復讐の刃
目を覚ました翼は先ほど見た夢のことを考えていた。
ずいぶんと変な夢、しかしどこかで聞いたことのあるような声をしていた。
夢と思えない夢。
色々な考えが翼の頭の中を駆巡っていた。
(俺の近くに降りかかる災厄?岩宿?何のことかサッパリ分からん!)
良しと一息入れ、翼は考えることをやめた。
『分からないことを考えても分からなくなるだけ』というのが理由だった。
しかし翼の本心はただめんどくさかっただけだった。
そして翼はいつも通りご飯を食べるため離れを後にした。
畳の上に座りご飯を食べようとしたとき、フッと新聞の一つの記事が気になった。
『三十代男性遺体で発見、凶器は刃物か?』
翼は気になり、その新聞を読みはじめた。
記事によるとその事件はこうだ。
昨日四月十日、被害者の三十代の男性が会社から帰宅しようと桜の並木道を歩いていると背後から一突きされ、真横に斬られたらしいのだが…変なことに遺体から血がすべてぬかれていたというのだ。
遺体だけでなくその周りに飛び散ったハズの血もないのだ。
そのため遺体も白骨化し服に入っていた車の免許証がなかったら誰かわからない程だったという。
被害者が受けた傷の鑑定もほとんど服に残っていた跡で鑑定したようなものだった。
強盗という訳ではなく、ただ殺した犯罪だった。
しかしこの殺害方法は一般人にはできないもの。
つまりこれは魔法使いによる犯罪だった。
そう記事は伝えていた。
「ふ〜ん、翼たちの入学式と同じ日にそんな事件があったんだな」
コン太が翼の肩にアゴをのせて喋りかけてきた。
翼はそんなコン太の行動を気にするつもりも無く、コン太の言葉に返事を返した。
「そうだな…魔法使いが犯罪を犯すなんて嫌な世の中になったもんだ」
「それにしても翼…この桜の並木道っていったらすぐそこだぞ?大丈夫か?なんなら俺が送りむか…ヘブチ!!」
「さて今日の朝飯は何かな?」
翼は肩にのっかていたコン太の頭を叩きながら言った。
叩かれたコン太は翼の肩から落ちて畳の上で頭を押さえながらもがいていた。
「翼〜〜!頭からヒヨコが産まれるぅ〜〜〜!!」
「うん大丈夫だ。どうせならヒヨコじゃなくて卵を産んでくれ。そしたらウチの卵代がうく」
翼はご飯を食べながら言った。
そのご飯を食べている翼に今度はドロップキックが飛んできた。
しかし翼は持っていたご飯をヒョイと持ち上げ身体を後ろにそらし飛んできたドロップキックを避けた。
翼が避けたことによってそのドロップキックがコン太に当たった。
コン太は壁に激突した。
ドロップキックを仕掛けたのは妹の梨香だった。
梨香の髪は銀色をしていてツインテールである。
髪が銀色をしているのは染めた訳ではなく鷲野の人間はみんなそうだからだ。
翼もそうかというと翼は黒髪だ。
しかし昔は翼も銀色だったとコン太は話していた。
ドロップキックを仕掛けた梨香が悔しそうに
「また避けられた!!何で!?何でなの〜〜!!?」
と叫んでいる。
翼は味噌汁をすすりながら
「いいから飯ぐらいゆっくり食わせてくれ」
と梨香に言ったのだが、当の梨香といえばブツブツ呟きながら翼の隣で次の襲撃のプランを立てている。
翼は呆れた顔をしている。
梨香は鷲野家の次期当主になることが決まっていた。
鷲野の分家の人々は魔力がない長男より魔力が強い妹で長女の梨香の方が適任だと思ったからだ。
それでも鷲野の本家、特に虎助は翼を当主にすることを望んでいた。
妹の梨香も兄である翼が鷲野の次期当主になることを望んでいた。
しかし当の本人はまったくその気がなく『妹が当主のほうがいい』と発言したことから翼に対する態度が変わった。
『少しこらしめてやる!』と言い襲撃がはじまった。
梨香が魔法で翼に挑めば確実に簡単に倒すことができるのだが、『魔法が使えない人に魔法で勝負を挑むのはアンフェアだ!!』と言い今回みたいな襲撃を何回も繰り返している。
梨香は翼の一年下の妹なのだが魔力は魔法学校の二年生のS、三年生のAぐらいの力がある。
潜在的なものを言えば『日ノ本の国において五本の指に入る程』だと昔魔力鑑定してもらったときに告げられた。
梨香は魔法科の才能があり、氷系と水系の魔法に長けている。
「ふう食った食った。ごちそうさま〜」
翼は朝飯を食べ終わりいつもどおり離れの自分の部屋に戻ろうとしていた。
それに気付いた梨香が慌てながら
「まっ待て!ニィー!!きょ…今日のところは勘弁してあげる…!!」
と勝ちほこった様な悔しそうな顔で翼を見ている。
「はいはい、それはどうも」
翼はいつも通りの梨香の捨て台詞にいつも通りの返事をした。
そしていつも通り梨香の顔から勝ちほこった表情が消えて悔しそうな顔だけになった。
コン太は壁に激突したまま気を失っていた。
翼は離れに戻り時間を見て驚いた。
時計が七時五十五分をさしていた。
祐太と待ちあわせした場所まで走ったら間に合うが歩けば確実に遅刻の時間だった。
翼は急いで着替えてカバンを持ち家を出た。
すると、そこには南野亜紀が待ち構えていた。
(南野…亜紀…!!み…見られた…!!)
