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第十話 修行

 



「デカイな……」


「大きいのう」


 何がデカイって、そりゃあ。


 神樹に決まってるだろ。

 オレが昼食を食べ終わり、真正面に神樹を見て漏らした感想だ。

 イグニスもその言葉に一応相槌は入れたが目を瞑って小山の様に身体を丸めたままで、声の調子からも気のない返事だというのが丸分かりだった。



 『神聖樹海域』


 神樹を中心とした半径約5キロのエリア。

 直径10キロと聞くと大した事がないように思えるが、東京ドームにして……何個分だ? 例えに使える程把握してなかったわ。

 徒歩で大体、1時間半から2時間、これが10キロを歩く時の目安だと考えると、かなり広大なエリアだと思う。平地でそれだけの時間を要するのだから樹海に近い森という事を考えると十分過ぎる広さだろう。


 通称、神域と呼ばれる場所。

 現在地である開けた場所からなら神樹がどこにあるのかは一目瞭然。

 それを見上げながら呟いたのが先程の一言。

 結構離れているはずなのに、ここからでも天辺が見えない。見上げ過ぎて首が痛くなりそうだ。


 この範囲内に生息する動植物はここ以外に生きるものとは一線を画している。

 神域を出たことの無いオレには分からないが、それでも地球と比べると想像を絶する生物群である。

 豚肉の味のするサツマイモとか、鶏肉の味がするキウイとか。自由すぎる。


 このエリアは特殊な結界内であり、外からはその存在が感知できない。

 神樹の力と、潮汐力タイドを利用した術式による半永久的な隔離結界、そして今はイグニスが管理する事によって完璧な隠蔽がなされている。


 偽装ではなく別空間、または『異界』になってると言ったほうがいいかも知れない。

 外界からは神樹も見えないし、森も普通の森が同じ場所に重なるように存在している。

 普通の手段ではまず辿り着けないらしい。

 辿り着けないどころか、魔術指南書グリモワールや英雄譚などの伝説の中にしか登場しないくらい存在自体が怪しまれている程の場所なんだとか。


 的当てをしながら無言でいるのもなんだなと思い、ここがどういった場所かイグニスに訊いてみたのだ。

 そんな場所だったのかと感心しつつ、魔力操作に意識を傾ける。

 昼食を兼ねた休憩を挟み、再開した的当てだが、調子が良くなってきたので数を増やして同時に10個でやっている。

 回復量と釣り合いが取れる消費量となるともう少し増やせそうだが、しばらくは10個で感覚を慣らす事にする。

 的の方も距離や大きさなど色々と変えたりしている。

 まだ落ちてくる木の葉のように動いてるものにはなかなか当たらないが、午前中に比べると相当スムーズになってきた。

 同時に10個と言っても的自体は複数にはしていない。

 とにかく今は回数をこなす事に重点を置いている。

 それで魔力の制御がおざなりになっては意味がないので、正確さなんかはきっちりと押さえておく。


 しかし30分も続けると、同じ作業を繰り返している事に段々と退屈感が増してきた。

 オレ、こんなに堪え性なかったかな?

 単純作業はそんなに苦にならないはずなんだけど。

 成果が早く出易いって事で感覚的な勘違いを起こしてるのかな。う~ん。

 ちょっと気分を変える意味で、弓道の的の様に大きめの岩に石でガリガリと3重の円を書いた。

 イグニスの言う通り射的そのものとして楽しむ事にすれば、同じ単純作業でも幾分かは退屈とは距離を置けるだろう。


 掌の上に10個の魔力球を浮かべて、一斉に的に向けて放つ。

 当たった瞬間に微量の砂が飛び散り着弾点が良く分かる。的を書く前は気にしていなかったが結構バラつきがあった。

 

「……思ったよりブレるな。」


 一応全部円の中には入ってるが円の大きさが30センチ前後だとすると、最大で20センチはズレが出ている。

 まずはコレを修正していく事にしよう。

 点での攻撃でこの誤差はちょっと大きすぎる。

 理想は目視した地点に一切のズレなく着弾すること。

 その為には、やっぱり回数をこなすしかないか。


 10個の魔力球を出すのは変わりはないが、誤差修正のために一つ一つを的に丁寧に当てていく。

 今現在の的までの距離は約10メートル。修正に必要だった弾数は50程。

 今度はそれを機械的に再現出来るまで繰り返す。

 約1時間続けて500発前後を連続で的に当てた所である程度納得いく精度になった。


 その間イグニスは目を閉じて、寝ているのか思考にふけっているのか。

 ラキはというと最初は鼻をフンフン鳴らし周囲を嗅ぎまわったかと思えば、穴を掘り出したり、草の上でゴロゴロと転げ回ったりと実にフリーダムだったが、そのうちオレの的当ての様子を傍で見始めて、今はお昼寝タイムのようだ。


