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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾
第1章

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5-4:魂、忘却、お誘い

 こいつが、とセイゲンは思った。

 突如として場に現れたこの女こそが、先ほどからの話題の主である佐原桐子。

 実際に会ってみなければわからないことは確かにある。

 蓮川結による述懐の中でも、特にいじめグループの六人が変死した場面に関しては、当時の彼女の正気を疑っていた。

 だが今なら理解できなくはない。佐原桐子がまとっている雰囲気はどこか異様であり、浮世離れしているようでもあった。

 なぜかどこかで会っている気がしたが、そんなはずはないだろう。セイゲンの記憶力ならばきちんと覚えているはずだからだ。

 蓮川結はかつての親友に微笑みかけている。


「その制服には、いい思い出が一つもないの。でもキリコが着ているのを見ると、案外悪くないような気がしてくるから不思議だな」


 そして佐原桐子へ向かって両手を伸ばした。


「キリコの手にかかって死ねるなら、それがいちばんいい」


 しかしセーラー服を着た女子高生にしか見えない佐原桐子は、あくまで冷徹な態度を崩そうとしなかった。


「まぁだそんな世迷い言を。キリコキリコって、馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし。ねえカレン、あんたにはきちんと説明もしたよね?」


 宙宮カレン、それは蓮川結の現在の偽名だ。

 オリカたち宙宮家の母親として、ずっと使ってきた名前でもある。


「外面はあんたの知っている佐原桐子でも、中に宿っている魂はもう別物。そう、つまり今の『私』ってわけ。だから佐原桐子だった魂もすでに消滅して──」


「いるよ」


 セイゲンたち年長者がみんな気圧されていたこの場面で、ただ一人反論する声を上げたのは幼いミコだった。

 彼女は再び「魂はまだいるよ」と告げる。


「ここにはお母さんを大事に護っている魂がずっと住み着いていたの。お母さんが戻ってきてからも、せめて安らげる場所であるようにって頑張ってた」


 蓮川結の話を最後まで聞いても、引っかかる部分はまだ残っていた。

 隠れ住むためとはいえ、なぜ生きる気力に乏しい彼女が、わざわざ他のテナントを追いだすような工作をやったのだろうかと。原因は別にあったのだ。

 ようやく一連の現象について腑に落ちたセイゲンだったが、その点についてはフブキも同様だったらしい。


「そうか! 例の怪現象ってやつはそっちの仕業だったんだな」


 姉の言葉に、ミコは「うん」と頷く。

 最初にこのビルへ入ろうとした際、彼女が口にしたのは「悪い魂はいない」であった。裏を返せば、いい魂は存在していたってことになる。


「ここにいるの……? わたしの友達だった、本物のキリコが……?」


 おずおずとではあるが、蓮川結もミコに訊ねた。

 だが答えたのはミコではなく、佐原桐子である。


「へえ。本当に漂っているね。羽虫みたいに鬱陶しい、残りカスみたいな魂がさ」


 そう口にするなり、指で音を鳴らした。

 何が起こったのかセイゲンにはまったくわからない。

 ただ、ミコの顔が今にも泣きそうに歪んだことで状況を察した。


「もしかして、消えてしまったのか」


「イエース」


 またしても佐原桐子が応じたが、今度はやけに上機嫌だ。


「桐子の魂はこれで永遠に消滅した。『私』が殺した、あの六人の魂と同じにね」


 これ以上はない断言だった。

 ほんのわずかに見えた希望が一瞬にして霧散し、蓮川結が半狂乱と化す。


「うわあああ、ああ、ああああ!」


 髪を振り乱し、唾を飛ばしながら佐原桐子へ襲いかかろうとする。

 けれどもそんな彼女を、後ろからハルクががっちりと抑え込んだ。

 さすがに蓮川結がどれほど暴れても、ハルクの怪力の前では無意味である。

 まさに修羅場の空気だった。にもかかわらず佐原桐子は意に介していない。


「何だかこっちが悪いみたいな扱いになってない? いい? これは交換条件だったの。桐子は自殺しようとしていた。捨てるくらいなら『私』は彼女の体を欲しかった。そのときに桐子から持ち出したのよ、条件を」


