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06話:養鶏場の尾長鳥

 僕とカナリアさんが連れ立って儀式の間から出ると、廊下にはまだ天使達が残っていた。

 数名ごとにグループを作り、僕たちに好奇の視線を向ける。

 カナリアさんが怯んだのを見かねた僕は、すかさず彼女の前に出る。


「あ、あの! ミサキ様?」

「いいからいいから」


 思った通りだ。

 僕が近づくと、天使達は逆に怯えたように壁際へ避ける。

 上司直々に上級天使として認められた威光はやはり有効らしい。

 別に僕は偉くも何とも無い張子の虎だけれど、使えるものはどんどん使っていくべきだろう。

 ましてカナリアさんのお世話になるのだから、出来る限り彼女の役に立ちたい。


「ミサキ様! お待ち下さい!」

「大丈夫だよ。ここは私が何とか出来そうだから」

「あの、そうじゃなくて、出口はそっちじゃないですよ?」



 ――役に立てるか先行き不安だった。



 結局、僕が後ろから睨みを効かせ、カナリアさんに道案内を頼む。

 前を行くカナリアさんは、僕の髪を宝物のように抱き抱えている。

 呪われそうなので、僕としては早く捨てて欲しいのだけど。


「その髪、いつまで持ってるの? もう捨てて構わないと思うけど」

「何を仰るのですか!? これは国宝級の物ですよ!? ミサキ様はご自分を貶めすぎだと思います!」

「いやまぁ、役に立つならそれでいいんだけど……」


 カナリアさんは何か言いたげに僕を見たが、ため息を吐くだけで、そのまま自分の使命に徹してくれた。

 開放的な雰囲気から様相が変わり、白塗りの壁に覆われた、美術館のように整えられた廊下を抜けている時に、僕はようやく当初の目的を思い出した。


「カナリアさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょう?」

「あのさ、魂の待合室の件で相談したいんだけど、儀式は終わったし、どこの誰に話せばいいのかな?」

「魂の待合室……ですか?」

「ほら、人が長椅子にずらーっと座ってる場所」

「ああ、養鶏場の事ですね?」


 養鶏場と言う響きに僕は眉を潜める。あのお爺さんは魂の待合室と言っていたけれど、なんだか泥臭い名称だ。


「すみません。私はその呼び方あんまり好きじゃないんですけど、格上の天使様は皆そう仰られますので……ミサキ様もあまりお好きではないようですね」

「養鶏場って、あそこに居たのは人じゃないの?」

「そうですよ。ミサキ様はやはりお優しい方です」


 カナリアさんはどこか安堵した表情で、僕に説明をしてくれた。

 人間たちが魂の待合室と言っている場所の事を、天使達は『養鶏場』と呼んでいるらしい。

 人の魂が来世を決めるために立ち寄るという事は間違っていないが、天使達はそれを手助けしているのではなく、むしろ阻害しているそうだ。これには僕も驚いた。


「魂は放っておいても勝手に転生します。その魂を捕らえておく場所が養鶏場なんです」

「何でそんな事をするの?」

「魂を拘束しておいて、その中で(けが)れの少ない魂を選別し、天使に加工するためです」

「え……加工?」

「はい。そうして作られた天使は、ミサキ様達と違って純粋な天使族ではありませんから、力の弱い下級天使として、純正の天使様の小間使いになるのです」


 何だか嫌な話になってきたぞ。

 てっきり死後の魂を天使が導いているものだとばかり思っていたのに、実際にはむしろ妨害して、しかも場合によっては弄くられて手下にされているらしい。

 

「ってことは、カナリアさんもやっぱり養鶏場から連れてこられたの?」

「多分、でも下級天使になった段階で、前世の記憶は消去されてしまいますから、その前の記憶は殆ど持っていないんです。最近は上神の儀式の準備で皆さん忙しかったせいか、下級天使の加工は殆ど行われていなかったみたいですけど……」

「なるほど……」


 禽舎(きんしゃ)の中に鶏を押し込めて、成長したら必要な分だけ都合よく加工する。

 それはまさに養鶏場だ。


 天使達の労働力としての下級天使を得るために、人間の魂を捕らえておく。

 情報を纏めると、この天界という場所の力関係は、神、ごく少数の上級天使、一般の天使族、そして最下層の下級天使で構成されているらしい。

 その関係は、貴族、平民――そして奴隷に言い換えられる。

 僕ら人間は家畜って所だろう。

 

 僕は、偶然その小屋から脱走できたのだ。

 見た目は鶏なのに、尻尾だけが何メートルも伸びる尾長鳥(おながどり)なんて奴がいたけれど、僕はそんな異端なのだろう。


 色々情報が入ったけど、こうなると、とても僕一人で何とか出来そうな問題じゃない。

 最初はちょっと進言するくらいの気で居たけど、奴隷解放宣言並みの難易度になってきた。


「ミサキ様は天使族なのに、そういった知識をお持ちではないのでしょうか?」

「う、うん……私はちょっと特殊って言うか、世間知らずっていうか……」

「はぁ……」


 それから特に会話も無く、しんと静まり返った通路を歩き、ようやく神殿――カナリアさん曰く『神域』と言うらしい場所の出口が見えた。


 外に出ると、光り輝く『白』の世界が広がっていた。綿飴のように真っ白な地面が平らに均され、そこかしこに象牙で作られたような美麗な彫像が均等に設置されている。装飾品はどれも白色を基調としていて、少し傾いた太陽の光を強烈に反射する。


