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手紙に関する一考察

時代の流れとは、読んで字のごとく、本当に川のように流れて行くんだなぁ、とそんなことを考えた。

フロッピーディスクが博物館行きになる、というのがあながち笑えない現実になりつつある今、同じく時代と言う、逆らい難い川の流れに追いやられてしまったものを、私は今、手にしている。

全国共通のデザインの80円切手の貼られた、可愛らしい封筒。業務用に使われるような無骨な茶封筒ではなく、外見重視のレターセットのものだ。メールがシニア世代まで浸透したこの国じゃ、もはや旧世紀の遺物、博物館の住人のポジションに甘んじていると言っていいんじゃないかな。

とまぁ、久しぶりに目にしたレターセットにばかり目を向けることで、私は肝心な事実から目を逸らそうとしていた。

「梶山恵様」

丁寧な字で書かれた宛名は、まさしく私に向けてのものだった。私の部屋のポストに入っていたのだから、当然だ。

しかし、問題は差出人の名前だ。

「見原忍」

控えめに、隅に書かれた名前に、私はため息をついた。

困ったなぁ、の意味でもなく、おいおい勘弁してくれよ、の意味でもない。

自分でも正体のわからない感情が、吐く息に乗って出てきたとしか言いようのない、あまりつく機会のないため息だった。

見原忍。そうか、もうとっくの昔に、梶山忍じゃなくなってるんだもんなぁ。

手にしたものの、なかなか開封するふんぎりがつかず、私は取りとめのない思考にふけりながら、私に開けられることを待っている手紙をとりあえず意識から外す。

見原忍。10年前まで、私のきょうだいだった子だ。

両親の離婚をきっかけに、私たちは戸籍上、他人になった。別れて以来一度も会っていないことも踏まえると、距離の意味でも他人と言えるんだろう。

そんな関係になった忍が、どうして私に。10年も経った今、何を伝えたいんだろう。

もしかして、母さんのこと?

忍の手を引いて出て行った、10年前まで母さんだった人の背中が浮かんだ。

母さんの身に何か起こったのなら、たとえ何年経とうと、忍は私に連絡を取ろうとするはずだ。

普通は電話を寄こすところだけど、私の携帯の番号を知らないんだから、手紙にしたのか。

と、そこまで考えて、改めて首を捻った。

忍、どうして私の今の住所を知っているんだろう。

私は今、実家というか、父さんのもとを離れて一人暮しをしている。通う大学が県外だったからだ。

忍は、どうして私の住所を知っているんだろう。

疑問には思ったけど、今は大して重要なことじゃない。

母さんの身に何か起こったかもしれないのだ。とにかく、読んで状況を把握しなくちゃ。

可愛らしいシールの貼られた開封口を避け、端から破る。

急いで目を通そうとした、その動きが一瞬止まる。

自分の眉がぐいぐい寄って行くのをはっきりと感じながら、予想していたものとかけ離れた内容の手紙を、黙って読んだ。




梶山恵様


久しぶり、元気だったかな?ボクは元気です。

10年も会ってないから、ひょっとしてボクのこと忘れちゃってるかな、ってちょっと心配だったんだけど、こうして読んでくれてるってことは、覚えててくれたんだね。よかった。

まぁ、どうせケイちゃんのことだから、母さんの身に何か起こったと勘違いしてこの手紙を開けたんだろうね。ハガキにしなくてよかった。ケイちゃん、読まずに捨てちゃうかもしれないから、あえてレターセットを買ってきました。

いやぁ、レターセットって、案外売ってるもんだね。時代の遺物、とか思ってたけど、需要あるんだね。感心しちゃった。

あっ、待って待って。まだ本題に入ってないから、お願いだからまだ破らないでね。

今回この手紙を送ったのは、ちゃんと理由があるんだ。

ケイちゃんの大学、もう夏休みに入ったよね?ボクのところも、もう入ったんだ。

そこで、ケイちゃんの一人暮ししているアパートにボクをしばらく置いてほしいんだ。

ほら、大学生の夏休みって、長いでしょ?夏の思い出を作ると思って、一人くらい、ね?

もちろん、食費とか家賃とか、実費はボクも負担します。経済的な負担はケイちゃんにかけないから。

それに、食事とか家事とか、一人暮しだといろいろ面倒でしょう?ボクがやるから、ケイちゃんは、無料でハウスキーパーを雇ったと思ってくれればいい。無料だよ。いい響きでしょう?

ね、ケイちゃんもいろいろ思うところはあるだろうけど、助けると思って、このお願いを聞いてほしい。



ここまで読んで、またため息が出た。

今度のは「困ったなぁ」とか「おいおい勘弁してくれよ」の感情がはっきり出たものだとわかる。

ついでに、「何を考えているんだこいつは」も混じっている。

便箋には、明日の日付で、ここから近い場所にあるファミレスで私を待つという旨が書かれていた。

来てくれるまで、ずっと待っているから。

最後の行に書かれたこの一言に、私はまたため息。まったく、この短時間に何回、私にため息をつかせる気なんだろう。

嫌なら、待ち合わせに行かなきゃいい。

私と忍はもう10年も前に他人になったのだ。今さら、会って何を話せばいいのか、さっぱりわからない。しかも、一時的であるとはいえ、自分の家に泊めてやるだなんて。

あまりにも一方的な内容だし、しかも困ったことに、忍の連絡先は書かれていない。絶対に、わざとだ。メルアドでも書かれていれば、「悪いけど、無理だから」の一言ですむ。

わざわざ会わなきゃならないシチュエーションを作る忍のあざとさは、全然変わってない。しかも、19にもなって、未だに一人称が「ボク」なのか。

ホント、全然、変わってない。

ちょっと多めに息が出てきた。でも、たぶんこれはため息じゃない。だって、吐いたあと、あんまり悪い気はしなかったから。

でも、いきなり泊めてやるだなんて、やっぱり横暴だ。

私たちは他人なんだから、泊めてやる義理なんてない。

とりあえず、直接会ってから、ガツンと言ってやるんだから。

私は、忍のセンスの良さを感じさせる品の良い封筒を軽く撫でながら、この日何度目になるのかわからないため息を、またついた。


読んでくださった方、ありがとうございました。次から一人称が妹の忍に交代です。

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