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オリカ・イズ・デッド、それから  作者: 遊佐東吾


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4-2:強者ドミカリフ、土牢、意外な提案

 地理を熟知しているトルゴーの手引きのおかげで、オリカたちの旅はここまで戦闘を避けてやってこられた。

 旅の商人に扮していたため関所で見咎められることもなく、すんなりと通過を認められた。いささか拍子抜けするほどだ。


「一山越えたみたいだねえ」


 関所を離れた街道上でオリカも胸を撫で下ろす。

 ラブツーク王国旧領への潜入が容易だったのは想定外だったが、波風を立てないように動けるのであればそれが一番いい。


「はん、こうも無風じゃ腕が鈍っちまう」などと不平を漏らすのはレドくらいで、他の二人はオリカとまったくの同意見だった。


「〈送りの門〉までは極力、戦闘は避けるべきだと理解してもらいたいですね」


 そうルブウが苦言を呈せば、トルゴーも「どうせ嫌でもその機会は巡ってくるからさ」といつになくシビアなことを口にする。

 だが往々にして悪い予感というのは当たるものだ。


「ほっとしているところ、残念だったな」


 すれ違ったフード姿の旅人から、低く重い声で告げられる。

 レド、ルブウ、トルゴーの信号機トリオはすぐさまオリカを護るための陣形を組み、いつでも戦闘に入れる態勢をとった。

 もったいぶることなく旅人の男がフードを脱ぐ。

 露わになった素顔は日に焼けた壮年の男であり、刈り込まれた緑の髪はほとんど黒に近く、おまけに長身で筋肉質のレドをも上回る体格だ。

 男は威風堂々と名乗りを上げた。


「私の名はドミカリフ。ロズミィ様の命により、貴様らを拘束すべく待っていた」


 全身から発する圧力が違う。そこらの兵士とは比較にならない。

 異世界でたまたま力に恵まれただけの、素人そのものであるオリカにだってその差が理解できるのだから相当だ。

 ドミカリフなる偉丈夫が辺りを睥睨して言った。


「とはいえ、まずは礼を述べさせてもらおう」


 彼の口から飛び出したのは意外な言葉だったが、続く事情説明にオリカも納得した。ドミカリフは先日の架橋について感謝しているのだ。

 ただし収まらないのは信号機トリオだ。


「あいつら、恩を仇で返しやがって」


「だから関わるのはよそうと忠告したんですけどね」


「人の世って世知辛ぁい」


 裏切られて密告されたとばかりに騒ぎ立て、三者三様の反応を見せている。

 これに対し、ドミカリフは怪訝そうな表情とともに首を傾けた。


「どうやら勘違いしているらしいな。橋を架けた地域の住民たちは、貴様らの素性など何も知らん。報告を受けた話の内容と日時から、怪しい四人組の男女がこの付近を通過すると私が勝手に推測したに過ぎない」


 住民を恨んでくれるなよ、と念まで押してくる。

 今のやり取りで、目の前にいる壮年の男が悪人でないのはオリカにも伝わってきた。それでも「拘束する」と明言している以上、彼は敵だ。


「わたし、どうしてもやらなければいけないことがあるんです。ドミカリフさん、退いてはいただけませんか」


 一応説得を試みるが、彼の返答は単純にして明快だった。


「そうしたければ、全力でかかってこい」


 戦いを避けては通れない流れである。

 もちろんオリカだって今回の作戦に従事するにあたり、正面切って戦わなければならない場面もあるだろうと覚悟は決めていた。

 それでもこれが最初の実戦なのだ。いくらルブウの指導を受け、ともすれば溢れ出そうな魔力を制御することができだしているといっても、百戦錬磨の雰囲気を漂わせる強敵にどこまで通用するのだろうか。

