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1.08

 2012/12/14 初投稿

 2013/01/13 改稿①



 なんて、実は全部夢でした。

 というオチを期待しながら、俺は枕元に置いた携帯のアラームを止めた。

「んー……」

 少しだけ開けたまぶたの隙間から、画面を見る。時刻は四月二十二日、金曜日、午前七時ちょうど。どうやら確実に、あれから一晩は経っているみたいだ。

 だが、それが昨日の出来事が現実だったという証明にはならない。案外本当に夢だったかもしれないし、むしろその方が納得できるようなことの連続だった。そしてさらに言ってしまえば、ぼんやりとした頭と目で見ているこの景色も、夢でないとも限らない。

 だから、と言うわけではないが、携帯を再び枕元に戻し、その腕も布団の中に戻し、俺は夢の中に戻る準備を整える。一応この時間にアラームをセットしてはいるが、最初からこれで起きるつもりは一切ないのだ。

 はっきり言って、俺は朝に強いタイプではない。しかし平日は雛村を迎えに行くという日課があるので、寝坊するわけにもいかない。あいつは律儀なことにいつまでも待っているので、二人とも遅刻するはめになってしまう。

 なので、この携帯には五分おきに五つのアラームをセットしてある。そして最悪、それでも起きてこない場合は、起こしてくれるよう遊羽に頼んでもある(唯一に近い兄の特権だ)。

 だから安心して、二度寝に入ろうとして――

「おはよう、七生くん」

「――ぬおっ!」

 跳ね起きた。

 いや、正解には、跳ね起きようとした。飛び出さんとする心臓を体は追いかけようとしたのだが、庵音さんが俺の上に覆い被さり、四肢をがっちり押さえていたので叶わなかったのだ。

「な、何してんですかっ!?」

「頼まれたのさ。遊羽ちゃんに、お兄ちゃんを起こしてきてくれってね。だけど、ずいぶんと寝起きが悪いと聞いたからね」

 だから少し驚かしてみたんだ、と庵音さんは少年のような笑みを浮かべた。

「…………」

 いや、確かに一発で目が覚めたけどさ。だけど驚き過ぎて、このまま永眠の可能性もあった気がする。

 まったくもって、心臓に悪い。

 だがこの心音を聞く限り、これは現実で、彼女が目の前にいるということは、あれも夢ではなかったということだろう。

 昨日、あの後。

「いや、大丈夫だ。気持ちは嬉しいが、これ以上君に迷惑は掛けられない。私なんて本当、野宿で構わないんだ」

 と、主張する庵音さんを説得し、俺は彼女を家に連れ帰った。

 というのも、井逆との短期決戦を想定していた彼女は、宿を確保していなかったのだ。

 というかそれ以前に、観光地でもないこの町にはそういった施設自体がない。そして当然ながら、怪我人に野宿なんてさせられるわけがない。だから、我が家に泊まってもらうことにしたのだった。

 だけどもちろん、家族に事情をそのまま説明するわけにはいかないし、腕にガムテープを巻き、脚がひしゃげたままの庵音さんを紹介するわけにもいかない。少なからず両親は常識人なので、普通に救急車を呼ばれるだろう。

 だから、公園の植え込みに隠してあった彼女の荷物――登山用の大きなリュックサックの中にあった包帯で、それらを覆い隠した。ちなみに、今回のようなことが多いらしく、リュックの中には他に絆創膏などもあったが、さすがにガムテープまではね、と苦笑の庵音さん。確かにそれを用意するくらいなら、そうならないよう考えるべきだ。

 だが、包帯のおかげで何とか軽傷の、いわゆる普通の怪我人に見えるようにはなった。そして同時に、そんな人物に泊まる所がないと知れば、両親が宿泊を許可してくれる可能性が高まるだろうという算段でもあった。

 しかしとは言え、元々の可能性があまり高くない。

 もちろんのこと、俺には友達を家に泊めるという経験はないから、両親の反応が全く予想できなかった。露骨に拒否はしないだろうが、見ず知らずの人間をいきなり泊めるのに抵抗がないはずがない。

