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22話:竜狩り

 僕がジンさんに呼び出された場所は、何とも小汚い一室だった。

 本棚に無理やり押し込まれ、いびつに並んだ漫画や雑誌。

 隅の方には液晶テレビ、パソコンのモニターらしき物のケーブルが乱雑に絡み合っている。

 部屋の真ん中にはよれよれの布団と、それを囲うように散らかったパンやお菓子の袋やゴミ。

 その先にはベランダに出るための窓がある。

 ガラス窓に映る街並みには、沢山並んだ家屋の屋根が――。


「ここは……まさか?」

「珍しいかね? この世界はかなり異質だからね。どれも天界ではお目にかかれない代物ばかりさ」


 その声に振り向くと、ジンさんが僕の後ろに立っていた。

 片手には紙コップの束、もう片手には1.5リットルのコーラ入りペットボトルを抱えている。


「ジンさん、ここはもしかして日本ですか?」

「ご名答。ここは地球という辺境の世界の、これまた辺境のニホンという国だよ。天使のくせに博識だねぇ」


 ジンさんは紙コップにコーラを注いで僕に差し出す。

 コーラなんて久しぶりだ。こういう体に悪い飲み物もたまにはありがたい。

 良く冷えた黒い炭酸飲料を、僕は喉を鳴らして嚥下(えんか)する。

 うん、うまい。

 いやいや、そうじゃない。


「あの、竜狩りをするって言ってましたよね?」

「その通りだ。さっそく始めようじゃないか」

「つかぬ事をお伺いしますが、地球に竜は居ないのでは?」


 僕の記憶する限り、地球にドラゴンは居なかったはずなのだが。

 最近色々なことがありすぎて、自分の常識を疑ってしまう癖が付いてしまった。

 いや、僕は正常なはずだ。そうだよね。


「良く知っているね。確かに君の言うとおり、この地球という場所には、一体で世界を揺るがす獣は存在していない。ある意味、神力をちまちま稼ぐ、危険度の少ない穴場とも言えるがね」

「じゃあ、ここから他の世界に移動するんですか?」

「違う、これを使うのさ」


 ジンさんは何もない空間に手を突っ込むと、ピンクとホワイトの混じった四角い物体を取り出し、僕に放り投げた。

 どうやら機械のようで、二つに折りたためる形状になっていて、液晶の小さな画面が上下に付いている。

 神器に似ていなくも無いけれど、僕の記憶が正しければ、これは、ええと、あれだ。


「それはね、この国が開発した携帯用のゲーム機さ。そんな事を言っても、君には分からんだろうがね」

「分かりますよ」


 だって僕も持ってたし。

 僕の返答に対し、ジンさんは少しだけ驚いたようだ。

 まあ、天界には電化製品置いてないからなぁ。


「ほう! 神器の時も感じていたが、君には機械を使いこなす才能があるようだね。天使にしておくのは惜しいくらいだよ」

「ありがとうございます」


 こんな事で感心されても、犬がお手をして偉いと言われた程度にしか感じないのだけど。

 どうもジンさんは本気で褒めているようなので、ここは素直に受け取っておく。

 説明の手間が省けて助かる、と嬉しそうに言うと、布団の上に促され、ジンさんと将棋を打つように対面して座る。

 何故布団の上かというと、床に雑誌やらゴミやらが散乱していて、他に足の踏み場がないからだ。 


 でも、何でわざわざゲームをするために僕を呼んだのだろう。

 状況が良く分からないままゲーム機の電源をオンにすると、これまた僕も知っている、国民的大ヒットゲームの名前が表示された。

 僕が口を開く前に、ジンさんが嬉々として説明する。


「これはね、プレイヤーがハンターと言うアバターを操作して、様々な武器で巨大な竜を狩っていくゲームだよ。だが、どうしても一人では超えられない壁があってね。それで君を呼んだのさ。なるべくなら最大人数の四人がベストなのだが、手持ちの端末が二台しかなくてねぇ」

