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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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2-1:石舞台、女王、魔術の才能

 古代ギリシャの劇場か、ローマ帝国の円形闘技場か。

 ただしここには観客席が存在せず、石造りである正円の舞台は防ぐ壁もなくいわば野ざらしだ。強いて目を引く点を挙げるならば、そびえ立つ四本の尖塔が外周部分へ均等に配置されていることくらいだろう。


 そんな場所に宙宮織火は寝転がっていた。おまけに全裸という有様で。

 さらに舞台の周囲にはざっと数えて二十を超える人が集まっており、オリカの姿を目にして小さく驚きの声を上げているようだ。

 起き上がりながら彼女は急いで体の前を隠す。焼け石に水かもしれないが、しないよりはマシだ。

 人々には共通点があった。全員が現代日本ではコスプレとして扱われるであろう服装をしており、大真面目な表情を浮かべている。

 袖と裾のひらひらしたローブなど、着ていいのは魔法使いぐらいのはずだ。


 ここは外国なのか、それとも映画の撮影でもしているのか。地元のイベントにしてはさすがに大がかりすぎる。

 とにかく状況が飲み込めず、何が何やらわからない。まず、どうして自分はこのようなところにいるのか。

 だが記憶を手繰ろうとするオリカの思考は中断してしまう。


「そこの娘」


 高飛車な態度で呼ばわってくる女のせいだった。

 彼女は四人の男によって担がれた輿の上で足を組んで座り、見るからに身分の違いを感じさせる佇まいだ。


「そなたには我がワイト王国のため、存分に働いてもらうぞ」


 いっそ潔いほどに「相手の意思などどうでもよい」という態度である。

 女を観察するに、高慢ながら顔立ちは整っていた。ただし化粧が相当に厚そうではある。おそらく年齢はオリカよりかなり上だろう。

 さらにもう一つの気づきがあった。オリカにも女の話す言葉が理解できるのだ。

 この時点で、今いる場所が外国だという可能性は消えたと考えていい。

 ならば映画撮影か、と絞ってみても正直ピンと来ない。撮影用のカメラらしきものは一切見当たらず、そちらの線も薄そうなのだ。


「どうした。さっさと返事をせぬか」


 痺れを切らした女が、先ほどよりも大きな声で圧を掛けてきた。

 そう急かされたところでさっぱり事情がつかめない以上、オリカとしてはうかつに答えられるはずもない。

 だが「お待ちを、女王陛下」と制止する者があった。

 なるほど女王か、だからあんなに偉そうなんだな、と内心で合点だけはいく。

 一人だけ身なりの違う男が女の前に進み出て、恭しく頭を垂れた。


「何ごとにも衣食足りて礼節を知るものでございます。確かに女王陛下からのご下問にも即答できぬような娘でありますが、やはり異邦の民に戸惑いはつきもの。なればこそ慈しみの御心が肝要かと」


「というと?」


「は。まずは娘に清潔な服を。そして宴席を設け、歓待とともに今後のことをゆるりと話し合われるがよいかと」


 進言を終えた男が、流し目のようにしてオリカを見遣る。

 年の頃は女王とオリカの中間くらいであり、赤みがかった明るい茶色の髪を緩やかになびかせ、さらには海外の映画スターのごとき美男ときた。動作がいちいち芝居がかって見えるのも当然か。