 命中精度を上げた後はスピードアップを図りたい。見た瞬間に当たる、とまではいかなくても、それに近い状態まで持って行きたい。

 次なる目標を決めて再度、射的を繰り返していたが、また先程の感情がむくむくと膨れ上がってきた。


「イグニス」


「なんじゃ」


「飽きた」


 目を閉じたままオレの呼びかけに反応したイグニスに、現在の心境を簡潔に言う。


「とりあえず出来る事は全部覚えたい」


 さっき言ったオレの台詞を横目でチラリとこちらを見ながら言うイグニス。


「ぐっ……わかったよ」


 やっぱり言質を取られてた。

 今のオレは魔法に対して、何やら変なテンションになるようだ。

 楽しいという意識から、早く色んな事を覚えたいと思っているからか、単調な作業がちょっと億劫になっている。

 なかなか武術の鍛錬と同じような精神状態に持っていけない。

 自覚してなかったけど、玩具を与えられた子供みたいに落ち着きがなくなってるのか?

 イグニスの事をとやかく言えないな……。


 的に向き直って射的を再開する。

 渋々といった感じで数回魔力球を放った所で、また声が聞こえた。


『とりあえず出来る事は全部覚えたい』


「何度も言わなくても! って、オレの声!?」


 誰の声か分からず一瞬考えたが、仲間内でスマホで撮った動画で聞いたオレの声と同じだった事に気が付いた。


「なんでオレの声?」


「退屈しておったように見えたのでな。こんな事も出来ると自慢してみたのじゃ」


「そういう事を聞いてるんじゃなくて―――まあいいや。その物真似もやっぱり魔法でやってるって事か?」


 よく考えれば、というか良く考えなくてもイグニスの喋り方は不自然極まりない。

 いつの間にかファンタジー脳になって無意識にスルーしていたとしか思えないが、イグニスはオレと同じように口を動かして発声していた訳ではなかった事を改めて認識させられた。


「ワシの声帯は人語の発声には不向きでな。主に魔法で空気を振動させ人語を操っておる。空気の振動を変調させれば様々な声色が可能じゃ。ワシが全く声を出しておらん訳ではなく、呼吸に伴う極微量の空気振動を魔法によって変調させておるのじゃ」


 今こうして見ていても発声に沿った口の動きをしてる訳じゃないというのがよく分かる。


「極端な事を言えば、こんな事も出来る」


「うおっ!」


 耳元で聞こえた声に反射的に身を離し振り返る。

 何もない所から声がした。もちろん誰かがいた訳でもない。

 耳に直接息を吹きかけられたような錯覚さえする。って、やめてくれよ耳は敏感なんだから。


「呼吸を利用した発声より多少面倒じゃが、発声点を変える事も出来るのがこの魔法の利点じゃな」


「遠距離通信が出来るってことか?」


「出来ん事もないが相手の位置特定が条件になるから難しいのう。せいぜい目視出来る範囲じゃな」


 結構便利な魔法かと思ったけど、ある程度の制限があるのは当然か。


「ワシとおぬしが魔力全開でダダ漏れにすれば100キロ以上離れても位置特定は可能。遠距離通信は可能、不可能で言えば可能になるじゃろうな」


「それって大丈夫なのか? 色々問題ありそうな気がするけど……」


「問題だらけじゃ。おぬしの場合は何がどう反応するか分からん上に、ワシが魔力開放をしたら神域が顕在化してしまう。更に言えば周辺の生物がワシから距離を取ろうと恐慌状態になり暴走する可能性がある」


「全然駄目じゃん!」


 魔力開放しただけで暴走スタンピード起こすのか?

