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20話:御伽噺

 アシュラの仕掛けた落とし穴にメシアを嵌め、適当に殴られて退却する作戦だったのに、何も考えず空を飛んでしまったせいで決行が難しくなった。

 飛行モンスターに落とし穴は効かない。

 こんな基本中の基本を忘れていたとは恥ずかしい。


 それに、人狼がちっとも怯えていないのも問題だ。

 幾ら巨体といえど、こんなデパートの屋上にある、子供向けの乗り物のような外見では全然怖く無い。


「大変です! もう一つ問題が!」

「えっ!? まだあるの!?」

「アシュラさんの作った落とし穴が小さすぎます!」


 メシアの全長は三十メートルを超える。

 手足も当然太く、屋久島の縄文杉みたいに太い。

 アシュラが狩りに使うのに、そんなに巨大な穴が必要な訳が無い。

 もう何もかもが破綻している。なんてこった。 

 作戦と言う物は、智謀に長けた策士が考えて初めて成功するのだと、僕はようやく悟った。

 

「ど、どうしましょう?」

「こうなったら……カナリア、しっかり掴まって!」

「えっ、きゃあああああ!?」


 僕は天井から手を離し、素早くカナリアを抱きかかえ、神力の放出を遮断する。

 糸の切れた操り人形の如く、支えを失ったメシアは直立不動のまま地面に落ちていく。


「このまま体重でねじ込む! カナリア、衝撃に備えて!」

「は、はいいいいっ!」


 サイズの合わないネジを、金槌で叩いて無理やり押し込むみたいにして、アシュラの用意した落とし穴に、何とか強引に足を嵌めこむ。

 掘った穴より拡張されているが、気にしたら負けだ。


「よし! 何とか成功した!」

「これって、罠に嵌ったって言えるんでしょうか?」


 カナリアの正論を聞かなかったことにしつつ、次の段階へ移行する。


『アシュラ、いよいよ出番だよ! さあ、悪い救世主を殴って追い払うんだ! 二、三発殴られたら、僕達は空の彼方に飛んでいくから!』


 昔のアニメみたいな演出だけど、まあ大丈夫だろう。うん。


『ちっ……』


 アシュラの舌打ちが聞こえる。

 僕とカナリアはうつ伏せになりながら、メシアの目の部分から外の様子を伺う。

 こうしていれば、人狼たちから僕達の姿は見えないだろう。


 いきなり現れた謎の物体の奇行に対し、ざわついている人狼達の群れ。

 そこから少し離れた大樹の影から、アシュラはゆっくりと姿を現した。


「あれ……アシュラじゃねえか?」


 誰かがそう呟いた瞬間、メシアを見たときとは違う視線を向けたのを、僕は見逃さなかった。

 アシュラは人狼達の固まりを大きく迂回し、メシアの足元に近づいて、ドアをノックする程度に軽く小突いた。


『これで満足したか? 天使様』


 苛立たしげなその声で、僕は己の過ちにようやく気が付いた。


「ミサキ様……」

「うん……分かってる」


 カナリアも感じ取ったのだろう。

 アシュラに向けられる視線は、上神の儀式の時、カナリアに向けられていた物によく似ていた。


 僕は致命的なミスを犯していたのだ。

 メシアが欠陥品だとか、作戦がボロボロだとか、そんなことじゃない。

 アシュラが嫌われる最大の理由を見落としていた。



 ――アシュラが、アシュラだからだ。



 毛色が白いとか、狩りで目立つとか、そんなことは後付けの理由に過ぎない。

 大体、人が人を嫌う理由なんて、そんなに理論的なものじゃない。

 「こうだから嫌い」じゃない。

 「嫌いだからこうだ」という理屈を後で考えるのだ。


 アシュラの能力や中身がどうだろうと関係ない。

 『異端で悪い奴』とすることで群れから弾きだし、共通の敵を作り、皆で叩くことが出来る。

