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二神の神託  作者: 柊屋葵
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公爵閣下はツンギレ様

 さてさて、やって参りました公爵様がお住まいになる寮でございます。

 実況は不肖この私、マイユ・エッシェンバッハがお送りいたします。

 ご使者様が用立てて下さった馬車に身の回り品を詰め込んで寮までやって来ましたが、寮の外見からして豪華絢爛で私の場違い感が半端ないです。

 支度金で買ったワンピースを着てますが、春らしい薄桃色に白のレースをあしらった衣装に私が着られております。

 服を買いに行った高級感溢れるブティックの店員さんの顔を引き攣らせた『お似合いでございますわ……』というセールストークを、真に受けたのがいけなかったんです。

「それでは、お荷物は部屋に運ばせておきましょう」

 閣下との顔合わせのために付いてきてくれたご使者様が、そう言って連れてきた下働きの人に合図する。

 荷物の中身が中身なだけに荷ほどきは自分でするけど(だってこの下働きの人男性だし)、煩雑な事を引き受けてくれるのはありがたい。

 使者様の先導に従って、私は四階建ての寮の最上階に行った。

 一階に食堂と居間を兼ねた談話室とお風呂やトイレの水回り、それから管理人達の常駐スペース。

 ワンフロアに一人一人が割り当てられ……実質住んでるの、三人だけじゃね?

 掃除洗濯は専任のメイドが一人いて、食事は毎食専属のシェフが腕を振るってくれる……とな?

 このゼータク者め、爆発しろ。

 待遇の豪華さに思わず腐っていると、あっという間に四階までやってきた。

 ガチャゴン、と使者様が重々しいドアノッカーを鳴らす。

 音に反応してか、何かが天井の隅で光った。

 思わずそこを見上げれば、透明な水晶球がそこに埋め込まれている。

 成る程、監視用魔道具ですか。

 それほど大きくないサイズな上に周囲に似たような水晶球が埋め込まれてるから、ほとんどの人が見逃すんじゃなかろうか。

 だって、何も言われなければただの天井の飾りだもの。

 そんな事に目を取られていると、ドアが軋んで開く。

「失礼します」

 使者様に続き、私も部屋に入った。

 ……何でしょう、このお目々が潰れそうな豪華な装飾は。

 最初の部屋は、居間ですかね。

 でっけえマントルピースが向こう正面にあって、その上には凝った装飾の施されたお皿と壺が一つずつ飾られております。

 更にその上の壁面には、静物画がどでんと。

 板張りの床にはラグと熊……じゃない黒虎の毛皮が敷かれ、ラグの上には優雅な猫足の大理石製テーブルと布張りの椅子が四脚。

 それに、一人掛けと二人掛けのソファが一つずつ。

 一人掛けの方には、フットレストも付いていた。

 そして……二人掛けのソファの真ん中に陣取る、男のしと(・ ・)ですよ。

 燃えるような赤毛。

 短めに切られた髪を整髪料で立ててるんで、怒髪天を衝くっちゅー諺が脳裏をよぎりますよ。

 ダークイエローの瞳を彩る眉と睫毛は、しかめて細めてでこう……『お前なんか近づくんじゃねえやぺぺぺぺぺいっ!』っていう心の声が聞こえそう。

 まぁ、こんな冴えない子爵令嬢と同居しろってんだから不本意なんでしょうねぇ。

 心に決めた女性なりお商売の女のしと(・ ・)なりを、連れ込める体制じゃなくなったわけだし。

 スラッと通った高い鼻梁からは不満そうな鼻息が漏れ、くすぶる不満を露骨に表現するように唇が歪んでいらっしゃいます。

 見た目と年齢からして王家直系の血を引くと言われるよりどっかのチンピラの舎弟と説明された方がしっくりくるこのしと(・ ・)こそが、エヴァンス公爵様……なんだろうな。

 ……結論。

 神託の期間を終えた後も、親しい間柄になりたくないです。

 だっておっかない。

 目をすがめていても、私の事をガン見する視線の鋭さは変わらない。

 美形に分類されるお顔立ちなだけに、迫力倍増。

 気に入らない事があれば、性別関係なくぶん殴られそう。

 いや確実に、足も飛んでくるとみた。

「……それが、か?」

 テノーレ・リリコか、もしくはテノーレ・エローイコ。

 聞かされるだけで強烈に惹き付けられるような魅力に溢れた、すごい声。

 ……このお方から聞かされると、それもめったくそこあいんですよ奥様ったら。

「……マイユ・エッシェンバッハ?」

 ……はっ、現実逃避してる場合じゃないです。

「エッシェンバッハ子爵令嬢、マイユと申します。 この度は二神の神託による指名を受け、こうして参上いたしました。 至らぬ身で何かとご迷惑をおかけする事と思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 お辞儀(カーテシー)をしつつ挨拶を返せば、公爵様の……視線が怖いいいっ!?

