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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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18/24

5-1:いわくつきのビル、探索、手掛かり

 善は急げ、とばかりに素早い行動だった。

 セイゲンが祖父と少し関係を修復できた翌日、彼に宙宮家四きょうだいを加えた五人のメンバーがとあるビルの前で勢揃いしている。

 轟音寺の住職から紹介された、いわくつきの物件だ。祖父である周防仁吉が所有する建物でもある。

 まだ築十二年とあって古びた印象は受けなかった。近隣の風景に溶け込んでいる五階建てで、道路に面している部分の幅はどちらかと言えば狭い。鰻の寝床というほどではなさそうだが。


 正面から見て左手には上へと続く階段がある。右側には雰囲気のよさそうなテナントの喫茶店が佇んでいるのだが、残念ながらもう閉業しているらしい。

 それもそうか、とセイゲンは思い直す。

 各階の借り主が揃って出ていくような事態だからこそ、セイゲンの祖父はまず霊障を疑い、霊能者だという轟音寺の住職へ相談したのだから。

 ビルと対峙するように仁王立ちしたフブキが、ゆっくりと後ろを振り返る。


「さあ、ミコ! どう、何かいる?」


 姉から問われた末っ子のミコは両手で大きなバツ印を作った。


「ユキちゃんの嫌いな、悪い霊はいないよ」


 その瞬間、フブキが握り拳を作って高く突き上げた。


「よっし! ならあたしの出番!」


 もはや怖いものなし、とばかりに彼女はずんずんと敷地内へ進んでいく。

「あ、でも」とミコが呼び止めようとしているが、その声は姉にまで届かない。

 マスターキーはフブキの手にある。

 セイゲンが祖父から預かってきたものではあるものの、探偵志望だと先日明かしてくれた彼女の方が入念な調査を得意としているだろう。適材適所だ。

 だがミコの言いかけた内容は気になる。

 フブキの背中へ声を掛けようとしたセイゲンだったが、隣に並んできたハルクから首を横に振って止められてしまう。


「いいんす。悪さをする霊さえいなけりゃ、あの人はどうにかできますから」


「そうそう。ユキ姉さんなら大丈夫だって」


 肩を竦めるキョウスケにも気にした様子はない。

 行動力や判断力に胆力、そういった諸々を全部含めて、宙宮家の次女であるフブキは下のきょうだいたちから信頼を得ているらしい。

 長女のオリカとはまた違った姉としての姿だ。


「まあ、二人がそう言うなら」


 セイゲンも彼らの言葉を聞き入れ、フブキにはその能力を活かすべく思うままに動いてもらうことにした。

 ただ、どうしても気になるのはかつて起こった事件である。

 すでに発生から二十二年も経過しているとはいえ、女子高生大量変死事件とは穏やかではない。


 住職から伺った話やインターネットで拾った情報を総合すれば、建て替わる前のまさにこのビルの敷地で、総勢六人もの女子高生が変死体で発見されたことに間違いなかった。

 奇妙なのはその死に方だ。

 六人それぞれの死因が異なるだけでなく、この場所では到底不可能なものも複数混じっていたらしい。

 もちろん警察をはじめ、誰もが殺人を疑った。しかしどうにもこのケースを殺人だとは立証できず、結果として未解決事件の扱いにせざるを得なくなったわけだ。


 世間の注目を集めたであろう異様な事件と関係があるのかどうかは不明だが、テナント入居者たちが遭遇したという怪現象についても祖父から聞いてきている。

 無風なのに激しく揺れる窓、突然何もないところから鳴りだす音、このあたりはいわば怪現象の定番と言っていい。

 それに加えて「六つの人魂が見える」「空き物件のはずの上階から赤い水が流れ落ちてくる」「生気のない女が睨んできた」とくれば、好き好んでこのビルに入居し続ける者もそう多くはないだろう。

