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素人表現者の鈍足成長譚

無様に踊れ、似非ダンサー

作者: 腹黒ツバメ


〈無様に踊れ、似非ダンサー〉



 眼下に広がるダンスホールでは、大勢の男女が入り乱れて各々個性的な舞いを披露していた。

 決してプロフェッショナルではない、しかし不思議と視線が吸い込まれる、魅力的なダンス。

 それらを観客席から俯瞰する私もまた、普段は階下で踊る立場の人間だ。たまには客側の視点に立つのも悪くないと見物に来ただけだったが、どうにも夢中になってしまった。

 あと少しだけ、こうしてオーディエンスを演じていよう、そう思って再度ホール全体を視界に収めたときだった。

「お」

 また入場口から新たなダンサーが顔を出した。腹部が黒く塗られたシャツを着た男だ。

 その男はしばらく周囲を見回していたが、やがて遠目にも深呼吸をしているとわかるほど大仰な動作で肩を上下させ、不意にすっと右手を掲げた。

 そして曲に合わせて踊り出す。


「…………」


 無言で眺めること五分弱。アウトロが訪れ、一帯のダンスはひとまず終局を迎えた。幾人かは清々しい表情でホールを去っていく。

 端的に言うと、男のダンスは酷かった。

 まず基本がなっていないし、無駄に格好つけようと意識しているのが見え透いて、逆に不格好に映る。周辺のダンサーと比較しても、明らかに見劣りする実力。

 好意的では断じてない――むしろ批判的な目で彼を注視しながら、しかし踊っている最中に彼に対する興味を失うことはなかった。未成熟で無様なダンスを、私は最後まで見届けた。

 改めて踊り終えた彼の容姿を分析する。凡百な顔立ちだ。他の人々から放たれる強烈な個性・威容など彼からは微塵も感じられない。

 それでも。

 汗を拭く彼の表情は一点の曇りもない笑顔で。

 そこだけは、周囲と同様に爽やかで輝いていた。

「……ふっ」

 意図せず口元が綻びる。

 あの腹の黒いシャツを着た男を見ていたら、自分も無性に踊りたくなってきた。どこを感化されたかは知らないが、全身が麻薬の禁断症状を起こしたように疼く。

 善は急げ。私はすぐさま身を翻し、観客席に背中を向けたが、

 ――そうだ。

 駆け出そうとして、脳裏に酔狂な感情が首をもたげる。

 思い浮かぶのは、さっきの男の顔。

 ホールへ足を踏み入れると、ちょうど退場するところだったらしい彼とすれ違った。

 またふっと零れる笑み。


 ――今度彼にアドバイスと、ダンスの感想でも伝えてやろう。



 ★



 ダンスホールを後にした俺は、袖口で乱暴に額の汗を拭った。汗まみれのシャツの腹部は黒い。

 廊下の壁に背中を預け、俺はゆっくりと瞳を閉じた。瞼の裏に先刻までのホールでの熱気が蘇り、俺は未だ鼓動の昂る胸中でその余韻に浸った。

「ふぅ……」

 嘆息。

 自分の技術の未熟さは重々承知しているつもりだったが、今回は改めてその事実を突きつけられた気分だ。前後左右、どこの誰もが俺より遥かに優れた能力を持っていた。一方俺は、いくら踊れど成長の兆しすら探せない。


 だが、そこで自分の限界を感じて逃げ出すなど、愚の骨頂だ。


 俺には夢があった。

 自分のダンスが、自分が表現する世界が誰かたったひとりの心に残ってほしい――、簡単なようで難しい、図々しくもちっぽけな願望。

 それ以上は決して望まない。その願いさえ叶えば、似非ダンサーとしては感無量だ。

 現状、俺のダンスは自慰行為。

 自分が満足するだけで、誰かの心底に響く魅力なんて微塵もない。

 才能も経験も皆無、そんな俺が大層な夢を抱けたのは、このダンスホールがあったからに他ならない。

 まだ素人同然の若輩者を、ここは大きな懐で迎え入れてくれた。表現の場を与えてくれた。


 ――だから俺は、腹黒くなれたんだ。


 この程度の実力で他人の心を動かすなんて片腹痛いと指摘されようが、俺は諦めない。執念深く、さながら肉食獣が獲物を狩るように、その機を待ち続ける。

 まだ実力不足で、到底届きそうにない目標。

 でも、いつか、きっと――



 以下、舞台裏の独白。



 そう、俺はまだ表現者として――物書きとしては初心者に毛が生えた程度のひよっこだ。猿真似の文体と陳腐な比喩を武器に、しょうもない妄想を綴るばかりの似非作家。

 そんな文筆の心得など欠片も持たない俺が“腹黒ツバメ”と名を刻めたのは、他でもない読者兼先生のみんな、そして俺を寛容に受け入れてくれた表現の場のお陰だ。


 だから――


 先輩同輩後輩(ダンサー)に感謝を。


 小説家になろう(ダンスホール)に感謝を。


 心優しきあなた(観客)に感謝を。



 画竜点睛。







 読んで頂きありがとうございます!


 友人の誘いで、勝手もわからず踏み込んだ〈小説家になろう〉サイト様の世界。

 それが今では私にとって――書き手としても、読者としても――必要不可欠なほど大きな存在になりました。


 数多の世界が混在し、私のようなド素人の手を優しく引いてくれるこの舞台が、大好きです。


 お目汚し失礼しました。


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