翼と亜紀はお互いを見つめている状態になっているが、翼からしてみれば今のこの状態は蛇に睨まれた蛙と同じようなものだった。
「あなたは昨日の…?なぜあなたがこの家から出てくる!!?」
亜紀は物凄い気迫で翼に迫ってくる。
一方の翼は言い訳の一つでもすればいいのだが亜紀の気迫に負け逃げ腰になっていた。
一歩一歩と亜紀が翼に近づいてくる。
「いや〜昨日ここの息子さんに会ってさ…!物を借りたから返しにきたんだよ!!」
翼の口からやっと出た言葉は言い訳にもならないものだった。
だが亜紀は少しだけ信じていた。
なぜなら昨日名前も知らないこの人(翼のこと)と話したとき、この人は普通授業科に属していると言っていたし、なにより魔力が感じられなかったからだ。
「そうか…そういうことだったのか…昨日に引き続き悪いことをしました…すみません」
なんと亜紀は翼の言った嘘を信じたのだった。
翼はこんな嘘に騙された亜紀に対し今はただ
(危なかった〜〜!)
としか思えなかった。
翼は祐太との約束を思い出し先を急ごうとしたとき亜紀から再び質問をされた。
「それでここの息子は何ていう名前でしたか?」
「翼だよ」
それに答えたのは翼ではなく、梨香だった。
突然の梨香の登場に翼は驚き、そして絶望した。
亜紀の方はといえば銀色の髪を見て梨香が鷲野の人間だということをすぐ理解した。
「あなた誰?さっきからニィーとずっと喋ってるけど?」
翼は梨香を一度家に戻そうと思っていたが…遅かった。
「ニィー?」
亜紀は不思議そうに首をかしげた。
「ニィーとは誰のことですか?」
「さっきからアナタが話していた、そこの私の兄のことよ」
その会話がでた瞬間、翼は猛ダッシュで逃げていった。
亜紀はその逃げていく翼の姿を見ながら、ただ呆然としていた。
翼は十分遅れで祐太との待ち合わせの場所に着いた。
そこには首を長くして待っていた祐太の姿があった。
「翼〜!遅いぞ!まったく何いいいいいいい!!」
翼は走りながら祐太の袖をつかみ、そのまま走り続けた。
袖をつかまれ変な状態で走っている祐太は翼に文句を言いつつ、なぜ走っているのか理由を聞いた。
「翼〜!いいかげん離せよ!何?何で走ってるの?こんな朝早くからマラソンはしたくないんだけどな〜」
翼の方は祐太の冗談につきあってる余裕はなかった。
「南野亜紀にバレた!!」
「はあ?」
「南野亜紀に俺が鷲野の人間だってバレた!!」
「嘘!?何で?」
二人は走りながら話している。
翼は息をゼイゼイきらしながら、それでも走り続けている。
「今朝、南野がウチの門の前で待ち伏せしてやがった!一回は騙せたんだけど梨香の奴がタイミング悪く出てきたおかげでバレた!!」
翼は時々後ろを振り返りながら喋っていた。
後ろから亜紀が追いかけてきそうな感じがしたからだ。
そして必死に走っている間に二人は学校に着く事ができた。
二人は息を切らしながら別れの挨拶をしてそれぞれの教室に向かっていった。
翼は教室に着き自分の席にドッコイショとオヤジくさく座った。
「ああ〜死ぬ…なんでこんな朝から走んなきゃいけないんだ…!」
翼がそう言い死にそうな顔をしていると二人の男子が話しかけてきた。
「おはよう〜翼!!朝から景気の悪そうな顔してるね」
「ははっ!!いつものことだろ翼の顔が景気悪そうなのは!ははは!!」
先に話かけてきた少年は飯島翔といい翼の中学時代の友達で召喚科の一年生。
笑い上戸の少年はこちらもまた翼の中学からの友達で大村大樹といい、魔法科のクラスAの一年生。
二人はよく一緒にいて翼とも仲が良い。
翔のほうは背は普通で体格も普通、つまり中肉中背ってやつだ。
それに眼鏡もかけている。
大樹は大柄で体格もガッチリしている体育会系といわれる感じの少年だ。
なぜ二人がこちらにいるかというと分館の生徒が本館に行くことは禁じられているが本館の生徒が分館にいくことは禁じられてないからだ。
「何しに来たんだよ?二人とも」
この問に答えたのは翔だった。
「ん〜翼の顔を見にかな」
