19話:救世主
アシュラが群れに戻れるよう協力すると言ってから、一週間ほど経過した。
一旦、僕とカナリアは天界に戻り、毎日毎日、聖域でせっせと豆腐を量産していた。
もう間もなく準備が整う。
僕の考えた作戦を決行する日が来たのだ。
「よいっ……しょ!」
僕は気合を入れ、二メートルを超える豆腐を地面にぶっ刺す。
そうして出来上がった物体を、下級天使達が数十人単位で運び、聖域の隅にぽっかりと開いている黒い穴――神器の門に放り込んでいく。
その穴の行き着く先は、当然アシュラの住む世界だ。
下級天使達が、よたよたと柱のような豆腐を運ぶその様は、まるでピラミッドの石材を運ぶ労働者のようだ。
もちろん、僕は下級天使達にそういった作業は一切頼むつもりは無かった。
カナリアと二人だけでやろうと思い、聖域の隅っこの方で黙々と作業していたら、公衆浴場ならぬ、公衆禊場に来ていた下級天使の皆が手伝いを申し出てくれたのだ。
「あの、みんなあんまり無理しないでいいよ?」
「いいんです! 私たち、好きでやってますから!」
豆腐を下から支えながら、イカルちゃんがにかっと歯をむき出しにして笑う。
「でも、みんな天使に働かされるの嫌なんじゃ……」
「天使はいじわるするからきらい。でも、ミサキさまはちがう。ツグミとカナリア姉さま、他のみんなも元気になった。だから恩がえし」
イカルちゃんに追従するように、小声でアトリちゃんが呟く。
二人の声に嘘の匂いは感じない。
確かに、禊場を作ってからというもの、下級天使達は殆ど中層に行かなくなった。
穢れを払い落とし、少しずつだけれど、みな小奇麗になってきている。
神力に余裕が出てきたので、天使に分けてもらいに行く必要が薄れているのだ。
余談だけど、ツグミちゃんも参加したがったけど危ないので、監視員という地位を与え、見学しておいてもらった。
単に見てるだけだとすぐ飽きそうだったので、何かあったら知らせる重大な仕事だ、と付け加えておくのも忘れない。
まあ当然、何も無かったけど。
大変そうにしつつも、どこか誇らしげに豆腐を運ぶ皆を見ていると、あるお話を思い出す。
ピラミッドは奴隷を強制労働させて建てられたのではなく、偉大な王のため、国民が自主的に参加したという説だ。
僕は偉大じゃないけれど、その風景はもしかしたらこんな感じなのかもしれない。
「皆、どうもありがとう。お陰で随分早く作業が終わったよ」
「いえいえ! ところでミサキさま、こんなにモノリス一杯作ってなにするの?」
イカルちゃんは首を傾げる。
「ふふふ、実は私、ロボットを作ろうと思うんだ」
「ろぼっと?」
「本当は怪獣を作りたかったんだけど、あれは造詣が難しいからね。だからまあ、今回は簡単なロボットで妥協しようかなって。イカルちゃん、アトリちゃん、他の子を宜しくね」
「ミサキさまが何言ってるのか全然分かんないけど、分かった! 私とアトリにおまかせを!」
「……………………」
ツグミちゃんが無言で僕を見る。
「もちろんツグミちゃんも、みんなのことお願いね」
「……! わかりまちた! カンシインでしゅので!」
イカルちゃんとアトリちゃん、それとツグミちゃんの見送りを受けながら、最後の豆腐ブロックを抱え、僕はそのまま門に飛び込む。
天界の白が、一瞬で色鮮やかな世界に塗りつぶされる。
「ミサキ様、サイズごとに並べておきました!」
「うん。ありがとう」
先にこの世界で待機していたカナリアが、ぱたぱたと走り寄ってくる。
カナリアには、パーツ毎に豆腐を分けて並べる作業を担当して貰っていた。
アシュラの家の前のだだっ広い平原には、いくつもの巨大豆腐が、形ごとにきちんと並べられていた。
大分強くなったとは言え、カナリア一人で運ぶのは大変だっただろうに、文句一つ言わない。
「よしよし、無事に届いたね」
「よしよし、じゃねぇよ! 俺ん家の前にゴミをぼんぼん捨てやがって! 嫌がらせかよ!」
アシュラは激怒した。
確かに、家の前に巨大な豆腐を並べられたら困ってしまうだろう。
「なんて失礼な事言うんですか! これはゴミじゃありません! モノリスです!」
「……モノリスでも無いんだけど」
カナリアのフォローに僕は多少落ち込むが、今回は使い方が食用ではないので、ある意味正解に近いとも言える。
今までとは違い、破壊活動を重視し、僕の神力をふんだんに編みこんだ決戦用豆腐なのだ。
万が一を考えると強度が不安だったので、僕達は天界で豆腐ブロックを作成してから、こちらで組み立てることにしたのだ。
馬鹿馬鹿しいほどに硬く、僕の聖水カッターでも削るのにかなり時間が掛かってしまったのだが、ようやく組み立てに入れる。
エーテルの塊――豆腐ブロックは、並べればぴったりくっ付く性質を持っているのは検証済みなので、溶接自体は楽勝だ。