「あ、あの、本当にただゲームするだけなんですか?」

「そうだが、何か問題があるのかね?」


 実際に殺し合いをさせられるより全然良いのだけど、本当にそんなのでいいのかと思ってしまう。

 僕の表情から読み取ったのか、ジンさんは少しむっとして、手元の携帯ゲーム機をタッチペンで軽く叩く。


「君はこれを『ただのゲーム』と言ったね? だが本当にそうかね? この端末の中の登場人物、それにモンスター達の住む世界も、また一つの世界じゃないか。それを操って楽しんでいる私達は、彼らにとっては神と呼ぶにふさわしい存在だろう?」

「そうは言っても、結局ただのゲームの駒じゃないですか」

「彼らはそれをどう証明するんだい? 私たちもそうさ。私たち以上の神に等しい存在が、我々の行いを、どこからか覗き見ているかもしれないよ? ねえ、そうは思わないかい、キミ?」

「誰に話してるんですか……」


 ジンさんは、誰かを見通すようにあさっての方向を向き、楽しげに声を投げ掛けている。

 良く分からない人だ。

 でも正直、この申し出はありがたい。

 かなりの覚悟を決めてここに出向いてきたのだけど、単にゲームをするだけなら楽勝だ。


「ではゲームを始めよう! まずは私に付いてきたまえ! この世界を案内してやろうじゃないか」

「が 頑張ります」


 実は僕、このゲームはある程度やった事があるので、操作自体は問題ない。

 けれど、いきなり操作出来てしまうと不自然に思われるので、大人しくジンさんの指示に従う。

 上司の顔色を伺えるようになるなんて、僕も成長したものだ。


「声が小さいっ! 今から君は狩猟者だ! 獲物を狩る気魄が足りん!」

「が、頑張りますっ!」


 僕はジンさんに無駄に気合を注入され、携帯ゲームへと向き合う。

 ああ、今の声、お隣さんに聞こえてないといいのだけど。



 ◆ ◇ ◆



「こら、逃げるんじゃないこの鹿野郎め! よぉし! ぶっ殺したっ!! フヘ、フヘヘヘ……さあ、とっとと毛皮をよこせ! あっ、クソっ! クソクソクソックソッ! また生肉だ! まあいい、次の獲物を殺せばいいだけだ……ふふ、ふはははは!」


 やだ、この人怖い。

 助けてカナリア。

 ゲームをするだけなら楽勝。そんな風に考えていた時期が僕にもありました。


 狩りが始まるや否や、ジンさんは奇声を上げながら雑魚相手に太刀を振り回していた。

 案内されるはずの僕のキャラなどまるで眼中に無い。

 というか、近づくと敵ごと切られる。

 このゲームを作った人達も、ここまでのめり込むプレイヤーがいてくれるなら製作冥利に尽きるだろう。


「ミサキ君! チュートリアルは終わりだ! そろそろ奴が来るぞ!」


 チュートリアルになっていない腕慣らしが終わり、ジンさんが叫ぶ。

 イベントらしき動画と共に、真っ黒で巨大な竜が姿を現す。


「奴って、この黒竜のことですか?」

「気をつけろ! 今までとは比べ物にならん強敵だ」


 このゲームのお約束で、『雑魚を三匹狩れ』とか『肉を焼け』とか初心者向けのクエストに、いきなりこんな格上の竜が出てくるという物があるのだ。

 当然、今の状態では勝てない。

 いわゆる前振りとか、お披露目とか、負けイベントとかいう奴である。


「さあ、奴を倒すぞミサキ君! 気を引き締めたまえ!」


 ジンさんが絶叫し、太刀を片手に突撃していく。

 ――って、ちょっと待った。


「ちょっと待ってくださいよ! 今まであれと戦ってたんですか!?」

「そうだ! 奴のせいで五十時間ほど足止めを喰らっている! 君を呼んだのも、悔しいが一人では到底叶わないと踏んだからさ」


 ジンさんは忌々しそうに吐き捨てる。

 そりゃ、こんな初期装備に毛の生えたような武器じゃ勝てるわけがない。


「ジンさん、まともに戦っちゃダメですよ。だって、今まで鹿とかイノシシ相手だったのに、いきなりこんな竜が出るのおかしいじゃないですか。別の攻略法がありますよ」

「おかしいのは君のほうだ! 考えてもみたまえ、最初の街を出たら雑魚しかいない、次の街に行ったらそれよりちょっと強くて……なんて、そんな都合良いシナリオが現実にある訳がないだろう?」