 集団を纏める手段としては単純だけど、効果的な方法だ。

 たまたま白い体毛を持ち、弱いアシュラが適役だったのだろう。


「アシュラっ!」


 僕は堪らずメシアから飛び降りる。

 後ろからカナリアが止める声が聞こえるが、今の僕には答える余裕が無かった。

 いきなり巨人から飛び出して女性に人狼達は驚いたようだけど、そんなことはどうでもいい。

 僕はただ、謝りたかった。


「ごめんアシュラ! 私、ひどいことをしちゃった……」

「分かったか? お綺麗な天使様よ。力だけじゃあどうにもならねぇことも、この世には沢山あるんだぜ?」


 その言葉に、僕はただ地面を見るだけだった。

 『賢いお魚さん』なんてしょせん御伽噺だ。

 アシュラはきっと、こうなることが予想できていたのだろう。

 気付いた上で、無駄にはしゃぐ僕を気遣って、こんな馬鹿げた策に乗ってくれたのだ。


 いや、僕だって気づく事は出来た筈だ。

 仮に群れにとって有益であっても、全くの無害だろうと、異端者と認定された段階で、全てを台無しにされる事を。

 そんなの、僕もカナリアも散々体験してきたことじゃないか。


 僕は馬鹿だ。知らず知らずのうちに『ミサキ様』として振舞っていたんだ。

 美しく強大な力を持つ者。だから弱者を救わねばならない。

 そう考えていた。

 助けてやるって何だ。

 何様だろう。おこがましいにも程がある。

 どれだけ力が強くても、人の心までは支配できないのに。


「ミサキ様、元気を出してください」

「ごめんね。カナリアにも迷惑かけちゃったね」

「いえ、私の事はいいんです。アシュラさん、ごめんなさい……」


 僕のミスをカナリアは糾弾しなかった。

 気持ちを汲んだのか、はたまた自分を照らし合わせたのか、アシュラに対し、僕と一緒に深々と頭を下げてくれた。


「お前ら、俺が怒ってると思ってんのか? その、何だ……俺は嬉しかったんだぜ? お前ら、俺のこと思ってやってくれたんだろ。だったら、それで十分だ」


 アシュラはそう言って、僕の黒い短髪をくしゃくしゃと撫でる。

 カナリアが通常運転だったら、『無礼者!』とか叫んで殴りかかっていたかもしれないが、特に何も言わなかった。

 僕はというと、叱られた後の子供みたいに萎れていたけれど、不思議と恥ずかしくは無かった。


「取り込み中すまねえんだけどよ。ええと、確か、天使……様だったよな?」

「そうですけど?」


 不意に人狼の一人が割り込んできた。

 前に叩きのめした、恐らくリーダー格の大柄な人狼だ。


「そのデカブツは、あんたが作ったのかい?」

「メシアの事ですか? まあ一応私の力ですけど……」

「すげえな。あんたが強いのは分かってたけど、こんな事も出来んのか」


 そう言うと、黒い人狼は口元に手を当て、値踏みするようにメシアを見上げる。


「んで、あんた達、アシュラの何なんだ?」

「何なんだと言われましても……」


 僕もカナリアも答えあぐねる。

 僕達は元々、神力稼ぎでこの世界にやってきたのだ。

 成り行き上こんな事になってしまったけど、具体的な関係性は良く分からない。

 ただ、僕がアシュラを気に入り、アシュラも僕達を邪険にしなかった。

 そうして彼の人柄を知り、手伝いたいから手を差し伸べ、失敗した。

 それだけだ。


「まあいい。おいアシュラ。群れに戻っていいぞ」

「「「へ?」」」


 僕も、カナリアも、当のアシュラですら、ぽかんと口を開ける。

 作戦は全部破綻したのに、こうも簡単に目標が達成するとは。

 一体何故だろう。


「で、天使様、俺達には何をくれるんで?」


 その疑問は、人狼の一言ですぐに氷解した。

 おそらく彼らは、強力な力を持つ僕に対し、コネを作っておきたいのだろう。