「その条件って、何だったんですか」


 ここはセイゲンが代表して問う。

 佐原桐子は首を斬るジェスチュアとともに答えた。


「殺したいくらいに憎いやつらがいる。でも自分なんかにそんな大それたことはできない。だから代わりにやってくれれば、あなたに体をあげるってね」


 これにて交渉成立ぅ、とおどけながら続ける。


「『私』はあの六人を殺し、きっちり約束を果たしたんだもの。だから桐子の魂が消滅したところで、別に騒ぐほどのことじゃない。だって本来はもっと昔に消えているはずだったんだから」


「意味がわからない。佐原桐子は、もはや佐原桐子じゃないって……?」


 だったら喋っているおまえは誰なんだよ、とキョウスケが噛みついた。

 しかし佐原桐子はまともに取り合おうとしない。


「キョウスケってばせっかちさんだね。そういえばあなただけ、予定日より少しだけ早く生まれてきたっけ。変わらないなあ」


「今さら母親ヅラしてんじゃねえ!」


 激高されても、ころころ笑っていなすばかりだ。


「ふふ、反抗期ってやつなのかな? 子育てって難しいのね」


 それっきり彼への興味をなくしたように、佐原桐子は視線をミコへと向ける。

 びくっと体を震わせた末っ子に構わず、両手を大きく広げて話しかけた。


「それにしても素晴らしい資質じゃない、ミコ。感心したよ。その霊感の冴え、間違いなく父親譲りだね」


「待ってくれ! あんた、この子の父親の話をするつもりなのか……?」


 蓮川結を拘束した体勢のまま、ハルクが困惑気味に問いかける。ミコへの衝撃を気遣った、兄としての矜持がうかがえる態度だ。

 答えは間を置かずに返ってきた。


「すでに会ってるはずだよ。轟音寺の住職、真昊(まこう)。彼がミコの父親だから」


「まさか」


 思わず声を上げてしまったセイゲンを、佐原桐子が聞きとがめた。


「納得いかないって顔だね」


「いや、だって。それはおかしいでしょう。そんな素振りは微塵もありませんでしたよ? あのご住職は人格者とお見受けしましたし、知った上でこちらを騙しているとも思えません」


