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04話:上神の儀式

 カナリアさんに先導されて、無駄に長い廊下をひたすらに歩き続けると、建物の突き当たりらしい空間へと着いた。

 絢爛豪華なんて言葉じゃ言い表せないほど美しく広々とした部屋で、無駄に高いドーム上の天井には、七色のステンドグラスが張り巡らされ、静謐(せいひつ)な雰囲気を作り出す。


 床は、踏んでごめんなさいと謝りたくなる程、柔らかな真紅の絨毯で敷き詰められている。

 アラブの貴族だってこんな部屋を作れないだろう。


「着きました、ミサキ様」

「あの……本当にここに入るの?」

「そうですけど? ミサキ様ほどのお方でも、上神の儀式には緊張なされるのですね」


 カナリアさんが強張(こわば)った表情で僕を見上げる。

 僕が緊張しているのは儀式の事ではない。

 部屋そのものの雰囲気もそうなんだけど、なんと言うか、その――。


「(女の子しか居ないじゃないか!)」


 部屋の中は、彩雲で紡いだような、美しいドレスを着た女性たちで埋め尽くされていた。

 誰も彼もが、御伽噺のお姫様のような顔立ちで、背中に生えた大きな純白の翼が、さらにそれを引き立てる。

 映画の中の舞踏会だって、もう少し控えめに作るだろうに。


 女性が嫌いな訳じゃないけど、石の下のダンゴムシみたいな生活をしてきた僕にとって、この空間は眩しすぎる。

 これほどきらびやかな空間に分け入っていくのは、何だか白鳥の群れにカラスが乱入するような場違い感を感じてしまう。


「何とかギリギリ間に合ったみたいですね。ミサキ様、本当にありがとうございました」

「こちらこそどうも。後は自力で何とかするから。どうもありがとうね」

「あ……」


 カナリアさんが、一瞬寂しそうな顔をしたような気がしたけれど、僕がそう言うと、何度かこちらを振り向きつつ、他の天使たちの間に姿を消した。

 カナリアさんに傍に居てもらえると助かるのだが、僕の同類だと思われると、余計なトラブルに巻き込まれる可能性もある。


「さて、ここからどうしようか」


 むせ返る女性の香りを頭を振って追い払い、必死に思考を巡らせる。

 一応、天使たちの集まる場所に来られたのは予定通りだけど、ここから先はノープランだ。

 人の良さそうなおじさん天使とかを狙おうと思ったのに、ここには女性しか集まっていない。

 これはさすがに予想外だ。


 先ほどのやりとりから察するに、厳かな儀式であるはずなのだが、みんな黄色い声を響かせていて、女子大の学園祭みたいな雰囲気になっている。

 とても僕が話しかけられる状況じゃない。


 遠目にカナリアさんが見えたが、彼女は一人、端の方で申し訳無さそうに身を縮こまらせていた。

 周りの天使達に比べてみると、彼女だけ非常に小さくみすぼらしい格好に見えて、僕とは違う意味で浮いている。


 始まる前から破綻した計画に頭を抱えていると、唐突に後ろの大扉がひとりでに閉じた。


「皆の者、これより上神の儀式を始める」


 天上から厳かな声が響く。

 その途端、これまでざわざわと騒いでいた天使たちが、水を打ったようにしんと静まり返った。

 部屋の中空に神々しい光が集まりだし、その中から、輝くばかりの金髪と美貌を湛えた、妙齢の女性の姿が現れた。


 背中には体より大きな四枚の翼が生えていて、その一枚一枚から、自信と力が溢れ出ているように見えた。


「ふむ……今回は随分と集まったものだ。少し条件を緩くしすぎたか」


 厳かだがよく通る声で、空中に浮いた女性がつまらなそうに言い放つ。

 ようこそおいで下さいました、なんて気持ちは微塵も感じられず、自分のコレクションの宝石を、見定めているような表情だ。


「ケツァール様! 私、この日のために五年もの間、魔力を磨いて参りました! どうか! 私を上級天使に……そして神の座へと上げてください!」


 僕の横に立っていた天使の一人が、上空の天使に懇願する。

 あの偉そうな四枚羽の人は、ケツァールというらしい。


「私もです! 私は聖水を作る事にかけては誰にも負けません! 是非ともそのお美しい髪を、清めさせていただきたく思います」

「私だって……!」

「私も……!」


 一人が自己アピールを始めると、連鎖反応で我も我もと皆が手を挙げ、周りを押しのけながらケツァールという女性に手を伸ばす。

