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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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8/24

2-4:オラオラ、メガネ、ワンコ系

 熟睡できたわけではなかったが、オリカの目覚めはすっきりしていた。

 ただし見慣れぬ天蓋や使い慣れない寝具に対しては、一晩過ごしてもいまだに違和感しか覚えないのだが。


「贅沢なベッドってそんなに寝心地が変わるのかな?」


 よくわからん、と首をひねりつつ身支度を整えていく。

 ひとまず迷いが心から消えたおかげだろうか、さほど眠れていなくても頭の中は充分にクリアだ。指の先まで体もきちんと動く。


「よし」


 全身の軽い体操まで済ませ、臨戦態勢が整った。

 モンドーアが持ち掛けてきた取引に応じるか否か。その結論の期限となる朝だ。気合だって自然に入ろうというものである。

 ちょうど頃合いを見計らっていたかのように、扉がノックされた。


「失礼いたします、オリカ様。お目覚めでございますか」


「はーい。起きてますよう」


 オリカの返事にも余裕がある。

 扉の外から声を掛けてきたのは女性らしかったが、入室はしてこず閉じた扉の向こうからそのまま話を続けた。


「モンドーア様がお待ちでございますので、ご準備が整いましたら最高相談役の執務室までお越しくださいませ」


「え、それってどこに──」


 場所を教えてもらおうとして急いで扉を開け放ったオリカだが、長い廊下の左右を見渡してもそれらしき女性の姿が見当たらない。まるで雲隠れだ。


「うそ、自分で探せってこと? 案内もなし?」


 だがオリカはくよくよ考えたりはしない。

 探す必要があるのならそうするまでのことだ。大丈夫、出くわした相手に手当たり次第訊ねていけば問題ない。

 そもそもここは異世界、いつもの常識が通用すると思わないでおこう。

 そう自分に言い聞かせて適当に歩きだした。


 程なくして一人目の人物とすれ違いそうになる。

 背が高く、燃えるような赤い髪の色をした青年であり、露出している腹部からは綺麗に割れた腹筋がのぞく。

 何となく声を掛けづらいタイプだ、とオリカはスルーを決め込む。

 そのまま静かに通り過ぎて次の人に当たるつもりだったが、男の方は彼女を見逃してくれなかったらしい。


「おい、おまえ」


 聞こえない振りで立ち去ろうとするオリカだったが、もちろん通用しなかった。


「おまえだよ、短い黒髪の女。王宮で見かけない顔だな」


 後ろから肩までつかまれては逃げられない。

 乱暴に振りほどきたくなるのをぐっと堪え、渋々ながら顔を赤髪の青年へと向けた。


「そりゃそうですよ。昨日やってきたばかりなんで」


 モンドーア様に用事があるのでもう行きますね、と平坦な口調で告げる。

 なのに相手はまったく聞く耳を持っていない。


「へえ、おまえが」


 さも面白いことを見つけたかのように、赤髪の青年は目を輝かせた。


「あれだろ。別の世界から久しぶりに召喚されたっていう、英雄候補の。女王陛下の御前ですげえ力を見せつけたって話じゃねえか」


 もはや訂正する気も起きない。

 いや大枠では間違っていないのだが、オリカからすれば筋書きが違いすぎる。

 男は自信に満ちた笑みを浮かべた。


「おもしれえ。おまえ、おれの女になれよ」


「いや結構です」


 何がどうなればそういう結論に至れるのか、と憤慨せざるを得ない。

 だいたいオリカにはすでにセイゲンという心に決めた相手がいる。これからの長い人生を、彼とともに二人で支え合って歩いていくのだ。

 なのに目の前の男にはまったく話が通じていなかった。

 オリカはいきなり体を押され、赤髪の青年と壁との間に挟まれてしまう。


「何のつもりですか。わたし、急いでいるんですよ」


「うるせえな。そんな生意気ばかり喋る口は塞いじまうぞ?」


 そう言って彼女の顎をくい、と指先で持ち上げてきた。

 あろうことか、そのまま本当に唇を近づけてくる。

 これにはさすがにオリカも我慢の限界だった。

 一切の予告なしに、相手の股座を容赦なく蹴り上げる。


「──────!」


 その場に崩れ落ちた赤髪の青年は、声も出せずに悶絶している。

 よほど痛かったのかもしれないが同情する気は起きない。


「お姉ちゃん、もしものときは金的か目潰しだよ」


 武道を嗜む妹のフブキからはそう教わっている。もっとも彼女は「対ホシヒコ用だから躊躇わずにね」などと口にしていたが。今回は目潰しでなかっただけ、まだ温情といっていいはずだ。

 背中を丸めてうめく男を気にかけることなく、「何だったんだこいつ」と独り言を口にしてからオリカは再び歩きだした。


 次に出会うのはまともな人であってほしい。

 そう願っていたにもかかわらず、突き当たりの三叉路で壁にもたれていたのは、青い髪の眼鏡をかけた優男風の青年であった。

 微妙に格好つけて立っているあたり、嫌な予感がする。

 その予感は残念ながら的中した。


「耳に届いていますよ、君の魔術師としての力」


 オリカが立ち去るよりも早く、青髪の青年は先に口を開く。


「世間ってものはどうしたって才ある者同士を比較したがりますからね。若手宮廷魔術師の中でも有望とされている私と、英雄への道を約束されている君。まあ私としても、興味がないと言えば嘘になってしまう」