 そんなもの危なくて試す気にもならないぞ……。

 旅に出てもイグニスによる通信教育や知恵袋が借りられると思ったのに、期待通りにはいかないもんだな。


「代わりが無い訳ではないがの」


と思っていたら代案というか代替品? があるようだ。


「何かいいアイテムがあるのか」


共鳴晶石ユニゾン・クオーツと呼ばれる鉱石があれば遠距離通信も可能じゃ。ただし簡単には手に入らんから、携帯電話代わりにするには今すぐにというのは無理じゃな」


 話に耳を傾けながら掌の上に魔力球を浮かべる。


「無理なのか。いつでもイグニスと連絡取れれば何かと助かると思ったんだけど、な!」


 魔力球を的に目掛けて10個同時に放つ。

 中心の円の中に全て命中したことで小さく、よしっ! と呟いた。


「ワシを便利道具のように言うでない。言っておくが神域と外界では、その手の通信は出来んからの」


「なんだ、共鳴晶石ユニゾン・クオーツを手に入れてもあんまり意味ないんだな」


「なぜ使用目的が限定されておるのじゃ。もっと有用な使い道が他にもあろう」


「友達もいないのにどうしろと?」


「なんじゃ、ぼっちか」


「ぼっち言うな! こっちの世界にいないだけで―――」


 ―――オレ友達いたよな? 爆発しろとか言われたけど、一緒にムービーも撮ってるし、昼飯だってしょっちゅう皆で一緒に食ってた。

 でも修行だなんだで、あんまり一緒に遊んだりしてない!

 あれ? 友達だと思ってたのはオレだけ? そうなの?


「イグニス……」


「どうした」


「泣いていいか?」


 といってもホントに涙を流して泣きたい訳じゃないが、それに非常に近い気分だ。


「何故そこに行き着いたのか、情緒の変化が手に取るようにわかるの。安心せい、今感じている不安や感覚の違いは副作用によるものじゃ」


「副作用? オレの知らないうちに何か盛ったのか?」


「何を疑っておる。そうではない。急激な魔力の増加と大量の魔力操作によって起こる精神変化じゃ。普通は副作用が出る程の魔力の増加や操作など、まずないからの」


 最適化の過程で、精神が強化される作用が働くが、それによって起きる精神変化は通常自覚できる程表面には現れない。

 せいぜい気が付かない程度の『ちょっとした気分の違い』で片付く範囲の変化のみで、時間をかけて自然に慣れていくものらしい。

 しかし、例外として魔力保有量の急激な増加をした者、そしてその魔力を動かすと感情の振れも増幅されてしまい、情緒不安定な状態に陥ってしまうそうだ。


「可能性としてそろそろ副作用が現れるかも知れんと思い、様子を見ておったのじゃ」


「見ておったのじゃって……。どうも普段感じないような感情の起伏があったから、おかしいとは思ったけど、そういうことか」


 オレが感じた射的時の落ち着きの無さや日本での生活を思い出した時に襲ってきた不安感は魔法絡みでの症状のようだ。


「短期間での魔力増加で経験する通過儀礼のようなものじゃから仕方のない話じゃな。とはいえ感情の抑制も効いおったし、それ程心配する事もなかったようじゃな。稀に発狂する者もおるのでな」


 はっきょうってナンデスカ? らっきょうの仲間デスカ?


「そういう事はもっと早く言ってくれ!」


「そうなったら無理やり押さえ込むつもりでいたからの。暴走されてはたまらんと昨日言ったであろう? 言おうが言うまいがなる時はなる。言わずにいたのは無用な精神的圧力は無いほうがよいと判断したのじゃ」


「ちなみに押さえ込むってどうやるんだ……?」


「異相結界に放り込んで監禁、ワシの魔力で圧縮して暴走を封じ込める」


「その場合、オレが無事でいられる保障は……」


「ない」


 言い切ったなっ!?

