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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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1-1:カラオケ、クレーンゲーム、ぬいぐるみ

 流行の曲が容赦なく耳に押し寄せてくる。

 生まれて初めてやってきたカラオケ店なるものは、こんなにも賑やかで眩しいのかと内心驚きながら、九慈星彦(せいげん)はよろよろと隅へ逃れていく。

 ゼミの二次会だった。今年度から始まっているゼミの先輩から、懇親会という名目で居酒屋へと連れだされ、今は順番待ちのカラオケ店で手持ち無沙汰な時間を過ごす羽目になっていた。


「そういうのはちゃんと参加しておいた方がいいよ」


 恋人として付き合っているオリカの忠告に従って参加はしてみたものの、場違い感は拭えない。

 やってきた店内の隅にはクレーンゲーム機が五台並んでいた。

 手前の一台を使い、ネクタイを外したスーツ姿の若い男たちがはしゃいでいたが、それ以外なら暇潰しに遊ぶことができそうだ。といってもセイゲンにクレーンゲームを触った経験などないが。


 にぎやかな男たちを避けて奥へ進むと、実はもう一人先客がいた。どうやら人の壁に隠れて見えていなかったらしい。

 注意力が足りていないぞ、と自分に言い聞かせて黒縁眼鏡の蔓を押し上げる。

 いちばん奥の台、そこには気だるげな様子で近頃あまり見かけないセーラー服姿の女子高生が立っていた。まともにプレイするつもりはなさそうで、片手で適当にボタンを操作している。


