私は修道院に入りたい
ひーいいいいぃぃぃ!?
寮に帰ってきた私を出迎えたのは、ユージィン様のいつも以上に迫力と凄味を増した視線でした。
ユージィン様、あなたなら視線で人を物理的に殺せますよ!?
「マイユ」
談話室のソファに腰掛けたユージィン様が、ちっさい仕草で私を向かいの席に座るよう促します。
な、なんでしょうかねえっへっへ。
顔中の筋肉が引き攣っているような錯覚を覚えつつ、指定された席に腰掛けます。
「アドルが報告を上げてきた」
なんでしょう、めったくそに嫌な予感しかしませんよ。
「リーゼロッテ侯爵令嬢と接触したらしいな」
金髪縦ロールとメロン二つに目を奪われてた事で、何かありましたかね?
「……どうしてアドル様が今朝の事をご存じなのですか?」
校舎内で、皆様とは行き会いませんでしたよね?
「学習院は王族とそれに近い者にとって、あらゆる事を学ぶ場だ。 少々物騒なものも含めてな」
ほえー、初耳……って。
「私達、監視されてるんですか」
「バレなければ問題ない。 現にお前、天井裏に誰が潜んでるか気づいてないだろ」
え、いるの!?
アワアワと天井を見回しても、天井板がずれてるとか不審な物音がするとかなんて当然なく。
……ユージィン様がハッタリかました可能性を、除外していたとですよ。
あらゆる事を学ぶのなら、駆け引きの機微や諜報のイロハも勉強してらっしゃるんでしょう。
素人が気を張った所でプロやセミプロの方の裏を掻けるとも思えませんし、気にしない方が精神衛生にいいですね。
「それより、あいつの事だ」
は、どいつ?
思わず首をかしげるとユージィン様、お顔の下半分を手で隠しましたよ。
「……無自覚って、質わりぃ」
ぶつくさ言ってらっしゃいますけど、なんなんですかー?
「リーゼロッテにお前、修道院に入る予定だって言ったらしいな」
ああ、その事ですか。
「はい、そうですね」
くいっと顎をしゃくって先を促されたので、私は私の考える自分の将来をしゃべる。
「端的に言えば、事実です。 子爵家の家督は弟が継ぎますし、私は結婚を諦めてますし。 実家は裕福でないので無収入の穀潰しが居座るわけにはいきませんし、女一人で生計を立てるならせいぜい落飾して修道院入り……あぁ」
ぽん、と拳を打ち付けてしまいます。
「王立学習院を卒業できるんでしたら学歴に箔がつきますから、上位貴族のお家で介添人とか王宮で侍女とかも可能ですね! ユージィン様、図々しいお願いですが仕事の口利き」
ぎゃあああああ!?
地獄の魔王がご降臨じゃー!!
嵐が、災厄が顕現する!
くわばらくわばらエロイムエッサイムエロイムエッサイムイアイアハストゥール!
私、何もまずい事言ってませんよー!?
「お前にとって、独身を貫くのは、決定事項か?」
ひっくーい声にプルプルしつつも、頷きますよ。
だって私、結婚できないと思いますから!
……私の体は、醜いのです。
結婚に付随する行為のためにこんな体を晒け出して夫となった人に笑われたり引かれたり罵られたりしたく、ないです。
欠陥品なんて言われたら、なけなしの身銭を切っても離縁する気でいます。
家族も私の考えを理解してくれていて、すごくありがたいのに……。
なのに、なんで、ユージィン様がこんなに怒ってらっしゃるんですかあっ!?
私が結婚しようと独身だろうと、ユージィン様に関係ないですよね!?
そういうお怒りは、ご使者様がおっしゃってた『お心に決めた方』に向けてくださいよー!
「え、えぇと……私の身柄に、使うご予定が?」
ないとは思うけど、セオ様テオ様アドル様の誰かと結婚させる気だったとか?
侯爵家や辺境伯家と子爵家なら、釣り合いは取れていると言えば取れてますし。
それとも、なにがしかの隠れ蓑が欲しいとか?
嫌です嫌です、結婚なんてしたくないです。
嫁も愛人も孕ませられない種無しなんて言われたくない男性は、政略結婚しても実のない白い結婚なんてしないんですよね?
お願いですから否定してください切実に。
たとえ両親が反対してくれても、ユージィン様や陛下からごり押しされれば我が家にはそれ以上逆らう術がないんですから。
結婚嫌がって私が自殺、なんて相手に大ダメージを与える戦法はさすがに取れませんし。
「……ユージィン様!?」
え、ぅええ!?
激怒してたユージィン様が急に机に突っ伏したので、私は悲鳴に近い声を上げてました。
もちろん、激怒の気配なんて雲散霧消。
なしてー!?
思わずソファから降りて、足元に膝ついて様子を伺いますよ。
「ユージィン、様っ……」
にぎゃー!?
なんでじゃー!?
後ろ頭をがっちりホールドされて背中に腕が回って肩に頭乗せられて……端から見たら私が抱き締められてますよね、これ!?
「マイ」
微かな、小さな呟き。
……私が、ユージィン様を傷つけたんですか。
私の、何が?
どうして?
わけが、分からない。
「……ユー様」
今は、そう呼ぶのが正しい気がして。
呼んで、ユー様の肩に触れると。
痛いくらいに、抱き締められて。
帰ってきたセオ様テオ様におちょくられるまで、私達はそうしてました。