ライバル登場?
何も言わずに教室後方のドアを開ける。
途端に突き刺さる、クラスメイトの視線。
眼力に物理的威力があったら、私が押し潰されそうですよー。
怖いですよー。
私、無事にクラスへ馴染めるんですかねー?
「お、おはようございます」
とりあえず何かしゃべらにゃまずいかと思い、引き攣った声で挨拶してみる。
パラパラとでも挨拶が返ってきた事に、ほっとしてしまう。
とりあえず、昨日のユージィン様乱入の件は……どうなるのやら。
自席に行くまでも、まとわりついてくる視線がこあいですよぅ。
ガン見してくるユージィン様の視線に、やや劣るくらいの怖さ。
……ユージィン様の視線って、人の視線が束にならないと太刀打ちできない威力なんですか。
そんでもって、あのガラの悪さ……本当に王弟なんですかい?
そんな事を考えながら、席に着く。
今日の予定は確か。
「お時間、よろしいかしら?」
……突発的に、予定が入ったようです。
「はい?」
振り向けばそこに、美少女。
我ながら、出来の悪いキャッチフレーズみたいな感想ですね。
でもでもだって!
金髪縦ロールがわさわさしてるんですよ、金髪縦ロール!
髪形を見ただけで、美少女っぽいじゃないですか!
これで顔面が恵まれてなかったら詐欺ですよ、詐欺!
はっ、金髪縦ロールのインパクトが強すぎてお顔を拝見してませんでしたよ。
ちら、とお顔を見て……おおおおお、やっぱり美少女っ!
絶妙な位置にあるべきパーツが収まった、美少女!
つぶらな瞳は綺麗な水色で、唇はツヤツヤプルプル。
お肌はすごくキメ細かくて、滑らかな陶磁器みたい。
そして美麗なお顔の下に……同年代とは思えないむっちむちが、制服を押し上げてます。
たぶん平均的な私のそれより、二サイズは上と見た。
……いったいどなた?
こてんと首をかしげると、美少女さんはずいっと上半身を反らしました。
ぶるん、という感じです。
羨ましいより先に、素直に凄いですねこの迫力。
世の男性が脂肪の塊に多大な関心を払う理由の一端が、分かるような気がします。
「わたくし、リーゼロッテ・ユヴァンテと申します」
はい、リーゼロッテ様ですね。
「私はマイユ・エッシェンバッハです」
挨拶されたからには、挨拶返さないと失礼ですもんね。
「単刀直入に申し上げますわ。 公爵閣下とは、どのようにしてお知り合いになりましたの?」
へ?
「え〜と……二週間くらい前、我が家に陛下のご使者様がいらっしゃいまして」
神託の内容についてはだいたいしゃべって構わないとユージィン様から昨日のうちにお墨付きをもらってるので、私はサクサクしゃべる。
「そんなわけでして、今現在」
「公爵閣下と同棲中、ですってぇ!?」
え、やだなぁ。
「同居ですよ同居、単なるルームメイト。 やましい事なんてありませんって」
ユージィン様にガン見されるのはもはやいつもの事と言えるんで、もう今更どうこう言う事もないですねー。
お風呂上がりとかに行き会うとガン見度合いが増す気もしますけど、やっぱり女日照りなんですかね?
……なるべく早く休暇をいただいて、ユージィン様が欲求不満を解消できるように画策すべきなんでしょうか?
「それでもっ……それでも、公爵閣下と一緒に暮らすだなんて!」
「そんな事を言われましても……神託受け取ったのは陛下ですし、通達された内容に同居が織り込まれてましたし、私に断る事なんて許されませんでしたし」
どちらか一方からの神託なら私にも拒否権が許されたでしょうけど、国の最重要事項で指名されましたからねー。
隅っこみそっかすの子爵令嬢だって、二神の神託の重要性くらいは理解できてますよ。
私とユージィン様を一緒に過ごさせる事で神様にどんな利があるか、までは推し量れませんけどね。
何の利もないのに見ず知らずの人間二人を同居させるなんて真似をするほど、神様もお暇じゃないでしょうし。
「き……期間は、期間はいつまでですの?」
「ユージィン様が卒業されるまで。 卒業されたら私は女子寮行き……まあ、今後一年が限度っぽいんじゃないでしょうかね?」
実は期日に関しては神様方が五年以内にもういいと許可を出すまでと言われているんですが、ユージィン様方が卒業されたらそうそうお側に控えるなんて事はできないでしょうし、私は学習院に卒業までの三年在籍。
二年は会えなくなると、考えた方が無難ですよね。
休日ごとに落ち合って過ごすって……そんな事するのは、どこの恋人かっちゅー話になりますし。
もしかすると、その辺は未決定なのかも知れませんけどね。
「一年、公爵閣下と同棲……あり得ないですわ……」
リーゼロッテ様、ぶつくさ言っても仕方ないですよー。
ユージィン様の言う通り、文句は神託を受けた陛下か授けた神様にどうぞとしか言えませんよ。
それに同棲じゃなくて同居ですってば。
同棲だと、私とユージィン様が恋人同士みたいですよー?
「それでえぇと……リーゼロッテ様は、ユージィン様とどの様な関係で?」
この方がどうしてこれほど絡んでくるのか理解できないので、思わずストレートに質問してしまいました。
もしかして、リーゼロッテ様がユージィン様の想う方なんですか?
金髪縦ロールのインパクトとボリュームに圧倒されてましたけど、リーゼロッテ様って美少女です。
ユージィン様(ただし激昂・威嚇時は除く)の隣に並べば、相乗効果で美男美女のカップリングですよ。
ふわんと漂うフローラルな香水のかほりとユヴァンテの家名が、リーゼロッテ様が上位貴族……侯爵家の娘だと示してますし。
容貌といい家柄といい、ユージィン様にふさわしい女性じゃないですか?
「婚約者」
短く端的なお答に、おお成る程とかんし。
「だったらよかったのですけれど」
ずっこけました。
「公爵閣下は入学する前からずっと、お近くに女性を置いた事がございませんわ。 ですから在籍する上位貴族の令嬢は皆、公爵閣下と恋仲……までは不可能でも、せめて口約束でいいから結婚を意識した面識を作ろうと努力を重ねておりますの」
家と家の繋がり、って奴ですねー。
……あ、そういう事だったんですか!
食いしん坊がバレて恥かいた時のフォローで出てきたごはんつつき回して食べない人達ってのが、ユージィン様の婚約者を狙う令嬢方なんですね!
「……よくユージィン様と婚約しようなんて思えますね?」
首をかしげ、疑問を口にしますよ。
だってあの眼力と怒声です。
講堂中に沸き上がる怒号を『やかましい!』の大喝だけで静め、その後の反発も眼力だけで抑え込んでたしとですよ?
伝令兵から将軍から、兵士の皆さんは声の大きさも必要との事ですから将来不利になる事はないんでしょうけど……ねぇ。
親しい仲になって喧嘩した場合、あのおっかない目つきとでっけえ声で威圧されるんですよ?
あっしにゃ無理ですよー。
「あなた、貴族でしょう?」
リーゼロッテ様の信じられないものを見る顔つきは、ちょっと傷ついてもいいですかね?
「まあ、いちおう。 でも、うちは弟が家督を継ぐんで私は比較的自由なんですよ」
恋人なんて作れませんけどね。
「だいたいにして貧乏子爵の娘が、面識を得たとは言え公爵当主を結婚相手に狙うなんて大それた身の程知らずな真似を、したくないです」
ここはリーゼロッテ様と争う意思はない事を、明言しておくべきですか。
「それに私、神託遂行期間が終わったら修道院に入る予定ですから」