第百話 新しい環境へ
王都にあるアラズナン家の別館。
到着したのは昨日の昼過ぎ。
いわゆる貴族街とでも言えそうな立地にある建物は、それほど華美な印象はなく、しかし小綺麗なしゃれた洋館といった雰囲気。
俗にいう貴族街とは官僚や役職についている貴族が多く住まう地域一帯を指す。
街とは言ったが隣家との距離が程よく離れ、広大なエリアな事もあってか、ひしめき合っているという印象はなかった。
しかし在領貴族が定期的に訪れるための館だったり、領地を持たず官僚機構を担うの法衣貴族なるもののお屋敷が立ち並ぶ様は遠目にも、なかなか壮観でもある。
そんな場所にあるアラズナン家の屋敷。
その庭で午前のお茶の時間。気持ちいいくらいに快晴だ。
あー、美味い。
「……何事もなく到着したみたいな顔してますけど結構いろいろありましたからね?」
シュティーナが紅茶を口に運びつつ目を細めて言う。トーリィとセヴィは苦笑気味に否定の材料なしとシュティーナと思う所は同じらしい。
リアの「そうなんですか?」という表情にコクリと頷いくアラズナン家の三人。
ラキは……お昼寝中ですな。
「そうか? んー、だとしたら一見して護衛がいないように見えたのも原因かもな」
「そう装ったんですよね? 途中で馬車の車内空間を拡張すると言い出した時は何事かと思いましたよ」
本来なら時間をかけて行う拡張作業だが、特殊な木材か樹脂があれば急造でもいける。
拡張に沿って内側の材料をカサ増しするのに適した材料が必要なのだが、増殖か膨張のいずれかが可能な素材が手元にあったのでリフォームに踏み切ったわけだ。
要はコテージの余った材料を流用しただけの話。
成長をさせられないので今回は制限付きの拡張だったのは仕方ない。
コテージのように栄養を与えつつ木材の成長に合わせた空間拡張という手段は半分放置しておける分、最初の技術的手間が半端ではない。だが今回のように最初から決まった大きさに拡張する場合は意外とすんなりいく。
「材料と複雑な魔法陣や回路を用意出来ればの話ですけど」
「でも快適だったろ?」
「それはそうですが……」
拡張馬車はメイドさんたちにも概ね好評だったって聞いたぞ。
「オレも色んな意味で快適だったー」
「快適だったーではなくてですね……いっそ盗賊が哀れでしたよ」
一週間前後の旅程で二度の襲撃というのは多いのか少ないのか。
通常であればトーリィの他に二人ほど腕利きを同行させるという話だが、今回に限ってはその二人をメイドさんたちが順繰りで偽装していた。馬のローテーションの兼ね合いで人を乗せる馬が三頭なので自然とそうなるらしい。
当然、そういった護衛がいるとなれば盗賊側にしてみれば多少の躊躇が生まれるが、それをさせないために護衛役の三人には拡張馬車に居てもらったのだ。
余談だが、今回の移動の主力である馬の中にバイツは居ない。
あの巨大な馬が居たら目立つ上にレノスとの繋がりが疑われてしまう。
疑われてもいくらでも誤魔化す方法があるという話だが、そう毎回バイツばかりに任せるわけにもいかないんだろう。
それにバイツを連れて王都に来たら、またカザックにすぐ戻らなければいけなくなるらしい。
それではいくらなんでもハイスさんがキツイという話になったそうだ。
こっちの騎獣の様子を確認するのもハイスさんの仕事のようで、とんぼ返りの案は見送られたという。
密かにバイツとの旅も期待していたから、オレとラキはちょっと残念だった。
「いやしかし、護衛がいないとアイツら元気だね。屋根のオレに気付くのも遅えし、罠の可能性を疑いもしない。あんなんでやっていけてたのが不思議だ」
「盗賊としては素人っぽかったよね」
「リナリーは死の牙を見て言ってんだろうけど、あれはあれで特殊だったから比べるのもな。装備も面白みのないものばかりだったし今回は当たりハズレで言ったら、まあハズレだろうな」
「盗賊に襲われた時点で、その評価はおかしいんですけどね」
