双子の魂、どこまで
今回は恵の一人称です。
「三つ子の魂百まで」って言葉、昔はよくわからなかった。
昔というのは、私がまだ忍と双子だと思ってたときのこと。
三つ子とはすなわち三人同時に生まれてきたきょうだいのことだと思っていた私に、魂百まで、の正しい意味がわかるはずもない。百歳までなら、三人とも元気で生きていられるって意味だと思っていたのだ。
私たちは双子だから、ちょっと割り引いて「双子の魂八〇まで」なんて言うのかな、なんて。
とんでもない思い違いだ。
無知で、幼稚で、どうしようもなくもろい、私の期待。
八〇歳までなら、私と忍は、魂をつないだまま生きていけると、そんなことを思っていただなんて。
「ケイちゃん、全然変わってないね」
向かい合って座る忍がにっこりと笑う。
「あれ?あんたもね、とか言わないの?」
どの口がそんなこと言ってんのよ、という私の言葉は、私の燃料切れによって忍まで届くことはなく、内部に留まってぐるぐると回る。
流行なんて眼中にないかのような無加工のショートカットは、小首をかしげた拍子にさらさらと流れ、きめ細やかな光沢を隅々にめぐらせる。
部屋着です、と言わんばかりの無頓着さがありありとわかる無個性なTシャツの袖口から覗く腕は、この季節には不釣り合いなほど白いうえに、座っていてわかりづらいはずの忍のスタイルを、嫌味なほどに主張している。
化粧気なんてまるでないのに、整った顔立ちが「これが完成品なんです」という貫禄を漂わせている。
正直、かなりの美人だ。
男の子みたいに素っ気ない服装といい、「ボク」という一人称といい、忍が自分の性別をあまり意識していないところは昔のままだけど、今はそれも相まって忍という人間の美しさを形作っているのがわかる。
「背、伸びた?」
我ながら、バカな質問だなとは思う。別れて暮らし始めたのは小学生のときなのだ。あれから、もう10年経つ。伸びないわけがない。
「ちょっとだけね」
忍は、ふっと微笑んだ。微笑む、って言葉がしっくりくるような、綺麗な笑みだった。
「昔は私の方が高かったのに」
「ちょっとだけね」
「おかしいわよ。あんた、あんなに牛乳嫌いだったのにさ。私なんて、今でも毎日飲んでるのよ。その私を抜くってことは、当然飲めるようにはなったってことなのよね?」
「ちょっとだけね」
「だいたい、痩せすぎ。昔から細い方だとは思ってたけど、今のあんた、ゴボウだよ、栄養通ってないのよ。どうせ、気が向かないとか言って、食事抜いたりしてるんでしょう」
「ちょっとだけね」
「だいたいね、非常識なのよ。今日は、その、たまたま暇だったから直接会って断ろうと思って来たけど、普通来ないよ。10年も会ってないんだから、当然でしょ。非常識よ、自覚してんの?」
「ちょっとだけね」
「何かあったんでしょ」
忍は、ふいに黙った。顔にはさっきまで浮かべていた笑みの名残りが張り付いているけど、口の端がちょっと震えてる。
そういうとこ、お父さんそっくり。血は、つながってないのにね。
「ちょっとだけね」
忍は、それだけ言った。
わざとらしい笑い方すんの、やめなさいよね。その笑顔、あんたが思ってるほど、何も誤魔化せてないんだから。
「ちょっとだけね」
今度は、私が言った。忍は、何も言わない。
「あんたが、変わったと思った。まぁ、そりゃ、外見が変わってるのは当然のことなんだけど」
三つ子の魂百まで。その言葉の意味、今ならちゃんとわかる。3歳までに出来あがっちゃった人格は、死ぬまで変わらないってね。
間違っても、ずっと仲よしこよしで生きていけるって意味じゃない。
忍、あんたはちゃんと変わった。私を頼りたいと思ってるくせに、その理由は打ち明けない。秘密主義ってわけ?昔みたいに、なんでも共有出来るはずがないってわけ?まぁ、それが普通だよ。私、今のあんたのこと、何も知らないもん。
昔の記憶の断片をかき集めても、今のあんたにはならない。それは、わかる。わかるからさ。
「私はあんたの言うとおり、ちっとも変わってないから、だから、ちょっとの間だけ、あんたの変わったところを見ててもいいかなって、思う」
忍から、貼りついた笑みが消えた。
「忍、なんて顔してんのよ」私は笑ってやった。「鳩が豆鉄砲喰らったら、今のあんたになるわね」
忍は、ふいに目を逸らすと、ふてくされたようにつぶやく。
「うまくやるつもりだったのに」
「は?」
「ケイちゃんは、人の頼み断るのとか、苦手だから、だから、うまく丸めこんでやろうと思ってたのに」
「失礼ね。人をダンゴムシみたいに」
「なんか、すごく大きい借りを作っちゃったのかも」
「馬鹿ね。かも、じゃなくて、実際その通りなのよ。しっかり働きなさいよ」
ついさっき顔を合わせたときと、私たちの表情は交換したみたいに真逆だ。
でも、思ってることは、きっと同じ。
魂をつないだまま生きていくことなんて出来ないけど、お互いに歩み寄ることは、たぶん不可能じゃない。
三つ子の魂百まで。
双子じゃない私たちは、どこまで変わっていけるかな。
読んでくださってありがとうございました。・・・って、このメッセージまで辿りついた方がいらっしゃるかどうかは、毎回疑問なのですが。