 だから緊張感と覚悟を持って、玄関の扉を開けると、

「お兄ちゃん、遅い。何でお母さんより後に帰――って、キャー! 未確認歩行美人! お母さん大変、お母さん大変! お兄ちゃんが彼女連れてきた! お赤飯炊かなくちゃ!」

 と、仁王立ちで待ち構えていた遊羽が大騒ぎ。

 それ以降はろくな説明もしていないのに、遊羽と母さんの間であれよあれよと話は勝手に進み、庵音さんはあっという間に空いている姉ちゃんのベッドに案内されることとなったのだった(暴走を続ける遊羽は俺のベッドに案内しようとしたが、それは全力で止めた)。

 して、今この状況、というわけだ。……まあ、庵音さんが何故驚かす方法に上に乗ることを選んだのかは、さっぱり分からないけど。

 だが結果として、当初の狙い通りにはなっている。とりあえず、庵音さんを野宿させるような事態だけは防げた。

 しかし、もう少しくらい疑えよと、あの二人には苦言を呈したい。もちろん、俺が連れてきたからということもあるかもしれないし、それはそれで嬉しくなくもないが、だけど手放しで信用し過ぎだ。

 いつか詐欺に引っかかるぞ。あるいは、おかしな宗教に嵌まるとか。

 ――いや、それは俺の方か。

「ようし、それじゃあ話がまとまったところで注目の勝負の方法だけれど、今回はちょうど良い具合に二人ずついるからね、一対一のトーナメント形式で決着をつけるとしようか」

 庵音さんと井逆の鋭い視線を両側から受けながら、天秤堂が提示したのがそれだった。

「なっ……」

 思わず声が漏れる。

 二人ずつ――つまりそこには俺も含まれるということだ。ただの高校生であるこの俺が。

 だが、真っ先にそれに反論したのは庵音さんだった。

「ふざけるな、天秤堂! 七生くんはうちの信者でもなんでもない、巻き込むな! 破壊教の相手は私一人で十分だ!」

「おいおいおい、ふざけてるのは君の方だろうよ、女郎花くん。一人で戦った結果、そんな無様な格好になったのをもう忘れたのかい? まったく、信じられないよ――まあ、端から信じちゃいないけどさ」

 それに、と天秤堂は続ける。

「葛平ちゃんだってこの場は助かるんだ、それくらいしてくれないと不平等じゃないか。だけどまあ安心しなよ、僕だって人の子だ。対戦中ならいつでもギブアップを認めるし、負けてもプレッシャーにならないように葛平ちゃんを初戦に――さらには大サービスで、対戦相手も破壊教の新人くんにしてあげよう。何でも、今日『神器(じんぎ)』を手に入れたばかりらしいからね、何にも知らない素人の葛平ちゃんと良い勝負だろう。ねえ、葛平ちゃんもそう思うよね?」

「――っ」

 急にそう話を振られ、俺は言葉に詰まる。だが、とりあえず言っていることに筋は通っているように聞こえるし、今この場を支配しているのが天秤堂である以上、それ以外の選択肢もないのだろう。

 だから黙ってゆっくりと頷くと「ほら、本人も問題ないってさ」と、彼は得意げに庵音さんを押し黙らせた。

「よし、それじゃあ――っと、その前に一応、井逆ちゃんにも訊いとかないとね。平等に、平等に。で、この案について井逆ちゃんからは何か異論あるかい? ないよね? よし、オーケー。それじゃあ今日はこれで解散としよう。日時とかの詳しいことは追って連絡するから、楽しみに待っててね」

 ――あ、念のため言っとくけど、僕の知らないところで勝手に勝負したら承知しないからね。

 と、その言葉を最後に、昨日は本当に解散になった――天秤堂はもちろん、井逆も凶悪な目つきでこちらを一瞥しただけで、あっという間に夜の闇に消えていったのだった。

「…………」

 口を挟む余裕も余地も一切なかった。それほどあっさりと巻き込まれ、簡単に畳み込まれていた。

 だから俺には、遊羽と母さんを非難する権利はないのかもしれない。宗教戦争に嵌り、天秤堂に嵌められた俺には。

「あの……『ジンギ』って何なんですか?」

 どうにも一向に動く気配のない庵音さんを乗せたまま、俺はそう訊いた。昨日の天秤堂の言葉で唯一よく分からなかったのがそれであり、そしてそれこそが自分の中に残っている疑問を解決してくれる気がしたからだ。