 そんな逡巡をドミカリフに突かれた。


「丘で捕らえるは土の網、獲物よ、羽をもがれて地に墜ちよ」


 一斉にレド、ルブウ、トルゴーの体を目掛けて、何筋もの細い土の束が絡みついていった。まるで意志を持っている蛇のように。

 何もさせてもらえず、あっという間に動きを封じられた信号機トリオを一瞥し、ドミカリフは淡々と告げた。


「未熟な若僧どもはそこで見ていろ。このドミカリフ、ここから全身全霊で新たな英雄の誕生を阻止させてもらおう」


 そしてオリカが身構えるよりも早く、彼の拳は地面を割った。

 時を同じくして薄くとも夥しい数の土の壁が隆起し、それらが一斉にオリカへ襲いかかってくる。

 ただし真っ直ぐ向かってきたわけではない。周縁からそれぞれの土壁が巻き込むようにして迫ってくる様子は、さながら多重の布だ。

 オリカが対抗策を頭に浮かべようとした時点で、すでに手遅れだった。


「モンドーアさえ捕らえられると自負している土牢だ。勝負あったな」


 ドミカリフの勝利宣言が耳に届いたのを最後に、オリカには何の音も聞こえなくなってしまった。音だけでなく光も、匂いも、空気さえもが遮断されている。

 幾重にも巻きついている土壁によって完成した牢。

 囚われたオリカには指一本さえ動かせない状況であるのだが、待てば待つほど勝機は失われていく。ほとんど酸素が残っていないからだ。

 先ほどの発言から推測するに、ドミカリフにはオリカの命まで奪う意思はない。ただし意識を失った彼女を拘束し、ラブツーク王国へ連れ帰るのだろう。

 そうなってしまえば元の世界への帰還のチャンスは遠のいてしまう。


「イメージ……、そう、イメージしなきゃ」


 意識が遠のいていきそうなのを何とか保ち、心の中で自分にそう言い聞かせる。

 先生役を買って出てくれているルブウには口を酸っぱくして注意されていた。魔術を形作るのは君自身の想像力ですよ、と。

 この土牢を真上から眺めたなら、似ているのはホールケーキか果物か。

 ならば答えは簡単、切り分けてみんなで食べるだけ。


「セイも入れて、六等分だよね……」


 瞬間、膨れ上がったオリカの魔力が弾ける。

 きっちり縦に六方向へ、鋭い風の刃が土牢を切り裂いて飛んでいく。

 等分になった土牢の中心から現れ、解放されたオリカは何事もなかったかのように土埃を払っていた。


「うへえ、口の中にまで入ってきちゃってるよ」


 最近こんなのばっかり、と愚痴をこぼしたくもなる。

 とはいえまだ脱出に成功しただけに過ぎない。

 戦闘が始まった以上、ちょっとした油断でも大きなピンチを招いてしまう。

 そう気を引き締めたオリカだったが、ドミカリフの反応は予想外のものだった。


「参った。降参だ」


 両手を上にあげた彼に演技をしている様子はなく、そもそも小賢しい策を弄してくるタイプにも思えない。

 だとしてもこのような早い段階での降参はさっぱり意図が読めず、オリカは警戒を解けずにいた。

 ドミカリフが淡々と告げる。


「力の差がありすぎたのでな。私の土牢で捕縛できないのであれば、おおよその人間には貴様の身柄を拘束することなど不可能といっていい」


 誇りやら自信やらを粉々に砕かれた思いだよ、とにこりともせずに語った。


「改めて名乗らせていただこう。私はドミカリフ、ラブツーク王国で魔術技官の副長を務めている者だ。ロズミィ様の右腕だと自任している」


 ならばラブツーク王国のナンバー2と考えていいくらいの実力者なのだろう。

 それほどの有力なポジションにある彼が、力尽きるまで戦うことなくあっさりと敗北を認めた理由がまだ見えてこない。


「失礼ながら、まだ名前さえ伺っていなかったな」


「オリカです。宙宮オリカ」


 彼女の名乗りを受けて、ドミカリフは満足そうに頷く。


「オリカよ、あなたの実力は本物だ。私の役目はそこを確かめることだった」


「確かめるって、どうして」


「あなたと話をしたがっている方がいるのでね」


 近くに新手が隠れているのか、とオリカは周囲をきょろきょろと見回してみた。