 美しい光景の筈なのだが、何故か僕には、仏の垂らした蜘蛛の糸に手を伸ばす亡者たちのように見えた。


 一方、僕はというと、満員電車に巻き込まれた女子高生みたいに身動きが取れず、されるがままになっている。

 甘ったるい匂いと、触ったら怒られそうな部分がそこら中にむにむにと当たって、いろんな意味で頭がくらくらする。


「黙れ」


 ケツァールさんが鬱陶しそうに言う。

 たったその一言で、天使たちは金縛りにあったみたいに動かなくなる。

 助かった。僕はほっとため息を吐いた。


「お前たちの言葉などどうでも良い。この場は、神の位である私が絶対者でありルールだ。私の求めている物は私が決める。貴様らに割いている無駄な時間は無い。これより儀式を始める。付いてこられた者のみ、今後の発言を許す」


 言うが早いか、ケツァールさんは、気だるげに上空から手をこちらに向けた。

 逃げるタイミングが無かったので、結局、僕も巻き込まれる羽目になったけど、儀式って何をやるんだろう。


 天使みんなで殴り合って、最後に立っていた奴が勝利みたいな、ラストマンスタンディング方式だったら嫌だなぁ。

 もしそうだったら、さっさとやられよう。


「ひれ伏せ」


 ――瞬間、ずん、と空気が重くなる。


「きゃっ!」

「あああっ!?」


 校長先生の長話で貧血を起こしたなんてレベルじゃない。

 ドミノ倒しのように、煌びやかな天使たちが、無様に地面に突っ伏していく。

 どうも重さを感じているのは僕だけじゃないようだ。


「な、何だこれ?」


 僕には頭から布団を被せられたくらいにしか感じないので、多少よろめいただけで済んだけど、周りの光景は死屍累々である。

 真っ赤な絨毯が、真っ白な天使の絨毯になってしまった。


「ほう、今回は三名残ったか」


 意外と多かったな、と付け加え、ケツァールさんが艶っぽく笑う。

 うつ伏せになった天使たちは、必死に立ち上がろうとしているようだが、重石でも乗せられているかのように動けない。


 訳の分からないまま辺りを振り返ると、先ほど見かけた青髪と緑髪の――確かエミューとモアだっけ、その二人が支えあうように立っていた。

 それ以外に立っている天使は居ない。ってことは、三人目って……。


「んん? 貴様、珍しい姿をしているな? 黒髪とはなかなか見ない色だ」


 ケツァールさんが興味深げに僕を見る。

 やっぱり僕だったらしい。なんてこった。


「ふむ……中々に美しい姿をしているではないか。服はみすぼらしいが、逆に素材の良さが分かる。残りの二名、私の前に来る事が分かっていながら、随分とだらしない格好をしているな」

「ち、違うのです……! 私たちは、ケツァール様にいつも敬意を払っております!」

「そうです! 私とエミュー姉さまは、罠に掛かったのです! それでこのように惨めな姿に……」


 エミューとモアは二人して必死に陳述する。

 髪の毛はくちゃくちゃになっているし、自慢のドレスも折り目がついて皺だらけになっている。

 いくら二人が見目麗しくても、確かにこれはひどい。

 僕がやったんだけど。


「罠? 私は天使など個々に覚えていないが、エミューとモア、お前たちの名は知っている。今回の上神の儀式にて、最も優秀で、最も神の位に近いとな」

「私たちをご存知なのですか? 神位であるケツァール様に覚えていただけるなんて、このエミュー、生涯最高の栄誉を承りましたわ!」

「世辞は良い。して、そのお前たちすらを出し抜いた者は何者だ? 場合によっては、その者を四人目の候補者に挙げねばならん」

「それは……」


 エミューはそこで押し黙る。多分、自分たちの醜態を晒す事と、ライバルを増やす事を懸念しているのだろう。

 僕はライバルに入らないんだけど、相手からはそう見えないだろうし。


「私に言えぬと申すか。たかだか位無しの天使が、上級天使のさらに上位の存在である、この私に隠し事とな?」

「あ、あの者です!」


 慌てたモアが指差した先には、非常に小さな灰色の羽の天使――カナリアさんが見えた。

 あ、そうか、僕が柱の影から不意打ちしたから、彼女達は僕の存在に気付いていないんだ。


「あれがか? ふむ……」


 ケツァールさんは少しだけ驚いた表情をして、指をぱちんと鳴らす。

 体に掛かっていた重圧が消え、他の天使たちも徐々に体を起こしていく。体が自由になった途端、まるでゴキブリでも避けるみたいに、カナリアさんの周りだけエアポケットが出来る。