 魔力で圧縮って、身体とかどうなるんだろう。怖すぎる……。

 あまりいい結果が想像できないぞ。


「一応聞くけど、オレがそうなる確率ってどのくらいだったんだ?」


「半々よりはマシな程度、と言った所だったかの」


「あ、危なっ! 稀な部類に入ってたって事か?」


「無事に済んだのだから良いではないか」


 雑だ! 雑過ぎる!





 ~~~~





 一歩間違えれば、発狂していたかも知れない事態に背中に冷たいものを感じたが、どうやら峠は越えたらしく、監禁も拷問も受けなくて済むようだ。

 安心していいと言われたがイマイチ信用出来ないのはどういう訳か。

 その辺は気にしても仕方ないという事で射的訓練を再開。

 なのだが、傍らでチラチラと動く魔力が目に入る。


「さっきから目を瞑ってじっとしてるけど何してるんだ? 微妙に魔力が動いてる気がするんだけど」


 副作用の事を聞いて、訳の分からない感情の揺れにもそれ程動揺する事もなくなった。

 不思議なもので原因さえ特定出来れば、意外と何とかなってしまう。

 自分以外の魔力の動きも気にかける事が出来る程度には冷静になれたようだ。


「なに、大して事はしておらん。おぬしの記憶を反芻しておっただけじゃ。その過程で―――」


 そう言ってしばらく間を置いて。


『こんな事も覚えたぞ』


「いつの間に日本語なんて覚えた!」


「おぬしの持っていた膨大な映像記憶を読み解くには必要だからの。言語野とその他の記憶情報から日本語の発音から読み書きまで、必要なものは全て覚えたのじゃ」


 少し自慢げにも聞こえる口調でタネ明かしをする。


「久々に活字というものに触れたが、なかなかに面白いものに出会えたのう。おぬしの世界の文化や風習、特にサブカルチャーが目を引く。おぬしというフィルター越しになるが概ね正確に日本という国の特徴も理解できたはずじゃ」


「オレ越しだとかなり偏ってると思うけどな」


 自慢じゃないが、あまり政治や経済には興味が向かなかったので、その方面の情報はあまりないはずだ。代わりといっては何だが、そのほかの情報は興味があれば集めまくった。

 まあ、特に好きなのは、マンガや小説、少し毛色は変わるけど世界のミステリー系の話とかだ。


「確かに偏りがあるのは否めんが、流し見していたようなニュース映像も記憶に残っておったから、そこから拾い上げた情報も十分に役に立っておるぞ」


「再構成したって事か? そこまでして解析する理由が分からないけど」


「マンガを読むためじゃ」


「その為にかよ!?」


 マンガを読むのに必要だから、色々と日本に関する事を覚えたのか!

 なんかダメ人間の思考に近い気もするけど、いいのか?


「その時代のリアルタイムの世相や価値観を知ったほうが楽しめる作品が多いようじゃったからの。一見必要ない情報に見えても案外馬鹿には出来んぞ?」


「出来んぞって、そんなドヤ顔で言われても。どんだけ娯楽に飢えてんだよ……」


「他の世界の事など滅多に知る機会はないからのう。貴重な情報は余すことなく有効利用せねばな」


 貪欲だな……。その辺の貪欲さをオレの安全に対しても発揮して欲しかった。

 実際の所はわからない、あんな言い方しか出来ないだけで本当は細心の注意を払ってくれていたのかも知れないし。と、オレが思いたいだけなんだけど。


「ところでイズミよ、何をしようとしておるのじゃ」


「何って……ラキで遊ぼうかと思ってな」


 射的の手を止めてイグニスが日本語を覚えた経緯を聞きながら、横になっているラキに近づいて、寝ているかどうかを確認し終えて、さあこれからだという時に聞かれた。

 オレが何をしようとしているかと言うと、寝ている犬を見ると、どうしてもやりたくなってしまうクセのようなものの事だ。


 寝ているラキの後ろ足側にまわって、肉球を確認する。

 で、肉球の間に生えている毛をさわさわと指で刺激する。


 ビシュッ!


「うおっ! あっぶね!」


 ラキの後ろ足が勢い良く後方に蹴り出されるのをギリギリで避けて、思わず叫ぶ。

 自分の頭よりデカイ足が飛んでくるってかなり怖いな。


「何をしておるのじゃ……」


 明らかに呆れているのが分かるが、そんなもの気にしない。


「いや、ラキが普通の犬と同じ反応するか確かめたくなってな。犬ってこうやって、くすぐるとビシッと足を振りぬくんだよ。ラキも同じ反応だな」


 一発で目を覚ます犬もいればそうじゃない犬もいるが、ラキは一発じゃ目覚めないタイプか?

