わたしたちは「もしも」を考える
もしも、アイドルみたいに可愛かったら。
もしも、もう少し身長が高かったら。
もしも、宝くじに当選したら。
わたしたちは、毎日たくさんの「もしも」を考える。
***
わたしが通っている私立藤栄高校には、小論文の授業がある。
「はーい、じゃあ。皆さん、タブレットの準備をしてね~」
先生の、妙に甲高い明るい声。
わたしたち生徒は鞄の中からタブレットを取り出して、机に置く。
GIGAスクール構想の推進とかなんとかで、一人一台のタブレット端末が支給されて。
まあ、もう、このご時世、どこの学校でもタブレットぐらい支給されているよねーとか思ったけど。
公立高校に進んだ中学のときのクラスメイトに聞いたら「ウチの学校、まだタブレットなんてないよー」だって。
学校によりけりなのかな?
課題やレポートをタブレット上で作成しして、クラウド上に提出できるから、わざわざ作文用紙に書いて、集めて、職員室へ持っていく……なんて、面倒なことをしなくていいから、こういった小論文系の授業では、とても楽。
書くのも、シャーペンで作文用紙に書くよりは、キーボード入力のほうが早い。書き直しも楽。消しゴムをかけるのは、微妙にストレス。すらすら書けるのならいいけど、筆記用具にはちょっとこだわっちゃうよね。
……だけど、タブレットであろうと作文用紙に手書きであろうと内容を考えるのはどちらも一緒。
「飼ってみたいモンスターについて述べよ」
「使ってみたい魔法は何ですか」
「家族と作った料理」
なんて、小学生の夏休みの作文の宿題か⁉ みたいなテーマで書かされるのなら楽なんだけど。
「少子高齢化社会における、社会保障制度を持続可能にするために必要な施策は?」
「テレワークの普及がもたらす利点と課題について述べよ」
「伝統文化を守りながら現代社会に適応させる方法」
なんて、大学入試の小論文対策みたいなテーマのときもある。ううう、めんどくさい。というよりは、何をどう書いていいのか分からなくて困る。
今日はどんなテーマかなあ……なんて、ぼんやり考えていたら。
「今日のテーマは『もしもこの世界から機械が無かったら』です。文字数はいつもの通り五百字から千字で書くこと。授業時間内に書き終えられない人は、明日の放課後まで、オンラインで提出ですよー」
うげぇ……って感じの声が、クラスのあちらこちらから上がる。
「機械が無かったら、そもそもこのタブレットで授業なんてできないじゃん!」
クラスの男子……アキバ君が言った。
授業で率先して意見を述べられる陽キャ系。
サラサラの髪にくりっとした目。
掃除当番が一緒だから、たまには喋るけど、別に特別に親しいというほどではない。
だけど、授業中に率先して発言できるのは、すごいと思う。
わたしは……指名されれば、フツーに答えるけど。自分から手を挙げたりは、あんまりしない。
「ライン出来なくなるの困る」
「あー、ネットとスマホのない人生なんて無理だよねー」
スズキさんとサトウさんも声を上げて。
「っていうか、電車もバスもないんでしょう? 学校に通うのも無理だわ!」
今度はマツダさん。
そうだよねえ……。うちの学校は私立だから、結構遠くから通学している生徒も多い。
わたしだって、電車を乗り継いで、一時間くらいかけて登校している。
だから、もしも、機械が無い社会だったら。
わたしはきっと、このクラスの誰とも出会っていない人生を送っているに違いない。
「そーですねー。他にはどういった不便があるでしょう? 利点はある? いろいろ考えて書いてみてくださーい」
***
授業を終えて、部活も終えて。駅までの道をとぼとぼ歩いていた。
いつもなら、駅までは部活の友達と一緒に帰るんだけど、今日は一人。
駅まで徒歩十五分。
友達と喋って帰ればあっという間なのに、一人だと長いな。
