4-3:洞窟、戦闘、ロズミィの右目
さすがにドミカリフはラブツーク王国の大物らしく、彼が働きかけただけですぐに臨時の護衛部隊が結成された。
誰を護衛するのか。オリカたちの一行である。
もちろん彼女たちも「道さえわかれば充分なんですけど」と抗議はした。
まさに呉越同舟とあってすんなりとは受け入れがたかったが、この点についてはドミカリフも譲るつもりがなかったらしい。
「そうはいかん。部外者には〈送りの門〉を見つけだすのが難しいのもあるが、あくまでここはラブツークの地。勝手気ままにワイトの人間が歩き回っていては、予期せぬトラブルを招きかねんのでな」
彼の返答はまさしく正論で、これ以上話し合う余地はなさそうだった。
そんなわけで護衛部隊が先導役となり、オリカたち四人の〈送りの門〉を目指す旅が再開される。
ラブツーク王国の護衛部隊は六人、数の上では向こうが多い。ただしそのくらいの差であれば不意を突けば問題なく覆せる、というのがレド、ルブウ、トルゴーら信号機トリオの見解であった。
「だめ。到着まで揉め事は絶対に禁止で」
決定権はオリカにあり、彼女には事を構える気はない。
もちろん相手を信用していないのは護衛部隊側も同様らしく、双方が無言で牽制し合う不毛な空気とともに旅が続けられた。
早くこの重苦しさから解放されたい、というオリカの願いが叶ったのは、それから十二日目のことだった。
「この先がラブツーク王国における別世界への扉、すなわち〈送りの門〉です」
出発時と変わらぬ硬い声で、護衛部隊の隊長が告げる。
やってきたのは渓谷地帯であり、オリカの目の前には岩肌を剥き出しにした高い崖がそびえ立っていた。ただし目線を下げれば洞窟のような穴も見えてくる。
ドミカリフの言う通り、案内役がいなければ発見も容易ではなかっただろう。時間を無駄にしないで済んだのは確かだ。
ここで護衛部隊の面々が一列に並び、敬礼の姿勢をとった。
「さすれば我らの任務はここまで。後はロズミィ様へ一任するよう、ドミカリフ様より仰せつかっております」
洞窟の中ヘ進まれよ、と隊長は言う。
平原の真っ只中に〈迎えの門〉が存在していたワイト王国とは異なり、どうやら洞窟内部に〈送りの門〉があるらしい。
オリカも護衛部隊へ簡単に礼を述べ、大股で洞穴へと歩を進めた。
「待て待て。一人で先走んなって」
「そうですよ。せめて四人一塊になっていないと」
「オリカちゃん、焦ってんねー」
信号機トリオが口々に話しかけてくるが、心情としては彼らに構っている時間さえももどかしい。
ようやく旅の終着点へやってきたのだ。気が急かない方がどうかしている。
立ったまま歩けるほどの高さの通路がしばらく続いていた。
壁には等間隔で灯りが備えつけられているあたり、やはりラブツーク王国の重要施設であることをうかがわせる。
先頭でオリカがのしのし歩いていくと、ある場所で急激に視界が広がった。初めは何が起こったのかわからなかったほどだ。
そこにあったのは、外からではまったく想像できないくらいの大空洞である。
奥には地底湖と呼びたくなるほどの水量まで湛えており、祭礼の場としての風格に満ちていた。
本来なら普通の灯りでどうにかできる規模ではないが、ここまでの通路よりも随分明るい。まるで上映前の映画館のようではないか。
紛れもなく魔術による光だ。
「やってきたね、お嬢さん」
少し嗄れた声が洞内に響いた。記憶をたどるまでもなく、二週間近く前にドミカリフとともに聞いた声に間違いない。
ラブツーク王国の魔術師を束ねるロズミィのものだ。
ゆらり、と今度は音もなく一人の女性が姿を現した。
供の者は誰も連れておらず、そのことがかえって実力への自信を感じさせる。
現世ではあまりお目にかかれない薄い水色のショートヘアであり、伸ばした前髪によってなぜか右目だけを隠していた。
ゆったりとまとった外套を無造作に翻す姿は様になっているが、年齢はドミカリフよりも上と見ていいだろう。おそらくはワイト王国の女王と同年代。
オリカがそのように観察したのと同じく、あちらもわずかな間に値踏みを済ませたに違いない。
にこりと微笑みかけながら彼女は言う。
「しばらく前に連絡を受けてね、今か今かと待っていたよ。さ、まずは先だっての約束通り自己紹介を──」
「そんなものは不要です!」
声を張り上げると同時に、いきなりロズミィへ仕掛けていったのはルブウだ。
彼が利用したのは地底湖だった。豊富な水を操作して矢を作り、呪文を詠唱しながら標的であるロズミィ目掛けて一斉に放っていく。
何が起こっているかもわからず、オリカは叫んだ。
「やめて! 話し合いの邪魔をしないで!」
しかしレドからも無情の答えが返ってくる。
「うるせえ! こんな好機、二度とやってこねえんだよ!」
ルブウによる水の矢がロズミィへ雨のごとく降り注いでいるが、その終わりを待ってレドは剣を構えていた。
最後の矢が彼女の体に届きそうになる瞬間、これでとどめだと言わんばかりにレドが爆発的な突きを繰りだす。
水煙のせいでオリカの目にはよく見えない。対話の約束を破った不意打ちなのもあって、ルブウとレドのコンビネーションが上手くはまったように思えた。