 すると、目の前の顔は真面目なものに変わり、「『神の器』と書いて神器」と説明を始めた。

「宗教における一つの到達点。盲目的、狂信的に信じることによって作られる個人専用の奇跡――それが神器だ」

「奇跡、ですか」

「ああ。分かりやすく言うなら、特別な思い入れの込められた物、かな。ほら、昨日見ただろう、井逆の金属バットを。あれがやつの神器だよ」

「…………」

 触れただけで地面を砕いた金属バット。確かにあれが超常的なものだと言うなら、納得がいく。無論、それは奇跡の存在を信じなければならないということでもあるが。

「やつはあれを『どんな硬いものでも砕く』と信じている。それが当然だと思い、一切の疑いを己から排除している。故にあれはその信念を体現し、奇跡を行使する神器と化しているんだ」

「そんな無茶苦茶な……」

 それはつまり、信じれば叶う、と言っているのと同じことだ。自然法則を完全に無視している。

 しかしそんな俺に庵音さんは、うちの教主曰く、と口を開いた。

「人間の見つけた自然法則なんてのは、たまたま偶然に――それこそ奇跡的に当てはまり続けているだけのもの、だそうだ。元より数多の奇跡で成り立っているこの世界で、更なる奇跡が起こらないことの方がおかしいらしい」

 それに、と彼女の言葉は続く。

「君は昨日その力を目の当たりにしているはずだし、現に今だって見ているじゃないか」

 そう言って、庵音さんは横を見た。だから俺の顔も自然とそちらを向く。

 だけどその異常に気付くには、少し時間が掛かった。いや、本来それが正常であるからこそ、当然のことだと思ってしまっていたのだ。

 がっちりと上から押さえ込まれた四肢。

 裏を返せばそれは、庵音さんも四本全ての手足を使っていること――俺の両腕を、両方の手で掴んでいるということだった。

「……これも神器の力、なんですか?」

 左腕に確かに感じる握力。それは昨日、彼女から失われていたもののはずだった。右の肘から先は間違いなく体から分断され、ただぶら下がっているだけだった。

 しかし今、その右手が俺の腕を掴んでいる。さらに自分の左脚に意識を集中させれば、庵音さんの右脚の感触もしっかりと感じ取れた。おそらく右腕と同様に治っているのだろう。

 そしてその予想通り、俺の問いに彼女はこくんと頷いた。

「ああ、そうだ。これが私の神器の力だ。さすがに一晩ではまだまだ全快には程遠いが、とりあえず使える程度までには回復できたよ」

 だからもう大丈夫、と力強い笑みを浮かべる庵音さん。

「昨日言ったように、七生くんは勝負開始と同時にギブアップしてくれ。ルールに則ってさえいれば、天秤堂も文句は言うまい。そうすれば、あとは私がやつらに二連勝すればいいだけの話だ」

「すればいいだけって……」

 それが口で言うほど簡単なものだとは、とても思えない。

 確かに庵音さんの神器の力も、十分に人知を超えている。千切れた腕はもちろん、ひしゃげた脚が一晩で動かせるようになるなんて、奇跡としか言いようがない。

 だけど、向こうだってその神器を持っているんだ。しかも二人掛かりの不意打ちとはいえ、一度は敗走に追い込まれた相手に、今度は手負いの状態で挑むのだ。無謀以外の何物でもない。

 しかしそんな俺の不安を感じ取ったのか、彼女は「大丈夫、安心してくれ」と言う。

「あんな非道なやつらに私は絶対負けないさ。この胸に正義が宿る限りは、ね」

「――正義?」

 古傷に走る痛みのようなその言葉に、つい反応してしまう。

 すると一瞬、不思議そうな表情を浮かべたが、

「ああ。そういえば、まだうちの宗教を紹介していなかったね。これは失礼」

 と、庵音さんは誇らしげにこう続けたのだった。

「正義を信じ、正義の名の下に行動する、正義が味方――正義教。それが私たちの信仰する宗教だよ」




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