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「へぇ、じゃあ太宰府さんは部下のミスでここにいらっしゃってたんですね」


「そうなんですよ。ほんと、今年入った新人には、もうお手上げです」


いつの間にか自己紹介も終え、互いに「春日さん」「太宰府さん」なんて呼び合い始めたのは、二人が閉じ込められどのくらいたってからだっただろうか。

二人は互いに喋る事に夢中で時計を見る事も忘れている。

エレベーター内の狭さも、薄暗さも、肌寒さも、二人は慣れ切っていた。


そんな二人の話題は、あちらこちらへ飛び散り、そして現在仕事の話へと落ち着いていた。


「でも、それだったらどうして太宰府さんがここに居るんですか?普通だったらミスした本人に指示をして出向かせるか、同伴させるなりしませんか?新人ならなおさら」


春日はどこか疲れきった様子で会社の部下の話をし始めた太宰府に、疑問を呈した。

なにせ春日自身、己のミスで今こうして此処に居るのだ。

話を聞いている限りでは、どうもこの太宰府という男は春日と同い年ではなく、少し年上のようだという事がわかった。


「(俺と大して年は変わらない位だろうに、役職持ちっぽいなんて。太宰府さんは仕事ができる人なんだろうなぁ)」


なんて、感心しながら太宰府の話す仕事の話に春日は純粋にそんな事を思っていた。

いや、実際には太宰府は春日よりも一回り以上も年上なのだが、春日はやはりこの目の前の若いイケメンの男を自分より一つ二つ上程度に考えていた。


「いや、本来ならばそうしたいんですけど。それだと倍時間がかかってしまいそうで」


「まぁ、確かに太宰府さんがした方が何でも早いでしょうねぇ」


「それに、本当に今年の新人に俺も手を焼いてまして。今年からでしたよね。確か平成生まれが社会人になったっていうのは」


いつの間にか“私”から“俺”へと変わっていた太宰府の一人称も、畏るように座っていた春日が足を崩して気楽な態勢を取っている事も、二人は互いに気付いていない。

太宰府は「はぁ」と、無駄に深い溜息をついてみせると、春日同様スーツが汚れる事も気にせず足を崩した。


「そうですね、今年入社からが平成生まれの俗に言う“ゆとり世代”ですね」


「そうそう。あんまり、若い奴がどうとか、世代がどうとか親父くさいから言いたくないんですけどね、やっぱ言わずにはいれないっていうか……。あいつら、何考えてるんだか、サッパリですよ」


「あ、あぁ。やっぱり、そうですよねぇ……」


そう、春日がどこか控えめに返事をすると、その瞬間太宰府の目ざ凶悪な程に光が宿った。


「春日さんもやっぱりそう思いますよね!?」


「あ、ええ……はい」


「あいつら本当に訳がわからない!何回報告しろっつっても報告しに来ないし、やれっつってもやらないし、挙句ミスしても何も言ってこねぇし、飲み会でもずっと携帯ばっかみてるし!怒ったら怒ったでやる気無くすし!仕事なめてんじゃねぇって、ぶん殴ってやりたい!」


「…………す、すみません」


「っ、うあ。こちらこそ、すみません!いきなり熱くなって」


「いえ、もう。なんか、すみません」


「いやいやいや、春日さんが謝らないで下さいよ!」


そう言って、そのどこまでも整った顔の太宰府の笑顔を前に、春日は居た堪れなさで死にそうな気持ちになっていた。

先程の話しぶりから、きっと太宰府が春日自身をいつもの如く実年齢より上に見ている事はわかった。


しかし、それが今はとても心苦しかった。

なぜなら、春日自身平成生まれのゆとり世代。太宰府を苦しめている世代の申し子のようなものだ。


「(ごめんなさい、太宰府さん。常識の無い宇宙人世代で、ごめんなさい。俺もゆとりです!!)」


春日は隣に座る太宰府と目を合わせられずに居ると、先程まで烈火の勢いで声を上げていた太宰府が、小さく息をついた。

膝の上に置かれた拳はきつく握りしめられており、その目には焦燥が伺えた。


「ミスされるより何より、なんでしょうね」


「…………」


「俺の言葉が一切あいつらに伝わってないって事が一番辛いですよ。ほんとに」


「っ」


春日は隣で力なく項垂れる太宰府の姿に息を飲んだ。

そして、次の瞬間にら何度も何度も怒らせてきた上司の、宮野の姿が思い浮かんだ。



『何回も同じ事を言わせんな!』

『お前少しは考えて仕事をしろよ!?なんでそうなるんだ!』

『ちゃんと確認しろって、いっつも言ってるだろうが!』



そう。

何回も何回も同じ事で怒らせてしまう。

いつも、いつだって迷惑をかけてしまう。


そんな宮野の心の声を、春日は今日初めて会った筈の太宰府の言葉を通して聞いた気がした。


「太宰府さん。本当に腹立ちますよね。何回言っても上手くできないし、見ていてもどかしいですよね」


「……そうですね」


「でも、太宰府さん」


「春日さん?」


春日は目の前の、目の下に少しだけクマのある太宰府の顔をジッと見つめた。

太宰府は伝えようと必死になってくれているのに、自分達新人が至らないせいで伝える気持ちを諦めかけてしまっている。


ゆとり、ゆとりと括られて話される事は気持ちの良いものではない。

好きでゆとり教育を受けたわけでもないし、一体何故、そんなに躍起になって過去の教育の失敗作のような言われ方をされなければならないのか、とも思う。


けれど、そんな事は関係なく最近春日は思う事がある。

やはり新人という自分達にはどこまでも


「(世代を跳ね返すだけの、力が足りないんだ)」


春日は目を瞬かせながら自分に目を向ける太宰府に、思わず正座をして向き直った。

突然の春日の行動に太宰府も目を見開く。

春日は目の前に居るのが出会ったばかりの赤の他人というのを忘れかけていた。


ただ、春日はいつも迷惑ばかりかけてきた先輩達に伝えたい気持ちを太宰府にむかってぶちまけていた。


「太宰府さんの言葉はちゃんと伝わってます。だから、本当に太宰府さんは大変でお疲れで、本当に迷惑ばかりかけられてもどかしいと思いますけど、新人から手だけは離さないであげて下さい」