普通は襲撃された時点で大ハズレだとシュティーナは言いたいようだ。
……オレにとってはスクラッチくじみたいな感じなんだけど、言ったら怒られそうだな。
「しかし冒険者くずれが多いのな。いや別に意外でもないか? 顔隠して装備も変えて正体隠せば副業で足突っこんでるヤツは結構いるのかね?」
以前にキアラの説明でもカードの有無で手間が全然違うと言われたが結構な比率で所持していた。
死の牙の連中は規模に対してあまり、その割合は高くなかったから、そんなものかと思っていたが、一つの例だけを見て決めつけるのは早計という事らしい。
「どうでしょう……ギルドカードが都合良く使われているのは確かなようですけど……」
一応、身分証としての機能と財布機能も含めて便利な機能がある。その維持費のための金を定期的に納めれば表向きは、まっとうな冒険者を装える。犯罪に対する真偽判定の全量検査が現実的じゃないというその穴を利用してる輩が裏で何をやっているかなんて把握しきれないだろう。
裏稼業に精を出すなら、やりようはいくらでもある。盗品のロンダリングだってギルドすら知らずのうちに噛まされてる事だってあるかもしれない。
「それにしてもシュティーナがいると犯罪者の引き渡しが楽でいい。身分証明が家紋と魔力装置が組み込まれた魔法具ってのは理にかなってるわけだな。あれ一発でアラズナン家の人間って証明出来たもんな」
事実上、偽造が出来ない。何しろ家紋はともかく魔法具での照合方法が全くの謎だからだ。
調べれば解るかもしれないが、誰もしないし、させないといった感じなんだろう。オレも別に調べるつもりもない。
「でも良かったんですか? 盗賊がため込んでいた財貨をそのまま返還というかギルドに置いてきてしまって」
「手続きが面倒過ぎる。盗賊ども本人たちはリアカーで引きずって運び込んだから、そのまま審議判定後で討伐報奨。その流れが実にスムーズだったからいいけど、強奪品の扱いは手間がなー。持ち主に返すなり売り払うなり好きにしてくれって感じだわ。アラズナン家の威光があれば、あまり誤魔化しはないとは思うが、売却益等は無ければ無いで構わん」
「イズミが盗賊個人の持ち物は容赦しないのはどうなの。手続きなしで根こそぎ、かっぱぐよね。それっていいの?」
「いいんだよリナリー。言ってるだろ。オレの物はオレのもの、盗賊の物もオレのもの」
「相変わらず酷い所有権の定義」
ジャイアニズム宣言。
聞き慣れてはいても、一応突っ込むのなリナリーは。
「冗談だ。一割くらい」
『……』
何故、全員黙る。
「真面目な話、盗賊が持ってた武器防具の場合、所有権が曖昧ってのが理由にある」
皆の顔を見るに、この辺の話はあまり詳しくはないようだ。
武器だけ執拗に集めるなんて滅多に聞かないとなれば無理からぬ話。
使い慣れた武器の上位互換なら捕縛者が、その所有権を主張するかもしれないが、賊が所持品の中にそこまでして手に入れたい武器がある可能性は極めて低い。余程良いモノでない限り犯罪者が使っていたものを、そのまま使おうなんて考えるヤツはそう居ないというのが大きな理由だ。
どこで何をしたか分からんような武器だからなぁ。
そして畑違いの上等な武器なら売って自分の気に入った装備に費やすほうが無難だ。
だから所有権がどうのという話は知っているほうが珍しいのかもしれない。
ギルド解体所のガルタのおっちゃんも、そう言ってた。
「賊がどうやって手に入れたか。奪ったのか盗んだのか。はたまた買ったのか。購入以外の方法だと被害者はどうなるか」
『あっ……』
「状況次第とはいえ無事でいる確率は限りなく低い。畜生働きが当然とは言わないが、その護衛は?」
「そっか、明らかに戦う風体の者は真っ先に排除される……」
リナリーは未だ人間社会の、そういった暗い部分に疎いせいか反応に戸惑いが混じる。サイールーはどちらかというと感心に近い反応を示すのは年の功だろうか?
