通じ合う時
あぁ、髪も体もラクですねぇ。
目を覚ましたら真っ先に思う事がそれとは、我ながら。
いつもの寝間着に、一度だけ見たユージィン様の寝室に。
ど、ど、どういう事だったでしょう。
き、気絶する前。
えぇと、えぇと……ユ、ユージィン様の、ユージィン様が。
うああああああああ!
か、考えなんてまとめられるわけないですっ!
に、逃げよう。
怖い怖い怖い怖い怖い!
に、逃げる準備って何すればいいんでしたっけ?
と、とりあえず寝間着はまずいから着替えは確定事項にしても。
そういえば、ここユージィン様の寝室なのにご本人はどこへ?
いや、お姿が見えないのは私にとってチャンスでしかないですし。
自室までワタワタ移動しましたが、フロア内にユージィン様の気配はなし。
……厠か湯殿、と考えるのが妥当ですね。
だったら、今のうちに!
着替えて、先立つもの……とりあえずお金!
どこまで逃げるにしても、お金はあって困る事はなしです!
あぁ、逃走ルートも考えないと!
それと、どこに逃げるか!
都下の我が家は論外!
真っ先に捜される事請け合いの場所に潜り込むほど、私は馬鹿じゃない!
着替えながら、あれこれ考える。
窓に視線を走らせれば、そろそろ夜も明けようという時刻。
あ、これは好都合。
乗り合い馬車を捕まえられれば、私の足取りは掴みにくくなるはず。
とりあえずエッシェンバッハ子爵領まで行ったら、家族宛ての手紙を書いて行方をくらませれば!
「あ」
やだ、もっと簡単な方法があるじゃないですか!
夜明けまでどこかに潜伏して、修道院に駆け込めばいい!
食事の味が云々なんて、もうどうでもいいです。
そうだ、そうしよう。
とりあえず、寮からの脱出が先!
財布の中にあるだけの現金を詰め込んで修道院へのお布施にして、俗世とはおさらばします!
その野望は、即座に潰されました。
玄関開けたらユージィン様が仁王立ちしてれば、逃げる事なんて不可能ですねハイ。
「どこに行く気だ? ぁん?」
今まで、湯浴みしてらしたんでしょう。
毛先からポタポタ水滴垂らしつつ、ユージィン様が私を睥睨しておられます。
「ったく……油断する暇もねぇな」
タオルで髪を拭いながら、ユージィン様がぶつくさこぼします。
「タイミングも悪い。 よりによって、眠気覚ましに水浴びしてる最中に目ぇ覚まされちゃなぁ……おら、さっさと戻れ」
「ひぃ!」
ガッツリ肩掴まれて、お部屋に逆戻りです。
ドナドナド〜ナ〜……。
まずは逃亡されたら困る、と目の前でユージィン様の生着替えを見せられました。
「俺の着替えを見るのと手足ふん縛られるのと、どっちがいい?」
実際にロープ用意しながら言われて、手足ふん縛られる方を選ぶほど変態ではありませんでした。
「さぁて」
お外は夜明けを示す小鳥の鳴き声がピチピチ行き交っているのに、室内の空気は素晴らしく重いです。
それに、どうしてHANASIAIをユージィン様の寝室で……しかも私がベッドに座ってやらなきゃならないんですか?
「お前の部屋に俺が入るのはまずいし、話の行方によってはお前にベッドが必要になるからな」
……私、に?
「話してもらおうか。 俺はお前を口説いてたのに、どうして今まで口説かれてないと思ってたんだ?」
どうして、って……。
「ユージィン様には、想う方がいらっしゃると聞いたから……」
「あ゛? 誰だンな事吹き込んだ馬鹿は?」
「腹黒おじさ……いえ」
「あぁ、ゲインか……この際だ、ぶちまけろ。 ゲインに何を言われたか詳細に語れ」
いや、あの……うぅ、分かりました。
ギロリと睨まれる迫力、久々ですね。
あの日のやり取りを、ユージィン様に語ると。
「……」
体がしぼむような、深くて大きなため息をつかれました。
「あいつが元凶か……あとで百発ぶん殴る」
あ、あのぅ?
「俺の想う方は、お前だ」
びし、と指差しながら言われ。
……。
「けぴ?」
「十年前、出会った時からずっと。 俺が好きなのはマイユ、お前しかいない」
…………………………十年、前?
