謁見はフランクに
車留めに停まった馬車からユージィン様に手を取られて降りれば、そこは王城でした。
門番代わりの槍を構えた兵士さん二人が、ユージィン様を見て最敬礼しております。
「陛下と謁見する。 通して欲しい」
ユージィン様のお言葉に、兵士さん方が姿勢を崩しますよ。
って。
え、身体検査とかなしですか。
王弟のユージィン様はともかく、伯爵以上クラスの令息なお三方も除外するとして、しがない子爵令嬢の不審物持ち込みくらいは調査しないんですか。
……警備態勢、ぬるくないですかね?
「……王が自ら招いた客人の身体検査? 寝言は寝てから言え」
疑問をぶつけると、ユージィン様はそうおっしゃいました。
へえ、そういうものですか。
……なんでまたしても、お手々を握られてるんでしょうかね。
私に無理のない歩幅で、廊下を堂々と歩くユージィン様。
後ろについてきてるお三方の美々しいお姿も相まって、めちゃくちゃ目立つご一行なんですよね今現在。
意外と人数は少ないけど、行き交う人達がユージィン様に向けて敬礼してます。
ユージィン様、そういう人達に目もくれませんけど。
礼を返したいけど、ユージィン様に引っ張られてる現状じゃ無理ですし。
どこを曲がったとか渡り廊下を歩いたとか部屋を通過したとか把握できないうちに、私達は重厚な扉の前に立ってました。
扉の前で見張りに立つ兵士さんがユージィン様の姿を認めて敬礼し、扉に手をかける。
開いた扉の先に見えたのは……食堂、ですよ。
向こう正面ほぼガラス張りで光の溢れる室内に、中央のテーブルへ用意された六人分の支度。
……会食しながら謁見、ですかぃ?
まあ陛下もお忙しいんでしょうし、ご飯食べる時間も有効活用って事なんでしょうけど。
長テーブルの左側にユージィン様と私、向かいにセオ様テオ様、一番下座にアドル様が腰掛ける。
そして、最後に。
私達の入ってきた扉を開けて、入ってきた人。
年の頃は、二十代前半。
緩くウェーブのかかった弟君と同じ燃え立つような赤毛は胸の上辺りまで伸ばされ、自然に流されている。
身に着けた純白のヒマティオン風ローブが、彼が王にして神職……国の最高位である事を示す。
ユージィン様の暗黄とは違う深翠の瞳が、私を捉え……ぅえ!?
な、なんでそんなにんまり笑うんですかっ!?
「遅れてすまないね」
ユージィン様とよく似たお声で、国王陛下がおっしゃいます。
「そのままでいい……略式の場だ。 楽にしてくれ」
そう言いながら、国王陛下は上座に腰掛けられました。
給仕の人達がやってきて、食事をサーブしてくれます。
メインはプレーンオムレツで、サラダとビシソワーズとパンですね。
ワゴンで運ばれてきたソースを好みでかけてもらい、食事の開始です。
ソースはデミグラス・トマト・ホワイトのどれかから、と。
「合い掛けって、可能ですかね?」
サーブに回ってきたメイドのお姉さんにこっそり打診すると、すんごい微妙な顔をされました。
いやだって、王城で出される食事なんて今後ご縁はなさそうですし。
だったらせめて、堪能しておきたいじゃないですか。
「……俺のを分けてやるから、一種類にしておけ」
ため息ついたユージィン様に諭され、私はソースをえら。
「私のも分けてあげよう。 トマトかホワイトソースを選ぶといい」
と、デミグラスソースを選んだ国王、へえか……。
いやいやいやいやいや。
ユージィン様から分けていただくのも心苦しいのに、畏れ多くも国王陛下からお食事を分けていただくとか。
あぁ、自分の食い意地が恨めしい恥ずかしいっ。
「三分の一ずつ交換して、それぞれの味を楽しむのもいいね。 ユージィン、構わないだろ?」
「……兄上の随意に。 マイユ、お前の食い意地程度じゃ俺達は何とも思わないから気にするな」
うぅ、そうでした。
初日にやらかして以来、ユージィン様から食べ物関係で色々フォローされてるんですよ。
で、食べ物に関しては箍が外れる事をセオ様テオ様アドル様にも知られていて。
アドル様からは『クッキーなんかに釣られて変な人についてっちゃ駄目だよ?』と、幼児に対するような注意をされてるんですよ。
一緒に聞いてたユージィン様から翌日おやつを支給されたもんですから、セオ様テオ様から『餌付けだ餌付けー』と言われたりして。
でも、いただいたワッフルは絶品だったんですよぅ。
生地はふあふあで口どけがよくて、こぼさないようワッフルにくるまれたクリーム・ディプロマットと果物のコンフィチュールが……うあああああ!