リアやアラズナン家の皆は、思い出したように「まあ、それは……」といった反応に留まっている。
「だから盗賊の装備品は返せなんて誰も言わないんだよ。盗賊側も、強奪品は大抵は足が付くのを嫌って闇に流すし」
命が助かっても、奪われたら何処に流れるか分からないモノを探すなんて事はしないだろう。
取り返そうにも、そもそも負けた上での話だから武力での解決も無理。人を雇ってそれをしても赤字にしかならないなら誰もやろうとは思わない。
取り返そうと思う程の上等なものなら、運が悪かったとしか言えない。
それを扱うだけの技量がなかったのだから勉強代だと思って諦めるしかないのだ。
名剣、奇剣 妖剣の類で家宝ともなれば話は別かもしれないが、そんなのは稀だ。
それとは別の話になるが武器屋に直接、盗みに入るのもそれはそれでリスクが高い。
案外、と言っては失礼かもしれないが結構セキュリティがしっかりしているのだ。
盗めたとしても闇ルートが確立していないと同じ街ではなかなか売り払えないし持ち運べても、それなりの重さの物を何本もとなると、その労力に見合う成果になるかどうか。
だったら金品と一緒に移動している所を狙った方が結局は効率がいいという事になる。
直に盗まれる事例が全く無い訳ではないが大抵は数打ちのものばかり。
手を掛けた武具はそれなりの扱いになるから盗むのは難しい。
それにだ。あからさまに盗品使ってたら自己紹介してるようなもんだ。
仮に正当に盗賊の討伐報酬だったとしても誤解される可能性はゼロじゃないとなれば、先程の使いたくない理由と併せて、そんな面倒な事は避けたいとなるのが普通だろう。
オレ? オレはそのまま使ったりしないし余程面白い特性でも無い限り材料にしちゃうからな。
ま、それはさておき。
「盗賊が自分で買った武器なら尚更、所有権なんてものはない。ヤツら意外と装備に拘ってるのも居るみたいだけど捕まった時点で没収されて売却が相場だ。普通は命が没収されて終わりな事を考えれば命が助かっただけでも上等なほうだろ」
その後にどういう処遇が待ってるかは別の話だが。
「ああ、そうか。生け捕りだと報奨金が増額されるのって売却益の意味なのか」
「どういう事?」
オレの呟きに対してはリナリーだけじゃなく他の者も、やや首を傾げて疑問顔である。
「量刑に詳しくはないけど、犯罪者はほとんどが強制労働だろ? その労働力になる資源を売ったって事になるんだろうな。死んでたらその分が無いわけだ」
「そこを深く考えた事はなかったですね……討伐する側のやる気のための処置かと思ってました。むしろ生け捕りのほうが、その後の手間も増えるのではと」
「学園でも、その辺の線引きは必要ないって判断なのかもな。まずは自身の命を守る事、もしくは確実な討伐を優先って考えれば妥当だろう。まあ手間が増えるのは確かだ。けど、その後の利益が馬鹿に出来ない。というか軽視できないくらい莫大だろうからなあ」
そういうものの積み重ねが今の生活に反映されてると考えれば、そういった仕組みは社会の根幹を支えているとも言える。
言い方は悪いが犠牲を前提で色々と試せるのはデカい。
その説明に「言われてみれば……」と表情はやや硬いが納得する一同。
「盗賊には好き放題出来るから素晴らしい」
「そこは冗談じゃないんだよねえ」
「職業盗賊に人権なんぞない」
それもどうなのってリアクションだけど、なんでじゃ。ただの事実やろ。
~~~~
「それにしても新学期開始の三日前に到着って準備とか大丈夫なのか? ギリギリな感じがするけど」
オレの感覚からすると移動距離と移動手段から、もう少し早めの予定のほうが良かったんじゃないかと思って出た言葉だ。
「大丈夫ですよ。あらかじめ学期開始から一週間ほどの猶予期間があるんです。距離や場所によっては道中何があるか分からないですから」
そう笑顔で返すシュティーナにトーリィが補足してくれた。
それによれば、移動の際のトラブルも勘案しての措置との事。途中、天候の急変で災害に見舞われるなんて事だってある。土砂崩れや洪水で道が通れなくなったり、本人や同行者が急な病に倒れ身動きが取れない場合だってあるだろう。
魔獣に襲われたり野盗に襲撃される事も充分にあり得る。
そのために一週間という期間が設けられていると。
「積極的に盗賊を狩りにいくなんて聞いた事ないですけどね」