 え、なんで?

 挨拶は紋切り型の口上だし、お辞儀(カーテシー)も減点されるほど下手くそじゃないですよ?

 もしやそんなガンつけてくるくらい、私の容姿は不愉快なんですかっ!?

「……ユージィン・ガズラ・エヴァンスだ。 呼ぶ時は……ユー様」

 は?

 歪んだ唇から漏れた、可愛らしい愛称。

 は? あ? え?

 げ……幻聴、だよ、ね?

 このおっかないしと(・ ・)を、『ユー様』と、呼べ、と?

 いやいやいやいや、何の無理ゲーですかこれ。

 思わず無礼も忘れて、お辞儀した姿勢のままで公爵様をガン見しますよ。

 すると。

 ふいっと、実に気まずそーに視線を逸らされた。

「ユージィン、でいい」

 へ、あ、はぁ……。

「ユージィン様、でございますね?」

「……あぁ」

 私の念押しに、公爵様……もといユージィン様は微かに首を振る。

 はて?

 心なしか、眼差しが柔らかくなったような。

「お前の事は、マイユと呼ぶ。 ご苦労だったゲイン、下がっていいぞ」

 黙って私達のやり取りを見ていたご使者様は一礼し、部屋を出ていった。

「来い。 案内する」

 はへ?

 あ、はいはい。

 立ち上がったユージィン様は、背が高い。

 私も女としては高い方なんだけど、その私より頭一つ抜けている。

 春らしい色づかいのジャケットにシャツとパンツとブーツを纏った体は細めだけど引き締まっていて、近づくとふんわりいい香りが漂った。

 上位貴族って身だしなみの一環で香水を常用するから、たぶんそれの匂いなんだろうな。

 ……めったくそ強烈なインパクトのある存在感からすると、不似合いなくらいに爽やかですよこの香水。

 ユージィン様は居間からドアを抜け、室内の案内をしてくださいました。

「そっちが俺の寝室。 そこが応接間で、中の物は自由に使っていい。 ここがお前の部屋になる」

 ユージィン様、懐から鍵を取り出して私に手渡してきました。

 私の部屋の鍵ですね、了解です。

「朝食と夕食は一階の食堂で寮生全員で摂る。 お前の事は事前告知してあるが、今日の夕食であいつらに紹介するからな。 部屋の掃除は管理人がしてくれるし、洗濯物は下のランドリーに籠で出せばメイドが洗ってくれる。 後は……時間まで好きにしてろ」

 はい、荷ほどきしまーす。

「それでは部屋におりますので、用事がありましたらお声がけくださいませ」

「……あぁ」

 軽く頭を下げて、ユージィン様をお見送りする姿勢になりますよ。

 ……つむじをガン見されてるのは、気のせいでしょうそうでしょう。

 このお方、迫力満点に他人をガン見するクセでもお持ちなんですかね?

 しおらしい令嬢をこの眼力で睨めつけてたら、泣かれますよ?

「……」

 ぽそり、と何かを呟いて。

 ユージィン様は、自室に行ってしまいました。

 ドアが閉じるまで頭を下げてから部屋に入って、私は息をつく。

 室内はセミダブルのベッドに書き物机、私物置きに使える棚が三つあって……広いデスヨー。

 実家の私室が、二つくっついたくらいありますよー。

 鞄を開けて荷ほどきしながら、ユージィン様の呟きを思い返す。

 さっきユージィン様は、確かに言った。

 マイ、と。

 私の名前は『マイユ』で、家族は私を『マイ』と呼ぶ。

 けどそれはあくまで家族の間だけで、初対面のユージィン様が私の愛称を知ってるはずがないんだよね。

 長い名前を略称・愛称で呼ぶならともかく、友達でもこんな覚えやすい名前を略す人はいない……私の愛称を知ってるのは家族と、長年仕えてくれている使用人の老夫婦だけ。

 で、その家族も使用人もユージィン様との接点って……ない。

 ならどうやって、ユージィン様は私の愛称を知ったの?

 簡単に想像のつく愛称だから呼んでみた……は、ユージィン様の性格的にナシだし。

 絶対、そんななれなれしい事はしないよあの人。

「……ユー様」

 さっきユージィン様が言ったこっけ、もとい斬新な愛称を呟いてみる。

 ツキ、とこめかみに痛みが走った。

 普段使わない脳みそを稼働させたせいで、そろそろキャパシティオーバーかな。

 う〜ん、分からん。

 そもそも情報が少ないんだから、あれこれ考えても無駄か。

 別に謎を解かなきゃ命の危機とか洒落にならない事態に落ち込んだわけでなし、この事はほっときましょー。

 そんなわけで荷ほどきを済ませ、私はユージィン様と一緒に食堂へ行きましたとさ。



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