 そのためだけにアシュラを戻したいんだ。

 いくら僕が馬鹿でも、そのくらいは推測できる。


「いいじゃねえか。おい、俺たちは仲間じゃねえか? な、アシュラ?」

「…………」


 アシュラは何も答えない。

 何も言わなくても、その表情を見ていれば、アシュラが何を考えているのか手に取るように分かる。

 曲がりなりにも群れには戻れるのだし、特別ひどいことはされないだろう――なのに、何でこんなに不快なのか。

 カナリアも過去の自分を見出したのか、気まずそうにしているだけだ。


「触るなっ!」


 気安い友人にやるように、アシュラの肩に手を回そうとした、不潔でまっ黒い手を払いのけた。

 僕の悪い癖だ。感情を抑えきれず、気がつくとすぐ体が動いてしまう。 

 その様子に、人狼も、カナリアも、アシュラも目を見開く。


「おやおや天使様、ご乱心ですかい?」


 卑屈な笑みを浮かべる人狼を、僕は睨みつける。

 僕は元々凄むのに慣れていないし、今の見た目だと大して迫力がないのが残念だ。


「ええ、ご乱心です。これからあなた達、全員ぶちのめします」

「えっ?」

「み、ミサキ様!? さすがにそれは……!」

「ごめん、でも私、こういうのは嫌なんだ」


 せっかく収まろうとしている問題を、僕はあえてぶち壊す愚行を犯そうとしている。

 愚行結構。僕は僕のやりたいようにやる。


「ちょ、ちょっと待った! 天使様よ、何でそいつにばっかり肩入れするんだよ。俺達だってそいつと同じ人狼ですぜ?」

「同じなら何でアシュラを追いやった! 私はアシュラが好きだ! 他に理由なんて無い!」

「なっ……!」


 理屈も何もない。

 不器用で、自分を殺しにきたはずの僕らを気遣ってくれた優しい白狼を気に入った。

 だから肩入れをする。正義や悪、賢い立ち回りなんて僕にはできない。

 僕にできるのは、自分が好きな物に力を注ぐことくらいだ。

 アシュラに力が無いのなら、僕が代わりにこいつらを殴ってやる。


 今まで下手に出ていた人狼たちも、僕のめちゃくちゃな態度に堪忍袋の尾が切れたようだ。

 全身の体毛をぶわっと膨らませ、威嚇するように僕を取り囲む。

 僕と交渉していた人狼が、ケダモノの本性をむき出しに遠吠えをする。

 恐らく集団で襲い掛かる号令なのだろう。


 それだけの無粋な振る舞いを僕はしているのだ。

 負ける気はしないけど、ある程度は殴られなければならないだろう。

 身じろぎもせず、迫り来る苦痛に身構える。


 ――けれど、痛みは無かった。


 僕の目の前に飛び出したアシュラが、盾になるように立ちはだかっていたからだ。

 噛まれた右腕には牙が突き刺さり、白い体毛はたちまち赤い斑色に染まる。


「アシュラ!?」

「俺の問題だ。決着は俺が着ける」


 アシュラは短くそう答えると、もう片方の手で、噛み付いた人狼を殴り飛ばす。

 カナリアが、小さく悲鳴を上げる。

 殴られた人狼は少し怯んだ程度で、ダメージはそれほど無いようだ。


「何しやがんだテメェ!」

「何をしやがるだぁ? そりゃこっちの台詞だ! てめぇら、よってたかって俺を馬鹿にしやがって!」

「ああ!? 雑魚がでかい口ききやがって! てめぇ、覚悟は出来てんだろうな!」

「うるっせえ! てめえら全員ぶっ殺す!」


 アシュラも人狼達も、思いの丈をぶちまける。

 アシュラは吼えた。今までの鬱屈した思いを爆発させるように。

 その雄叫びは人狼たちに『敵』と認識させるほどに、勇ましい物だった。


 アシュラは逃げも隠れもしない。他の人狼より一回り小さな体一つで、己の『敵』たちに牙を向く。

 一対多数。勝負にはならないだろう。

 でも、アシュラがやるというのなら、彼は一人で戦うべきだ。

 そうじゃなきゃ、きっと後悔する。

 