「そこは大丈夫だったろ? 大体は皆が寝てる間に済ませてきたんだから」
襲ってきたヤツらを半分くらいは逃がしてヤサを割り出したのだ。
そして陽が落ちてから襲撃。家財道具から何から洗いざらい回収してきた。何でも売れる世の中ですから。
気を失ってなかった盗賊から「……この悪党め……」と罵られたが「何事にも上には上がいるもんだ」とラキと一緒に笑顔を向けたら「ヒィッ」と怯えられたが。
巨大風船ゴーレムを試そうかと思ったが、まだ細部が仕上がってないために諦めざるを得なかったのが口惜しい。
「そういう事ではなくですね。お花を摘みに行くみたいに言わないで下さい」
「犯罪の芽は摘んでおかんと」
「朝方にリヤカー? でしたか。それに山積みにされた人間を見せられたこっちの身にもなって欲しいです。しかもそれがあんな……もう言わせないで下さい!」
ああ、股間がスプラッシュマウンテンした後だった事か。
尊厳をぶち折るには効率がいい。
「今後気を付ける。かもしれない」
「うぅ……やめようとは思わないんですね……いいですけど」
盗賊の排除。誰かがやらなきゃいけないならオレがやっても構わないはず。
オレがそう考える事を分かってるだけに皆、苦笑いだ。
「リアもこの日程で良かったのか? 事前に話し合っての事だろうから今更どうこうってのも無いとは思うけど」
「そうですね。通学に関する準備はお兄様が終わらせてくれたようですので全く問題ないです」
「シスコンか」
「クスッ。お兄様の事をそう仰るのはイズミさんだけですよね。共鳴晶石で連絡をしましたから、こちらの予定もお兄様はご承知です。なので予定通り新学期から学園生です」
「おー、楽しみにしてたもんな」
「はい!」
その表情には期待や嬉しさが混じっているのが良く分かる。
今回の旅もそうだったが。極端な話、必要な物を無限収納に入れておけば荷物を改めてトランクに詰め込む等の準備が一切いらない。
その点でもメイドさんたちに好評だった。さすがに個人に配るほど用意出来なかったし止められたけど、今回の旅程でのメイド長さんにだけは廉価版の無限収納を渡してあった事で格段に準備の手間と快適度が違ったらしい。
リアは無限収納を受け取ってから必要なものは全部そこへ収納していたので、やはり準備は必要なかった。他の段取りはラグが請け負ったために最小限で済んでいるし、あとはリア自身が王都に無事に到着するだけという事になる。
オレも旅の支度で一番大変だったのが、荷造りではなく挨拶回りだったくらいだ。
屋台街にカラドのおっちゃんに挨拶にいったら「お前、いつの間にそんな所に納まってやがった」と結構な時間、店主たちに根掘り葉掘りと聞かれた。話す機会はあったのに忘れて言わなかったのが原因なんだが。
ギルドでも挨拶に行ったのにログアットさんの鍛錬に付き合わされたり、ジェンの冗談か本気か分からない愚痴に付き合わされたりと割とバタバタとしていた感じだ。
どちらからも「元気にやれ」と送り出されたのはいいとして、「問題を起こすなよ?」とどちらからも言われたのは非常に遺憾であったが。
パン色の犬でもミミエさんに「あまり派手にやらないようにね」とクスクスと笑いを堪えるように言われた事を考えると、そんなイメージで固定されてるんだろうなあ、とここでも遺憾の意。
そうそう、あんまり調理担当の人と話せなかったのが強いて言えば心残りか。
ミミエさんの恋人? 旦那さんかね? 機会があれば話す事もあるだろうか。
あとはイルサーナの武器を揃えるのに忙しかった。
超重装備という浪漫あふれる響きに、ついついのめり込んでしまった。
白のトクサルテがこっちに来たら使用感を実際に確認がてら一緒に依頼でも受けようか。
「王都の冒険者ギルドはジェンが来るまでお預けだったか。学生って環境に慣れる事を考えるとそれどころじゃ無くなるだろうし丁度いいくらいか?」
「慣れるのに時間が必要だとは思えないのですが? どうせ好きになさるのでしょう?」
「オレだって空気くらい読むわい」
シュティーナがオレの事をどう思ってるのか話し合う必要がありそうだなぁ。
非難を込めた細めた目で拗ねたように言う様は、注意しても聞かない兄に諦めている妹のようにも思える。親しい者に対する本音からくる態度かもしれない。遠慮がなくなってきてる証拠かな?