 そうかもしれないけど、これはゲームですからと物凄く突っ込みたい。


「例えば子を虐待をする親とか、生まれた瞬間から自分以上の存在と戦わざるを得ない場合もあるだろう。つまりだね、このクエストは製作者からの挑戦状なのだよ。圧倒的不利を乗り越え、人生を踏破せよ、とね。いいだろう、神に楯突いたことを後悔させてやろう!」

「絶対違うと思いますよ」

「うおおおおっ! 死ねえええええっ!!」


 僕の諫言を振り切り、ジンさんが狂気じみた雄たけびと共に無謀な突撃を繰り返す。

 こうして人は破滅していくのだな、としみじみと思う。


「グオオオオッ!」


 ジンさんの気魄に呼応するように、黒竜もまた吼えた。

 盛り上がっている一人と一頭には悪いが、僕は逆方向へと突っ走る。


「こら! 敵前逃亡か!? 臆病者め! 君がそんな腰抜けだとは思わなかったよ!」


 ジンさんからボロクソに罵倒されるが、僕は無視を決め込む。

 このまま二人で突撃していれば、人類が滅亡してもクリアできないだろう。

 僕に罵声を浴びせている間に、ジンさんのキャラが尻尾でぶっ飛ばされる。

 彼女は役立たずの僕を無視し、目の前の戦闘に集中しだす。


 一方で僕はというと、ジンさんがなぶり殺されている間に、マップの隅にあるキノコの生えている場所をせっせと探していく。

 あった、これだ。


「ミサキ君! 何をしている! 早く、早くしないと死んでしまう!」

「大丈夫ですよ。もう終わりましたから」

「何を言っている!? このままでは二人とも殺されてしまうぞ!?」

「だから、もう勝負はついてますよ」


 僕がそう言った直後、『クエスト達成!』の表示が画面にでかでかと現れた。

 ジンさんは、まるで幽霊でも見たような顔をしている。


「み、ミサキ君? き、君は一体何をしたんだい!?」

「このクエスト、達成条件が『アイテムの回収』って書いてあるじゃないですか。勝利条件が違うんですよ」

「……っ!! な、なるほど!」


 合点がいった、とジンさんは何度も頷いた。

 別に強敵が現れたからといって、何が何でも真正面から戦って倒さなくてもよいのだ。

 ていうか、ちゃんと条件を読んで欲しい。


「素晴らしい……素晴らしいぞミサキ君! 最大の難所は乗り越えた。これからはきっと充実したハンター生活を送れるぞ!」


 まさかこんな事で褒められるとは思わなかった。

 人間、何がどこで役に立つか分からないものだなぁ。

 あ、そういえば、さっきの黒竜は後で戦う羽目になるんだけど、とりあえず黙っておこう。


「さてと、では今日の報酬を与えようじゃないか」


 上機嫌で携帯ゲーム機のフタを閉じたジンさんは、廊下に置いてある冷蔵庫へ向かい、酒瓶のような物を持って戻ってきた。

 コルクの蓋を外し、ブドウ色の液体を先ほどの紙コップに注ぎ、僕の鼻先に突きつける。


「何ですかこれ? お酒?」

「これは私の神力で作った聖水――神水とでも言うべきかね。神の作る液体といえばワインだろう?」

「で、でも私、お酒はあんまり……」

「いいから飲みたまえ。それとも、私の水が飲めないとでもいうのかね?」

「……飲みます」


 もはや完全にパワハラだ。

 ただ、果実のような甘い芳香を漂わせる神水は、中々に美味しそうだ。

 飲酒経験は殆どないが、これなら飲めるかも知れない。

 僕は紙コップを傾け、一思いに飲み干す。


「あ! そんな一気飲みしたら……!」

「おぉ? これ、意外とおいしいですね」

「何とも無いのかね?」

「ふぇ? 何ともないれすよ?」


 そういった途端、僕は立っていられず床にひっくり返る。