なんて思ったら、後ろから「おーい! タケナカ~」って、誰かがわたしを呼んだ。
振り向いてみたら、アキバ君だった。
「……アキバ君」
「よお! オレ、ハラヘリで。自販機のパン、買って食っていたから遅くなったんだけど、タケナカは?」
「わたし、購買部で買い物していて……」
「購買部?」
「……ボールペン。0.5がなくて。0.4と0.6はあったんだけど」
「あー。ビミョーに違うと書き心地がキモチワルくて悩むよなー」
あ、分かってくれるんだ。
嬉しい。
友達は「ボールペンの太さなんてどれでもいいじゃん。テキトーに選んでも。どうせすぐ使い終わるんだし」って言うから。それでも延々と悩んでいたら、塾の時間があるからって先に帰られてしまった。
「オレは0.8が好きだなー。太いとペン先が潰れないような気がする。でも1.0だと太すぎで」
「わたし、小さい字でちまちま書いちゃうから……。細いほうが良いかなって」
結局、悩んで悩んで悩んで……0.4を買ってみた。
「あー、女子って、字、ちっせーよな」
「男子は豪快だよね」
夕日に照らされながら、二人で、顔を見合わせて。なんとなくくすくす笑った。
なんとなく、そのまま駅まで一緒に歩いて帰る。
夕日が沈みだして、街灯がともって。
クラスの中心的なアキバ君。
片隅で大人しく本を読んでいるようなわたし。
一緒に駅まで帰るのなんて、初めてだ。
そのまま文房具談議。
消しゴムはどこどこのメーカーがいいとか。
ノートの6ミリ幅と7ミリ幅、たった1ミリの違いなのに書き心地が違うとか。
数学は青系の表紙、国語は赤色とか、色分けして使いたいとか。
どうでもいいような話。
でも、ちょっとしたこだわりの話。
途切れることなく話していたら、あっという間に駅に着いた。
「えっと、オレは二番線だけど、タケナカは?」
「あ、わたし、四番線」
じゃあ、ここでバイバイかな。
教室では、今までそれほど親しく話すことはなかった。
掃除当番とか、グループ学習の班が一緒で、それで用事とか課題を話したり、挨拶とかする程度だった。
だけど今日は違った。楽しく話せて嬉しかった。
だから……、ここでバイバイするのはちょっとさみしい気がした。
「……えーとさ。今日の小論文の授業」
ちょっと不自然に、アキバ君が言い出したのは。
わたしと同じで、アキバ君も、このままサヨナラするのがちょっとさみしいのかな……なんて。
だったらいいな……なんて。
「あー、『もしもこの世界から機械が無かったら』?」
「そう。マツダだったっけ? 学校に通うのも無理ってさ……」
もしも、機械が無い社会だったら。わたしはきっと、このクラスの誰とも出会っていない人生を送っているに違いない……って思った。
そうしたら、こんなふうにアキバ君と話すこともなかった。
「うん。機械ある社会でよかったね。電車もあるから、アキバ君ともこうして同じ学校で出会えたよ」
小論文にも同じようなことを書いていたから。すらっとわたしは言って。
そうしたら。
「えっと、そのもしも……なんだけど。小論文の課題じゃないんだけど」
「うん?」
わたしは少し首をかしげる。
アキバ君の顔が何故だか少し赤いように見える。
「もしも……、タケナカのこと好きだって言ったら、オレ、タケナカと付き合える可能性ある?」
わたしたちは、毎日たくさんの「もしも」を考える。
もしも、宝くじに当選したら。
もしも、クラスメイトのかっこいい男の子から告白されたら。
もしも、アキバ君と恋人同士になれたら。
わたしは、息を吸って、吐いて……、答える。
「『もしも』と『って言ったら』がなかったら、すごく嬉しい」
「もしも」が「もしも」じゃなくて、現実になって。
その先の未来も、きっとわたしたちは、一緒に歩いていく……。
終わり