「ああそうだ。セヴィは好きにしていいからな」
「え、僕には何か注意事項のようなものは……?」
「ない! どんどんやらかして目立ってくれたまえ」
「えぇー……」
「ま、正味な話でいうと肩ひじ張っても仕方ないって事。何かを誤魔化そうとすれば余程上手い事やらないと、いずれボロが出る。要らん所で緊張しても良い事はない。だからシュティーナもトーリィもリアも遠慮なくやればいいんだよ」
「いつも通りに、ですか?」
シュティーナが、やや困ったような笑顔。
「そうそう。そうはいっても加減は必要だけどな」
「んー、それも難しいような」
「リナリーの言う事も分かる。でも結局は、なるようにしかならん」
「まあ、ねえ」
不確定要素だらけの事案に色々と考えを巡らせても答えは出ない。
力業でどうにかなるような事ならいいが、事前の予測は無駄になる事がほとんどだ。
オレの変装による潜入もそうで、要はやってみなけりゃ分からない。そこに身を置いて初めて分かる事のほうが多いのだから。
かといって何も考えない訳にもいかない所が、これまた面倒なんだけど。
「ま、気楽に気楽に」
「と不完全な変態は思うのであった」
変なモノローグ入れんなサイールー。
~~~~
「全寮制って話だけど、護衛官とかの扱いはどうなってる? 後回しにしてたら結局なにも確認せずにここまで来たけど」
「それもどうなの」
リナリーのツッコミはその通りなんだが。でもやる事いっぱいあったし。
盗賊狩りとか盗賊狩りとか、盗賊狩りとか。
「……まあ色々と忙しかったですからねえ。本来なら道中そういったお話をするはずだったのですが、どういうわけか機会がありませんでしたし」
眉尻は下げて眉根は寄せるという苦笑がシュティーナの心情を端的に表している。
そして護衛官本人であるトーリィに譲るように視線を送った。
「基本的に護衛官は専用宿舎ですね。男性の護衛官を前提としていた時の名残です。護衛官自体の数が少ないという事もあり、護衛に関して言えば割と自由な裁量が許れている感じですね。つまり何かあれば他の生徒も守るといった風に。基本的には女生徒には女性の護衛官が、男性には男性の護衛官が付きます。逆になる場合もありますので同性の場合は寮の隣室も可能です。護衛官同士は異性であっても基本は宿舎は同じです。まあ大抵は大人同士ですから、その」
最後はむにゃむひゃと言い淀んでいたが、何かあってもソコは大人なので、という事なんだろう。
「なるほどね。じゃあオレは専用宿舎か」
「そうなります。ですが男子生徒はあまり護衛官を連れて来てはおりません。文官寄りの生徒ならば考えられますが、そうでない場合は自立の妨げになると同行させないのが通例です。稀に護衛官という名目を利用して教育を受けさせたいという場合もありますが。現状の実態を申しますと護衛官の大部分は女生徒付きがほとんどかと。生徒同士の異性間のトラブル回避という側面もあります」
「ああ、不埒者に対する抑止力的な意味合いが強いのか」
そんなに盛ってるのか男子生徒は。
思ってる事が顔に出ていたのか、トーリィは困ったように笑う。
「いえ実はですね……女生徒のほうからもいくんですよ」
「はい?」
聞き間違いじゃないよな? え、何、どういう事?
逆ナンが横行してるって事?
まさか夜這いに行っちゃったりしてんの?