こんなに毎日美味しいもの食べてたら、神託遂行期間が終わったら大変だよううぅ。
「ほら、分けたよ」
なんて考えてたら、目の前には三等分されたオムレツが。
それぞれ違うソースをかけられて、美味しそうな……。
「おー、お目々が輝いてるねぇ」
「プレーンでこれなら、トリュフトッピングは凄そうだねぇ。 秋になったら取り寄せてもらおうか」
「あ、それじゃあさ」
「食べてみたいな白トリュフー」
「……マイユ」
五人で色々言ってらっしゃいますが、目の前のオムレツが冷ーめーるー。
「君達、私にたかるねぇ……まあいい。 検討しておこう」
陛下がフォークを手に取り、食事を始められる。
それを待って、私もトマトソースオムレツにフォークを刺します!
ぱくっと一口、ふわっと広がるバターの風味。
採れたて新鮮な卵はふんわりトロトロ、絶妙な舌触り。
そしてガツンとくる、ソースの旨味。
うううぅぅ、んまーい!
「これは、まぁ……」
「ユージィン様が世話焼きになるのも、分かるでしょう?」
「うぅん……なんだろうね、この構いたくなるほっとけないオーラは」
「ユージィン様ってー」
「マイユの事なら喜んで世話焼いてるもんねー」
「お前ら……!」
色々おしゃべりしている五人の中にユージィン様の不穏なお声が混じったので、私はホワイトソースのオムレツに伸ばした手を止めた。
「?」
隣のユージィン様を見れば……何故か視線を逸らされる。
「……いいから飯を食え」
はぁい。
ホワイトソースも、うんまー!
ミルクとチーズの濃厚な風味を纏ったオムレツは、口の中でふんわりとろりと溶けてしまうんですよ。
さっきのトマトソースもパンで最後まで掬ったけれど、ホワイトソースもやったれー!
ビシソワーズとサラダで口直しして、デミグラスソースに取り掛かる。
あー、これもいいっ!
ブラウンルゥを香味野菜たっぷりのブイヨンで丁寧に伸ばしてあって、濃厚な風味が卵とがっちり絡み合う。
あぁ、幸せ……って。
かろうじて食事終わりのタイミングは合わせる事ができたけど、またやっちまいましたよ。
どうしてこう、目上の方との会食でやらかしてしまうんでしょうかねぇ!?
「うん、合格」
……へ?
国王陛下のお声に、私は首をかしげる。
「短期間でユージィンにここまで気に入られるなんて、そうそうできる事じゃない。 子爵令嬢、これからもよろしくお願いする」
国王陛下が、軽く頷いた風に頭を揺らした。
たぶんそれは、私が深々と頭を下げるのと同じ意味合いで。
……一介の子爵令嬢が、国主に頭下げられましたよ。
おいおいおいおいおいおい!?
「あ、あぅ、う……」
口をパクパクさせていると、セオ様テオ様がくすくす笑う。
「陛下ー」
「雲上人から頭下げられたら、マイユじゃ対応できないよー?」
「そういうとこ、私達と知り合いになったのに増長する素振りが欠片もないからねぇ」
「自分を律せるのはいい事だ」
はっ、茫然としてる場合じゃないです。
「わ、私こそユージィン様にお世話になりっぱなしで、ご迷惑ばかりおかけしてしまって……未熟者ですが微力を尽くす所存でございます。 こちらこそよろしくお願いいたします」
何故でしょう。
アワアワしながら言った口上を聞いた国王陛下のお顔が、微妙に歪んだように見えるのは。
「……本当に、忘れているのか」
うん?
「……兄上」
たぶん、ユージィン様が私の後ろから何らかのサインを出したんでしょう。
陛下、小さくため息をつかれました。
「ユージィン……苦労をかける」
「覚悟はできています。 努力する準備も、怠りなくしてきたつもりです」
……何ですか、この人を挟んで交わされる意味深な会話は。
「マイユ。 俺達だけ、先に帰るぞ」
へ?
強制的にユージィン様に立たされた私は、傍から見れば首根っこひっ掴まれた猫みたいだったんでしょう。
セオ様とテオ様がニヤニヤしてますよ。
アドル様はかろうじて口許を手で覆い、隠してますけど……笑いそうなのが分かるからかえって質が悪くないですかね?
「それじゃあ子爵令嬢、また食事に招待しよう。 またね」