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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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6-3:弟子選び、アマリリス、最後の日

 ダダイが英雄ゴンドの弟子であったのは、約二年のわずかな期間だけだ。

 ただしその時間は、英雄ゴンドの人生における最後の貴重な二年間でもあった。


「おい、聞いたか? あの英雄ゴンドがついに弟子をとるらしいぞ」


「なりてえけどなあ。でもモンドーアかダダイ、あの二人のどちらかだろ」


 ワイト王国の魔術訓練所がそんな話題で持ちきりになるほど、ゴンドの弟子探しは注目を集めていた。

 歴史ある魔術訓練所でもとびきりの才能だと評価されている二人、モンドーアとダダイ。彼らは近い将来、必ずワイト王国の未来を背負って立つと称されていた。

 しかし問題もある。あまりに二人の反りが合わないのだ。

 貴族の子弟であるモンドーアに、貧民窟から這い上がってきたダダイ。育ちの違いもさることながら、鮮明に立場を異にしていたのが魔術そのものの扱いである。

 魔術は国に帰属するとし、厳密な管理が必要だとするモンドーアに対し、ダダイは「個人で好きなように使えばいい」という考え方だった。

 どこまでも違う二人は事あるごとに衝突し、いつぞやは血みどろの殴り合いにまで発展したことさえある。

 そんな彼らの対立関係に、ある意味で終止符が打たれたのは、まさに英雄ゴンドの弟子選びによってであった。


「宮廷に仕官する者だけでなく、魔術の道を志す者はすべて集合せよ」


 ワイト王国内の魔術師たちが一堂に会したのは、王城前の大広場だ。

 腕に覚えありと自負する者、とりあえずお祭り騒ぎに乗りたいだけの者、立身出世の好機だと手ぐすね引く者、それぞれで押し合いへし合いとなり広場には立錐の余地もない。

 もちろんその中にはダダイもいた。どこにいるのかはわからなかったが、きっとモンドーアも同様だろう。

 ただしダダイがやってきたのは、ゴンドの弟子になりたいからではなかった。実際に英雄を自分の目で確かめて、力の程を測ってやろうと考えたからだ。


「英雄様、英雄様って大袈裟に囃し立てやがって。ゴンドがどれほどのもんだよ。どうせ噂が独り歩きしてるんだろうさ」


 不遜の誹りを免れないだろうが、それほどまでにダダイは己の実力に自信を持っていた。年長の魔術師たちに劣っているのは宮廷での立場だけだ、と。


「皆の衆、静まれぇい」


 一拍置いて、王城のバルコニーから姿を現したのはメルガン王女のみである。

 彼女の父、つまり国王は重い病に臥せっていると聞く。なので一人娘のメルガンが代理を務めるのは理解できるが、本来いるべきはずの主役が不在ではないか。

 メルガン王女の夫、英雄ゴンドがいないのだ。

 だかダダイの疑問を置き去りにして、メルガン王女の演説が始まった。


「皆もすでに聞いておる通り、我が夫ゴンドが弟子を迎え入れる決断を下した。この意味するところはわかるな? 救世の英雄が、次代の英雄を求めているのだ」


 ここで彼女が言葉を切ると、途端に大歓声が上がった。

 どうやら盛り上げ役を相当数仕込んでいるみたいだな、とダダイは当たりをつける。用意周到なのは今回の弟子探しを成功させたいからか、それとも。

 いずれにせよ、王亡き後の継承候補としてメルガンの名も挙がるのだろう。

 冷静というよりも醒めた目で熱狂を眺めていたダダイだったが、そんな彼の両肩にいきなり手が置かれた。


「おいおい、もうちょっとくらいやる気を見せてほしいんだけどな」


 手の主は一切気配を感じさせず、いつの間にかダダイの後ろをとっていた。にもかかわらず圧力は凄まじい。

 弾かれたようにダダイが振り向く。


「どうして、ここに」


 驚きのあまり声が上擦ってしまったが、無理もない。そこにいたのはまさかの英雄ゴンドだったからだ。

 ダダイは目の前にいる男を無遠慮に見つめた。

 はっきり言って、どこにでもいそうな容貌だ。黒髪、やせ型、背もそれほど高くなく、目つきはややきつい。

 そんな英雄ゴンドがダダイの鼻あたりを指差してくる。


「でもまあ、決めたよ」


「決めたって、何をですか」


「はあ? おまえ、おれの弟子になるためにこの場にやってきたんだろうが」


 違う、とは口にできなかった。

 あの英雄ゴンドが自分に目を留めてくれたのだ、という喜びが全身を駆け巡り、いまだ味わったことのない感動に打ち震えていた。

 斜に構えていた先刻の自分が見れば、あまりの手のひらの返しように「恥ずかしいやつめ」と罵るかもしれない。

 だが直に肌で体感し、理解したのだ。英雄ゴンドは本物だと。

 広場内はいきなりの決着にざわめいているが、異議を申し立てる者は出てこなかった。それはそうだろう。ゴンド自らの裁定に横から口出しして、かえって痛めつけられてしまってはたまったものではない。