「地理的、財政的、理由は様々ですが割と追い詰められた状況に置かれた領地の御令嬢が事を起こしやすいそうで。私もそれほど詳しいわけではないのですが、契約を迫るそうです。その、多種多様な手段で……」
色仕掛けで既成事実とかって事? 既に弱みを握っているのか弱みを握りにいく?
まさか拘束して事に及ぶなんて事は……
やだ、何それ怖い。
「それ、うまくいくのか……?」
「それが、意外な出会いもあるようで」
……意外な出会いってなんだよ。
「その……女性に攻められるのが好きな男性も中には居るようでして……」
SとMの出会いかよッ! 攻める? 責める? どっちでもいいわ!
そこでオレを見るじゃねえよサイールー。オレは断じて違う。フェチなだけだ。
しかし、どんなマッチングイベントだよ。
「護衛官が目を光らせて男子生徒が自由に動けなくなった時代から、そのような事象がちらほらと聞かれるようになったらしく、今では女生徒の動きにも目を光らせているわけです」
「身持ちが硬いって話はどうなってるんだ……」
「実際にどうなっているかは謎なんです。身体を預けているのかいないのか。一夜の過ちとして口を噤むのか。暗黙の了解として知っているものは知っているのか。領地の未来が掛かっているとなれば見て見ぬふりをする事も可能性としてはあり得ますし」
「つまり余計な事に首を突っ込むなって事だな」
「余程の事がなければ、それが無難でしょう。巻き込まれても良い事はありません」
触らぬ神に祟りなしってか。
そこで、ふと気が付いた。
「なあ、それってヤバくねえか?」
「「……?」」
シュティーナとトーリィは身近過ぎてまだ気が付いていないらしい。リアはきょとんとしているが、リナリーとサイールーは気が付いたっぽい。
オレと同じくセヴィに視線が向く。
「「あっ」」
「え……えっ? 僕ですかッ?」
「今すぐって話じゃないだろうがなあ。ヤバいだろ」
どう見ても異性を狂わせる外見だ。十歳という年齢で既に、その片鱗を見せている。イケメンって得ね! いや今はマイナスの話か。
「将来的には確実に、その手の話は出ると思ってましたが……もしかしてら既に拙いかもしれませんね……」
「確かにそうですね……以前のセヴィ様なら貴族として優秀ではあっても、そういった難事に巻き込まれる可能性は低かったのですが……今は……」
ふたりの中では捕らぬ狸、ではなく確定事項として捕った狸になっているようで既に違った意味での皮算用をしている模様。
気付いてしまえば身内故に悪い方向に想像が膨らんでしまうのは、まあ分からんではない。
あながち間違っていないのかもしれないとも思えるからなぁ。
以前であれば線の細さからか、見た目に反して令嬢たちからはあまり目を向けられていなかったらしい。
辺境の貴族という事も少なからず影響もあったようだ。
いや線の細さ、どうこうというより当時の年齢を考えれば周囲の令嬢たちは歳上に目を向けるだろう。
「リアはどう思う?」
「そう、ですね……年齢が近い程に異彩が際立ってその目に焼き付くかもしれません。いえ、意識を向ける側の歳が上がるにつれ比例して感心を惹く可能性も考えられます」
下級生の場合は知識を得れば得るほど力の差を感じるはずだ。要は学年が下から近づけば近づくほど自ずと、その異端さが鮮明になってくる。
そして上級生は信じがたいものとして意識せざるを得なくなる。その力を理解出来るだけの知識や力を持っていればいるほど無視できなくなるだろう。
加えて外見と強さの乖離が詐欺に近いというのも、強烈に意識に焼き付く要因になり得るらしい。
「つまり年上の異性の方々に囲まれる可能性が大きいのではと。ですが、もしかしたらイズミさんが居る事で目くらましになるかもしれません。女生徒として潜入なさるのですよね?」
「女生徒としてやらかせって?」
セヴィが霞むくらい盛大に引っ掻き回せば、そりゃ出来なくもないが。
「それも有りかとも思いますが、そうではなく。関係者として周知されれば、それだけでけん制になると思うのです」