「よーし、ぱぱっと作ろう。カナリア、手伝って!」
「はい! 何だかワクワクしますね!」
「俺はちっともワクワクしねえぞ」
不満げなアシュラを無視し、僕とカナリアはせっせと豆腐を積み上げていく。
バケツリレーの如く、カナリアが下から運ぶブロックを受け取り、僕が空を飛んで積んでいく作業を繰り返す。
今回作るロボットは、構造が物凄い単純なので、レゴブロックを組み立てるみたいに簡単に出来る。
ただ、サイズは全長三十メートルある。
「完成だっ! 見てよカナリア!」
「やりましたね!」
大して時間も掛からず、巨大豆腐ロボは完成した。
ティッシュ箱を縦にして、割り箸を手足に見立てて差し込んだような、とんでもなくシンプルな形だ。
胴体の中心部分には丸い穴が二つ開いていて、中央にアルファベットのAを逆さまにした口がある。
これはカナリアのアイディアで、『顔があったほうが可愛い』というので、僕が急遽掘ったのだ。
着色も出来ないので全身が真っ白。
全身のパーツは全て長方形で出来ているので、顔文字とかでも簡単に表現できそうだ。
本当は機動戦士系のカッコいい形にしたかったし、欲を言えば怪獣型が良かったのだが、僕の技術ではこれが限界だ。
まあ今回は、目的を果たせればよしとしよう。
「おいミサキ、いい加減教えろよ。この不気味な建造物、一体何に使おうってんだ?」
「決まってるじゃないか。これで人狼の群れを襲うんだよ」
「アホかお前。何で俺が群れに戻るために、群れを襲わなきゃならねぇんだよ?」
「まあまあ、話をよく聞いて。いいかい……」
僕はアシュラに作戦を告げる。
「アシュラが群れから嫌われてるのは、毛色が白い事と、狩りで目立っちゃうからでしょ?」
「……まあな」
「でも、それを変えるわけにいかない。だから、アシュラの欠点を補って余りある功績を残すんだよ。そうすれば、群れの仲間もアシュラをきっと見直すよ」
「で、具体的にはどうすんだよ?」
「だから、この巨大ロボで襲撃だよ! 正確には襲うフリをするんだよ。それでもって、アシュラが前もって仕掛けておいた罠に嵌る。そこにアシュラが駆けつけて、颯爽とロボを撃退するんだよ。アシュラは英雄扱い。罠の有効性もアピールできるでしょ」
「それって自作自演じゃねえか?」
「いいじゃない。別に悪い事するわけじゃないし」
「さすがミサキ様! 素晴らしい作戦です!」
カナリアの台詞に僕は鷹揚に頷く。
こういう時こそ現代の知識、人類の英知の結晶である書物から知恵を借りねばならない。
簡単に言ってしまえば、泣いた赤鬼とスイミーのハイブリッド作戦だ。
「……んな簡単に行くもんか?」
「大丈夫だよ! 仮に失敗しても、どうせもともと一人ぼっちなんだから、これ以上一人にならないよ!」
「お前、大人しそうな見た目してんのに、空気読めずに失言するタイプだろ」
「そう? ま、それはいいから、アシュラは早く落とし穴掘りに行って」
「んなこと言ったってよ、俺が罠を仕掛けて、その場所をどう教えりゃいいんだよ?」
『それは私が担当します』
「うおっ!?」
アシュラが喫驚し、周囲を見回す。
声はカナリアの物だが、彼女は口を開いていない。
『聞こえているみたいですね。天使以外にやるのは初めてでしたけど。何とかなりそうです』
カナリアの声が直接、僕の頭の中にも響く。
以前、カナリアが演説をしていた際に使っていたテレパシーのような力を、アシュラにも応用できないかと頼んでいたのだが、どうやら成功したらしい。
『ああ、聞こえるぜ。凄ぇなチビ、お前こんな事も出来んのか』
『えへへ、見直しましたか?』
『うん、カナリアはやっぱり凄い。私だとこんな細かい作業出来ないもの』
『いえ! これもミサキ様のお力があってこそです! 以前の私では、ここまで澄んだエーテル操作は出来ませんでしたから』
今回の作戦では、僕は悪役、アシュラがヒーロー役、カナリアはオペレーターという分担作業になる。
「よし! 一生懸命頑張って、人狼の群れを恐怖のどん底に叩き落そう!」
「は、はい! 人狼さんたちを頑張って怖がらせます!」
「うん。その意気だ。皆が絶望の闇に支配された時、希望の太陽アシュラが現れるんだよ! 頼むよ、ヒーロー!」
「……お前ら、本っ当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫! アシュラならきっと英雄になれるよ!」
アシュラと人狼の問題が解決し、悪い魔物が居なくなれば、それはカナリアの神力強化にもなる。
僕は男の子の夢である、ロボットの操縦ができる。
誰も損しない、我ながら素晴らしい計画だ。
◆ ◇ ◆
『おい、こっちは準備出来たぜ?』
落とし穴を設置し終わったアシュラから連絡が入る。