 女子高生大量変死事件と関連付けてしまうのも無理はない。


「何だろう、心なしか寒気しない?」


 つい男たち二人にそんなことを訊ねてしまう。


「いやいや、今日も蒸し暑いじゃないすか」


「おっとセイくんびびってる?」


 ユキ姉さんみてえ、というキョウスケの軽口は、勝手に喫茶店の中へ侵入しているフブキの耳にも届いたらしい。


「おい。聞こえてんぞ」


 ガラス扉の向こうから高圧的な声が聞こえてきた。

 外見は非常に中性的な彼なのだが、「うへえ」と首を縮こまらせる仕草には、どうにもいたずら小僧っぽさが見え隠れしている。

 喫茶店、オアシス。

 そのあまりにも安直なネーミングはどうにかならなかったものか、とかつての店主のセンスに疑問を抱きながら、セイゲンたち四人も中へと入っていく。


 今でも営業していそうなほどに店内は整っていた。

 マスターがコーヒーを淹れていたであろうカウンター、そこにはきっと常連客たちが陣取り、会話に花を咲かせていたはずだ。

 四卓あるテーブル席にも変わったところはなく、気になった点といえばテーブル上にやや埃の層ができている程度である。


「ま、最後に出ていったテナントがここだからね」


 手掛かりがないのを予想していたように、フブキはさっと踵を返した。


「じゃあ次。二階へ上がるよ」


 仕切る彼女に続いて、セイゲンたちもぞろぞろと階段へと向かう。

 二階にあったテナントは、確か占い関係ではなかったか。

 セイゲンの記憶の正しさはすぐに証明される。階段を上がってすぐの場所に大きめのイーゼルが放置されており、そこにはこう記されていたのだ。


『過去から未来まで、あなたのすべてをお見通し! 千里眼を持つ占い師・アイアコッカ千鶴の館はこちら!』


 一瞥しただけでキョウスケが辛辣に切り捨てる。


「当たんなさそう」


 鍵を開けて入ってみれば、アイアコッカ千鶴の館は一風変わっていた。窓という窓に板が張られており、外の様子をまったく確認することができない。


「暗室にして視界を制限し、さらには音や匂いを巧みに利用して、依頼者の心情をコントロールしてたんでしょ」


 よくある手よ、とフブキは断じた。

 室内は店舗兼住居となっており、トイレやユニットバスも備えつけられている。これは各階共通らしい。もちろん今は電気や水道が止まっていて使えないが。

 アウトドア用の懐中電灯を準備していたフブキが隅から隅まで調べていくも、特に目ぼしいものは出てこなかったらしい。


「はい、次」


 見切りをつけてさっさと三階へ進む。

 一階二階と同様に手早く鍵を開けると、わずかに異臭がした。といってもどこか馴染みのある匂いであり、特に害はなさそうだ。

 鼻で空気を吸い込みながらハルクが言う。


「これは……革の匂いすね」


「男鹿靴工房って名前のテナントだったな、そういえば」


 祖父から伝えられた内容を思い出しつつ、セイゲンは室内の真ん中に唯一置かれたままになっているテーブルへ目を止めた。

 そこにはクラシックなデザインの黒いミシンが鎮座しており、今でも自分がこの部屋の主なのだと主張しているかのようだ。

 仕事道具であるミシンを置いていかなければならないほど、男鹿なる職人は怪現象に悩まされていたのだろうか。もしかしたら、上階から赤い水が流れ落ちてきたというテナントはここだったのかもしれない。

 セイゲンの視線に気づいたハルクとキョウスケも集まってきて、年相応の無邪気さで「おおー、格好いい」といろいろな角度から眺めていた。

 だがフブキの叫び声が、男どもの憧れを一瞬にしてかき消してしまった。


「うがー! ここにも何もない!」


 手応えのなさに少しずつストレスが溜まりだしているらしい。

 けれどもここで姉の袖を引っ張る小さな手があった。ミコだ。


「ユキちゃんユキちゃん、まだ四階と五階もあるよ。ね?」


「あ、うん。大きな声を出してごめんね。お姉ちゃん頑張るから」


「ユキちゃんならきっと大丈夫」


「もう、この! 可愛いんだから!」


 ミコの髪を慈しむように撫でている姿を見れば、あっという間にフブキの精神状態が回復したのが伝わってくる。

 とはいえ、戦果はなおも芳しくない。

 四階に至ってはいわゆるペーパーカンパニーだ。地域密着型の旅行代理店を謳って入居したそうだが、そもそも活動の実態などまるでなかったらしい。かぎりなく黒に近いグレーである。


