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1.04

 2012/10/10 初投稿



「ねえ、お兄ちゃん。アイス食べたくない? 食べたいでしょ? 食べたいね!」

 ドタドタと階段と廊下を駆け抜け、勢いそのままに俺の部屋のドアを開け放つと、遊羽はそう決めつけてきた。しかも、指差しポーズ付きで。

 うるさい。そしてウザい。

 しかし、そんな俺の感情など気にせず――というか、気にできるような頭など持ち合わせず、愚妹オブ・ザ・イヤー十四年連続受賞は立て続けに喋る。

「というわけで、私の分のアイスも一緒に買ってきて」

「何が、というわけで、だ。こっちは勉強してんだ、自分で買いに行けよ」

「ムリー。だってもうすぐドラマ始まるんだもん」

 そう言われて、壁掛け時計を見る。時刻は、午後八時五十四分。なるほど、確かに九時までに買って帰ってくるのは無理だ。

「じゃあ、母さんに頼めよ。そろそろ帰ってくる時間だろ?」

「ブブー、今日お母さんは十時まで。バイトの人が辞めちゃって、人が足りないって言ってたでしょ?」

「ああ。言ってたな、そういえば」

「だから、お兄ちゃん買ってきてよ」

「嫌だよ、面倒くせぇ。そんなに食いたいなら、母さんが帰ってくるまで我慢しろよ」

「ヤダー! すぐ食べたい、我慢できないー! それともお兄ちゃんは、私がこのままアイス欠乏症で死んでもいいって言うの!?」

「もちろん。むしろ願ったり叶ったりだな」

 そんなことで日々の騒々しさから解放されるなら、実に容易いことだ。

 そして、こういうことを言えば、

「そういうこと言うお兄ちゃんの方が死んじゃえっ!」

 とか捨て台詞を吐いて、部屋を出ていくのがいつものパターンである――が、

「ふーん、そうなんだ。分かった」

 予想に反した遊羽の反応。

 さっきまでとはまるで違う、やけに冷静な声。一体どういうつもり……まさか!

 しかし、その意図に気付いた時には、すでに遊羽はスマホを手にしていた。

「じゃあ、お兄ちゃんに殺されるって、お姉ちゃんに電話するね」

 ホントのことだから仕方ないよね、と画面の操作を始める遊羽。どうやら今日は、何が何でもアイスが食べたいらしい。

「ふっ、俺がそんな脅しに屈するような男だと思ったか?」

 力強くそう言い放ち、俺は財布を手に立ち上がる。別に、そう思ったかどうかと問うただけで、脅しに屈しないとは言ってないのである。

「よし、そうと決まれば『急がば回れ』だよ、お兄ちゃん」

 くるりと踵を返し、入ってきた時と同じ勢いで部屋を出ていく遊羽。そしてその足音は、あっという間に階段を降りていった。

「……それを言うなら『善は急げ』だ」

 ため息と共にそう呟くと、俺も仕方なく遊羽の後を追う。

 まったく、あいつのアホさ加減とわがまま放題には心底困ったもんだ。しかも、それでいて色々と上手く立ち回る才能があるから質が悪い。

 事実、姉ちゃんほどじゃないにしても、遊羽は両親から猫可愛がりされている。成績も悪いし、家の手伝いもほとんどしないにも関わらず。

 以前、気になってそれについて訊いたところ(その時は何故か、遊羽の肩を揉まされていた)、本人曰く「たまに良いことした方が効果的なんだよ」とのこと。実に打算的な妹である。

 本当、弓川はこんな存在のどこに憧れているんだろうか。迷惑ばかりで、何の役にも立たないのに。

 ……あ、そうだ。そういえば、その弓川にアドバイスもらったんだったな。

 と、今朝の出来事を思い出したところで、ちょうど一階に着いた。

 ちなみに我が家の階段は、玄関のすぐそばにある。なのでそこには、自分の思い通りに事が進んだのがよほど嬉しいのか、上機嫌に鼻歌を歌う遊羽。そしてよく見れば、こういう時だけ手際良く、俺の靴までしっかりと用意されていた。

「なあ、遊羽」

「んー、何ー?」

 機嫌が良い時の、間延びした返事。多分、今なら大抵のことは素直に答えるだろう。

 だから俺はこの機会を逃がすまいと、弓川のアドバイスを実行する。

「昨日、友達と買い物に寄ってきたって言ってたけど、それ、彼氏じゃないよな?」

「そうだよ。彼氏だよ」

「…………」

 即答で死亡フラグだった。

 知らぬが仏という諺があるが、果たして知ってしまった後でも仏は救済してくれるのだろうか。

「嘘、冗談だって。彼氏は彼氏でも、友達の彼氏だから」

「略奪愛か!?」

「だから違うっつってんだろ、バカじゃねぇの」

「…………」

 絶対零度の暴言だった。

 まったく、どんな育て方をされたんだか。親の顔が見てみたいもんだ。……まあ、今から見に行くことになるんだが。

「実はその友達が来週、誕生日なの。だから昨日は、彼氏くんにプレゼント選びを内緒で手伝ってくれって頼まれてたわけ」

 だけど自分の彼女の好みくらい知っとけって話だよねー、と遊羽。そして続けて、

「ま、彼女どころか友達もいないお兄ちゃんには関係ない話だけど」

 と、ニヤリと笑った。

「うるせぇ、ほっとけ」

「あーあ。ホント、一度でいいからお兄ちゃんが女の子を家に連れてくるとこ見てみたいよ」

「はっ、残念だったな。そんな光景、一生見ることねぇよ」

 そう吐き捨てて、靴を履く。遊羽のこの手のからかいは、雛村以上にしつこく長い。なので早々に退散するのが得策だ。

 だから俺は、逃げるように扉を開けた。




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