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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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2-2:ささやかな宴、英雄、取引

「何じゃ、酒は呑めんのか」


 つまらんのう、と女王が渋面を作る。

 しかしオリカの目にはえらく上機嫌であるように映った。

 理由は推察できる。おそらく、先ほどの円形舞台での一連の出来事にて、結果的に女王の求める力を披露してしまったからだろう。

 金色の杯に満たされた、赤い果実の飲み物に口をつけてからオリカは言った。


「いえ、美味しくいただいています」


「単に果実を搾っただけじゃがな。ほほ、子供の味覚よのう」


 都へ帰りついた女王は約束通りに小さな宴席を設けた。

 といっても料理はフィンガーフードがせいぜいで、大半は菓子類だった。スイーツが女王の酒のアテなのだという。

 オリカも再び着替えを要求され、今度はワイト王国の正装だという服に身を包んでいる。襟ぐりが大きく開いたドレスのようなその服には、右肩から左の裾にかけて一本だけドレープが入っており、先ほどのトーガもどきと同様にゆったりとした着心地だ。


「その格好、お似合いですよオリカ殿」


 同席しているモンドーアからは如才なく褒め言葉が出てきた。

 彼が女王のお気に入りであることは一目瞭然だったので、「どうも」と軽く頭を下げるだけでやり過ごす。下手に会話を弾ませたりして、女王ににらまれてしまっては何かとややこしい。

 ただしモンドーアはただ追従が得意なだけの人物ではなさそうだ。

 ワイト王国の宮廷魔術師たち、そのトップに君臨しているのが彼なのだという。加えて女王直属の最高相談役なる地位でもあるらしい。


 つまり今、オリカの卓には二人の権力者が顔を揃えている。

 ならばこの宴席は千載一遇の機会だった。

 おそらくこの世界における理は、オリカの知る現実世界のものとは大きく異なっていると考えていい。異世界だ。

 魔法が存在し、どういうわけかオリカにもその才覚が眠っている。

 女王とモンドーアならば、立場上どの人間よりも世界を広く深く知悉しているはず。彼女はそう結論づけたのだ。


「あの」


 さっそくオリカは質問しようと口を開くが、素早くモンドーアが手で制してくる。


「お待ちを、オリカ殿。まずはこちらの話に耳を傾けていただきたい。その上で疑問があればこのモンドーア、何なりとお答えいたしますので」


 微笑とともにそう言われてしまえば、オリカもひとまず引き下がるしかない。

 女王は彼に任せきりの様子でぐいぐいと杯を重ねていた。杯が空になるや否や、控えている女官がさっと酒を注ぐ。見事な手際だ。


「では、我が国を襲っている難事について話をしていきましょう」


 そんな重々しい前置きから始まったので、さぞや複雑な事態なのだろうと身構えていたオリカだったが、状況は意外なほどシンプルな対立構造でしかなかった。

 此方のワイト王国と彼方のラブツーク王国、二つの王国の争いははるか昔にさかのぼる。そしていまだに終わりが見えない。

 境界付近の領土を互いに奪って奪われて、モンドーアによればそんな関係がひたすら続いているのだという。


「現状、ラブツーク王国の攻勢によって我が国は、歴史上かつてないほど後退を余儀なくされております」


「はあ」


「ですのでオリカ殿、何とぞ我が軍の先陣を切っていただき、領土の回復を成し遂げていただきたいのです」


 オリカにしてみればとうてい受け入れられない要求だった。

 貧しいながらも四人のきょうだいと明るく楽しく暮らし、同い年の恋人との早朝お散歩デートを毎週心待ちにしている、ただそれだけの自分に何ができるというのか。

 多少潜在的な力があったところで、戦争に影響を及ぼせるなどとは思わない。何より見ず知らずの人たちと戦いたくない。


「申し訳ありませんが、それは無理です」


 迷うことなく即答だった。

 けれどもその返事にモンドーアが動揺した様子はない。


「オリカ殿、そう逸られますな。まだお伝えすべき話がございます」


 そう言ってゆっくりと杯を口元へ運び、唇を湿らせる。


「あなたが現れたあの地、我々は〈迎えの門〉と呼んでおりまして」


 オリカが目覚めた円形舞台のことを指しているのだろう。

 さらにモンドーアは話の先を続けていく。


「古来より言い伝えのある特別な場所でしてね。手順を踏んで心からの祈りを捧げることで、異なる世界より勇猛な戦士が訪れる。我がワイトの危難を除くために。ゆえに英雄を迎えるための門とされてきたのです」