だがさすがにロズミィは真の強者だったらしい。
視界が戻ってくるにつれ、そのことをオリカも痛感する。無数の水の矢など一本たりとも彼女の体へは刺さっていなかった。
ならばレドの突きはどうか。
こちらも同様に、ロズミィを貫通することなく防がれてしまっている。
しかしその光景は少し異様だった。くすんだ鼠色の外套がなぜか艶やかな漆黒へと変じており、レドの剣はその外套に傷さえつけられていない。
「他愛ないねえ」
事もなげにロズミィが言う。
「最近の若いのはだらしない連中ばかりなのかい? まあ、うちも人材登用に四苦八苦しているからね、偉そうな口は叩けないが」
彼女が黒の外套を振り払っただけで、どうにか一太刀入れようともがいていたレドの体が吹き飛ばされてしまう。
あの外套に強さの秘密があるのかな、とオリカが推測したのと同じタイミングでトルゴーの声が聞こえてきた。
「じゃあ剥き出しになっている細い首筋はどう?」
いつの間にか彼はロズミィの背後へ回っており、握り締めた短剣の刃をきらめかせている。さながら暗殺者のような身のこなしだ。
それでもロズミィは余裕のある態度を崩さない。
「試してみるかい、ぼくちゃん」
「むかつく言い方だなあ」
年齢不相応の少年っぽい言葉遣いとは対照的に、トルゴーの手つきには一切の躊躇がなかった。
先刻の予告通り、迷わずロズミィの首へ短剣を突き立てにいく。
鮮血の光景を覚悟したオリカだったが、その心配は不要だった。
「ぼくちゃん残念、修業して出直しといで」
結果はレドの二の舞に終わる。
狼狽えているトルゴーの隙を逃さず、ロズミィがその腹へ黒い拳を叩き込んだ。レドのところまで殴り飛ばされ、気を失った二人の体が折り重なる。
彼女の首へ視線を遣れば、表面積の半分ほどが黒化していた。どうやらまたしてもあの黒い部分に弾き返されたようだ。
つまりロズミィの戦い方を支えているのは外套ではなく、自身の肉体も含めた様々なものを、瞬時に黒く硬化できる魔術ということになる。
強いはずだ、とオリカは唾を呑み込む。
一人だけまだダメージを負っていないルブウが、オリカを見つめてきた。
送られてきたその視線にはただシンプルな意味しか込められていない。
すなわち「君も戦ってくれ」と。
しかし本来は対話の予定だったはず。それを無視して戦闘へ入られたことに納得はできていないのだ。
もちろん彼らがモンドーアの命を受けているのは理解している。これまでに積み重ねてきた両国の争いの歴史が突き動かす部分もあるのだろう。
決断までの猶予はないが、決心はつかない。
揺れるオリカの心の内を見透かしたかのように、ロズミィが戦闘中らしからぬ穏やかな口調で語りかけてきた。
「ねえお嬢ちゃん、戦いたいってんならもちろんやるよ。それがラブツーク王国の魔術技官を束ねるあたしの仕事さ。でもね。あのドミカリフがてんで相手にならなかったってことなら、あんたはあたしよりずっと強い。手練手管のかぎりを尽くしても引っくり返しようがないほどにね」
彼女が口にしたのはまさかの敗北宣言だった。
そしてじっ、とオリカを見つめてくる。
「あたしはこう考えているよ。正直なところ、あんたは誰の助けも必要とせず、一人だけでラブツーク王国を制圧できるだろうさ」
それが異邦より戦いのためだけに召喚されてくる英雄って存在だからね、と言った後にロズミィは続けた。
「でも、その戦いに何の意味が? あんたが体を張る理由がどこにある?」
「戦う、理由……」
オリカの逡巡をかき消さんばかりに、ルブウが声を張り上げる。
「敵の妄言に耳を貸さないでください、オリカ! モンドーア様は約束されましたよ。君が元の世界へ帰るための方法を、国を挙げて探しだすと!」
これを聞いたロズミィは「はああ」とこれ見よがしなため息で応えた。
「いかにもあのモンドーアが言いそうな、中身空っぽの口約束だねえ」
「なっ……!」
絶句したルブウにもはや構うことなく、彼女は再びオリカへ語りかける。
「いいかいお嬢ちゃん、よくお聞き。あたしならそんなつまらない、口先だけの取引なんてしないよ。何せこっちは今すぐにでもあんたを元の世界に帰してやりたいのさ。英雄と戦うってのがどんなことか、身に染みているからね」
そう言ってロズミィは、右側だけ下ろした前髪をかき上げた。
今度はオリカが絶句する番だった。
ロズミィの右目は潰れており、あるのは大きな傷跡だけだったからだ。
「英雄ゴンドにやられたのさ」
前髪を戻し、片目を失った理由をさらりと口にする。
「どう? 話を聞いてみる気になったかい?」
「もちろんです」
ロズミィの右目から受けた衝撃が収まらず、困惑気味ながらもオリカは頷いた。
元々対話の予定だったのが、功を求めたレドたちの独断専行によって邪魔されただけではある。それに何より、この世界の生き字引である彼女が知る話をもっと詳しく教えてほしかった。
オリカの返事に満足したロズミィは「じゃ、ついておいで」と歩きだす。
にもかかわらず、すぐに足を止めて顔をしかめた。
「年をとるってのはやだね。すっかり忘れてたよ、お嬢ちゃん」
何のことかわからずにいるオリカへ彼女が言う。
「名前だよ。あんたの名前、何ていうんだい?」