「……っか、春日さん」


太宰府は突然、真剣な表情で自分に目を向けてきた春日にドキリと胸が響くのを聞いた。

先程まで穏やかだったその表情が、今はどこまでも真剣でまっすぐで。

そこには自分にはない“若さ”のようなものが、見え隠れしているようだった。


「あいつらは本当に何もわかってないだけなんです。言われた通りにやろうとしても出来なくて、」


でも、どうしたら出来るようになるのかもわからない。


「良かれと思ってやった事が全然明後日の方向を向いてたり」


何でわざわざそんな事をしたんだ、時間の無駄だろう、なんて言われた事も山のごとし。


「ミスしてどうしたらいいのかわからなくて、失敗が怖くて。できるだけ迷惑かけたくないから、必死に自分でなんとかしようなんて余計な事考えて、またミスして」


結局、自分の尻も自分で拭えない程未熟な自分に嫌気がさす。


「何がいけなかったのか、何をしたら良かったのかさえもわからない。太宰府さん、ダメだったらたくさん怒って下さい。怒ってもらわなきゃ駄目な事が何かもわからないです。携帯ばっかりいじってたら取り上げちゃってください!悪気と常識がないだけなんで、そこはガツンと言ってやって大丈夫です!」


「は、はぁ……」


「でも、大宰府さん。本当に、本当にたまにでいいんです。ゆとりとか平成生まれとか関係なく、」


「…………」


「小さな事を褒めてあげてください」


そう言って、春日はかすかに微笑んでいた。

まだ仕事を初めて一年も経ってないけれど、それでも、どんなに小さな事でも褒めて貰った記憶は今でも春日の小さな自信だ。


「経験のない新人は、先輩のちょっとした言葉が自信に繋がります。単純な奴らです。褒めるところなんて一つもないかもしれないですけど、それでもたまに褒めてあげてください。ゆとり世代は叱られ慣れてないから褒めて伸ばせって事じゃないです。ゆとりとか平成とか関係なく、多分どんな人も褒められたらきっと嬉しいでしょう?」


「っ」


太宰府は目の前でのんびりと微笑む相手に、なんだか先程までの自分の言葉を省みて恥ずかしくなった。

確かに最近ずっと忙しく、疲れていた。

言ってもわからない新人に嫌気がさしていた。


けれど。


「(俺も最初はそうだったじゃないか)」


太宰府は過去の自分を思い出して自然と口に笑みを浮かべていた。

これだから年は取りたくない。

いくら心掛けても初心なんて知らぬ間に、どこかに置き忘れてきてしまう。


きっと、自分も新人の頃、同じように先輩に思われ、同じように手間をかけさせてきたのだ。

叱られて不貞腐れた事もある。

褒められて影で嬉し泣きした事もある。


そんな事も忘れていた。


「太宰府さん」


「っは、はい。なんでしょう春日さん」


またしても、ジッと太宰府を見つめてきた春日に太宰府は、思わず背筋を伸ばした。

なぜだろうか。

先程から春日の目をまともに見ると、心臓がやたらとうるさい。


「太宰府さんはきっと新人達の目標ですよ。こんなにかっこいいんですから、俺はそう思いますよ」


「っ!」


その瞬間、太宰府の頭の中に先程の春日の言葉が浮かんだ。


“褒められたら、誰だって嬉しいですよ”


しかし、何故だろうか。

褒められて嬉しい。

嬉しすぎてなんだか心臓がおかしくなってしまったのだろうか。


それこそまさに太宰府が遠い過去に置いてきたどこか“懐かしい”とも言える感情であった。


そして春日は何故か急に目の前で顔を真っ赤にし始めた太宰府の姿に「寒くなってきましたね」と、のんびりした口調に戻り、的外れな事を言っていた。

その間も、太宰府はどうにも止めることのできない暴走気味の感情を前に、激しく鳴り響く心臓を落ち着かせようと息を吐いた。


「かっ、春日さん」


「はい?」


太宰府は落ち着かせる為に吐いた筈の息をそのまま吸い込んだかと思うと、頭の中を埋め尽くす一つの明確な使命を全うすべく、春日に向き直った。

春日にならって正座で。


春日も春日で先程の正座のままの態勢であった為に、エレベーター内に大の男が正座をして座り込むという、なんとも滑稽な状況が出来上がっていた。


「(連絡先が知りたい連絡先が知りたい連絡先が知りたい!)」


太宰府はも悶々とする思考を抱え、ポケットにある携帯を握りしめ、口を開こうとした。


瞬間


ガコン



乗り込んだ時と同様に一度だけ激しく揺れたエレベーターは、その瞬間、明かりが灯り、上へと動き出した。


「っ太宰府さん!動きましたね!」

「動きましたね!春日さん!」


二人はその瞬間、勢いのまま抱きしめ会うとやっとの事で解放された閉鎖空間から目的にへの7階へと無事到着したのだった。

それは、二人がエレベーターに閉じ込められた、約2時間後の事だった。


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