 これにはオリカも怪訝な表情を浮かべた。


「わたし、勇猛でも戦士でもないですよ。もちろん英雄なんかじゃない。どこにでもいるただの一般人なんですけど」


「ふむ……女王、よろしいですか」


 少し考えこむ素振りを見せ、モンドーアが女王へと視線を向ける。

 彼女は大儀そうに一度だけ首を縦に振った。


「お許しが出ましたので、ご説明いたしましょう」


 モンドーアの昔語りが再び始まった。

 どうやら二十年ちょっと前に、オリカと同様に召喚の儀式によって、〈迎えの門〉からやってきた青年がいたらしい。

 その青年も当初「自分には何の力もない」と謙遜していたが、次第に群を抜く魔力を扱うようになり、ついには救国の英雄と称されるに至った。


「ですのでオリカ殿、何の心配もいりません。あなたの力はすでに目覚めている。必ずやかつての英雄をも凌ぐ功績を打ち立てられることでしょう」


「待ってください」


 モンドーアのペースに乗せられてしまわないよう、とにかく話の流れを止める。


「それならば、今おっしゃられた救国の英雄さんにまたお願いすればいいのではないですか? こんな小娘に頼らずとも──」


「今はもうおらぬ」


 オリカの言葉を遮るように答えたのは、モンドーアではなく女王だった。

 呑み続けていたせいでいくらか酔っているのか、彼女は視線を宙にさ迷わせていた。


「子供でもわかることだ。いない者にはどうすることもできぬ。どれほど凄まじい力を持った者であろうとも、な」


 ここで女王が愉快そうに手を打つ。


「そういえばあの男には一人だけ弟子がおったの。心底不快で、本当に役立たずだった怯懦の魔術師がな」


「まったく仰せの通りでございます。不肖の弟子とはあやつのためにある言葉かと」


 二人の権力者は声を揃えて笑った。

 誰について話していたのかはオリカに知る由もないが、他者をこき下ろす発言は聞いていて気分のいいものではない。

 率直に言って、オリカは苛立ちを覚えた。

 抑えようとしても、彼女の中にさらなる怒りが蓄積していく。

 ここまでの話を聞くに、元をたどればそもそも女王たちの身勝手によって、このような世界へ召喚されたのではないか。きょうだいやセイゲンと引き離されて。

 引き受ける道理などあろうはずがなかった。

 そんなオリカの内心など露知らず、女王はさも当然のように問うてきた。


「やってくれるな?」


「お断りいたします」


 間髪容れずにオリカが切り返す。

 彼女は気づいていた。ここまで女王は一度としてオリカの名を口にしていない。覚えていないのだろうし、覚えるつもりもないはずだ。

 見下していた相手からこのような無礼を働かれた経験がないのか、女王の顔がみるみるうちに紅潮していく。

 立ち上がりながら杯を地面に投げつけ、憤怒の形相で吠えた。


「妾の代で国土を失ったままにせよとでも申すつもりか! 後世にどれだけ誹りを受けると思っている!」


「何とおっしゃられようと、わたしの気持ちは揺るぎません。わたしは帰ります。元いた世界へ、元通りの暮らしへ」


 オリカは一歩も退かない。

 突然にやってきた一触即発の状況に、慌てたのはモンドーアだ。

 急いで二人の間に割って入り、双方をなだめにかかる。


「お怒りごもっとも、ですがどうかお気持ちをを鎮めてくださいませ、女王陛下。オリカ殿も落ち着いていただきたい」


 そして諍いの芽を摘むようにオリカへ視線を向けた。


「短慮はなりません。いいですか、よくお聞きください。オリカ殿が元の世界へ帰る方法についてですが、存在しますぞ」


 先ほどまでの表向き丁寧な態度とはうって変わって、わからず屋の子供へ言い聞かせでもするような口調だ。


「考えてもごらんなさい。異なる世界より英雄を呼び寄せる〈迎えの門〉があるならば、対になる〈送りの門〉もあるのです」


「〈迎えの門〉と、〈送りの門〉……。そうか、そうだよね。二つの世界が繋がっているんだとしたら、一方通行じゃおかしいもんね」


 ようやく見えてきた希望に、オリカは思わず小躍りしそうになる。

「ただし」とすかさずモンドーアが牽制してきた。


「問題なのはその〈送りの門〉の場所です。我がワイト王国の領内ではなくラブツーク王国、それもかなりの奥地にあると聞き及んでおります」


「そんな……」


 遠くに見えていたオアシスが蜃気楼だと知った砂漠の旅人は、今のオリカのような心境なのだろうか。

 狼狽する彼女をモンドーアはどこか満足そうに眺めていた。


「どうです。取引をいたしませんか、オリカ殿」


 口の端をわずかに上げて彼が言う。


「あなたが〈送りの門〉までの地を奪還してくだされば、我がワイト王国も総力を挙げてあなたを帰還させられる方法を探しだしましょう」


 決して悪い話ではないと思いますが、と告げるモンドーアの表情は、この交渉における自身の勝利を確信しているかのようだった。

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