別視点・赤毛の兄弟
ふぅ、とため息が漏れてしまう。
我が弟に手を引っ張られて退室していった、マイユ・エッシェンバッハ子爵令嬢。
無邪気な幼子は小さなレディとなり、私達兄弟の前に再び現れてくれた。
食事に目がないようだけど、それも『微笑ましい』の一言で済ませられる程度のもの。
彼女の態度は本当に、私達との面識など忘却の彼方に置き去りにされていると確信に至れるほどに素っ気なかった。
……ユージィン、苦労をかける。
けれどそれは、君が自分で選んだ事。
幼いあの日から全くぶれない、君が築いてきた矜持だ。
私にそれを肩代わりする事はできないけれど、援護する事はできる。
だから……。
「報告を聞こう。 セオとテオ」
話を振ると、『カティラ侯爵家の暴双兄弟』はにんまりと笑った。
「んまー、俺達としちゃあ」
「合格、だよね」
この二人は、動物的な勘で物事を見分け善悪を嗅ぎ分ける。
「普段はのほほんとしてるけど、ユージィン様をきちんと諌める事もできるし」
「生活マナーも立ち居振舞いも、見苦しい所はないしね」
「何より、ユージィン様があれだけ可愛がってらっしゃるのですから」
二人に続くのは『ウェセルオール辺境伯家秘蔵の懐刀』と称される、アドル。
セオとテオが嗅ぎ分けた事物は、アドルの論理が裏づけする。
……彼女は、気づいているだろうか。
自己紹介の際、彼らが家名を名乗らない事に。
この三人は幼い頃からユージィンの側仕えとして教育され、彼個人に捧げる忠誠を誓った。
それはいざという時、自分の友人や親兄弟と対立してもユージィンを取るということ。
ユージィンの邪魔をする者は、必要であれば殺める事さえも躊躇わない誓い。
「いやー、マイユと一緒にいるユージィン様って面白いよね」
「ガン見しすぎてちょびっと怯えられてるの、気づいてないみたいだし」
「あれは泣かないだけ、マイユを評価していいんじゃないかな?」
「だよねー。 あの眼力を延々と注がれてるのに、ユージィン様に対して引いてないんだもん」
「今日もどさくさに紛れて、お手々握りっ放しとかやらかしてるし」
「あれ、マイユは……『ユージィン様に手を握られてる!どうしようドキドキ!』じゃなくて『手汗が出てきて湿ってるー。ユージィン様は気持ち悪くないのかしらー?』だったよね?」
そのまま雑談している三人の話を聞くに……ユージィン、君異性として意識されてないんじゃないかい?
まあ通常は公爵当主と子爵令嬢じゃすこーし身分の差を気にしなきゃならないから、マイユがユージィンを異性として意識しないのは賢い選択とも言える。
言えるんだけど……ユージィン、不憫な子。
艶やかな象牙色の髪は、胸の膨らみを隠すほどの長さ。
マラカイトグリーンの瞳はよく動く表情を嘘偽りなく浮かべ、俺を見上げる。
子爵令嬢、マイユ・エッシェンバッハ。
初めて出会った時より大人に近づいて、けれど俺の事を綺麗さっぱり忘れて俺の前に姿を現した。
……当然、か。
あの時から、あいつの記憶は封印されている。
だから俺を『ユー様』と呼んで、慕ってくれていた事なんか忘れていて。
くそ、昔の自分が憎たらしい。
俺のせいでマイユは……マイは俺と隔絶され、家族に大切に育てられてきた。
あの時あんな事をしなければ俺とマイは時折の面会を重ね、今頃は正式な婚約を済ませていたかも知れないのに。
あぁ、くそ!
わざとだろ、絶対わざとだろ!?
なんだってマイと一つ屋根の下で暮らしてるのに、手出し不可なんだよっ!?
年と共に増やしてきた諸々の知識は、俺にとってマイが生涯にただ一人の人だと裏づけする。
朝、まだ寝足りない様子で挨拶してくる少し眠そうな顔。
食堂で出される食事を楽しむ、ふわふわした幸せそうな顔。
そこまではまだいいんだ、まだ。
風呂上がりだとか寝間着の姿を見せられて、何もするなって……生殺しの状況を作りやがって!
怨むぞ、クソ神共!