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1.07

 2012/11/07 初投稿

 2012/12/14 改稿①

 2013/01/13 改稿②



 途端。

天秤堂(てんびんどう)っ! 何故、貴様がここにいるっ!?」

 庵音さんが叫んだ。いや、吠えたと言った方が正しいかもしれない。

 それほどに険しい表情で、怒気をはらんだ声だった。しかも、その矛先は俺の後ろの男。なので、そのあまりの迫力に俺まで気圧されてしまった。

 しかし、まるで聞こえていなかったかのように飄々と、さらに俺のことまで慮って男は言う。

「おいおいおい、あんまり大きい声を出すんじゃないよ。可哀そうに、葛平ちゃんがビビっちゃってるじゃないの」

 君の命の恩人なんだろ、とベンチから起き上がり、一つ伸びをしてから立ち上がる。そしてここでようやく、俺は男の姿をしっかりと捉えた。

「…………」

 一言で表すなら、ピエロだ。帽子から靴まで全身左右非対称の色と柄で、ある意味では統一された服装。年齢が掴みづらい顔立ちに、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた奇妙な男だった。

 そして――俺の名前と庵音さんとの関係性を、どうしてか知っている。

「おお、訝しんでるねぇ。いやぁ、実に正しい判断だよ、葛平ちゃん。初対面の相手を信じるなんてのは、とても正気の沙汰とは言えないからね」

 ――なあに、僕はただの怪しい者さ。

 と、男が懐から名刺を取り出し、俺に手渡す。

『天秤教 天秤堂最中』

 そこには、そう書かれていた。

 上の名前はおそらく、今さっき庵音さんが口にしたテンビンドウでいいのだろう。下は……サイチュウ?

「ああ、ちなみに下の名前はサナカって読むんだ。間違ってもモナカなんて読まないでおくれよ。そりゃ小学生の頃のあだ名だからさ。しかし、親も因果な名前を付けてくれたもんだよね。僕は何事も外から眺めるのが好きだってのにさ。ホント、世の中ままならないことばっかりで困っちゃうよねぇ」

「は、はぁ……」

 よく喋る男だ。しかも馴れ馴れしい。

 だけどそれよりも大きな、そして最重要な問題がある。名刺の頭に書かれた、天秤教――それが宗教の名前だということだ。

 とりあえず、破壊教ではない。ちらりと視線を向ければ、金属バットの男もまた、明らかな警戒の目でこの天秤堂という男を見ていた。だが庵音さんの反応からすると、味方というわけでもないだろう。

 つまり、第三の宗教。そして最悪、新しい敵の可能性もある。

 しかし、そんな俺の心を見透かすように、

「大丈夫、心配ないさ。僕は怪しい者だけれど、敵じゃあないよ」

 と、彼は笑う。

「とは言え、味方ってわけでもなければ、かと言って中立の立場でもないけどね。まあ言うなれば、観戦者――積極的な傍観者ってのが妥当なところかな。人の輪に混ざるのが、昔からどうにも苦手な性分でね。で、あと他に何か訊きたいことはあるかい? なあに、僕と葛平ちゃんの仲だ、遠慮はいらないさ。何だったら僕の初恋の話でも教えてあげ――」

「おい、天秤堂! 七生くんに関わるな!」

 完全にペースに飲まれかけていた俺を助けるように、庵音さんが再び怒鳴りつける。だけどそれに対して、天秤堂は軽く肩を竦めるだけだった。

「何だい何だい、僕だって彼と仲良くお喋りしたっていいじゃないか。別に君だけの特権じゃないだろうに。それとも、もしかして嫉妬してるのかい、女郎花くん? 老婆心ながら言わせてもらうと、女の嫉妬ってのは――」

「黙れ。そして答えろ。何故、貴様がここにいる? まさか私をつけてきたのか?」

「おいおいおい、黙れって言ったり答えろって言ったり、一体僕にどうすれって――」

「答えろ」

 刃物のような言葉と視線。それを受けてようやく、渋々ながらも天秤堂は庵音さんと向き合った。

「まったく……ちょっと会わない間に被害妄想強くなったんじゃないかい、女郎花くん? 僕がそんなストーカーみたいな真似、するとでも思うかい――って思ってるよねぇ、その顔は」

 やれやれ、信用ってのはどこで売ってるんだろうね。

 そんな軽口を挟んでから、天秤堂は続ける。

「安心してよ、別に君をつけてきたわけじゃない。これでも次期教主予定の身だから、僕も色々と忙しいんだ。だから今日は仕事だよ、仕事。うちの信者さんがこの町に住んでいてね、その方のお悩みを解決してきたところさ。そうしたらその帰り道、なんと偶然にも女郎花くんがボロボロにされてるのを目撃。こりゃあ一大事だと、こうして馳せ参じたというわけなのさ。なあに、僕と君の仲じゃないか、お礼ならいらないよ」