 猫の場合、くすぐられても足を上げてピクピクっとするくらいだけど、大抵の犬は今みたいな反応をする。何故かその反応が面白くて、仲良くなった犬には必ずやっているのだ。大体犬猫あわせて30頭くらいには試している。


「どうでもいい事に精を出すのう」


「ま、どうでもいい事ってのは否定はしないけど、意外と楽しいんだぞ」


 もう一回、後ろ足の肉球をくすぐってみる。


 ビュッ!


「うはっ! ラキにやると命懸けだな!」


 縮尺が間違ってるとしか思えないラキの後ろ足を避けて、期待通りの反応にテンションが上がった。 するとラキが顔だけを起こし後ろ足側に顔を向けて、若干嫌そうな顔をする。

 あ、これも同じ反応だな。あんまりやり過ぎて完全に起こしてしまうのも可愛そうなので、ごめんごめんと言いつつ後ろ足の太もも辺りをポンポンッと撫でてから、この辺で止めておく事にした。

 くすぐって、このちょっと嫌そうな顔をするのを見るまでがワンセットなので、とりあえず気は済んだ。ラキは起きる気配がないので、しばらくはゆっくり寝かせてやろう。


「そこは命を懸ける所ではないがの」


「いいんです!」


 どこぞの芸能人風に力を込めて宣言。

 イグニスの的確過ぎる指摘を受けても気にしない。楽しいから。


 気分が良くなったことで夕食の時間までは射的をいい感じで続けられそうだ。

 だけど、同じ事の繰り返しも芸がない。

 という事で色々アレンジを加えてみる事にした。


 まずは放出する魔力球を徐々に増やしていってみる。

 100個まで増やして、一つずつを高速に、その後一定範囲に展開して一斉に発射して結果を確かめた所、思ったほど誤差がなかった。100個で約3センチといった所か。


 続いて別のパターンを試す。

 遮蔽物を想定して、弾道を曲折させるイメージで放つ。

 サイコでガン的なアレを再現。真っ直ぐに張った糸ではなく、円弧状のワイヤー上を魔力球が走るイメージを同時にワイヤー10本分。こちらは結構誤差が出たが初挑戦の割にはなかなかの精度だ。

 弾道を曲げるなんて事はせずに魔力の発生場所を変えればいいじゃないかと思うかも知れないが、音声のように少ない魔力で行う事を前提としてる訳ではないので扱う魔力が多くなればなるほど正直制御が面倒くさくなる。

 何よりアレを再現したくてやっているのだから、そんな事をしたら浪漫がない。


 色々と試行錯誤し、考えながら没頭していたら、丸くなって寝て白い大きな毛玉と化していたラキが起きたようだ。


 周囲も少しずつだが暗くなり、大きな月が煌々と照り始めた。

 射的の練習は切り上げて、そろそろ夕飯にしようか。


 焚き火の準備をして、昼に食べた植物系肉類を調理する。

 ラキもおすそ分けを待っている。


「やっぱり塩コショウが欲しいな……。なあイグニス、岩塩とかスパイス系の植物とかって神域にある?」


「岩塩もスパイスも揃っておるぞ。その辺を探せばすぐに見つかるはずじゃ」


 森の中を移動中にそれっぽい匂いを何度か感じたがやっぱりあるのか。明日にでも採りに行こう。

 とりあえず今は塩なし香辛料なしで食べるとしよう。

 肉の味をラキと一緒に存分に堪能して一息ついたところである事に気がついた。


「イグニスは何も食べなくて大丈夫なのか? 昨日から食べてるとこを見てないけど」


「ワシは基本的に食事を必要としない。太陽光や月光、そして大気中の魔力、地上の在りとあらゆるものがワシのエネルギー源じゃな。食事という行為もエネルギー源にはなるが、嗜好品に近い位置づけになるかのう」


 太陽光、月光は体毛によるソーラーパネルと光合成のハイブリッドというのが一番近いイメージらしい。主に魔力に変換、体組織の構成にもエネルギーを使用している。

 大気中の魔力も同時に体毛で吸収し、呼吸によるガス交換時にも魔力を体内に取り込み、こちらも体組織の構成、維持に使用される。

 そこまで生物から逸脱した機能を持っているのに呼吸が必要なのかと聞いた所、厳密には必要無いらしい。単に効率の問題で、大気中は光が減衰するために宇宙空間に比べて変換率が悪く、それを補う為に大気中の魔力を吸収するそうだ。

 その中で食事というのは、物質を分解し、体組織構成の代謝の補助に当てるために微量に含まれる魔力ごと無駄なく吸収する。

 あくまで補助であって絶対に必要という事ではないらしい。その為、味や食感を楽しむ嗜好品という意味合いの方が強いようだ。


 聞けば聞くほど生物からかけ離れてる気がしてならないが、ここはオレの常識が通用する世界ではないと改めて思い至り、突っ込むのは無意味だと結論付けた。