ん~? 良く分からん。
何か貴族の持つ特有の考え方が根拠にあるんだろうか。
「異性の師というのは家族以上に審美眼が厳しいという例が多々あるのです。防波堤として立ち塞がる、という認識は少なからずあるのです」
「実情としても指南役が家族同然ってのは遠くない表現だったわけか」
「しかし、そうなるとですね……同性と認識されるが故に心証を良くする為の手段として、御令嬢方からイズミさんがお茶会に誘われる可能性が。イズミさんの年齢で女性の指南役というのは異例中の異例なので何とも言えないのですが……」
「……マジか」
オレの年齢的に、同性の師どころか異性の師として名乗り出るのは周囲の反応が予測できないって事になるのか。
しかし将を射んと欲すれば先ず馬を射よって? めんどくせえー。
「そこは本物の小姑が何とかするべきじゃないのか……?」
「誰が小姑ですか。コホンッ、続柄としては確かにそうですけど。でもそうなりますと、それこそその時にならないと事態がどう動くのか予測がつきませんが……」
「行き当たりばったりかぁ。まあ仕方ないと言えばそれまでだけど。ラキも何か考えてくれよー」
「わふ?」
何を考えればいいの? といった風に首を傾げてきょとんとしていたラキを、ひょいっと持ち上げて、わしゃわしゃと撫で繰りまわす。
気持ちよさそうに首を伸ばして、ここを撫でろという要求に応えつつ。
ま、学園の事なんか興味ないわな。それにさっきまで寝てたから聞いてなかったもんな。
するとセヴィが、ちょっといいですかといった風に切り出した。
「あの、僕も女生徒に変装するというのは?」
「それはそれで別の需要が在りそうな……」
「別の需要って何ですかイズミさん」
「何でもないです」
スッと細めた目で咎めるようにこちらを見るシュティーナ。
わかった、男の娘とか余計な事は言わない。
「そもそも偽る身分がないのだから難しいでしょう。なぜ急にそんな事を」
「えーっと……なんだか師匠が悪戯をする時と一緒で、とても楽しそうだったので。僕はまだ師匠の変装を見ていないので、それも実は楽しみなんです」
「見事に毒されてますね。毒が染みわたってますよ?」
言い直さなくてもよろしくてよ?
「まあ今すぐ思いつく対策といえば、危なくなったら逃げる事くらいかねえ。一番有効な空中異動は目立ち過ぎるのが微妙な所だな。あとは共鳴晶石で報告、連絡、相談か? あっそうだ。時々リナリーかサイールーに様子を見てて貰うってのも――」
そういえば、その辺りの意思確認をしてなかった。
「今更だけどリナリーたちは、どうする? 基本的には自由にしてもらって構わんけど学園に付き合うか? ぬいぐるみで居てもらう事になっちまうけど」
「当然行くってば。放置されても何していいか分かんないもん」
「だよな」
「「何より面白そうだし」」
「……だよな」
フクロウなら使い魔としてイケるだろ。あっと、申し訳ないけどラキは最初から一緒にいてもらうのが決定してたから。建前とはいえ、さすがに子犬を放置できない。
「その辺は問題ないんだよな?」
「ええ、使い魔を連れて来る人は割といますよ。猫だったり鳥だったり、ウサギやネズミなんかもいますね。稀に小型の竜なんてのも聞いた事があります」
触れ合い動物園かな?
「てな訳だ、ラキ」
「ウォンッ!」
「平気! 楽しみ! だって」
「この四人が揃うと不安しかないのは何故でしょう……」
シュティーナの言葉にリアとトーリィとセヴィは苦笑を漏らす。
オレたち四人がそろって「どうして?」と首を傾げたが、肩を落として溜息を吐かれた。
何故に項垂れるかね?
心配無用。護衛官としてちゃんと仕事はするって。
しかし異世界で学園生活を体験する事になるとはねえ。こんな形で進学なんて予想してなかったわ。
でもヤバいな。
結構ワクワクしてきた。
ダラダラと書き続けて、こんな話数まで来てしまいました
今日の更新が間に合わないかと思いましたがなんとかなりました。
どうしても今日更新したかった……
ブクマ、評価、感謝です!
2019/9/30 微修正