 以前から宮廷内ではまことしやかに囁かれていた。かつての英雄ゴンドはもはやなく、今いるのは傲慢極まりない暴君ゴンドであると。

 もちろん、王国内で誰よりもダダイを認めていないであろうモンドーアからも、選出に対する直接的な抗議はなかったようだ。


 この日からダダイの生活は一変する。

 英雄ゴンドとの日々は、そのほとんどが旅暮らしであった。

 メルガン王女との結婚生活などまるで顧みる様子もなく、宮廷に戻る機会はほとんどなかった。夫婦の関係は実質的に破綻しているも同然だったのだろう。

 ただし二人には娘がいた。名をアマリリスといい、付けたのはゴンドだという。

 ゴンドとアマリリスの父娘に、新たに弟子となったダダイが加わり、長い時間を三人一緒に過ごしていたのだが。


「勘違いしないでよ。パパの魔術を受け継いでいくのは私なんだから」


 とにかくアマリリスはダダイへの当たりがきつく、事あるごとに弟子としての優劣をはっきりさせてくる。

 実際、同年代ながら彼女の実力はダダイの想定をはるかに超えていた。どんな系統の魔術であっても非の打ちどころがなく、万能の言葉を地でいく。仮にダダイとモンドーアが手を組んだところで、おそらくアマリリス一人に太刀打ちできまい。

 かつてのダダイであればきっと屈辱に感じただろう。けれども心境の変化した今の彼にとっては爽快でさえあった。想像以上に世界は広かったんだな、と素直に受け入れられる。

 いつしかダダイの扱いは、ゴンドではなく娘のアマリリスの弟子のようになっていった。


「よう、やってるか?」


 あるとき二人が魔術の訓練をしていると、ちょうど休憩にしようかというタイミングでゴンドが顔を出す。

 こういう場合の彼はだいたい、少し離れたところで草花の絵を描いている。聞けばアマリリスという彼女の名前も、ゴンドが知る花を由来とするらしい。

 暴君と陰口を叩かれている男の趣味とは思えないが、そもそも宮廷の人間は彼の実像などに興味もないのだろう。


「どうだ、ダダイ。アマリリスには追いつけそうか?」


「そんなの無理無理、絶対無理ぃ!」


 訊ねられているのはダダイなのに、アマリリスが口を尖らせて答えた。

 いつも通りの彼女だ。苦笑いを浮かべてダダイも返事をする。


「まだまだ時間がかかりそうです。でも師匠、いつか追い抜いてみせますから」


「は? 無理だって言ってんでしょ、このアンポンタン」


 目を剥いてアマリリスが怒りだした。

 一方のダダイは「暴力反対」と早々に両手を上げている。

 そんな若い二人の様子をしばらく黙って眺めていたゴンドだったが、後々までずっと印象に残るほど穏やかな顔つきをしていた。


「仲よくなったなあ、おまえたち」


「そう見えますか」


「ちょっとパパ、どこに目がついてるのよ。ボンクラねボンクラ」


 あんなに騒がしく、楽しい日々はもう二度と訪れないのだ。

 ダダイが弟子になっておよそ二年、ついにそのときがやってくる。


「怪物の討伐依頼が来た。今度は……西方の火山地帯か」


 依頼の文をゴンドが読み上げていた。

 この手の話はさほど珍しくない。ワイト王国とラブツーク王国の領土以外はすべて未開の地であり、地図さえないほどだ。

 そんな土地からは時折、恐ろしい怪物が現れる。

 今回は火をまとった四足歩行の巨大な獣だという。


「おれも得意な魔術は炎系だから、相性がよくないなあ」


 ぼやきながらも、ゴンドは断ったりはしない。

 ワイト王国であれラブツーク王国であれ、中央から遠く離れた辺境の村の状況など似たようなものだ。未開地域から襲来する怪物に対して、とれる対策は「逃げる」、ただそれだけである。軍がわざわざ討伐隊を組んだりはしない。