「そこの鼠、お前は何者だ?」

「あ、あのあのあの……わわ私、カ、カナリアと申します」

「名前などどうでも良い。お前のような矮小な存在が、どのようにあの二人を蹴散らしたのか答えろ。それとも、あの二人が私をからかっているのか?」

「あ、あの……その……」


 カナリアさんは蛇に睨まれたカエルどころか、竜に睨まれた蟻みたいに涙目でケツァールさんに凝視されている。

 呂律(ろれつ)が回らず、その体は小刻みに震えていた。


「その溝鼠(どぶねずみ)が分不相応にもこの宮殿に忍び込み、何か邪悪な仕掛けをしたのです! そうでなければ、私たち姉妹が、こんな者に後れを取るはずがありませんわ!」

「貴様は黙っていろ。私がこれに聞いているのだ」

「も、申し訳ございません!」


 ケツァールさんはモアの方には目を向けず、カナリアさんをつまらなそうに見たまま投げやりにそう言った。

 モアは見られても居ないのに、慌てて深々と頭を下げる。


「早く答えるがよい。先ほどの負荷に耐えられない程度の小物が何かしたとは思えないが、そうなると、やはり細工をしたという事になるな。ライバルを少しでも減らしたかったのか?」

「それは違います!」

「ではどうやったのだ? 他に誰かがやったと申すか」

「それは……」


 カナリアさんが答えられる訳が無い。

 今の状況は、濡れ衣を着せられた子供に対し、先生が「お前は何でこんなことをしたんだ? 主犯の名前を言ってみろ」と詰問しているような物だ。


 正直に答えたら、後でどんな仕返しをされるか分からない。

 カナリアさんからすれば、僕だって得体の知れない奴なのだ。

 そいつらが見張っている状態で、喋れるわけがないじゃないか。


 上神の儀式だか何だか知らないけれど、それは上に立つものを決める、崇高な儀式なんじゃないのだろうか。

 それなのに、弱い者の気持ちなんてまるで顧みない、強者のみがこの場を支配している。



 ――何だか、無性に腹が立ってきた。



「やったのは私です」


 そう言った瞬間、僕に全ての視線が集まっているのを感じた。

 目立つのは苦手だし、こうした行動をして損をする事は経験で分かっているけれど、黙ってなんていられない。

 だって、カナリアさんは被害者なのだから。


「ミサキ……さま?」

「ごめんね、心配しないでいいからね」


 ちょっと悩んだけど、僕はカナリアさんのところまで近づいて、軽く頭を撫でた。

 エミューとモアが凄まじい憎悪の視線をこちらにぶつけるが、僕はカナリアさんの盾になるように間に立つ。


「黒髪、あんたがやったっていうの?」

「ええ、貴方たちが余りにも下品だったもので、つい手が滑ってしまいました」


 下品、という言葉に反応し、エミューとモアの眼力がいっそう強くなるが、僕は逆ににっこりと笑顔を作った。

 自分で言うのも何だけど、多分、今凄くいい笑顔が出来ていると思う。鏡が無いのが残念だ。

 こういう性格だから、生前トラブルが絶えなかったんだろう。


「その鼠を撒き餌に使い、私たちを潰そうって魂胆だったのね! なんて卑怯なの!」

「鼠ではありません、カナリアという可愛らしい名前があります。それに彼女は関係ありません。第一、卑怯なのは貴方たちですよ。力の弱い物を二人がかりで因縁つけて、おもちゃみたいに扱うなんて最低です。自慢するほどの力があるなら、もっと使い道があるのではないですか?」