「はあー。またしても何もなし、と」


 ため息をついたフブキに続いて、一行はラストの五階へ向かった。


「ここは何が入っていたの?」とキョウスケが質問してくる。


 目が合ったので、セイゲンに訊ねているので間違いないようだ。

 だがぶっきらぼうに答えたのはフブキだった。


「新興宗教」


 そう、小さな宗教団体である。「果てなき銀河の会」という名で、初見ではなかなか宗教関係とはわからないだろう。

 宇宙の果てのその向こう、つまり人にはたどり着けない場所に神がいる。そういう教義の下に集った団体なのだそうだ。


「予想してはいたけど、ここもがらんどうね」


 フブキの言う通り、部屋には何もない。退去したのだから当然ともいえる。

 祖父によれば、新興宗教の団体ということで警戒はしていたが、実際にやっていたのはヨガとダンスばかりだったという。

 その話をセイゲンが宙宮四きょうだいにすると、フブキがいかにもつまらなさそうに吐き捨てた。


「単なるエクササイズ教室じゃん」


 まったくもってその通りである。

 これで五階部分までの探索がすべて終了した。にもかかわらず、騒動に繋がる痕跡の一切が認められなかった。

 ただし屋上部分はまだ手つかずだ。希望的観測は禁物だが、そこに何かしらの痕跡が残っているのをどうしても期待してしまう。

 階段から屋上へ出るためのドアは厳重に施錠されていた。通常のロックに加え、太い鎖と南京錠の組み合わせという、ノスタルジーさえ感じさせる組み合わせである。


「ちっ。しっかり鍵が掛かってやがる」


 フブキの口調も随分と荒々しい。

 無理もなかった。マスターキーでは南京錠を開けられない以上、解錠手段を求めていったん出直してくるしかないのだ。

 期せずして「はああ」というため息が重なる。

 ミコだけがおもちゃのようにして南京錠をいじっていたが、小学二年生の彼女にとっては見慣れない鍵だからなのだろう。

 などと考えていたセイゲンの目は節穴だった。


「開いたよ」


 得意げにするわけでもなく、ごく当たり前のような顔をしてミコが言う。

 フブキもセイゲンもきちんと確認をした。間違いなく施錠はされていたはずだ。

 何か言いたそうな顔でハルクが見てくるが、セイゲンに答えられることはたった一つだけである。


「屋上を調べろよっていう、メッセージだと受け止めるべきだろうね」


 こめかみの辺りをぐりぐり指圧しながら、フブキも「行きゃあいいんでしょ、行きゃあ」と半ば投げやりな口調で応じた。


「あたしはこの子の将来が怖くなってきたわ……」


「国を裏から動かす巫女とかになったりして」


 キョウスケとしては冗談のつもりだったのだろうが、誰も笑わない。

 五人は揃って屋上へ出た。涼しくはない風が吹いているが、それでもビルの中にいるよりはずっと心地よい。

 ビンゴ、と口にしたのはフブキだ。


「あるある。あからさまに怪しいのが」


 その指摘通り、二坪ほどのプレハブ小屋が屋上に設置されていた。

 ひとまず彼女に調査を任せ、セイゲンたちは表で待つ。

 どれほども経たずにアルミサッシのドアがわずかに開き、フブキの手だけがそこからにょきっと出てきた。手招きしているのだ。


「ユキ姉、どうした」


 先頭のハルクに続いてセイゲン、ミコ、キョウスケと中へ入っていく。

 五人もいると座ることさえままならないほどにスペースは狭い。

 前置きなしでフブキが答える。


「見つけたのが枯れた花と、壁の隅にあった書き文字」


 ほら見てよ、と彼女の指差した先にはかすれ気味の字が記されていた。


「うーん……。これは『ごめんねキリコ』で合ってる?」


 確認をしたセイゲンだったが、あまり自信はない。

 それでもフブキは力強く頷いてくれた。


「合ってるはずだよ。例の女子高生大量変死事件、直後に一人だけ行方知れずとなった女子生徒がいてさ。もうわかるでしょ、彼女の名前が佐原桐子(きりこ)なの」


「さすがユキ姉、昔の事件なのにそんなことまで調べ上げてたか」


 ハルクが素直に感嘆しているのをよそに、弟のキョウスケは疑問が残っているらしく首を傾げている。


「でも、何で『ごめんね』になるのさ。佐原桐子って女子生徒もどこかで死んでいて、この文字を書き残した人物が関与しているってこと?」


「その点についても説明はつくよ。もう犯人の目星はついたから」


 事もなげにフブキが言ってのけた。

 冷静で淀みない口調は、彼女の頭が素早く回転している証拠なのだろう。


「じゃ、しばらく張り込んでみようか」


 あっさりとそう宣言したのち、「キョウスケ」と弟を指名する。


「あんたにも手伝ってもらうからな」


「えー、いやだよおれは」


 いきなりの命令に反発するも、最終的にはキョウスケが折れるしかなかった。わかり切っていた話だ。弟は決して姉に逆らえないのだから。


「ひとまず二、三日。その間にハルク、あんたはうちの荷造りをしておいて」


 もう一人の弟にも指示を出し、引っ越しの準備も同時に進めさせる。

 セイゲンの目ではさっぱり全体像が見えてこないが、どうやらフブキには事態解決への道筋がすでに描けているようだった。

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