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二神の神託  作者: 柊屋葵
18/26

明かされる秘密

 寮に帰ると、ユージィン様が難しい顔をして黙り込んでらっしゃいました。

 視線の先には、手紙が一通。

 不自然なくらいの純白に漂白された台紙に金縁の装飾が施された、めったくそ豪華なお手紙です。

 他に似たようなお手紙が三通ある事から察するに、どこかの貴族の招待状のようです。

 そんなのを談話室で広げてて、いいんですかね?

「ユージィン様」

 声をかけるとユージィン様、片手を上げて私に応え……不意に顔を上げて、ニンマリ笑いました。

「俺には、お前がいたな」

「え゛」

 ユージィン様、私に何をやらすおつもりですかぃ?

「見ろ」

 私の方に向かって放られたお手紙を、近づいて手に取ります。

 えぇと……ふむふむ、へぇ。

 要約しますと、今度某侯爵家で夜会がありますよ。

 ユージィン様セオ様テオ様アドル様をご招待するからぜひいらしてね、と。

 はて、これに私がどう絡みます?

「自惚れじゃないが、俺は年頃の貴族令嬢にとって結婚相手として有望株だ」

 あ、そうですね。

 年齢も容姿も立場も綺麗なお嬢様方と釣り合いますし、今まで浮いた噂がないのもポイント高いです。

 たとえ政略結婚でも自分の娘が旦那様に愛人作られて泣かされるのは、どこの親御さんも避けたいでしょうし。

「社交上このパーティの欠席は避けたい所なんだが、纏わりつく女が目ざ……もとい、非常にうっとうしいんだ」

 今この人、目障りって言おうとした!

 正直すぎませんかねユージィン様!?

「そこで、お前だ」

 へぁ?

「俺が女連れで行けば、下心のある奴はよほどの変人でない限り声をかける事を躊躇う」

 なるほど、私は虫除けですか。

 恋愛感情や婚姻願望を丸出しにしてゲヘゲヘしないし気心も知れているし、私は手頃なんですね。

 でも。

「もちろん俺からの要請なんだから、ドレスやアクセサリー類はこちらで準備する。 ダンスレッスンも任せろ」

 その言葉に……私は、首を横に振ります。

「……あ゛?」

 断る事が意外だったのか、怖い声を出されました。

 ですが今の私は、そのくらいで動じるほど神経細くないのですよ。

「申し訳ありませんが、謹んでお断りいたします」

「……どうしてだ?」

 うぅん……言わずに避ける事は、できないですね。

「私の体が、醜いからです」

 沈黙が、落ちました。

「………………………………は?」

 たっぷりの沈黙の後に出された声は、ご自分の聞き間違いを疑うニュアンスがふんだんに含まれておりました。

「私自身に記憶がないのですが、小さい頃にどこかから落ちたらしいんですよ」

 聞き間違いも誤解もねぇと、私は事情を話す。

「その時に負った傷がとても深くて、両親も手を尽くしてくれたんですが痕がすごく残ってしまって。 他人様にはとても見せられないのです」

 夜会なら肌を出すのが正式ですから、傷痕をばっちり見せる事になります。

 こんな醜い体を見せたくないですし、見せられる方は目が汚される心地でしょう。

 暗がりでも体を触られれば、デコボコで分かってしまいます。

 だから私は、そういうものと無縁な修道院に入りたかったのですよ。

「ぅえ!?」

 ユ、ユージィン様!?

 なんでそんな、泣きそうな顔……。

「……マイユ」

 それは同情、ですか?

 ……憐れまれて、いるのですか?

「俺は……お前を、連れていきたいんだ」

 歪んだ顔を直してユージィン様がそうおっしゃいますが、なんでそこまで私を連れていく事に情熱を燃やしますかね。

「……アビゲイルに、相談していいか? 兄上の侍女頭で、祭祀典礼(こういう事)にとても強いんだが」

 私の体の事を、話さなきゃならないと。

「……」

 むぅ、迷いますね。

 ユージィン様のお役には立ちたいですが、あまり他人に体の事を知られたくないです。

 でも……。

「その方、口は固いのでしょうか?」

 私の問いに、ユージィン様はしっかりと頷きました。


 二日後。

「お初にお目にかかります」

 寮に帰るとユージィン様と一緒に、女性が待機してました。

 見た目は、ベテランの風格が漂う四〜五十代の方。

 ピンと伸びた背筋やキビキビしていながら優雅な所作は、さすがという感じです。

「アビゲイルと申します。 以後、お見知り置きくださいませ」

「マイユ・エッシェンバッハと申します。 本日はわざわざお越しいただき、まことにありがとうございます」

「アビゲイル、さっそくで悪いが」

「はい。 マイユ様、お部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 年頃の乙女が、ユージィン様の前で晒したくない肌を公開するわけにはいきませんね。