「言わせておけば! 大体、あんたなんて見た事無いわ! どこの血族なの! どうせコネか何かで無理やり力を集めたんでしょう」 

「私には親兄弟はいませんよ。私は私、それ以外の何者でもありません」

「嘘おっしゃい!」


 エミューとモアが凄い剣幕でまくし立てるが、僕も黙って睨み返す。

 相手が怒るのは当然だろうけど、僕も無抵抗ではいられない。

 どんなに弱くても、目標に向かって戦い、挑戦する権利は誰にだってあるはずだ。

 それをこの二人は踏みにじり、あざ笑った。それが僕には許せない。


「静まれ」


 苛ついたようにケツァールさんが僕たちを睨みつける。

 そういや、すっかりこの人のことを忘れていた。


「そこの黒髪、名を何という」

「ミサキと申します」


 言ってから後悔した。偽名とか使えばよかったかな。

 でも僕、神様っぽい名前なんてブッダとキリストしか知らないしなぁ。


「ミサキか……中々肝の据わった奴だ。お前ほどの力があれば、あの二人を倒した事も納得できる。妨害行為をしたことは事実なのだな?」

「はい」

「なるほど。そうなると、他の天使を妨害したペナルティをお前に与えねばなるまい」

「分かりました。何をすればいいですか?」


 あの二人がカナリアさんにしたことだって、他の天使への妨害でしょう、と言いかけたが、僕は堪えた。

 さすがにこれ以上、状況を混乱させたくない。

 後ろでカナリアさんが息を呑むのを感じるが、不安な表情を見せないよう、僕は振り返らない。


 ケツァールさんは指をくるくると動かす。

 何やら空中で文字を書いているようにも見えたが、ほんの数回動かすと、僕の目の前に、見事な装飾を施した銀のナイフが現れた。


 これ一本で、うちにあるダイソー製ナイフが何万本買えるんだろう。

 それくらいでしか表現できないが、僕ですらそう感じるほどに見事な芸術品だった。


「これは……?」


 空中に浮いていたナイフを僕は手に取る。これで死ねとか言われたらどうしよう。

 昔は貴族の見世物として公開処刑をやってたらしいし、ありえる話だ。


 死んでからこんな事を気にするのも何だけど、あれは若気の至りというか、ついカッとなってやったから出来たわけで、今この状況で「ちょっと死んでみてよ」と言われても出来そうに無い。

 それにリストカットは成功率が低いのでやらなかった。練習しとけばよかったかな。


 どうしよう、今こそ生前の構想にあった、ナイフ振り回し大暴れ計画を実行に移すべきか。


「髪を切れ」

「……は?」


 ケツァールさんが冷淡に言い放つ。

 予想外のお題に、僕は目をぱちぱちさせる。


「あの、髪を切ればいいのですか?」

「そうだ。お前のその長く美しい髪を切り、出来損ないの天使に差し与えよ。それを持ってお前への罰としよう」

「ケツァール様! それはあんまりです!」


 それまで固まっていたカナリアさんが、喉から搾り出すように悲痛な声を上げる。

 それが気に入らなかったのか、ケツァールさんが指をほんの少し動かすと、カナリアさんは先ほどのように地面に押し付けられた。


「ミサキ様! 私のことはいいんです! 私なんかを庇っていただけで十分です! おやめ下さい!」


 地面に押し付けられたままで、カナリアさんは半狂乱になって僕を止める。

 確かに髪は女の命と言うし、これだけ伸ばすのにどれだけ時間が掛かるのだろう。

 でも残念、生憎僕は男なのさ。


「確認します、本当に髪を切るだけで良いのですね?」

「無論だ。たかが下級天使一匹に出来るものならな」


 そりゃ出来ますよ。むしろ邪魔なので切りたいと思っていたし、渡りに船だ。

 偉い人の言質(げんち)を取った事に僕は笑みを浮かべる。


 僕の表情をケツァールさんが(いぶか)しげに見る。

 僕は構わずに、両手でポニーテールを作るように髪を後ろに束ねる。髪の量が半端じゃない上に、手が小さくなっているので纏めるのに苦労したが、何とか片手で絞るように持つ。

 そのまま銀のナイフをもう片手に持ち直し、首の後ろに回す。


「き、貴様、まさか……本当に……!?」


 高慢なケツァールさんが初めて動揺を見せたが、僕の手は止まらない。

 ふふふ、今更リストカットさせようったって無駄ですよ。

 貴方が言ったのですからね。


 銀のナイフは見た目に違わず素晴らしい切れ味で、大量に束ねた女性の髪だろうと、まるで豆腐を切るみたいにさっくり切れた。

 僕の体から離れた、黒い蛇みたいに長くうねる艶やかな髪を、ケツァールさんに突きつける。


「これでよろしいですか?」


 僕がそう聞いても、カナリアさんも、周りの天使達も、先ほどまで、あれほど僕に罵詈雑言を吐いていたエミューとモアも、この場の支配者であるケツァールさんですら、誰も何も答えなかった。

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