ユージィン視点・機は熟さず
釘刺された。
太陽の男神が去り際、『告白はまだ早い』って。
俺に降りた太陽の男神と会話したマイユは畏れ多い畏れ多いと口走って、ひたすらアワアワしてるし。
小さい頃から割と頻繁に体へ二神を降ろしているせいか、俺個人としてはあいつらは敬う対象と言うより口うるさい親類レベルの認識しかない。
そういう認識を口にすれば、アドルからは『それは王族の方々だけだよ』なんて言われるんだが。
まぁ、マイユの態度が一般的で俺の認識が異常なんだろう。
神降ろしをしやすい血筋。
王族の存在意義なんて、実はそんなものでしかない。
だから適性さえあれば、以前のマイユのように神をその身に降ろす事は不可能ではない。
ただ国を守護する神が一般市民へフランクに降りてきて予言をしたりご機嫌で挨拶をしたりして、神秘性とか希少価値とか失わない方が都合のいいものを守るために、普通は降りる対象を王族に限定しているだけで。
さて、なんで俺がこんな事をつらつら考えているかというとだ。
「ひーいいいぃぃぃ!」
「あぁほらほら、落ち着け」
パニックを起こして俺にしがみつくマイユを抱き、背中をぽんぽん叩いてやる。
十年会えなかった事で、思い出っつうもんはずいぶん美化されていたらしい。
マイユがこんな独特の個性を豊かに持つ女に成長していた事は、さすがに予想できなかった。
それが不快でないのは、惚れた欲目か。
俺に降りた太陽の男神と会話した事がよほどの衝撃だったらしく、あれからしばらく経つというのにマイユは時たまパニックを起こす。
で、何故か俺にしがみつく。
こうして抱いてなだめてやればそのうち落ち着くが、あいつと会話する事なんてそんなに衝撃的なもんか?
まぁこうして必死こいて抱き着いてくる様子が可愛いから、俺にデメリットはないんだが。
「落ち着いたか?」
しばらくプルプルしていたマイユが震えなくなった頃合いで声をかけると、彼女は真っ赤な顔をしてうつむいた。
「うぅ、申し訳ないのです……」
くく、と笑い声が漏れてしまう。
お前の行動で俺が負担に感じる事など、一切ないというのに。
手を伸ばして頬を撫でると、マイユは気持ちよさそうに目を細める。
これくらいならば硬直せずに受け入れてくれるのは、しょっちゅう抱き着いているからハードルが下がったんだろうな。
修道院入りを取り止めたせいで穢れが云々を気にしなくてよくなったのも、一因だろうが。
神がマイユに望むのは修道院入りを取り止め、俺と恋をする事。
そしてじきに婚姻を結び、未来の英雄に続く血脈を残す事だ。
もう一人の候補者だった兄上はとっくに妻帯してるから、俺と結ばれないと倫理的にマズいしな!
……ここまで個性豊かな女だと、俺に恋してもらう事がえらく難しく感じられる。
見目には気を使っているから吹き出物で顔がぐちゃぐちゃとか体がたるんでいるとかはないし、服装のセンスもまぁ……悪趣味ではないと思う。
マイユが一番最初に接するのは俺の中身じゃなく外身なんだから、最低限不潔感は与えないよう努力したしな。
誰だって選択の自由があるなら、生理的に無理な相手と結婚したくないだろ?
見上げるような大男とまではいかないが背丈だってよく伸びたし、顔の造作だって父上に似て整っている……方だと思う。
赤毛が嫌とか筋骨隆々な方が好みとか逆に痩せぎすがいいとかでない限り、俺の容姿は大抵の人間に受け入れられるはず。
王弟にして公爵という身分も、俺を損なう要素ではないはず。
……やっぱり、性格か?
同居を始めた当初は目が合う度に取って食われそうだとビクビクしてたマイユも、今じゃごく普通に笑って流す。
そういう意味では俺に慣れたし、嫌なら違うリアクションをするだろう。
……兄上はマイユが身分差を考えて俺を男と見ないよう意識してるんじゃないかと推測してるが、大いにあり得るのが頭の痛い所だ。
まあ奥の手はちゃんと用意してあるので、俺達の婚姻に関して不具合はないが。
「……ユージィン様はどうして、あんな体験をなさっているのに平気なのです?」
マイユの声に、俺は彼女へ視線を落とす。
「あぁ、まぁ……気持ち悪い体験をこなしてるからな」
「気持ち悪い?」
不思議そうに首をかしげるマイユの髪を一房、指へ絡め取る。
つややかな髪は指にまとわりつき、パッと綺麗に散った。
「俺も兄上も、自分に月の女神を降ろしてるんだよ」
「え゛」
びき、とマイユが固まった。
だよなぁ。
その困惑、よーく分かる。
身にしみるほど、理解できる。
俺も兄上も、性別は間違いなく男。
なのに女神を降ろして『〜よ』とか『〜わ』とか、女言葉で神託をくっちゃべった事があるんだよ。
おばとかいとことか、月の女神を降ろしてもおかしくない血筋の女がいるにも拘らず、な。
あんのスイーツ脳、面白がりやがって。
「あれを乗り越えたら、太陽の男神にいきなり体乗っ取られたってどうっつう事もなくなる」
武人タイプの太陽の男神は降りてきた時に偶然俺のあれこれ恥ずかしい話なんかを読み取る事はあっても、バラす事はないし。
むしろそういう事を空気読まずに流すのは、月の女神だったり。
「そうなんですか……」
「そうだ。 それに、ああしていきなり体を乗っ取るのはあの二人の間でも無礼な振る舞いとして、よほどの緊急時でもなきゃやらん。 お前がこうして怯える必要は、全くない」
ここ最近で何度目かの保証を口にすると、これでようやく信じてくれたらしい。
へら、とお気楽な笑みを浮かべる。
……俺や三人に媚びず、普通に付き合う事が稀有な態度なんだと、こいつ気づいてないんだろうな。
自分達に媚びない女が珍しいからか三人も面白がって可愛がり、今じゃマイユは俺達の妹分的扱いだ。
下手くそだったり婉曲すぎる嫌みや嫌がらせは本人が何事もなかったかのように振る舞うし、これだけ親しくしていれば物理的ないじめイビりは即座に俺達へバレる。
俺達と親しくしているからと媚びたい奴らは、マイユの身分が阻む。
エッシェンバッハ子爵は清貧を是とし、官僚に横行する賄賂や付け届けの類を拒絶する男だ。
質素に生活するその娘も同類と見なされるため、資金に余裕がある奴は二の足を踏む。
余裕のない奴はそれらしく見えないが子爵令嬢という身分と周囲にいる俺達が壁になって、下心なんぞは粉砕されてしまう。
……世の中の仕組みって、上手くできてるよな。
まぁ、あれこれ工作してくれるリーゼロッテにも感謝しないとな。
リーゼロッテの事は、アドルが引き込んだ。
対価に何を差し出したのかはもったいぶって教えてくれなかったが……彼女は俺との婚姻を意識した付き合いと引き換えにアドルと協力関係になり、周囲の操作に尽力してくれている。
見た目に反して、意外とそういった内向きの仕事……内助の功とされるものが得意らしい。
「あ……ありがとうございました」
体を揺らして、マイユが離れる。
照れて真っ赤な顔を手でパタパタ扇ぎ、何とか冷まそうとしているのが微笑ましい。
……こいつが俺を男として意識し、晴れて交際なり婚約なりができるのは、いつの日か。
道のりは、遠い。




