬だが不規則な明滅をする。

 あまりな光景と、予想だにし得なかった大爆発を思わせる空気の振動に「ヒッ」と声を漏らしたのはエレインを含め、一人や二人ではなかった。


「あの衝撃で、どうやって――あっ……」


「潰されましたね……」


 シュティーナが疑問を口にする間も無く事態は進み、あっけなく決着がついてしまった。

 ルイネル側の二人が巨大な泥玉の下敷きになるという結果で。


「なんか色々酷い……とは思うけど、イズミさんですからね……」


「これでも穏便な方でしょう。それより、お嬢様はイズミさんが、どういった事をしたのか、お解りになりましたか? 私では幾つか分からない部分がありまして……」


 トーリィの言葉は、ここにいる者全ての疑問だ。もっとも理解している部分には、だいぶ開きがあるのだが。

 

「そう、ね……おそらくあの巨大な泥玉、中身は別物でしょうね。あれだけのものを作り出したのに足元の土がそれ程抉れていない。山が出来上がるように盛り上げて外側だけを球体にして、中身は水で満たした。そして破城扇で衝撃を与えて転がし相手を轢き潰した。――これは多分、間違っていないでしょう。でも、そんな果実のような状態の泥玉を壊さずに衝撃を与えるというのが……」


「候補は幾つかありますが確信には至りませんよね……」


「軟化を使っていたなら変形が見られるはず。でもそれも無かった。極限の硬質化か視認出来ない障壁を仕込んでいたか……それにしても、今の攻撃はなんとなく意図が読めた、かな?」


「らしいと言えばらしい方法でしたね」


 トーリィもイズミが何を求めて、あんな事をしたのか凡そ見当がついているようだった。

 周囲に居る者はイズミが何を目的にしていたのか、そもそもどうやればあんな事が出来るのか、まだ理解が追いついていない。

 だが思考を止めるのも違うと感じているようで、おずおずとだが尋ねた。


「あの、何が目的で、あんな巨大なもので轢き殺したんでしょう?」


「エレイン様? 殺してはいませんよ?」


「あっ、あははは……そうでした。なんか、ものすごい大事故を目撃したような気がしたので、つい」


 続く言葉は「願望が口に出た」であろうか。


「ふふっ、気持ちは分かりますけどね。あれはきっと、重量物がどう判定されるかを試したんだと思います。圧倒的質量による圧力が、ここの仕組みにどう反映されるか検証したのではないかと」


「あっ! そうか……ゴーレムを使って圧力を加えるにしても、それだけで倒せるほどの重量となると……。それに弱らせてから、わざわざ押し潰そうなんて事も……。だったら早く止めを、となりますし。そもそも仕組みを調べようとか考えた事もありませんでした……」


「超遺失物級の魔術機構ですからね。普通はそれを何とかしようとは考えないでしょう。でも、だからこそ興味が湧いたんでしょうけど」


 そう言ったシュティーナが闘技場の中央へと視線を送る。それに釣られるように周囲の者もイズミの居る場所へ視線が移った。


「……お嬢様はイルザス教官と個人的に面識が、お在りですか?」


「教官と学園生という繋がり以外はないけど。何故?」


「イズミさんと教官の表情が、見知った仲のように見えたので……いえ、ここでの遣り取りで変化した……?」


「イズミさんも大概、人好きのする人よね。いえ、珍獣か何か、希少な生き物を目の前にしたような反応?」


「あっ、なるほど。それ何となく分かります。――それはそれとして、お嬢様」


「ええ。四人があっさり倒されたのに妙に余裕があるのが気になるわ。開き直り? ココラフ家の者に限って降参など在り得ないでしょうし……」


 シュティーナの呟きに周囲の者たちにも、妙だなという空気が漂い始めていた。

 しかし、言い出しっぺのシュテシーナが「でも結果は変わらないでしょうし、気にするだけ損かも」と顎に人差し指をあて軽い口調で言った為に真剣な空気が霧散してしまった。


 本人としては不安を煽らないようにと、気を回したようであるが。

 何処か得体の知れない空気が漂う闘技場。特異な経緯、異質な対戦者。

 繰り広げられる異常ともいえる戦闘技術。



 決闘は、まだ終わらない。




うわー、本当に終わらなかった!

この回で終わらせるはずだったのに……ッ!

決着は次回で( ゜Д゜)



体調も悪いのが続いてるし……あっ、例の病気ではないです。

なるべく早く次の回をとは思ってます。


皆さんも体調には、お気をつけて。

ブクマ、評価、感謝です!

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