 だからこそゴンドが出向くのだ。まさしく英雄として。

 現地へと迅速に移動し、被害状況を聞きつつゴンド父子とダダイは対策を練る。


「ちょっとおれ一人で相手にするのは厳しいかもしれん。だからアマリリス、サポートを頼めるか」


「任せてパパ!」


 アマリリスの気合の入り方は目を見張るものがあった。

 通常であればゴンドが一騎打ちを挑むのだが、相性を踏まえての判断だ。万能の彼女なら見事に補佐を務めるだろう。


「ダダイは村人たちを守ってくれ。誰一人死なせるんじゃねえぞ?」


「もちろんですよ、師匠。後ろは任せて思いっきりやってきてください」


 炎の獣はこれまでにない強敵だった。

 獣が流した血は溶岩となり、木々を焼き尽くしながら近隣の村へと襲いかかる。

 ダダイも必死に何重もの防壁を拵え、ゴンドとの約束を守った。

 そして一昼夜に及ぶ死闘の末、ゴンドはアマリリスとともに炎の獣の討伐に成功する。ただしいつにない深手を負って。

 寄り添って心配しているアマリリスも疲労困憊だ。もちろんダダイだって体力も魔力もすっからかんである。

 そんなとき、安全が確保されたと聞きつけた領主から招待を受けた。

 いつもなら歯牙にもかけないが、現在の状況ではそう強がってもいられない。


「ありがたい。お受けする」


 さすがのゴンドも応じるより他なかった。

 ここが運命の分かれ道であったのだと、すべてが終わってからダダイは気づく。

 小さな城だった。客と食事をするための応接間も手狭であり、かえって主人との距離を縮めて親密に感じさせるほどだ。

 給仕も畏まっておらず気さくで、ダダイとしてはむしろ居心地がよかった。

 食事の終盤で毒を盛られたと判明するまでは。

 体力回復のため、肉料理にかぶりついたゴンドがいきなり苦悶の表情で喉をかきむしりだしたのだ。

 さらに間髪容れず、先ほどまで朗らかだった給仕によって、ゴンドは背中側から深々と刺されてしまう。場所は心臓のあたり。どこに隠し持っていたのか、給仕の手には肉を解体する際の長いナイフが握られていた。


「おまえ……何をしているっ!」


 甲高い叫び声とともに、給仕の首が宙を舞った。

 アマリリスの仕業だ。

 まだ肉料理を口にしていなかった彼女は卓上へ飛び乗り、白いクロスを踏みにじりながら、ゴンドとダダイ以外の全員を一呼吸の間に始末する。領主を筆頭に全員の首と胴が切断されたのだ。

 ダダイには何もできなかった。食べる寸前で異変が起こったため、毒に侵されたわけでもない。にもかかわらず、ただ呆然としていた。


「あれほど強かったパパも、これで終わりみたいね」


 父であるゴンドを卓上から見下ろしつつ、アマリリスが冷たく言い放つ。

 全身に回っている毒に加え、心臓への致命傷とあっては、さすがにゴンドといえどどうしようもない。

 虚ろな目は娘も弟子も認識できておらず、次第に濁りを増していく。

 英雄ゴンドのあまりにもあっけなく、惨めな死。

 理解が追いつかず思考のまとまらないダダイをよそに、アマリリスはすでに父親との別れを心の中で済ませたようだった。


「さよなら、パパ。好きだったよ」


 吹っ切れた表情を見せた彼女が、ようやくダダイと目を合わせる。


「じゃあねダダイ、私は行く。ここじゃない世界へ」


 異世界へ繋がる二つの道、〈迎えの門〉と〈送りの門〉。

 かつて英雄ゴンドも通ってきたわけだが、結局帰還は叶わなかったと本人から聞かされている。〈送りの門〉は機能不全なのだ。

 いかに万能のアマリリスとはいえ、ゴンドに成し遂げられなかったことを可能にできるとまでは思えない。

 けれども彼女の意志は固く、揺るぎそうになかった。


「こんな世界、ぶっ壊れるまで暴れ回っても構わないけど、もはやそこまでの興味もないのよね。つまらなさすぎて。だったら私はパパが生きていた別の世界を体験してみたいのよ」


「待ってくれ、アマリリス! 待ってくれ!」


「待たない」


 言葉で突き放されてもダダイはあきらめず、アマリリスの腰にすがりついた。


「おれは君がいてくれないとダメなんだ、行かないでくれ、傍にいてくれ」


「くどい。私のこと、忘却させちゃうよ?」


 ダダイが最も恐れている魔術だった。

 アマリリスのことを忘れて、その後の人生を生きている自分なんて想像もできないし、するつもりもない。

 だが恐れるあまり、ダダイは彼女の腰から手を放してしまった。その瞬間にアマリリスが彼の顔を足蹴にする。


「さよなら、ダダイ。あなたのこともわりと好きだったよ」


 またしても判断を間違えたダダイへ、アマリリスが最後の微笑みを向けた。

 別れの挨拶が耳の中で残響し、彼の意識も次第に遠のいていく。

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