「そうか。ならば今すぐ消えろ。もう二度と私の視界に入るな」

 絶対的な熱を秘めた、冷徹なまでの命令。それは、これまでの庵音さんからは想像もつかない言葉だった。

 しかし天秤堂はそれを完全に無視し、「あ、ずっと置いてけぼりにしてごめんね、井逆(いさか)ちゃん」と手を振り、今度は金属バットの男に話し掛ける。

「お詫びに良いこと教えてあげるよ。ここにいる葛平ちゃん、女郎花くんの大恩人なんだ。だから彼を狙ってごらん、女郎花くんは防戦一方にならざるを得ないからさ」

「っ!?」

「貴様――っ!」

 天秤堂の言葉に、すぐさま庵音さんが噛みつく。だが、それ以上が続かない。

 しかし、その一方でイサカと呼ばれた男もまた、全く動く気配を見せない。どころか弱点として晒されたにも関わらず、俺のことなど眼中にないといった風に、ただ天秤堂を睨み続けているだけだった。

「…………」

 そして当然、俺も動くことができない。

 状況が――分からない。

 いや、かろうじて自分の立ち位置くらいなら分かる。完全な足手まとい、だ。俺のせいで庵音さんが一気に不利になってしまっている。

 だけど、だからと言ってイサカが有利だとも何故だか思えない。むしろ、俺たちと同じように追い込まれているような感じさえしてしまう。

「…………」

 誰もが動けず、夜の公園にいつも以上の静寂が流れる。

 そんな光景を満足そうに眺めてから、さてさてさて、と庵音さんへ向かって一歩一歩ゆっくりと天秤堂は歩き出した。

「これで君は大ピンチだ。そんな体で、さらには葛平ちゃんを守りながら戦うなんて、無理難題もいいところだろうからね。と言うか無理だよね、いくら君でも。二人とも井逆ちゃんに救済されて、あっという間におしまいだ。だけど僕だって君と同じ、真っ赤な真っ赤な血の通った人間だ、君たち大親友をこのまま見捨てるような真似はしないよ。だから例によって例のごとく、僭越ながらこの僕がこの勝負を預かってあげよう。五分五分の見応えある戦いに――整えてあげよう」

 悪い話じゃないだろう、と彼は笑う。

 庵音さんの真横で立ち止まり、口が裂けんばかりの悪い顔で。

「…………」

 対して庵音さんは、ただ睨み返すしかなかった。今にも歯軋りが聞こえてきそうなほど口を歪ませるが、そこから言葉は出てこない。

 だからそれを無言の肯定と捉え、天秤堂は続いてイサカに向かって歩き出した。

「もちろん、それじゃ井逆ちゃんは女郎花くんを救済できる、こんな大チャンスをみすみす逃すことになる。だけど安心してくれ、その辺の調整もちゃんと考えてあるよ。だから、こういうのはどうだろう? もしこの条件を飲んでくれたら、君の今回の目的である『この町の救済』を僕が全面的にバックアップする。女郎花くんみたいな邪魔がこれ以上入らないよう、取り計らってあげるよ。まあ一応、僕も立場ってものがあるから、うちの信者さんだけは前もって避難させてもらうけど、あとは何をどれだけ救済しようと君たちの自由だ。そこに僕は一切関与しない」

 ただし、と天秤堂は続ける。

「まあ、これはあんまり考えたくないことだけれど、もしも、もし万が一にも条件を飲んでもらえない場合は、僕が井逆ちゃんの邪魔をする――女郎花くんたちを救済し終えた君を、僕が全力で潰しにかかろう。好都合にも、うちの信者さんを守るっていう正当な理由もあるしね。さてどうだろう、これで見かけ上は平等じゃないかい? 両者共にここで全滅か、僕が整えた上で再戦か。どちらを選ぶべきかは、言わずもがな分かるだろう?」

「……ちっ」

 天秤堂の問いに、舌打ちを返すイサカ。そして目の前の男をこれ以上見ていたくないと、視線を逸らす。だがそれもまた、不本意ながらの同意だった。

 だからそれを受けて、彼とは真逆の上機嫌な様子で、

「よし、それじゃあ決まりだね」

 と、パチンと指を鳴らし、天秤堂はその場に立ち止まる。そして右手を庵音さんに、左手をイサカに向けて広げ、実に楽しそうに言った。

「さあて、君たちの価値はどちらが重いんだろうね?」

 測ったように――謀ったように、ちょうど二人の中間に立つ天秤堂。その姿はさながら、天秤のようだった。




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