アシュラの位置は、森の中心部分、人狼の集落から少し離れた場所らしい。
「よし、じゃあカナリアも乗って!」
「はい!」
緊張したカナリアを抱きかかえ、豆腐ロボの目の部分から乗り込む。
形を作るのに夢中になっていて、入り口を作るのを完全に忘れていたので、ここから入り込むのだ。
このロボは中身もシンプルだ。からっぽで、操縦席も何も無い。
でも大丈夫、動力源兼パイロットは僕なのだ。
エーテルで作られたこの巨大ロボは、僕のイメージ通りに動かせる。
この位のサイズじゃないと、僕の馬鹿みたいな力に耐え切れず、すぐにぶっ壊れてしまうのだ。
目の部分から内側に向け、衝立を横にしたようなでっぱりがあり、カナリアが飛行できなくても、そこを足場にして外を覗く事が出来るようになっている。
というか、そこしか外を見られる場所が無い。
カメラもモニターも無いし、目の部分以外、辺りの様子を知る方法が無い。
横も後ろも見えず、前しか見えない。
とんでもない欠陥品である。
「まあ試作品だから仕方ない……救世主、出撃!」
「めしあって何ですか?」
「このロボットの名前」
見た目はかっこ悪いが、アシュラの苦境を救うために作成された愛機である。
ちゃんと名前を付けてあげないといけない。
なので、少し仰々しいけれど、威風堂々とした名前を付けてみた。
僕の神力を注ぎ込むと、全長三十メートルを超えるメシアはその巨躯を震わせ歩き出す。
強化豆腐装甲で構成された巨人が、ずしん、ずしんと地響きを鳴らし、歴史ある古木を、マッチ棒でも折るようになぎ倒し、深い森を蹂躙していく。
森林破壊と言われるかも知れないが、これは演出なのだ。
ゴジラとかが東京タワーを破壊したりするあれと同じだ。
闇雲に破壊するのは良くないけれど、アシュラのためだ、多少なら問題ないだろう。
そう多少、たしょう、たしょ……
「み、ミザギ……さま……だ、大丈夫ですか?」
「……ぎもぢわるい……」
酔った。
衝撃吸収とか何にも考えてなかったので、この豆腐ロボ、一歩ごとに大時化に襲われたヨットの如く揺れまくるのだ。
僕はあんまり頭が良く無いので、そんな事まるっきり計算に入れてなかった。
僕もカナリアは青ざめた顔をして、吐きそうになっている。
進軍からわずか五分で、メシアは巨大な粗大ゴミと化した。
人狼の集落までは遥か遠い。
いくらメシアが巨体でも、森の奥にいる人狼達は、まだ存在に気付いては居ないだろう。
「仕方ない。飛ぼう」
「えっ……どうやってですか!?」
「こうやって!」
僕はメシアの天井に手を付け、ありったけの力で強引に上に押す。
さすがにかなりの重量があるが、メシアがゆっくりと地面から離れていくのを感じる。
カナリアに外の様子を教えてもらいながら、十分な高度を得られると、そのまま横方向への移動を開始する。
今のメシアを外から見ると、動く歩道に立つ人のように、すいーっと空を進んでいるのだろう。
はっきり言って、めちゃくちゃ格好悪いが仕方ない。
「最初から飛ぶ設計にしておけばよかったなあ……」
「あ、あの、そもそも乗り込まないほうが良かったのでは……」
実を言うとこの豆腐ロボ、エーテル操作で動いているので、前にモア達相手にやった『吹き飛べ』のように、外に力を放出する形で神力を操作すれば遠隔操作ができる。
つまり別に乗り込む必要は無い。
じゃあ何で乗ったのかと言うと、巨大ロボットだからである。
非効率的でもいいじゃない。男の子だもの。
それはともかく、天井に張り付いている僕は外の様子が分からないので、カナリアに外を見てもらい、アシュラの声を頼りつつ、方向を軌道修正しながら、何とか人狼の集落へと近づいていく。
まるでスイカ割りでもしている気分だ。
「ミサキ様! そのまま真っ直ぐ進んでください! 人狼達がこちらに気付きました!」
「どう!? 怖がってる?」
「みんな驚いてます! 何か変なのが来たって叫んでます!」
変なの、と言われて僕は多少へこむ。
「そんなに変かなあ。うう、頑張って作ったのに……」
「そ、そんなこと無いですよ! 無駄な物が一切無い、実に洗練された形だと思います」
「そ、そっか、そうだね。ありがと……」
カナリアが気を遣ってくれているのがひしひしと伝わり、僕は今、非常につらいのです。
仕方ない、さっさと目的を果たして撤収しよう。
メシアの作成はおまけであり、目的はアシュラが群れに戻り、悪い狼で無くなることなのだから。
「よし、予定通り作戦を決行する! まずは落とし穴に嵌って、アシュラにメシアを撃退させて……」
「あ、あの、少しよろしいでしょうか?」
「ん? どうしたの?」
「空を飛んでいるメシアは、どうやって落とし穴に嵌ればよいのでしょうか?」
――沈黙。
「…………………………あっ」