 その余りの眩しさに僕は目を細めた。一つ一つは夢のように美しい物ではあるのだけれど、余りにも白ばかりが主張しすぎて、逆に歪な感じがする。


「ケツァール様のご要望なのです。この世界は美しくあらねばならない。何物にも染まらぬ、美しき白を基盤とせよ、と」

「ふーん……白ばかりが美しいとは思わないけどなぁ」

「……? ミサキ様はご存知無かったのですか?」

「わ、私は美的感覚が無いから……」

「……………………」

「な、何かな?」


 カナリアさんが僕に疑惑の目を向ける。やばい、段々メッキが剥がれてきているのをひしひしと感じる。


「……何でもありません。これから私の家へ向かいますので、まだ私が先導させていただきますね」


 言うが早いか、カナリアさんの体がふわりと宙に浮かぶ。

 数メートルほど浮かび上がった所で、カナリアさんは僕の真上をくるりと旋回する。


「確かに白は美しい……」

「えっ? 何がですか?」

「いえなんでもないです」


 僕は無意識に、目の前に飛び込んできた素晴らしい布の色を呟いてしまった。

 狼狽する僕を見て、カナリアさんは不思議そうに眺めている。

 よかった。バレてないみたいだ。


「ミサキ様、下層の方へ移動しますので、空を飛んで行こうと思うのですが……」

「……やっぱり飛ばないと駄目?」

「もうすぐ日没ですし、神域から最下層は真逆の位置ですから、歩いていくと時間が掛かってしまいます」


 そう言われても僕は空なんて飛べない。カナリアさんのように羽があれば飛べるのかと思ったけど、あのサイズじゃとても羽ばたいて飛ぶのは無理だし、何かやり方があるのだろう。

 どうしよう。早く飛ばないと怪しまれる……多分、今までやってきたことの応用でいけるはずだ。

 そうだ、僕は飛べる! 飛びます、飛びます……


「ぎゃああああああああああああああ!?」

「み、ミサキ様っ!?」


 飛べた! いや、ぶっ飛んだと言うべきだろうか。大気を切り裂き、雲を突き抜け、気をつけの姿勢のまま、カタパルト射出された戦闘機みたいに、僕の体は天空の彼方へと発射された。


「おおおおおおおっ!? と、止まれ! 止まれーっ!」


 呆けてる場合じゃない。必死でブレーキを掛けると、何の抵抗も無く、空中でぴたっと止まる事ができた。そのまま落下して、飛び上がり自殺になるんじゃないかと焦ったが、僕は宇宙に浮かぶ衛星のように、高度を維持したまま立ち止まる事ができた。


「わぁ……これは凄い……」


 目の前に広がる壮大な光景に、思わずため息を吐いた。

 頭上を見上げれば、視界に収まりきらないほど巨大なグラデーションを作る紫色の空。

 下を見れば、遥か彼方まで純白の雲海が広がり、斜陽の光に照らされて、オレンジ色に染まっている。


 その中心には、イチゴの乗っていないウェディングケーキのような、三段重ねの地形が見えた。

 あそこに僕達が居たのだろう。


 暫く我を忘れていたけれど、はるか下方に、豆粒くらいになったカナリアさんが見えた。

 なにやら手足をばたばたさせ、相当慌てているみたいだ。

 ゆっくりと力加減をしながら、慎重に高度を下げていく。


「ミサキ様! 大丈夫ですか!?」

「平気だよ……あ、あの、何かな?」


 カナリアさんが困惑の混じった表情で僕を見上げる。

 言いたい事があるのだけれど、上司の機嫌を損ねないように口を開けない、そんな感じだ。


「カナリアさん、何か聞きたいことがあるのかな?」

「で、では、失礼ながらお伺いしたい事があるのですが……」

「な、なんでしょう?」

「ひょっとして、ミサキ様は力を上手くコントロール出来ないのでは?」

「うっ……!」

「いえ、それどころか、天界をまともに歩くのも、もしかしたら今日が初めてなのではないでしょうか?」

「ううっ……!」


 カナリアさんは、捨てられた子犬を見るような哀れみの目で僕を見る。僕の動作はさぞ滑稽に見えるのだろうと思うと、ちょっと悲しい。


「な、何で分かっちゃったの?」

「ミサキ様の言動は、余りにも浮世離れしすぎています。養鶏場の事を知らない天使は殆どいませんし、皆さん関心も持ちませんから」


 やっぱりバレたか。

 そりゃあんなに挙動不審な行動をしていたら当然だ。

 出来ることなら彼女の希望の星になってやりたかったけれど、やはり僕には荷が重かったのかもしれない。


「ミサキ様……」

「ええと……そのね……」

「いいんです。仰らなくても分かります! ミサキ様は、養鶏場の皆さんに自分を重ねていらっしゃるのですね?」

「……ぇ?」

「そうなのでしょう?」

「う、うん、確かにそうだけど……」


 だって僕はあそこから抜け出してきたのだし、当然だ。


「やっぱり! ミサキ様、あ、あの! 私に出来る事はあまり無いかもしれませんが、ミサキ様は一人じゃありませんから!」

「あ、あの……カナリアさん?」

「聞いたことがあるんです。エミュー様やモア様のような、一流の血筋では無い天使は、一族の格を上げるために、神力を貯める部屋に何年も押し込め、儀式専用に特化した天使を作る事があったと」