「気持ち悪いこと言うな…で用件をさっさと言えよ」
普通は本館の生徒は分館の生徒とあまり関わりを持とうとしないため二人みたいな人が分館に来るのは珍しい。
その本館の生徒が来たことによって翼の周りには人が沢山集まってきた。
それに気付いた翼は二人をサッサと帰らせようとしている。
「ん〜な冷たいこというなよ〜用はさぁ昨日桜の並木道で殺人事件起きたじゃん?だから翼一人で帰るの寂しいかなと思って俺らと帰んない?ってことで来たのさぁ」
「ん〜ん〜俺らってなんていい奴!な〜んて!ぷっはははは!!」
「そ〜かサンキュー…でも俺は祐太って奴と帰るからいいや」
翼は断ったのだがそれに対し二人は
「じゃあ四人で帰るか」
と言い出した。
翼は断ろうとしたのだが断る前に周りにいたミーハーの生徒に二人が捕まり質問ぜめにあったので、翼は断ることが出来なくなってしまった。
昼になり祐太が翼のいる教室に弁当を食べに来た。
翼は祐太に『今日は四人で帰ることになってしまった』と申し訳なさそうに言ったが、祐太は
「全然いいよ!」
と、むしろ嬉しそうに言った。
祐太は翼が中学のときどんな友達がいたのか興味津々だったのだ。
そして結局四人で帰ることになった。
午後の授業が終わり下校の時刻になった。
翼は廊下がざわついてることに気付いた。
翼も気になり廊下を見てみた。
するとそこにはまたまた南野亜紀が立っていた。
翼は
(あいつ…待ち伏せの趣味でもあるんじゃあね〜のか!)
と心の中で思い、どう教室から出るか考えた。
「すみません!どけてください!!私は今、人を捜しているんです!!」
今年新入生代表の挨拶をし、おまけに美人がこの分館に来たとなれば周囲がだまってるわけもなく亜紀はあっというまに囲まれてしまった。
その隙に翼は教室から出ようとした。
「や〜翼!!すごい人だかりだね〜どうしたの?」
翔だった。
そして横には声のでかい笑い上戸の大樹がいた。
「あっはっはっは〜相変わらずだなこのクラスは〜なあ翼〜クフフフフ!!」
みごとにこの声が亜紀の耳に届いてしまった。
亜紀はその声がしたほうを見た。
そこには捜していた人の姿があった。
亜紀は必死にその場所に行こうとするが人が沢山いて進めない。
翼も亜紀がこっちに気付いたことをわかって急いで逃げた。
「悪い!!今日は先帰る!!祐太が来たら祐太にも言っといてくれ!!」
そう言いながら急いで教室を後にした。
翼の教室1−1は分館の四階にある。
翼は一気に階段を駆け下り玄関で靴を履き外に出ようとした。
しかし空から亜紀が降ってきた。
空を飛んだり落下するスピードを調節する魔法は結構高度なもので重力と風系の魔法を操らなければならない。
その難しいはずの魔法を意図も簡単に使い亜紀は翼の前に立ちはだかっていた。
「ちょっと一緒に来て貰えます?」
亜紀の発言は何も知らない普通科の生徒にしてみればうらやましいかぎりのものなのだが、翼にしてみれば『ギロチン台に頭を置け』といわれる位恐ろしいものだった。
翼はしぶしぶ了承した。
亜紀が連れていったのは普通の公園だった。
日はもう沈みかけすべり台がオレンジ色に反射していた。
つまり戦闘の意思はないということだと翼は思った。
亜紀は公園に着くなり
「さあ説明してもらおう!」
と説明を要求してきた。
「あの〜何のことでしょう?」
「とぼけるとためにならないぞ」
亜紀はしとやかに笑顔で言った。
ただし近くにあった木を思い切り叩き折って。
「わかったよ…話せばいいんだろ!!話せば!!」
(母さん、俺今日生まれて初めて神に祈りました…助けてください…と)
翼は公園に連れてこられたが、それは命を保障するということでないこと知った。
正直に答えようと翼は思った。
「で…何が知りたい?」
「まずアナタが本当に鷲野の人間かどうか」
翼はため息を吐きながら答えた。
「そうだよ…俺が鷲野翼だ…んで君が朝あった奴は俺の妹の梨香だ」
「そう…あなたは本当に鷲野の人間…なぜ髪が黒い?」
「髪が黒いのは十年前ぐらいからでその前は俺も銀髪だったらしい」