 お腹の底から体がぽうっと熱くなり、とても愉快な気持ちが沸いてくる。


「ふむ、酔っ払う程度で済んだか。やはり君は頑丈に出来ているようだね」

「へぇ? 何か問題あったんれすか?」

「私の力は少し汚れていてね。『穢れ』に近い性質があるんだよ。劇薬のような物だと思えばいい。なぁに、毒は上手く使いこなせば薬にもなる。慣れれば妙味さ」

「はぁ……」


 僕は適当に相槌を打った。

 さっきから何だかぽわぽわして、上手く頭が働かない。


「君ほどの耐久力でそれだけ酔ってしまうんだ。カナリアちゃんに神力連結(エーテルリンク)で力を渡すときは、今までとは違うやり方をしないといけないよ。最悪、パンクしてしまうかもしれないからね」


 子供にお酒を呑ませる様な物なんだろうか。

 ああ、そういえば僕と初めて神力連結をしたとき、カナリアは吹っ飛びそうになっていたなぁ。

 失敗すると、あれをもっとひどくした感じになるということかなぁ。

 あはは、それは大変だ。


「じゃあ、今日はもう帰りたまえ」

「は~いっ!」


 僕はほろ酔い気分で手を上げた。

 ふわふわして、とても気持ちがいい。

 僕はいま、大変に機嫌がいいのれす。


「……大分酔っているね。門を開放するから、早く帰るといい」


 あはは、ジンさんはおかしなことを言うなぁ。

 門ならあるじゃないですか?


「こ、こら! 何処へ行くんだい!?」


 ジンさんは珍しく狼狽している。

 一体何を慌ててるんだろう。

 帰れって言われたんだから帰るだけなのに。僕の家に。


 僕はボロいドアに体当たりをぶちかまし、ジンさんの家の扉を破壊する。

 そのまま外に飛び出すと、よく晴れた日差しに照らされた、色とりどりの屋根やビルが見えた。

 

 ああ、間違いない、ここは日本だ。

 でも、日本の何処かは分からない。

 どっちへ行けばいいんだろう。

 後ろでジンさんが何か叫んでいるがどうでもいい。


「あははははははははは!!」


 ホームグラウンドに帰ってきた事を実感すると、何だかとてもよい気分になってきた。

 世界がぐるぐると回り、まるで雲の上を歩いているようだ。


「コラーっ! 待て! 待ちなさいっ!」


 後ろからジンさんが血相を変えて追いかけてきたので、僕はアパートの二階から飛び降り、アスファルトの舗道に着地する。

 周りの人が仰天するが、今はそれどころではない。


 迂回している暇はない。真っ直ぐ進まねば、きっと捕まってしまう。

 ブロック塀をぶち抜き、目の前にあった車を跳ね飛ばし、狭い路地を爆走する。


「捕まえたっ! このいたずらカラスめ!」


 だけど、僕の自由への逃避行は長くは続かなかった。

 千鳥足で走っていた僕は、簡単にジンさんに捕まってしまう。


「はなせぇ! はなしてぇー! うええええん! はなしぇ! おうちかえるー!」

「暴れるんじゃない! 君がここまで酒に弱いとは思わなかったよ!」


 上手く呂律が回らない。僕は子供みたいに泣き叫び、腕と足を振り回し抵抗を試みる。

 その度、コンクリートにひびが入り、電柱が倒れる。

 自分でも、もう何が何だかわからない。


「仕方ない。ちょっと絞めるよ!」

「ぐぇ」


 潰れたカエルみたいな声が喉から絞り出される。

 ジンさんが僕にチョークスリーパーを掛けてきたらしい。

 僕も怪力には自信があるけど、まるで大蛇に絞められたようで、全く引き離す事が全く出来ない。


 視界がちかちかと明滅する。最初は赤く、だんだん暗く。

 頼むから離して欲しい。

 僕は帰らないといけないのだ。

 あれ、でも帰るってどこへ?


