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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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1-3:葬列、荒れ寺、祈りの舞踏

 真夜中の小さな葬列である。

 剛力で鳴らすハルクが「おれ一人で担いで行けますから」と主張していたが、オリカとの別れが辛すぎて、誰も棺から手を放そうとしなかった。

 結局棺の前方をハルクが後ろ手に持ち、反対側をセイゲンが支えた。

 さらには左にフブキ、右にキョウスケとミコといった具合に。まだ小学生のミコも必死についてきている。

 向かっている先は轟音寺という寺だった。


「お寺には当てがあるから、そこにお世話になろう」


 そんなフブキの提案によるものだ。

 彼女からセイゲンへ「それで構わないか」と申し訳程度の確認があったが、何の選択肢も持ち合わせていない彼にはただ同意するしかできない。

 ハルクお手製の棺へオリカを移し、警察から多めに保冷剤も分けてもらって遺体が腐敗してしまわないように冷やす。


 道中、宙宮家の四きょうだいもセイゲンも、誰もが無言で歩いていた。

 深夜とあってほとんど人影はなかったものの、たまにすれ違った人には随分と驚かれてしまった。オリカがいればさぞ面白がっただろうにな、とついセイゲンは考えてしまう。そんな他愛ないことでさえもはや叶わぬ夢なのに。

 二時間歩き続けて、民家と苗がやや生長した田んぼとが入り混じりだした。街灯がまばらでも苗だとわかるくらいには、もうすっかり目が夜に慣れてきたらしい。

 ある畦道に差し掛かったとき、フブキが指示を出す。


「細い道だけど、そこを入っていって」


 久しぶりに聞く気がする人の声だ。

「おう」とハルクが短く応じ、さらに付け加えた。


「さすがにこの先はおれだけで運ぶわ。みんな、田んぼに落ちるなよ」


 言い終わるなりひょいと棺を担ぎ上げ、頭上でぴたりと止める。

 確かに畦道とあって幅は細く、人が一人通るのがやっとだ。

 一列に並び直した五人は再び無言になって進んでいく。

 いくつもの田んぼを越え、二度ほど折れ曲がり、さらに進んだ先に目指す轟音寺の門がようやく見えてきた。

 ただし門前には人影がある。

 袈裟を肩から掛けた衣に身を包んでいるあたり、この轟音寺の住職なのだろう。


「お待ちしておりましたよ」


 意外にもまだ年若そうな声をした彼が柔らかな笑みを浮かべているのは、闇夜の中で目を凝らさなくても雰囲気だけで伝わってきた。

 先頭になったフブキが一行を代表して訊ねる。


「もしかしてご住職、ずっとここで待たれていたのですか?」


「まさか。古ぼけていますがこの寺は千客万来ですからね。その中のお一方に、あなたたちがおいでになったと伝えてもらい、出迎えに上がっただけのこと」


 さあ中へ、と住職が手を広げて促してきた。

 遺体を納めた棺ともども本堂へ、とのことだ。

 案内される際に、少し気になったことをセイゲンも質問してみた。


「先ほど仰っていたそのお客様はまだいらっしゃるのですか」


「いるとも言えますし、いないとも言えます」


 返ってきたのは、煙に巻くような住職の答えだった。まるで禅問答だ。

 明かりは寺らしく行燈である。千客万来の寺だとの説明にはそぐわず、本堂の内部はかなり荒れていた。

 あちこちへ無造作に置かれてあるバケツは「梅雨時ですし雨漏り対策ですよ」とのことであり、目にした障子の八割は紙が破れている。めくれ上がった床の木材さえそのまま放置されているようだ。


「さ、仏壇に近いところへお棺をどうぞ」


 住職の言葉に従い、疲れた素振りもなくハルクが棺を静かに下ろす。

 感情的にならず常に自らを律した振る舞いは、とても中学三年生の態度だとは思えない。それでも一瞬、オリカの眠る棺から離れがたそうな表情を見せた。

 軽く頷いて住職が言う。


「では皆さんはお好きなところに。宙宮織火さんのご冥福を祈り、お経を上げさせていただきますので」


 夜更けだというのにきちんと法衣に身を包んでいたのは、どうやらオリカを弔うためだったらしい。その細やかな心遣いがセイゲンの弱った心に沁みた。

 寺の本尊を祀ってある祭壇に正対し、住職は朗々とお経を読み上げ始める。宙宮家の四きょうだいとセイゲンも、住職の後ろで一列に並んで座り、それぞれがオリカの思い出と向き合いながら冥福を祈るべく神妙な顔をしていた。


