入学式と公爵様、そして
「で、あるからして……私は諸君の充実した学生生活を支持するものである。 以上!」
校長先生の訓辞は、簡潔明朗にして理解しやすく短かった。
ナイスミドルなお年頃と相まって、デキる男感がぷんぷん漂いますよ。
「へふー」
入学式が済み、床に固定されたベンチから立ち上がると思わず首の骨を鳴らしてしまう。
さてこの後は……教室戻ってオリエンテーリングして、おひらきだったかな。
そしたら寮に戻って着替えて、ユージィン様の側に控えればいいか。
そんな事を考えていたら、不意に出入口の方がざわついた。
んん?
バゴン!という感じでドアを開け、入ってきたしと……おぅい。
セオ様とテオ様を連れて、ユージィン様のご入場ですよ。
王弟の公爵っちゅー学習院内最高の地位をお持ちの方が講堂にサプライズ乱入って、何を考え……て……。
合った!
ガッツリバッツリ目が合った!
うひいいいぃぃぃ!?
もしかしなくても、狙いは私ですかい!?
「マイユ」
ひっくーい声で呼ばれ、私はアワアワとユージィン様の元に駆け寄る。
「いやーごめんねぇ」
「陛下からお呼び出し食らっちゃってー」
……いや、お二方。
私が教室戻ってからでもたぶん遅くな……あ、面白がってユージィン様をお止めしませんでしたね?
なんかそんな気がするひしひしと。
ってか。
学習院にいる間はユージィン様の付き添い人ですからある程度は目立つのくらい、覚悟できてますよ?
でもこれは、想定外ですよ。
新一年生の視線が私とユージィン様に突き刺さるし、何人かの教師も同様。
「来い。 陛下と謁見する」
こらー!
強引すぎませんかねいくらなんでっ!?
講堂中に満ちる生徒の怒号に、私の思考は中断される。
主に女生徒の『ユージィン様その女は誰よおおおぉぉぉ!?』的意味合いの悲鳴ですね、分かります。
あまりのうるささに眉をしかめてしまうと、目の前にいるユージィン様が息を吸うのが見え。
「やかましいっ!」
怒声一発で、騒ぎは鎮静化しましたよ。
とっさに自分の耳を塞いだ私の行動を、セオ様とテオ様が親指立てて褒めてくださってますけど……ねぇ。
初顔合わせから今日の入学式まで、既に四日。
毎日朝から晩まで顔突き合わせてりゃ、ある程度付き合い方は学べますよ。
「俺とマイユは『二神の神託』によって行動を共にする。 文句があるなら、陛下と二神に陳情しろ!」
キレてガンつけて周囲を威嚇するユージィン様の剣幕に逆らえる、肝っ玉のあるメンツなんぞいやしませんねハイ。
「あのーユージィン様?」
ツンツン、とユージィン様のお召し物の袖を引っ張って注意を引きますよ。
「あ゛?」
周囲を威嚇するのに忙しかったユージィン様が、額に青筋立てて私を見下ろしてきます。
しかしホントにガラ悪いな!
そしてセオ様とテオ様、助けてくださいませんかね!?
このおっかないユージィン様を私一人で止めろとか、なんちゅう無茶ぶりしてくれやがりますか!?
「陛下がお呼び、なのですよね?」
唇の端が引き攣っているのを感じながら、私はユージィン様を見上げる。
あ、イカン。
怖くて視界がぼやけそう。
「でしたら、早く伺候すべきでは?」
いや、ユージィン様にとっちゃ普通にお兄さんと面会なんだろうけど。
国王陛下なんて私にとっちゃ雲上人もいい所だし、講堂の雰囲気もいたたまれないのです。
謁見は早く済ませたいし、講堂からは逃げ出したい。
そんで部屋に戻ってふて寝できれば完璧だけど、さすがにそこまでは求められないか。
「お前は……っ!」
でっけえ舌打ちをして、ユージィン様は袖を握っていた私の手を取った。
「……行くぞ」
そう言って、ずんずん歩き出す。
「わー」
「涙目上目遣い、最強ー」
事態を面白がっているセオ様とテオ様のお声なんて、私は聞こえていなかった。
……後で知らされたんですよ、ええ。
セオ様とテオ様って、トリックスター……面白い事は率先して引き起こす方々ですから。
お迎えに寄越された馬車の前にはアドル様がいて、五人で登城する事になった。
「……あのぅ」
「……」
「……ユージィン様」
「……」
「……」
返事を返してくれないユージィン様の横顔を、じっと見上げますよ。
隣に座ったユージィン様、お手々を離してくださいなー?
何気にお三方の滑稽なものを眺める視線より、ユージィン様にがっちり握られたお手々が気になります。
でもそろそろ、手汗とか気になるんですけどー?
ユージィン様は、気持ち悪くないんですかね?
「……ユー様」
ぽそっと、気まぐれに呟いた言葉。
またしてもこめかみに痛みが走ったけれど、それ以上に。
ユージィン様の剣幕の変化が、劇的だった。
……なんと。
目を見開き、頬に赤みが差し、ひん曲がっていた唇がぱっかり開いて……。
「マイ?」
かすれた声から、喉から漏れる。
「え、ぅえ?」
狼狽して思わずのけ反ると、その表情が一気に引き締まった。
「……くそっ」
ぎり、と手が握り潰されそうなくらいに掴まれる。
「った……!」
痛みのあまりに声を漏らすと、ユージィン様がはっとした。
「……ぁ。 悪い」
私のリアクションで、ユージィン様はようやく手を掴んだままだった事に気づいたらしい。
謝罪と一緒に、手を離してくれる。
何故、でしょう。
離して欲しかったはずなのに、実際離れたら。
あり得ない、です。
離れた事を……『寂しい』と、感じました。
「くぅっ」
「せえしゅんだねっ」
「じじくさいよ、君達」
セオ様テオ様へのアドル様から飛ぶ流れるようなボケツッコミなんて、私の耳には全く届いていませんでした。
この時の私、ユージィン様と見つめあってたもので。