 彼の提案自体はとてもありがたいものだったが、その視線には寒気がした。あれは自分の外見を武器だと心得ている人間の目だ。

 そんな男からの献策を受け、女王はことのほか喜んでいた。


「さすがはモンドーア師、そなたの言はいちいちもっともじゃ」


 どうやら彼女もモンドーアなる男の美貌に参っているクチらしい。

 ひとたび女王が命を下せば、オリカへの服の支給は早かった。


「へえ、トーガみたい」


 ドレープの多い布地であり、どうやら染色はされていないようだ。サイズも合っていないように思えるが元々ゆったり身に着ける衣類なのだろう。

 多くは望むまい。ひとまず全裸の状態からは脱したのだから。

 後ほど食事も振る舞ってもらえるなら、その折にいくつか質問をして現状把握に努めよう。

 オリカの中で混乱が収まりかけた矢先、再び無理難題が突きつけられた。


「娘よ。まずそなたの持つ力を見せてもらおう」


 宴席はそれからでも遅くはないわ、と喜色を消した女王が宣告してくる。

 相変わらず意味は理解できない。

 力、と言われても何をどう披露すればいいのか。彼女にできることといえば、料理に接客、洋裁、その程度だ。あと体力にも自信がある。

 けれどもそのような常識はここではお呼びでないらしい。


「早うせい。火柱か? 雷鳴か? この舞台に竜巻でも起こすか? いっそのこと大地を割ってくれても構わんぞ」


 できるはずがないだろ、と叫びたいのをどうにか堪えた。

 そんなものは魔法使いの専売特許だし、オリカはこれまで生きてきた二十一年間で魔法使いであった試しなどない。

 すがるように彼女はモンドーアを見た。先ほども女王の横暴をやんわりと諫めてくれた彼のことだ、今回も上手くとりなしてくれるのではという期待があった。

 なのにモンドーアは素知らぬ顔で言う。


「女王の仰せだ。娘よ、何でもいい。そなたの持つ力の一端を示せ」


「力って言われたって……」


 石でできた舞台の真ん中で途方に暮れる。さすがになす術がない。

 オリカがただ呆然と突っ立っているだけなのが、己の命令を無視されたようで女王には気に入らなかったようだ。


「やる気が出ないとでも申すつもりか? なるほどのう。相わかった、それならばこちらから是が非でも出させてやるわ」


 苛立ちのこもった笑みを浮かべ、女王は人差し指をわずかに前方へと振った。


「やれ」


 その瞬間、舞台の外に控えていた魔法使いもどきの連中の一人が、杖をかざしてオリカ目掛けて火球を放ってくる。

 何もない空中から出現した小さな火球はすぐ目の前あたりに着弾し、舞台上を黒く焦がしてしまう。

 鼻をつく臭いが単なるトリックの類でないことを実証していた。

 本物の魔法使いだ。

 一拍遅れて腰を抜かしたオリカだったが、そんな彼女を女王が冷たく一瞥する。


「今のは威嚇だ。次は当てさせるぞ」


 攻撃を止めてもらうために懇願しようにも、口元が震えて上手く言葉が出てきてくれない。きっと傍からは水槽で餌をねだる金魚のように映っているだろう。

 オリカのそんな姿を女王は「はは」とせせら笑った。


「まだ見せようとせぬか。強情だな。ならば次は当てさせてもらおうぞ」


 今度の合図は指五本、つまり手のひら全体が振られてしまう。

 周りを囲んでいたローブの者たちが一斉に杖を掲げた。まったく同じ流れだ。何もない空中に再び火球が現れ、彼らの手元から放たれる。

 一つ一つの火球は大きくなくとも、四方八方から弧を描いて向かってきてはどこにも逃げ場などない。恐怖にオリカの全身が硬直してしまう。


 このときだった。彼女に記憶が蘇ってきたのは。

 夜──仕事帰り──速度超過の車──物損事故──止まらない──光が迫ってくる──背負っているビルの壁──赤くて熱い──四人の可愛いきょうだいたち──頼りないけど大好きな恋人──。

 それは刹那に訪れた死と別れのイメージだった。あるいは、実際に経験したまぎれもない死だったのだろうか。


 しかし今、オリカはちゃんと生きてここにいる。

 髪の毛から爪先、皮膚や細胞に至るまで、彼女の全存在が死を拒絶していた。

 ここがどこであろうとそんなのは些末なこと。たった一つ大切なのは、生きて生きて生きてみんなの元に帰る。ただそれだけ。


 そう吹っ切れた途端、オリカに力が漲ってくる。

 腕を振れば突風を巻き起こしてすべての炎をかき消し、もう片方の腕を振り上げるとたちまち風の刃となり、尖塔の一つへ斬りかかっていった。

 意匠を凝らした尖塔の上部はあっさりと切断され、宙を舞う。

 そのまま逆さに落下して舞台へと突き刺さったことにより、大量の石埃がもうもうと立ち込めた。

 自分のせいとはいえ、鼻がむず痒くなったオリカは「くしゅん」と何度も続けてくしゃみをしてしまう。


 鼻をすすりながら、ふとミコのことを想う。

 寝ているときに掛け布団をはいでいないか、お腹を出してはいないか。日々蒸し暑くなってきてはいるが、まだ夜はさほどでもない。

 どうやら自分はすぐに帰ってあげられる場所にはいないらしい。

 まだ小さな末っ子がきちんと眠れているかどうか、気がかりで仕方がなかった。

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