 懐かしさを覚える服装のせいもあってか、今どきの十代といった雰囲気は彼女に皆無であり、艶のある黒髪も少々重たく見えてしまう。

 横顔の造作だけで判断すれば明らかに美人の類なのだが、どうやら自身の外見には無頓着のようだ。失礼ながら野暮ったさはセイゲンと同等かもしれない。


「ねえ、黙って見ているくらいなら何か話しかけてきてくれないかな。そんなところにぼんやり突っ立っていないでさ」


 突然の刺すような声だった。

 ほんのわずかな時間だったとはいえ、こちらが無遠慮に観察していたことに少女は気づいていたのだ。


「いや、その。申し訳ない」


 急いでセイゲンは頭を下げる。非があるのは明らかに彼なのだ。

 その瞬間、がたんとクレーンゲーム機から音がした。

 やる気もなく無造作にボタンを押していただけに見えた少女だったが、きっちり景品を手に入れたらしかった。


「お、結構可愛いやつだ」


 取り出し口から出てきたのは、柴犬であろうぬいぐるみだった。つぶらな瞳に茶色と白色の毛並み、おすわりをしてくるんと巻いた尻尾。

 先ほどの反省も忘れ、思わずセイゲンも心を奪われてしまう。

 そんな彼へ少女が近づき、両手をお椀の形にしてぬいぐるみを乗せ、わざわざセイゲンの目の高さまで持ち上げた。なぜか違和感を覚える笑みとともに。


「欲しいの? あげてもいいよ。ただし」


 三べん回ってワンって吠えたらね、と朗らかに言う。

 本気の発言かどうか判断がつかなかった。声色とは裏腹に、長い前髪の下から覗く彼女の目からは鋭く尖った印象しか受けない。

 万事において少女を構成している要素がアンバランスなのだ。セイゲンとしてもひたすら困惑するしかなかった。

 はあ、と彼女はため息をつく。


「冗談だって。つまんない男だなあ、君は」


 失望したことを強調するように首を横に振り、いきなりぬいぐるみを天井付近にまで放り投げる。まるで一切の興味を失ったみたいに。

 慌ててセイゲンが落ちてくるぬいぐるみを大事そうにキャッチすると、いつの間にか視界から少女の姿が消えていた。周囲を見渡してみてももうどこにもいない。


「もしかしてあの子……妖怪?」


 そうでも考えないと説明がつかないくらい、社会の日常生活から浮き上がっている存在のように思えて仕方なかった。

 さもなくば一瞬の通り雨に遭遇したような心境だろうか。


「妖怪でも人間でも、会うのは二度と御免こうむりたいな。でも」


 小声で呟きながら、ようやく改めて柴犬のぬいぐるみと向き合う。

 愛らしすぎた。


「何だかんだでこれをくれた……ってことになるのか。案外優しい子なのかも」


 仮に妖怪ではなく人間だった場合、その本質が表現方法を大きく間違えたシャイな少女、という可能性もわずかに残る。

 いずれにせよ、彼女はセイゲンの手元にこのぬいぐるみを残してくれた。冷静に受け止めればその事実だけで充分に感謝すべきといえた。

 なぜならオリカが非常に犬好きだからである。


 手に入れた経緯はともかく、披露する価値はあるはずだ。どのみちセイゲンがチャレンジしたところで多くの百円玉を店舗に寄付して終わっただけだろう。

 ぬいぐるみを見てどんな反応をするかな、と恋人の顔を頭に思い浮かべようとしていた、そのときだった。


「おーい、九慈くんてば!」


 まだ粘っているサラリーマンたちも振り返るくらいのボリュームで、自分の名前が呼ばれてしまう。


「空いたよー、ってさっきから呼んでたんだけどさ。なに、考え事?」


 真っ直ぐ目を見て話しかけられて、ようやく自分が上の空だったことに気づく。

 相手は川添莉生(りお)、ゼミでお世話になる予定の先輩だった。

 明るい髪の色にざっくばらんな物言い、それでいて気配り上手。何もかもがセイゲンと正反対だが、だからこそ非常に助けられている。

 さりげなくセイゲンの肩へ手を置いた彼女が、予告なくぐっと顔を寄せながら柴犬のぬいぐるみを覗き込んだ。


「ちょっとだけど見てたよお、セーラー服の女の子。まさかのクレーンゲーム機を出汁にしてナンパ? 九慈くんも案外やるもんだね」


「違いますよ!」


 慌ててセイゲンは顔を何度も横に振った。

 いきなり絡まれて詰られていただけです、とわけもわからず抗弁する。


「ふふ、何それ」


 いかにも楽しそうに川添先輩が笑う。あの奇妙な少女とは大違いだ。

 あえて二人の共通項を探すのであれば、先輩の都会的なスマートさにもセイゲンが気圧されていることくらいだろう。受け身に回ってばかりの夜である。


「はいはい、戦利品を愛でるのはそれくらいにしておいて」


 早く行け、とばかりに川添先輩は肩をぐいぐいと押してきた。


「九慈くん、さっきの居酒屋でもあんまり食べてなかったでしょ。部屋に入ったら唐揚げでもフライドポテトでも何でも頼みなよ。背ばかり高くてひょろっとしてるんだから、もっと体に肉つけな」


「油っぽいものばかりですね。うう、胃がもたれそう」


「若いのにさあ、そんな情けないこと言ってんじゃないよ」


 発破をかけてくる川添先輩には、どこかオリカに似たところがある。彼女の世話焼きな気質がそう感じさせるのかもしれない。

 ついでにセイゲンは気がかりだったことを訊ねてみた。


「あの、やっぱりぼくも歌わなきゃダメですかね」


「ここまで来て何言ってんの。当たり前でしょ」


「ううう、やっぱり胃が痛くなってきた気がする」


「心配性だなあ。上手くても下手でもそれなりに盛り上がるんだから、別に今から不安にならなくていいって。ただ、つまんなさそうにスマホをいじったりはしないでね。マナーよマナー」


「そういうものなんですか、カラオケって」


「うむ。知らんけど」


 適当な返事に苦笑しつつも、セイゲンは素直に従う。ぬいぐるみをカーキ色のデイパックへと仕舞うついでに、スマートフォンも底の方へと押し込んでおいた。

 せいぜい一時間か二時間程度の話だろうし、そもそもオリカは頻繁にやり取りするのを好む女性ではない。何も問題はないはずだ。柴犬のぬいぐるみについても、後でゆっくり伝えればいい。


 だから彼は懇親会が解散となるまで気づけなかった。

 自身の恋人が交通事故に遭い、即死となったことを報せる連絡に。

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