 一定のリズムと深みのある声。住職の読経によって、ただの荒れ寺にしか思えなかった本堂が、静謐な空気をたたえた一種の聖域と化す。天国なのか極楽浄土か、いずこであれ現世を離れたオリカはここから旅立っていく。

 あまりに早すぎる死であり、心残りだって多いはずだ。そんな彼女の行く先が、暗く何も見えないような寂しい場所であっていいものか。いいわけないだろう。

 死ねば人はみな土に還るだけ、というしたり顔の論調にセイゲンが与することは金輪際ない。


「──オリカ姉さんに観てもらわなきゃ」


 右隣にいたキョウスケがそんなことを呟いた。

 いきなり立ち上がった彼は仏壇に背を向け、靴下を無造作に脱ぎ捨てる。

 さらにそのまま縁側からも飛びだしていく。


 本堂の外にあるのは有名な寺社仏閣のように計算され尽くした庭などではなく、剥き出しの土と雑草とで構成されているだけの空間だ。

 だがそんなことはお構いなしに、裸足になったキョウスケは軽やかに踊りだす。

 指先まで神経を張り巡らせ、自身の肉体を即興で読経の音とリズムに乗せていく。

 闇夜の中で複雑なステップを刻みながらも体幹は崩れない。優雅さと激しさが同居し、片側だけのサイドテールが気持ちよく揺れて軌跡を描く。

 神々へ捧げる古の舞踏のごとき、鎮魂の舞だった。

 美しすぎて現実感がなく、形容する言葉をセイゲンは持ち合わせていない。


「うわあああああ!」


 突然にフブキが慟哭する。

 両手を顔で覆い、そのまま床へと突っ伏した。

 ここまで必死に涙を見せまいとして、残された四きょうだいの最年長として精いっぱい振る舞ってきた彼女の、最後の壁が崩れてしまったのだ。

 住職による読経はまだ続いている。キョウスケの舞踏も。

 末っ子のミコと手を繋いでいるハルクは、縁側へ出て空を見上げていた。夜明けにはまだ遠く、闇はいっそう深い。

 オリカという太陽を失った今、本当に朝日が昇って世界を光で満たしてくれるのかどうか、セイゲンはどうしても確信が持てないでいた。


     ◇


「いつまで寝てるつもりだ」


 太腿に蹴りを入れられて目が覚めた。

 ぼんやりとした頭のままでセイゲンが周囲を確認すると、ハルクにキョウスケ、それに蹴ってきたフブキの姿が見える。

 どうやらここは轟音寺であり、本堂の中でそのまま眠ってしまったようだ。朝でも夜でも、本堂の至る所が荒れている事実に変わりはない。なぜか隅にはバックギャモンがぽつんと置かれており、陽光が差し込んできているせいでより目立つ。


 結局いつも通りに朝は訪れていた。

 とりもなおさず、それはオリカの死が夢ではなく現実であることを意味した。

 口には出さずとも密かに落胆したセイゲンだったが、フブキの頬に涙の跡が残っているのを不意に目にして、慌てて視線を逸らす。


「ぼうっとしてるだけなら帰ってくれて構わないんだからな」


 相変わらず彼女の言葉はきついものの、それは今にかぎった話ではない。

 これでもオリカと付き合いだした当初よりは随分と軟化しているくらいだ。きょうだいたちを想うがゆえに、外部の人間であるセイゲンへは当たりが厳しい。


「おはよう。すぐに何でも手伝うよ」


 そう応じると、キョウスケやハルクからもすぐ挨拶が返ってきた。


「おはようセイくん。ほんと、ひどい朝だね」


「うっす。朝からさっそく住職さんがいろいろ動いてくれているっす」


 一人だけ返事のなかった末っ子のミコは、まだタオルケットを掛けられて眠っているようだった。

 しかし彼女もむくりと起き上がり、まだ寝ぼけているのか、じっと自分の小さな手を見つめている。


「あ、ごめん。ミコはもうちょっと寝てていいんだからね?」


 フブキが優しく声を掛ける。

 だがミコは心ここにあらずといった表情を浮かべ、ぽつりと呟いた。


「ミコね、オリカちゃんの夢を見た」


 瞬きを何度か繰り返し、小さな末っ子が先を続ける。


「どこか遠くの、知らない場所でオリカちゃんがすごく頑張ってる夢。一緒に帰ろうって言って、手を繋ごうとしたけどそこで目が覚めちゃった」


 そう言ってミコはまた自分の手をじっと見つめたままだった。

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