似ているボク、知らないキミ
今回は忍の一人称です。
誰よりも早く起きて、自分の食べない分までご飯を作って、寝ぼけまなこをこすって起きてくる家族に無償で、何もかも整った朝を提供するのが母親の仕事なのだとしたら、ボクはまさにこの家の、ケイちゃんの母だ。
「おはよう、ケイちゃん」
ケイちゃんの言葉を遮るように先制。にっこりと笑えば、ケイちゃんは神妙な顔になった。
「本当にご飯、作ってくれたんだ」
「そういう約束でしょ?ボク、こういうのけっこう得意だから、心配しなくていいよ」
フライパンを傾け、こんがり焼き上がった目玉焼きを白い皿へとスライドさせる。フライ返しはなかった。ケイちゃん、オムライスとか作らないのかな、ないとけっこう不便だと思うんだけどなぁと考えながら作れば、いつの間にかあんなにぐっすり眠っていたケイちゃんも自力で起きる時間になっていたらしい。
「はい、ちゃんと食べて力つけてね。今日、学校なんだっけ?」
「うん、まぁ」
「てっきり夏休みだと思ってたけど、まだテストが残ってたなんて、大変だよね。あ、ちゃんと黄身は固めておいたよ。好み変わってたりしないよね?」
「よく覚えてるね、好みとか」
ケイちゃんは相変わらず神妙な顔のまま丁寧に手を合わせ、「いただきます」と言ってから箸を取る。
ボクもそれに倣ってちゃんと手を合わせる。二人分の動作があるわりに、この部屋は驚くほど静かだ。
昨日、ケイちゃんの部屋に入った。招かれたというべきなんだろうけど、ボクは間違ってもお客様なんて身分ではない。居候というか、無料のハウスキーパーというか、とにかくちゃんとした身分はないのだ。
そこは忘れちゃいけないなと思いながら入ったものだから、「掃除が楽そうな広さだね。うん、学生の部屋の見本だよね」とか「ここの家賃、さぞお得でしょう?」なんて正直な感想は口に出さないでおいた。間違っても、「なんか、狭いね」などとは言っていない。
「狭いからね」
玄関から部屋の隅まで6歩で到達してしまったボクに、ケイちゃんは無愛想に言う。
後ろめたく思っているんだな、となんとなくわかった。自分のテリトリーのマイナス要素を見られたんだ、恥ずかしいに決まってる。ケイちゃんの照れ隠しのヘタさに、ボクは今さらになって自分の子どものような身勝手さを恥じた。
「ごめんね、無理言って押しかけるようなことしちゃって」
「でも、出ていく気はないんでしょ?」
引きつった笑顔を張りつけて何も言えないボクに、ケイちゃんは「別にいいよ」と素っ気なく言った。
「私が泊めるって言ったんだから、追い出したりしないわよ」
当面の間はね、と付け加えてから、からかうように笑ったケイちゃんは、ふと思い出したように表情を戻してから「だから、延長には必ず私に理由を言うこと」と付け加えた。
目が合う。大きくて、とても綺麗な目だ。色素が薄いらしく、普通よりずっと茶色がかっている。
日に照らされると透き通るように金色に近づくこの目を、ケイちゃんは嫌がっていた。昔、クラスメイトに気味悪がられたそうだ。
綺麗な目だ。そして、ちょっと怖くもある。
こっちの思惑なんて全部見抜いていそうな怖さ。
ケイちゃんの目を気味悪がったという当時のクラスメイトも、たぶんボクと同じ理由で目を逸らしたんだろう。
でも、ボクはもう目が何かを見通すなんて錯覚を信じる年ではないから、「理由?そんなの、ケイちゃんとずっと一緒にいたいからさぁ」とおどけて笑う。
蛍光灯に照らされたケイちゃんの茶色の目は、ボクの本音をどこまで読みとれたんだろう?
伏せ目になったケイちゃんの目からは、何も読みとれない。
「ごちそうさま」
食べ始めたときと同じようにきちんと手を合わせるケイちゃんに、ボクは「お粗末さまでした」と言う。
「どうだった?おいしかった?」
「うん」
「嫌いなものとかあったら言ってね。極力、避けるから」
「うん」
「今日は買い出しに行こうと思うんだけどさ、近くにおすすめのスーパーとかある?ほら、ポイントカードとか持ってるなら、それも預かった方がなにかと都合がいいでしょ」
ケイちゃんは何も言わずに黙ってボクを見ている。
「ケイちゃん?」
「不思議だなって、思ったの」
ケイちゃんは独り言のようにつぶやいた。
「忍、お父さんみたいだから」
おとうさん。ボクが使わなくなった単語だ。そっか、ケイちゃんは使うんだよね。
「お父さん、普段朝食とか作ってくれたんだ」
「ううん、料理は私の担当。そうじゃなくて、忍がお父さんみたいだなって」
お父さんみたい。それって、ボクのどんなところを指して言っているんだろう。
「血、つながってないのにね。忍とお父さんって、似てるよ。自分じゃわかんないだろうけど」
ケイちゃんはそれだけ言うと立ち上がり、出かける支度を始める。
いってきます、と出ていこうとするケイちゃんに、ボクはまとまらない思考回路で口走っていた。
「お父さんのこと、好き?」
自分でも何を言いたいのかわからなかった。
ただ、ケイちゃんの開けたドアから差し込む朝日がケイちゃんの目を金色にしていて、それに焦ってしまったんだと思う。
何もかも見透かされてる。そんな焦りに駆られて。
「好きだよ」
ケイちゃんはドアから足を一歩踏み出してから、一度振り返ってから言う。
「忍と同じくらいに、ね」
ドアは閉められた。狭い部屋には、もはや何の音もない。
「それじゃ、答えになってないよ・・・」
ボクの声が、やけに頼りなく部屋に残った。
お疲れさまでした。伏線と言うにはあまりにもお粗末ですが、なんとなくでもこの二人の家庭環境を覗いてもらえたなら幸いです。