亜紀は翼の『らしい』という言葉に反応した。
「らしいってどういうことです?」
「十年前のことあまり…っていうかほとんど覚えてないんだ」
十年前のことを覚えてないのはほとんどの人は同じなのだが、翼はまったくといっていいほど何も覚えてなかった。
「記憶喪失ですか?」
「どうだろ?記憶が無いってことは記憶喪失なんじゃあないかな?」
「十年前は髪の色は銀だと言いましたね。じゃあ十年前は魔力があったのですか?」
「あったんじゃないの?コン太もそう言ってたし」
亜紀の眉がピクッと動いた。
「コン太…?コン太とは誰ですか?」
「ウチの使い魔だよ」
「それはキツネのかたちをしていますか?」
「うん」
「その使い魔は何年前からあなたの家にいますか?」
その質問をした亜紀の手はギュッと握られコブシになった。
「十二年位前だってジジィは話していた」
亜紀の顔が憎しみと怒りで満たされていく。
突然手を真横に振りその手が炎で包まれ剣の形をかたどっていく。
亜紀はカグツチを出した。
「あなたはやはりあの妖狐の主だったんですね」
「えっ!!何だよいきなり!!」
「あなたは理由を知る必要はない…ここで死ぬのだから!!」
亜紀は翼に斬りかかった。
翼は何とか初撃を転がりながらかわした。
しかしすぐに亜紀は翼が逃げた方にカグツチのまとっている炎を向けた。
翼はとっさに内ポケットに入れておいた護符を出した。
この護符は虎助からもらったもので火の護符、水の護符、風の護符の三種類あった。
虎助は魔力の無い翼のために護符を言霊だけで発現できるようにしていた。
「火の護符に宿りしサラマンダーよ!我に仇名す炎をかき消せ!」
すると護符のに描かれているドラゴンの口から炎が出てきてカグツチの炎を相殺することが出来たのだが、それと同時に護符自体が半分燃えて塵となった。
(コン太の言うとおりあの剣が火の神の剣ならジジィの護符もあと一回しかあの炎を防げねぇ…どうすればいい!!)
なおも亜紀のカグツチによる攻撃は続いていた。
しかし翼も虎助に鍛えられてるだけあって何度も攻撃をかわしている。
今まで避けていた翼だがようやく攻撃を開始した。
「水の護符に宿りしウンディーネよ!我に仇名す敵に水の浸食を!」
すると護符に描かれていた女性の持っていた壷から大量の水が出てきた。
その大量の水が亜紀を襲う。
すると亜紀の持っていたカグツチは塵となって消えて、かわりに天羽々斬がその手に握られていた。
亜紀が天羽々斬と振り下ろすと水がその振り下ろされた部分を避けていった。
翼は驚き亜紀は勝ち誇ったように言った。
「この剣は八岐大蛇を退治するときに使われたと言われている…。八岐大蛇はねぇ…水を支配する竜神なのよ。その八岐大蛇をスサノオはこの剣を使って倒した。つまりこの剣は水に対して絶大な力をもっている!!」
翼は見下すように自分を見ている亜紀を見ながら次の一手に出た。
「ふん!水が効かないんなら風と炎の合成攻撃だ!!」
翼は両手にそれぞれの護符を持って言霊をのせた。
「風の護符に宿りしシルフよ!炎の護符に宿りしサラマンダーよ!我に仇名す敵に双方の力をもって打ち滅ぼさん!」
すると風の護符に描かれている少年の杖から突風がふき、火の護符のドラゴンの口から炎がでてきて二つは合わさり炎の竜巻がうまれた。
「南野〜!!これなら少しは効くんじゃあねぇか!!」
すると亜紀はまた翼をバカにしたように鼻で笑い
「こんな炎にカグツチの炎が負けると思ったのか?」
そう言うと亜紀は天羽々斬を消してカグツチを再びだしてきた。
これは翼の予想外の出来事だった。
翼は一度しまったらカグツチはしばらくは出せないものだと思っていたからだ。
たしかに翼の予想は少し当たっていた。
亜紀の意思に関わらず消えてしまった場合は半日しないと再びカグツチを使うのは不可能だが、今の場合は亜紀の意思により消したものだったのですぐに出せたというわけだ。
そして亜紀は翼が出した炎の竜巻と同等以上の炎の竜巻を出した。
「終わりだな…父の仇…!!」