「そうなの?」

「はい。倫理に反するという理由で禁止されていますし、今の時代には誰もやらないと思っていました。まさか実在するなんて……」


 全然違います。


「ミサキ様が髪を切られた理由、ようやく理解出来ました。神力を敢えてそぎ落とす事で、自ら不良品になられたのですね……さぞお辛い日々をお過ごしになられたのでしょう……でも大丈夫です。ミサキ様はもう籠の鳥ではありません! 暖かな巣はありませんが、解き放たれた存在なのです!」


 カナリアさんは目に涙を浮かべながら、引いてしまう位の勢いで僕を励ます。どうしよう、この子、完全に思い込んじゃってる。誤解は早めに解いておかないと。


「あのね、カナリアさん……」

「は、はいっ! 何でしょう!」

「……………………」


 駄目だ。僕が偽天使だとはとても言えない。

 使命感と慈愛の眼差しを向ける無垢な瞳に事実を伝えるのは、例えるなら、眠いのを我慢してサンタさんが来るのを待っている子供に、『実はサンタさんなんていないんだよ』と伝える鬼畜の所業だ。


「その、頑張ろうね……」

「はいっ!!」


 僕の返事に、カナリアさんは並々ならぬ気合を籠めて返事をした。

 何をどう頑張るのか自分でも分からないけど、その場の空気っていうか、雰囲気って大事だと心底思う。


「ミサキ様、少し提案があるのですが……」

「ん? 何?」

「折角なので、少し遠回りをして帰ろうと思うのですが。ミサキ様は飛行に慣れていないようですし、差し支えなければ、私が練習のお手伝いもさせていただきます……いかがでしょう?」

「いいの!?」

「勿論です」


 僕はその提案に一も二も無く飛びついた。

 僕のがっつきっぷりに、カナリアさんは少し驚いたみたいだけど、はにかむように微笑んだ。

 もしかしたら、僕の役に立てる事が嬉しいのかもしれない。


「では参りましょう。ミサキ様、さあ、お手を……」

「う、うん……」


 カナリアさんは再び軽やかに浮かび上がり、少し恥ずかしそうに手を差し伸べる。

 僕も女の子と手を握った事すらないので、妙に緊張してしまう。

 お互いに恐る恐る手を伸ばし、柔らかな手を、きゅっと掴む。

 

 次の瞬間、カナリアさんに吊り上げられるように、僕の体も風船のように浮いた。

 数メートルほど上昇すると、二人でシャボン玉のようにふわふわと宙を舞う。


「すみません。私の力だとこれくらいの高さが限度なのですけれど……」

「十分だよ。むしろ高すぎると怖いし、このまま進んでくれるかな?」

「分かりました」


 静かな湖面を滑るボートのように、カナリアさんはゆっくりと前進する。不思議な感じだ。

 自転車を二人乗りして、後ろに座らせて貰っている感覚に似ている。


「凄いね! 私、今空を飛んでるよ!」

「ミサキ様、空を飛ばれるのは初めてなのですか?」

「そりゃそうだよ! カナリアさんは凄いね!」


 さっきのトマホークミサイルみたいな飛行は、飛んだとは言えないだろう。

 興奮しながらカナリアさんを褒め称えたが、カナリアさんは逆に悲哀の表情で僕を見る。

 何だろう。いい歳してはしゃぎすぎて、痛い子に見られてしまったかな。


「お労しいミサキ様……空を飛ぶことすら自由にさせて貰えなかったのですね……」

「そうじゃないんだけど……」

「私に気遣いは無用です。あまり力を入れずリラックスして下さい。慣れれば歩くのと同じ感覚で出来るようになりますから」

「う、うん」


 小さな手に力が入るのを感じる。真剣な表情で僕をエスコートしてくれるのを見ると、多分、僕に同情してくれているのだろう。

 彼女自身も色々大変だったと思うのに。


「では、このまま少し遠回りして、私の家の方に向かいますね。ミサキ様ほどの神力があれば、到着する頃には感覚を掴めていると思います」

「ありがとう。よろしく頼みます」


 ありがとうと言われ慣れていないのか、彼女は夕焼けの中でもはっきり分かるくらい頬を染めた。

 ひんやりとした空の下、心地よい浮遊感を楽しみつつ、僕とカナリアさんは暫くの間、空中散歩を楽しんだ。

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