待ち合わせに関する一考察
今回は妹の忍が主役です。
何事にも、「ふさわしい」場所があるのだと、お母さんはよく言っていた。
たとえば、初デートでの待ち合わせなら、ちょっとおしゃれなカフェ。相手を待っている間に座っていられるから、待つことがストレスになりづらいし、何より会った時点ですぐにお茶できる。アイスコーヒーで喉を潤してから、街へ繰り出す。うん、なかなか無難なスタートを切れるね。
事務的な用事で、嫌いな相手と一日一緒にいなきゃならないときの待ち合わせなら、駅かな。遅れたときの言い訳がしやすいし、人が大勢いるから、会ってから最初に来るであろう沈黙も、うまいことかき消される効果が期待できる。
ま、全部お母さんの受け売りだから、本当のところはわかんないんだけどさ。
それじゃあ、10年間会っていないきょうだいとの待ち合わせは?
こんな待ち合わせのパターンを考えることになった人って、いったいどれくらいいるんだろうね。考えて、ちょっと笑えた。お母さんだったら、何て言うかな、なんて。
今回ケイちゃんと会うことを、お母さんには言っていない。ボクだって、もう大学生なんだから、いちいち親の許可を取ってから外出する必要性なんてない。
言ったら、怒るに決まってる。怒って、黙るんだ。お母さんは、自分の感情を、制御出来なくなるほど高ぶらせると必ず黙ってしまう。目も合わせない。普段の、取引先をあれよあれよという間に丸めこんでしまうような饒舌ぶりと、スーツの似合うキャリアウーマンぶりからは想像もつかないほど、怒ったお母さんは子供じみている。いい年した大人が子どもに転じる瞬間を、ボクは好ましく思っていない。ぶっちゃけ、鬱陶しいとさえ思う。人は、年と共に、戻れない成長をしていくべきだと思うから。
と、そこまで考えてみて、ボクは一人笑った。
ボクもケイちゃんも、10年、年を取った。お互い、外見もかなり変わっているだろう。会ったとして、お互いがわからないなんてことも充分にありえる。
いや、そもそも来ない可能性の方が、ずっと高い。
窓際の席で一人頬杖をつき、窓へと視線をやる。笑った顔のボクと目が合う。
こりゃ、来ないなんて欠片も考えていない顔だな。
そう思って、窓に映った顔にまた笑顔が広がる。
ケイちゃんに宛てた手紙に、ボクへの連絡先は載せなかった。
ケイちゃんは、昔から人と目を合わせるのが苦手な子だった。
作文は得意だったけど、とにかく一対一の直接的な接触に抵抗があるみたいで、思ったことをうまく言葉に出来ないきらいがあった。
だから、会いに来てさえくれれば、絶対に首を縦に振らせる自信があった。ケイちゃんには悪いけど、ボクにもちゃんと理由があるんだ。10年分のブランクに、あえて踏み込む、理由が。
ケイちゃん、来てくれるかな。
傍らの空席に置いた荷物を見やる。すでに、泊めてくれることを前提に荷物は持ってきた。少量ではあるけど、一人で入るファミレスに、この荷物はちょっと浮く。このまま待ちぼうけで出なきゃならないとしたら、なおさら。
頭では、そうわかっているものの、ボクは自分の口元に浮かんだ笑みをしっかり自覚していた。
大丈夫。ケイちゃんは、必ず来てくれる。
おおかた、面と向かって断ろうという算段なんだろうけど、知らんぷりを決め込んで誰かを待ちぼうけにさせたりなんてしない。絶対、しない。
ケイちゃんは、そういう子だ。肝心なところで、優しい。
誰かの入店を告げるベルが鳴る。BGMに紛れてしまうような控えめな音だけど、店員と、待ち合わせのいる人間にとっては聞き逃しようのない音。
やっかいな問題を抱え込んだように、眉を寄せ、堅く唇を結んだ女の子が入ってくる。
ボクは、その子の表情と対極な感情が自分に浮かんでくるのを自覚しながら、手を振った。
読んでくださっている方がいるかどうか、正直自信がありませんが、まだまだ続きます。次回の主役はお姉さんの恵です。