「そりゃ『私』との仲を、魔術を使ってすべて忘れさせたんだからね。覚えてなくて当然でしょ。欲しかったのは子種であって父親その人じゃないもの」


 ここまでくればもうセイゲンも言葉を失う。

 自分に関わった人間の記憶を消していけるのであれば、目の前にいる「佐原桐子の形をした得体の知れない何か」が捕まることなどないではないか。

 そんな彼女がまたおしゃべりの対象を変えた。


「どうやらフブキには察しがついていたみたい。手掛かりなんてほとんどなかったでしょうに、よく真昊にまでたどり着けたね。やるじゃない、褒めてあげる」


「さっきキョウも言っただろ。母親ヅラしてんじゃねえよ、クソ女」


 苛立ちを隠そうともせず、フブキは吐き捨てる。


「だいたい何でそんなに若く見えるんだよ。おかしいだろうが。あたしらと同年代の外見だなんて、薄気味悪いったらありゃしない」


「えー、アンチエイジングの努力だと思ってほしいな」


「その口は戯言しか吐かねえのかよ。はん、話し合いはもう終わりだな」


 じりっ、と彼女が一歩前に出た。

 それを見たハルクはセイゲンたちへ声を掛けてくる。


「セイさん、キョウスケ。この人とミコをお願いしたい」


 もはや暴れる気力も失われたかのように、蓮川結はぐったりしていた。

 そんな彼女の腕を引き取りながらセイゲンが言った。


「ハルクくんはどうするの」


「加勢しますよ、ユキ姉に」


 怪力無双の彼らしい言葉ではある。

 けれども佐原桐子に通用するかとなると、非常に心許ない。

 一触即発の空気の中、セイゲンはミコへ「ぼくの後ろにおいで」と招き寄せた。

 背中の小さなリュックサックから、いつの間にか柴犬のぬいぐるみを取り出していた彼女は、胸のあたりですがりつくように抱きかかえている。

 その瞬間、ようやくセイは思い出した。

 オリカが死んだあの夜、大学のメンバーと訪れていたカラオケボックスで、目の前にいるセーラー服姿の少女と出会っていたことを。


「君、あのときの」


 どうして今まで忘れていたのか。

 まさしく佐原桐子言うところの魔術の仕業だった、と考えるしかなさそうだ。

 世界は広い。非現実的なるフレーズなど、所詮は「自分たちがまだ現実だと認識できていない出来事」にあてはめているだけなのかもしれない。

 愕然としているセイゲンを目にした佐原桐子は、うれしそうに声を弾ませた。


「お、自力で記憶を取り戻したの? これまた大したものだねえ」


 にこにこしていると本物の女子高生のように思えてくる。


「あのときはさ、オリカの恋人をちょっとばかし審査してやろうと思ってね。しょうもないやつだったら殺すつもりだったんだけど」


 平然と物騒な内容を口にしているが、彼女には充分それが可能なのだろう。


「そうだなあ、若いツバメってのもいいかもしれない。どう、セイゲンくん。『私』のものになってみないかい?」


「ふざけるな!」


 誰よりも早く声を荒げたのはハルクだった。

 全身から怒気を発散させ、今にも飛びかからんばかりの猛々しさだ。


「セイさんはな、オリカ姉の恋人なんだよ! あんたなんかに渡せるものか!」


「えー。でもさ、オリカはもう死んじゃったわけだし?」


「黙れ!」


 ハンマーのごとき握り拳を構え、すでにハルクは臨戦態勢である。

 それでも佐原桐子に動じた様子は見られない。

 むしろハルクやフブキの武闘派組へは、正面から取り合うつもりもなさそうだ。


「今度デートしよう、セイゲンくん」


 あからさまにハルクたちを無視し、片目を瞑ってみせた。


「ね、いつなら予定が空いてる?」


「受けるわけないでしょう、そんなお誘い」


 ゼロ回答で応じたセイゲンだったが、佐原桐子はそれも織り込み済みのようだ。


「じゃあ、これならどうかな。実はオリカがまだ完全な死を迎えていない可能性について、二人でじっくりお話するの」


「え」


「いろいろと話ができると思うんだけどなあ。君が知らない世界のこととかね」


 それってどういう、とセイゲンが言いかけたところで、佐原桐子は唇に人差し指を当てた。この場でそれ以上の情報開示をするつもりはないらしい。


「デートに付き合ってくれなければそれっきり。どう?」


 セイゲンにとって断れるはずのない選択だった。

 何でもいい、ほんの少しでもオリカを救える道があるのであれば、躊躇うことなく突き進んでいくだけだ。

 たとえそれがどれほど危険な相手からの誘いであろうとも。

 セイゲンは一度だけ頷き、承諾の意を伝える。

 そして「最後にこれだけは教えてほしい」と彼女に問うた。


「いったいあなたは何者なんだ、かつて佐原桐子だった人」


「焦らないの。その答えも次会ったときに」


 佐原桐子の形をした得体の知れない何か、は自身については始終はぐらかすばかりで、結局何も答えようとしなかった。

 だが呼び名だけは気に入らなかったらしい。


「『私』のことはさ、アリスって呼んでよ。宙宮アリス」


 アリス、それはもしかしたら世界で最も有名かもしれない、異なる世界へ迷い込んだ少女の名前。彼女は臆面もなく自らをそう名乗った。

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