 オリカとしては彼の発言の内容よりも、肩にかかるほどの長さであるさらさらの青い髪と、その髪がしきりに揺れるくらいに身振りが大きいことが気になって仕方ない。


「それにしても英雄候補がこんな可憐な方だとは思いませんでしたね。おかげで私の中の興味の対象が揺らいできているのを感じます。君との優劣になのか、もしくは君という人間そのものになのか」


 初めての経験で戸惑うばかりですよ、と青髪の青年が眼鏡の蔓を押し上げる。察するに随分と自己陶酔型であるのは間違いなさそうだ。

 いったいオリカにどういう反応を求めているのか。話している内容が主に彼自身についてなのだから彼女としても返事に困る。


「はあ、そうですか」


 とりあえず気のない相槌を打ち、さすがにこれでは失礼かと少しだけ付け足しておく。


「よくわからないですけど、初めての経験ができているんならよかったんじゃないですかね。今後の成長に繋がりますって」


 頑張ってください、と勢いよく頭を下げてすぐさま方向を変え、大股の急ぎ足でその場を後にする。

 会話が噛み合っていないようにも思えたが、どのみちすぐに途切れるラリーだ。オリカが打ち返し続けていくには少々難度が高い。

 そんなわけなので、後ろから呼び止める声が聞こえてきても無視を決め込む。


 ようやく振り切ったと確信できた頃には、もう自分がいる場所が王宮内のどこなのかを把握できなくなっていた。つまり迷子だ。

 ショッピングモールのように地図を掲示していてくれればいいのだが、ここは王宮。そんなものがあるはずもない。


「うー、セイだったら道なんて一発で覚えるのに」


 頭を乱暴に掻いて途方に暮れる。

 もうこうなれば前進あるのみ、と半ばやけくそ気味に再び歩きだした。

 とはいえ、二度あることは三度あるものだ。またしても前方に行く手を塞ぐ人影があった。先ほどの二人とは異なり、今度は小柄な少年である。


「お姉さん、どうしたのー? ご機嫌斜めみたいだけど」


 オリカと目が合うとすぐ、金髪の少年はやけに人懐っこく距離を詰めてきた。

 この際だ、贅沢は言ってられない。


「この王国の最高相談役……だったっけ? モンドーア様がいる場所に行きたいんだけど、どこかわからなくて」


「執務室だね。じゃあボクが案内してあげる」


 こっちこっち、と彼は満面の笑みで前方を指差している。

 どうやらこれで無事にたどり着けそうだ。ハプニング続きだったオリカが安堵したのも束の間、やはり金髪の少年も一筋縄ではいかない。


「ねーねー、お姉さんの名前は?」


「じゃあオリカちゃん、いつここへ来たの?」


「へー、噂になってた英雄候補の女の人ってオリカちゃんのことなんだー」


「別の世界ってどんなところ?」


「ねーねー、オリカちゃんってば、どんなところー?」


 オリカの周囲をぐるぐると忙しなく回りながら、答えても答えてもひっきりなしに質問を浴びせてくるのだ。あまりに落ち着きがなさすぎる。

 ただそんな彼を醒めた目で眺めていると、次第に別の生き物に見えてこないでもない。そう、犬だ。

 いきなり少年の襟首をつかみ、手元へと引き寄せる。


「わ! ちょっと、何すんの!」


 彼からの抗議には耳を貸さず、オリカはそのまま少年の金髪をぐしゃぐしゃに撫で回しはじめる。心ゆくまで。

 しばらくしてからようやくオリカも我に返った。


「ああ、ごめん。あまりに犬っぽかったので、つい」


 向こうの世界にはそういう生き物がいるのよ、と悪びれずに釈明する。

 少年は髪を手櫛で直しながら「へー、じゃあ格好いい動物ってことだね」と満更でもない様子だ。

 オリカも否定はしなかった。シェパードやボルゾイのような気品ある美しい犬が存在しているのは確かな事実だ。ただし目の前の少年は、どう見ても可愛らしいポメラニアンといったところだろうが。

 散歩に似た道行きがしばらく続き、随分と奥までやってきた。


「はーい、着いたよー」


 重厚な両開きの扉の前で、金髪の少年が無駄にくるりと一回転してみせる。

 もう少し成長すれば王宮内での舞踏会に引っ張りだこだろうな、とオリカも思わず唸るキレの良さだ。

 何はともあれ、ここまできちんと案内してくれた彼には感謝している。


「ありがとうね。モンドーア様にもちゃんと伝えておくよ」


「そんなのいいから、早く中へ入ろ」


 あろうことか、彼はさっさと扉を開けてモンドーアの執務室へと足を踏み入れた。

 女王の最高相談役モンドーアが、身分を問わずどんな人とも気さくに交流する人物であればいいのだが、オリカの目にはそうは映っていない。

 金髪の少年の不用意な行動で怒らせてしまうのをどうにか防ぐべく、オリカも慌てて彼の後を追った。

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