「まったく、カナリアちゃんが今の君を見たら、きっと失神するだろうね」


 薄れゆく意識の中、カナリア、という単語が僕の心に染み込んで来た。

 そうだ帰らなきゃ。カナリアの元へ――。



 ◆ ◇ ◆



「うう……」

「気が付いたかい?」


 瞼の裏にまで届く西日に刺激され、僕は目を覚ます。

 まだ意識が朦朧(もうろう)とするけれど、どうも僕は、布団の上に寝かされているらしい。

 部屋の雰囲気からすると、天界ではないみたいだ。


「あれ? ここは? うぅ……頭痛い、気持ち悪い……」

「私の部屋さ。君が破壊したものは直しておいた。とんだ酒乱お嬢様だよ君は」


 ああ、何となくだけど覚えてる。

 良く見ると、髪はぼさぼさ、ドレスも泥だらけでしわくちゃになっている。

 体に打ち身やあざが出来ているのは、多分ジンさんと揉み合っていたからだろう。


 なんということだろう。

 僕はとんでもない酒乱だったのだ。

 自分の知らない一面を知り、僕は両手で顔を覆う。


「……死のう」

「落ち着きたまえ。君だけのせいじゃない。ちびちびと飲めばよかったのだが、説明が少し足りなかったねぇ」

「いえ、確かに力が付いているのは感じます。ありがとうございます」


 赤面しながら僕はジンさんに礼を言う。

 死にたくなったものの、神水自体の効果はてきめんで、分厚いステーキをお腹一杯食べすぎて、胃がはち切れそうになったような、満足感とも不快感ともいえない感触が体の中に渦巻いている。

 それとは別に、頭もガンガン痛いし、まだ少し気分も悪い。

 二日酔いってこんな感じなんだろうか。


「ジンさん。少しいいですか?」

「何かね?」

「私があんな状態になってしまうんですから、カナリアにこの力を渡したら……」

「下級天使がその神力を一気に流されたら、恐らくショック死するだろうね」

「何とかして、カナリアにこの力を受け渡す方法は無いのですか?」


 僕自身が強化されても、肝心のカナリアに渡せなければ意味がないのだけど。


「渡し方が無いわけじゃない。時間を掛け、ゆっくりと慣らしてやればいい。彼女は君の神力には大分慣れているはずだから、君の力と混ぜ込みつつ、長い時間、密着すればいいだろうね」

「え、長時間の密着って……」


 僕がそういうと、ジンさんはにやりと笑みを浮かべた。


「なぁに、実に簡単な事さ。お互いの肌と肌を密着させる行為があるだろう?」

「え、でも……カナリア、嫌がらないかなぁ」

「君はいまいち乙女心が分かってないね。美しく高貴な物に身も心も捧げたい。そう考える女の子は意外と多いのだよ?」

「そういうものですか?」

「そういうものさ。乙女である私が言うんだから間違いない」


 全然信用できない。

 そんな僕の心境などお構いなしに、ジンさんはぱちんと指を鳴らす。

 狭苦しい部屋の中心に、来たときと同じ門が現れた。


「ま、とにかく今日は帰りたまえ。立てるかい?」

「はい、何とか……」


 まだ少し足元がふらつくし、打ち身の部分がひりひりと痛むが、歩けないほどではない。

 久しぶりに感じる倦怠感を押さえ込み、僕は再び帰還の門を潜る。


 色々ぐだぐだではあったが、欲しいものは手に入った。

 少し混乱してしまったけれど、改めて思う。

 ここはもう、僕の住む世界ではないのだ。


 だから、僕は帰らなくてはならない。

 天女ミサキとして。

 カナリアの――皆が待つ場所へ。


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