え?
「お、覚えがありませんよ私?」
「だろうな」
ユージィン様、肩をすくめます。
「お前の記憶は、封印されてる。 そして封印を解く鍵は、俺が持ってる」
え? え? え?
「封印、解きたくないか?」
え、う、あぅ。
「な……何を、すれば?」
自分が人為的に欠落しているなんて気持ち悪い事を聞かされては、取り戻すべきだと思いますですよ。
「なぁに、簡単だ」
にんまり笑うユージィン様を見て、悪寒が走りました。
「あ、やっぱりいいです」
なんだかよく分からないけど、逃げる!
ベッドから立ち上がって、ダッシュ!
する前に、ユージィン様に捕獲されました!
「ぎゃーっ!?」
「えぇい逃げるな!」
逃げます逃げます逃げますううぅーっ!
「なぁ、マイユ」
「!」
ユージィン様のしおらしい声に、硬直してしまいます。
「お前は、俺が嫌いか? 異性として、意識してももらえないか?」
そ、そ、そんな事は!
「……き、です」
ぽろりと、言葉が溢れました。
「ユージィン様の事が、好きです」
あっさりと言えてしまったのは、今のと気絶する前のやり取りのせいですね。
ユージィン様が嘘をついたのでない限り、ユージィン様は私を好きだと。
そしてユージィン様は、私に嘘をついた事がないです。
「なら……いいだろ?」
え、何が?
ささっとベッドに逆戻り……?
で、ユージィン様がのしっと。
「イヤーーーーっ!?」
く、組み、組み敷かれたあああっ!?
「私がユージィン様を好きでも、身分差とか諸々の釣り合いとか取れてませんからっ! やですよ不毛な恋愛なんてっ!」
「誰が不毛って決めた?」
「だってどこかの令嬢とか近隣諸国のお姫様とか、綺麗で釣り合いの取れた方と結婚なさるんでしょうっ!? 私はいいとこ愛人ポジションで、だとしたら体をっ……こんな体、見せられるわけないじゃないですかっ!」
愛人が主人と何をするのか、知らないほどうぶじゃないです。
ユージィン様に……ユージィン様が好きな人だからこそ、こんな体は見せたくない。
「あー……令嬢っちゃ令嬢だったな、そういえば」
やっぱりいるんじゃないですかあああああっ!
「何を誤解してるか理解不能だが……俺の結婚相手は、お前だぞ?」
「へ?」
ジタバタしてた体が、動きを止めてしまいました。
「十年前、お前は俺と兄上に面会して……俺になついたから、お前は俺と婚約する手筈が整えられてる」
……はぁ?
「な? だから、いいだろ?」
呆然としていると、ユージィン様の顔が近づいてきて。
「な……何する気なんですかあああ!?」
唇が触れ合う直前で我に返り、再びじたじた暴れれば。
「顔も合わせないのに浮気もしないで、十年お前を好きだったんだぞ? 唇の一つや二つ、許してくれたって罰は当たらねえだろ」
「当たりますうううぅ!」
やだやだやだやだやだ!
何が嫌って、このままなしくずしにユージィン様とそうなるのが嫌!
「本っ当に身持ちの堅い女だなお前は!」
「い゛ーや゛ー!」
初めての唇を、こんな状況で奪われるなんて……いくら相手が好きな人でもいや好きな人だからこそ嫌ーっ!
嫌がる素振り、ではなく本気で嫌がって抵抗してるのが伝わったんでしょう。
「……マイ」
「にぎゃっ!?」
いきなり抱きすくめられて、変な声が漏れました。
「十年ずっと、好きだった。 俺に、応えてくれ」
……ぅ、あ。
ずるい、です。
「なぁ、俺が嫌いか?」
抵抗しようという気力が、みるみる奪われる。
「す……き、です」
「マイ」
あ、駄目だ。
もう……抗え、ない。
顔を覗き込まれて、目を……閉じてしまえば。
温かいものが、重なって。
嬉しいのと、混乱と、戸惑いと。
色んなものでごちゃごちゃした頭の中に溢れ出す、十年前の記憶。
ユージィン様とのキスがトリガーとなって蘇ったそれを受け入れる余裕なんてなくて。
またしても気絶した私は、やっぱり悪くないと思います。