 話を聞き終えて武術の鍛錬に入り、それが終わると今度こそ完全に自由時間になった。

 水を頭上に出現させて汗を軽く流す。水を出せるようになってから鍛錬後の習慣になりつつある。

 その後、記憶の中にあるまだ読んでない漫画や小説を読もうかと思ったが、せっかく魔力に余裕があるので循環強化をすることにした。ついでではあるが同時に刀の研ぎもやる。


 昼間の射的によって魔力操作に慣れたのか、今までより多くの魔力を循環させる事が出来るようになったようだ。かなりはっきりと魔力が体内を循環しているのが分かる。


 刀の研ぎに取り掛かるために神樹の木片、というか刀を作るときに剥いだ皮を使う事にした。

 耐久度が変わるだけで、魔力を流せば木片だろうが皮だろうが関係ないらしい。

 刀と皮、両方に循環させている魔力の一部を流し、刃の部分を砥いでいく。

 成形の段階で可能な限り鋭利にしているので、後はそれを更に手作業で仕上げる。

 もうほとんど気分の問題なだけの気もするけど、何故かまだ完成した感じがしないので納得するまでやるつもりだ。

 魔力さえ込めていれば、それほど集中力のいる作業でもないので循環強化しながらでもいける。

 しばらくして、食後に散歩なのかパトロールなのか、に出ていたラキが帰ってきた。


「なあイグニス、ラキってオス、メスどっち?」


 ハッハッと息を吐きながら近づいてきたラキを見て、やっぱり大きいなと思いながら、今の今まで気にしていなかった事がふと頭に浮かんだ。


「どちらかというと女の子じゃな」


「どちらかというとって何っ!? それどんな性別!?」


「本来ラキの種族は性別というのは意味を成さない。基本は無性じゃが、相手次第でいくらでも変化するのが特徴じゃな。必ずしも性別で固体に差異を持たせる必要がない。いざとなれば自己生殖も可能であるし、過去には単為生殖したという話も聞く」


「うわ……。ラキも生物としてはデタラメな部類に入るのか……」


「も、というのが気になるが、確かにルテティアでも珍しい種族じゃな」


 そうイグニスが言うあいだにラキが傍らでくつろぎ始めた。


「性別が必要ないっていうなら、何で今は女の子なんだ?」


「変化があったのは最近じゃな。丁度おぬしがルテティアに来た後からじゃ。おそらく、というか間違いなくおぬしが原因じゃな」


「え゛……。なんで!? オレ狼じゃないぞ?」


「そう言われてものう。ワシがどうこう出来る事柄でもないしの」


 おぉ……完全に他人事だ。

 まさかとは思うが、つがいに認定されたんじゃあるまいな?

 最終的にカマキリのように文字通り食われて終わりなんてことは……。

 おおう、考えたくないぜ。


 何の話? みたいな顔してラキがオレとイグニスを交互に見る。

 いや、君の話だからね。


「どういう理由でオレが原因になるわけ? 食って血肉にするのが愛情表現とか言わないよな?」


「それはそれで面白そうじゃな」


「面白くねえよ!」


「ワシもそこまで詳しい訳ではないから何とも言えんが、おぬしが男だったから対の性別に変化しただけじゃろう」


「へえ、そうなのか。って、そんなんで納得すると思うか!? 何か隠してるのか? 場合によってはオレの命に関わる事なんだから、何かあるなら教えてくれよ!」


 ちょっと涙目になりながらイグニスににじり寄る。


「わかった、わかった。食われる事はないと断言出来るが理由がはっきりしたなら、その時教えよう」


 面倒なヤツにからまれた、みたいな表情するなよ。

 何か知っててもおかしくない口ぶりだけど、教えてくれるって言うなら今はいいか。……いいのか?

 

「明日も早い。ほれ、早々に寝ないと魔力が回復せんぞ」


 結局、丸め込まれたのか、あしらわれただけなのか。

 確かに今日一日で色んな事があり過ぎて、かなり疲れた。

 最後の最後に来て、精神的にも疲れた。

 とりあえずやる事はやったし、イグニスの言うとおり今日はもう寝たほうがいいかも。


「はあ……。そうだな、今日はもう寝るわ」


 少し移動して木陰に行き、神樹の葉を敷いて倒れこむ様に仰向けになる。

 ラキも、話は終わったの?と確認するかのようにオレとイグニスを見やり、すぐに眠りについた。

 イグニスはまた記憶の反芻でも始めたのか、小さく魔力を動かし始める。


 さて、オレも寝るとするかな。

 寝てるあいだに食われませんように。



やっと10話まできました……。


年内最後の更新です。皆様良いお年を。

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