スナイパー・イズ・ボッチ 蛇足噺
わたしは、生温かい液体の中で生まれた。
生まれてすぐのわたしは円柱型の水槽に浮かんでいた。全身を包む薄緑の液体、体中に接続された無数の管。窮屈という感覚は無く、むしろ心地良い環境だった。生まれた時からわたしには人間で言うところの15歳程度の知能・知識があった。だから生まれてすぐに自分が『人間では無い』と理解できた。
わたしが入っている水槽の前には白い髪の男が立っていた。白衣を着た男だ。感覚でわかる……この人がわたしの『おとうさん』。
男の背後には2人の女性が立っていた。どちらも仮面をつけていて顔は見えない。片方はとても綺麗な立ち姿をしているが、もう片方は落ち着きない様子で部屋を物色している。
まず、男が口を開いた。
「おはようヨミ。気分はどうかな?」
――良好。
「それは良かった。吾輩は月上白星。君を造った者だ。そして、後ろの彼女達は吾輩が用意した君の教育係だ。どちらも現実の人間をコピーして造った。黒髪の方が『コシキ』、氷のように薄い髪色の方が『ヒムロ』。吾輩が知る限り最高の仮想体適応力を持つ者と、最高のサポート能力を持つ者だ」
コシキ、ヒムロ。
この2人が、私の教育係。
これから先、わたしがもっとも多く関わる人達。
「コシキの方は君の母親でもある。あくまで遺伝子上は」
――おかあさん?
「で、吾輩が父親にあたる。君は『月上白星』と『古式瑠々羽』の遺伝子データを組み合わせ造られた存在。吾輩と瑠々羽君の仮想の娘ということになる」
――おとうさんと、おかあさん。
「一応言っておくと、吾輩にも彼女にも君に対する家族愛は無い。なぜなら君は機械から生み出されたデータ上の存在、NPCだからね。君を子供として見ることは無い」
冷たく、彼は言い切った。
突き放すように、遠ざけるように。
「なぜ吾輩が君を造ったのか、気になるだろう? 説明しよう。吾輩が君を造ったのは、君に吾輩の娘のライバルをやってもらうためだ」
――娘? あなたの娘は、わたしじゃないの?
「違う」
――なら、誰? 名前は? どこに居るの?
「落ち着きたまえ。いまはまだ君の触れられる場所に居ない。まだこの宇宙にはここしか造ってなくてね、完成するのは4年後ぐらいか。今日より7年後には、あの子はここへ来るだろう。この惑星……インフィニティ・スペースの果てに」
――ライバル……。
――わたしは、その子と戦えばいいの?
「その通り! 勝敗はどちらでもいい。とにかく、あの子と遊んでくれ。もしも君があの子の全力を引き出せたなら……面白いことになる」
――もしもわたしが勝ったら、その時は、わたしを娘にしてくれる?
「はっはっは! 面白いことを言うね。いいよ。あの子に勝てたなら、君のことを娘と想い愛そうじゃないか」
――その子の特徴は?
「安心しなさい。特徴なんて知らずとも、あの子に会ったら本能でわかる。遺伝子が教えてくれる」
――わたしの、おねえちゃんだから?
「そうだとも。あの子が来るまで、君はこの惑星で力を蓄えなさい。あの子を討つための戦力を十分に集めなさい。できるね?」
――できる。
「ではねヨミ。また会おう」
それっきり、彼はここに、研究室に来なくなった。教育係の片方、コシキも『暇だから冒険に行ってくるね~』と研究所を去り、暫く帰らなかった。ヒムロだけが、ジッとわたしの『調整』が終わるのを待ってくれた。
彼が去ってから1週間後、調整を終えたわたしは自力で培養槽を破壊し外に出た。
飛び散るガラス片、全身から滴る薄緑の液体。裸のわたしはゆっくり目を起こす。
「……わたしの、おねえちゃん」
自分がどういう存在かはもうわかっていた。
現実ではない。仮想の世界に造られた仮想の存在。
それはいい。自分が人間では無いということは十分に理解している。
だけど、人間では無いけど、感情はある。愛が欲しい、という感情はある。
愛を貰うために、あの人に愛を頂くために、この惑星を私の要塞にして、おねえちゃんを――
「殺す」