「おいミサキ、チビを守ってやれや。飛び火するかもしれねぇからな!」

「分かってる」

「そんじゃあ行くぜ! クソ共っ!」


 言うが早いか、アシュラは黒い塊目掛け、全力で飛び掛っていった――



 ◆ ◇ ◆



「アシュラ、大丈夫?」

「これが大丈夫に見えるなら。お前の目はイカれてる」


 アシュラは全身ボロボロだが、致命的な傷は無い。

 起きているのが辛そうだったので、僕はアシュラに膝枕をしてやっていた。

 カナリアが精製してくれた水で傷を洗浄し、以前、僕に使ってくれた薬草を体中に貼り付けている。


「あはは、そうだね」

「笑い事じゃねえよ。余計な事しやがって」


 結論から言うと、やはりアシュラは惨敗だった。

 怒りのパワーで最初の数匹は叩きのめしたが、多勢に無勢じゃどうにもならない。

 そのまま嬲り殺されると思った僕は、約束を破り、人狼達に割り込み、アシュラを担いで彼の住処へと飛んできたのだ。


「ごめん……でも放っておけなかった」

「ちっ、でも人に助けられるってのは、案外悪くねぇな」

「今、何て言ったの?」


 アシュラはぼそぼそと何か呟くが、良く聞き取れなかった。


「何でもねぇよ!」


 結局教えてくれなかった。

 ただ尻尾が少しだけ揺れているので、意外とまんざらでも無いのかな。


「でも凄いよ。三人も倒してた。アシュラ、思ってたより強かったんだね」

「最近やたら調子が良かったんだが、正直俺も驚いてる。あいつらを数匹でもぶっ倒せるなんて上出来だ。本気で鍛えれば、天使様にも勝てるかもなぁ」


 アシュラがそう(うそぶ)いたので、僕も笑いかけた。

 

「アシュラさんっ! そんな軽口叩く元気があるなら、早くミサキ様から離れてください!」

「うるせえチビだな。妬いてるのか?」

「ち、違いますっ!」


 カナリアが耳を真っ赤にして叫ぶのを見て、思わず苦笑してしまう。

 別にカナリアに急かされたからじゃないだろうが、アシュラはゆっくりと身を起こす。


「ミサキ、カナリア、ありがとよ。お陰で吹っ切れた。俺はここを出て行く」

「出て行くって、どこへ?」

「あのなぁ、あんだけ滅茶苦茶やって、あいつらの近くに住んでられる訳ねぇだろ。どっか別の場所に行くさ」

「アシュラさんは、それで良いのですか?」

「多分、俺はどこかで仲間に期待してたんだろうな。でもやっぱり無理だ。俺はいろんな意味であいつらとは居られねえ。なに、今まで一人でやってきたんだ。これからだって一人で生きていくさ」


 アシュラは言い放つ。

 それは決してやけっぱちではない、今までに無い晴れ晴れとした口調だった。


「行くところが無いなら、私にいい考えがある!」

「……お前のいい考えはもうこりごりだ」

「大丈夫! 今度は本当にいい考えだから! カナリア、神器の門を起動して!」

「あの、ミサキ様、まさか……?」

「ちょ、待てよおい!」


 僕はとびっきりの笑顔で、アシュラの手を引っ張った。

 碌に説明もしないまま、僕はカナリアを促し、神器の門を起動させる。

 すぐに視界が暗転し、純白の世界が広がる。


「ミサキさま、カナリア姉ちゃん! おかえ……え?」

「おふたりともお疲れ様です……それ、何ですか?」


 門は丁度自宅の前に繋がり、帰還した僕たちを、イカルちゃん達が出迎える。

 ただし、労いの言葉は途中で途切れた。

 その原因は、間違いなく僕達の後ろに居る存在だろう。


「もじゃもじゃー」

「もじゃもじゃー、じゃねえ! おいミサキ……こりゃどういうことだ!」


 ツグミちゃんの呟きにアシュラは声を荒げる。

 イカルちゃんとアトリちゃんはさすがに驚いたようだが、ツグミちゃんは微動だにせず、興味深げにアシュラを見上げている。

 僕はアシュラの肩に手を置き、イカルちゃんたちのほうへ向き直る。


「彼の名前はアシュラ。ちょっと強面だけどいい人狼だよ。これから下層の皆と一緒に暮らすから、仲良くしてやってね」


 僕の素晴らしい発言に対し、誰も何も言わなかった。


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