「はい。 こちらにどうぞ」

 アビゲイルさんと一緒に部屋へ行き、しっかり施錠してから彼女の方へ向き直ります。

「あまり引いた素振りも見せないでいただけると嬉しいのですが」

 だから覚悟を決めてねと暗に言えば、アビゲイルさんは動じずに頷きをくれました。

「閣下より、事情はお聞きしています。 何があろうと大丈夫ですわ」

 ……ならいいのですけれど。

 覚悟を決めて、制服を脱ぎます。

 結論から言えば、彼女は立派でした。

 左肩から腰に至るまでびっしり浮いた傷痕を見ても無反応で、右肩に走る三本の爪痕を見ても息を飲む反応すらしません。

「右の爪痕のような奴は背中側の肋骨まで、こっちのデコボコは腿まで続いていますよ。 ついでにご覧になりますか?」

 家族以外の人に初めて肌を晒しましたが、無反応すらありがたいですね。

 こんな体だから服を仕立てるなんて夢のまた夢、夏も開放的な服装なんて無理ですし着るものはいつも仕立て屋の吊るし服を寸法詰めて下着類はいつも使用人の婆やに縫ってもらっていました。

 不気味でしょう、こんな体?

 私はこんな体を見せたくないし、晒したくないです。

「これはなんと……おいたわしい」

 いたわるように眉根を寄せて、アビゲイルさんが呟きます。

「ですがこれなら大丈夫、イブニングドレスでもカバーできますわ」

 ……は?

 イブニングドレスやローブデコルテは、胸から下くらいしか被いませんよね?

 背中と両肩を出したら、不気味がられますよ?

 ユージィン様の隣に並ぶ不気味な女なんて、なりたくないのですが。

「あまり浸透しておりませんが、長袖のイブニングドレスというものもございますのよ。 首元が少し空きますがそれはネックレスと白粉でカバーすれば済みますし、お髪を結い上げてドレスを工夫して、可憐で素敵なお姫様を作り上げてみせましょう」

 ……めったくそ熱弁振るわれてますが。

「……アビゲイルさんが、着付けしてくださるんですか?」

「もちろんでございます。 口の固さと腕前の信頼できるクチュリエは何人か宛てがございますし、マイユ様のお体の秘密は守り抜いてご覧にいれますわ」

 ぐっと拳を握って力説するアビゲイルさんは自信たっぷりで、陛下もユージィン様も信頼なさっている理由が分かる気がします。

 ……秘密厳守を確約してくださった事ですし、これ以上私がごねるのも憚られますね。

「分かりました」

 いつまでも上半身裸のままは気まずいので、制服を着込みながら降参します。

「ドレスを仕立てていただくのも初めてなので勝手がよく分からないのです。 細かい所は、ご指導いただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます。 あと、私相手に敬語など不要でございますわ」

 いや、あの。

 うちの婆やならともかく陛下の侍女頭なんてすごい地位にある年上の女性へ、普通にタメ口はきけませんて。

 ……ユージィン様の口利きによっては私、アビゲイルさんの部下ですからね。

 面識のできる相手に失礼な真似、できませんよ?



 部屋を出てユージィン様の元に戻り、夜会のパートナーの話を受諾する旨を伝えます。

「そうか!」

 パッと明るくなるお顔を見ると、胸の奥がぎゅっとしました。

 想う方のいる人を好きになって、その気持ちを隠して、お側にいる事。

 初めて知った感情は、胸が苦しいです。

「それでユージィン様、厚かましいお話で申し訳ないのですがダンスのお師」

 話の途中でユージィン様、ご自分を指されましたよ。

 ……まさか?

「俺のパートナーになった以上、夜会では俺とお前がトップバッターだ。 息を合わせるためにも、たっぷり練習しないとな」

 ものっそいいい笑顔で言われ、一瞬視界が真っ暗になりましたよ。

 ユージィン様とダンスの特訓ですとぅ!?

 つまりユージィン様に腰を抱かれ、体を密着させ……ダンスレッスンという堂々とした口実の許、私はまた触られまくってセクハラされろと?

 いや以前はともかく気持ちを自覚した今となっては素晴らしいご褒美ポジションですが、問題ありすぎませんか?

「……やらかした俺に信用がないのは仕方ないが、妙な真似はしないから」

 優しい声でなだめられてしまい、不覚にも心臓が……。

 普段周囲を威圧しやすい人が優しくなると、暴虐的なまでの破壊力が振るわれますね。

 まぁユージィン様にダンスのお師匠様を紹介する気はないようですし、ツテのない私はどうしようもないですし、諦めるほかないようです。








 にしても。

 ユージィン様、ごり押しが過ぎませんかね?



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