 だがいるのはまだ土の網に囚われている信号機トリオだけだ。彼らは口々に喚いているようだが、助けるのはこの対話を終えてからでいい。

 首を傾げて「どこにいらっしゃるのですか?」と不思議がるオリカに対し、ドミカリフは初めて表情を崩して言った。


「ここにはおらぬ。別の場所だ」


 そして懐から鈍い光を放つメダルを取り出す。輝き具合から察するに、ずいぶんと年季が入っているようだ。


「これは若き頃にロズミィ様より直々にいただいた、功績を称える勲章よ。私が最も大切にしている宝といっていい」


 そう語るなり、彼は勲章を地面に置いた。

 続けざまに魔術による土の腕を二本生みだし、宝だと口にしたばかりの勲章を万力のようにして潰しだす。

 オリカからすれば理解に苦しむ行動でしかなかったが、ドミカリフの顔には納得の色が浮かんでいた。


「さあ、これで小さな〈門〉が開く」


 彼の言葉へ歩調を合わせたかのように、宙に小さな黒い穴が浮かび上がる。

 苺の一粒にも満たなさそうな大きさだ。


「うかつに触るんじゃないぞ。指がどこか別の空間へ持っていかれても、対処のしようがないからな」


 ドミカリフが恐ろしい警告を発してきた。

 手を伸ばしかけていたオリカは、慌てて引っ込めただけでなく二歩、三歩と後ずさる。そんなに簡単に指を失ってはたまったものではない。

 だが下がりながらも彼女の耳は、初めて聞く声を捉えた。


『繋がったみたいだね、ドミカリフ』


「はっ」


 誰もいないというのに、小さな黒い穴へ向かってドミカリフは深々と頭を下げている。彼がそこまで敬意を払う相手はごくわずかのはずだ。


「もしかして、あなたがロズミィ様ですか?」


 自然とその名前がオリカの口をついて出た。


『おや。その場にいない人間と話ができても面妖に感じないのかい?』


 女性ながらかすれたような声、いわゆるハスキーボイスというやつである。


「この世界にもあるのかどうかは存じ上げませんが、わたしが元いた世界にはそういう機能を持った道具がありましたので」


 電話機を思い浮かべながらオリカが言う。

『そいつは便利でいいねえ』と穴の向こうの声も興味を抱いたようだ。


『こっちの魔術は小さくとも大掛かりなのさ。〈迎えの門〉と〈送りの門〉、二つの門の構造を解析して、どうにか実用化にこぎつけたものでね。だけど離れた二つの場所を繋ぐ際には、双方に縁のある品を触媒にしなきゃならないときてる』


 だからドミカリフは勲章を犠牲にしたのか、とようやくオリカも合点がいった。

 そんな部下の忠義に言及することなく、相手が本題に入っていく。


『お嬢ちゃん。あちらの世界へ帰りたいのであれば、〈送りの門〉までおいで。伝えておくことがいろいろとあるからね』


 オリカとしては元よりそのつもりだったが、まさか向こうから誘われるとは想像さえしていなかった。

 罠か。だがそれにしてはあまりにぞんざいすぎないだろうか。

 こんなとき、オリカは決して迷わない。前進あるのみだ。


「断る理由がありません。お招き、感謝いたします」


『うん。話ができるのを楽しみにしているよ。気をつけていらっしゃい』


 互いの自己紹介はそのときに、と告げて穴の向こうからすうっと気配が消えた。

 どうやら元の世界のような通信ではなく、実際に空間自体を繋いでいたようだ。そう考えるととんでもない魔術である。

 振り返ってみればドミカリフが目尻に皺を作り、苦笑いを浮かべていた。


「ああいう方だ。長い付き合いになるが、ロズミィ様がどういうおつもりなのかは私にもわからんよ」


 彼女は対話の最後まで名乗ってくれなかったが、ドミカリフによればやはりロズミィその人で間違いないらしい。

 いずれにせよ、目的はよりシンプルになった。

 ラブツーク王国の魔術師の総大将といっていいロズミィが、〈送りの門〉にて待ち受けていることは確定だが、それさえもオリカはポジティブに受け入れている。

 元の世界へ帰るための知見が、多く集まるに越したことはない。

 オリカにとっての優先順位は揺るぎようがないのだ。

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