4-1:旅の始まり、人助け、信号機
意外にもオリカの旅の始まりは無難な滑り出しだった。
なぜなら第一印象とは大きく異なり、同行する三人とも優秀だったからだ。
赤髪のレド、青髪のルブウ、金髪のトルゴー。彼ら三人の得意分野はそれぞれ別であり、どのような状況でも広くカバーしてくれている。
たとえばこんな感じだ。
普段は戦士と大工を兼ねているというレドは、険しい道を先頭に立って切り拓くだけでなく、野営の際も即席で屋根付きの場所をこしらえてくれる。
ルブウは魔術師でありながら薬師でもあり、その広範な知識でパーティーの生命線を担ってくれていた。
もちろんオリカへ魔術の使い方を指導するのも彼の役目だ。
トルゴーには盗賊団へスカウトされた経験があるほどの盗みの腕があるらしく、本人は披露したがっていたが、そこはさすがにオリカが禁じていた。それでも道案内に精通している彼は商いにも長けており、物品交渉もお手の物である。
モンドーアが同行者としてこの三人を選んだのも納得せざるを得ない。
一行はすでに国境を超えている。
現在はラブツーク王国領内で、かつてはワイト王国に属していた地を通り抜けようとしていた際、折からの大雨のせいで川にかかった橋が流されてしまった場面に遭遇したところだった。
同行する三人は口を揃えて「放っておいた方がいい」と助言してきたが、見てしまった以上はオリカにそんな真似はできない。
「助けるよ」
だから手伝って、と反論を認めぬ口調で彼らに告げる。
オリカが強く出れば、あくまで従者の立場である三人は「はいはい、わかりましたよ」と言わんばかりの態度で渋々ながら付き合ってくれるのだ。
とはいえ方針は「簡易の橋を作ろう」ということで意見の一致を見た。
細やかなコントロールを身に着けつつあるオリカが、風を利用した魔術で木々を切り倒し、まずは材料を準備する。もちろんルブウからのアドバイスや叱咤激励を受けながらの作業だ。
それらを今度はレドが手早く加工していく。まさに本職の手腕の見せ場だった。
この間にトルゴーは近隣の村落を駆け回り、架橋に協力してくれる人たちをできるかぎり集めてくる。
ようやく雨が上がったのもあって、彼が連れてきた人手は三十人に及ぼうとしていた。これだけの人数がいればもう完成は目前だ。
向こう岸へと巨木を渡す作業こそ魔術の出番だったが、そこからは人力である。全員総出で橋としての体裁を整え、日常に支障のないよう仕上げていく。
完成の瞬間には誰彼となく握手し、互いの仕事ぶりを称え合った。
オリカたちは橋復活の功労者として大いに歓待を受けたが、この先の目的を考えればのんびりしてはいられない。
名残を惜しみつつ辞去し、再び旅路に戻る。
その日の夜のことだった。
もう明日中には従前のラブツーク王国領内へ入っていく手筈だ。あちらの警戒度合いも上がってくるのではないかと容易に推測できた。
そんな事情があるせいなのか、野営での食事時に会話がほとんどない。将来を嘱望されてこの任に就いた彼らといえど、さすがに緊張は隠せない様子である。
そこでオリカは一肌脱ぐことにした。
「ねえ、わたしがいた世界での面白い話をしてあげよっか」
彼女がそう切りだすと、三人は揃って怪訝そうな表情を浮かべている。
しかし意に介さず続けた。
「あっちの世界にはものすっごい数の人たちが暮らしているんだよ。そりゃもう数え切れないくらいの」
両腕を左右へ目いっぱいに伸ばし、数の多さをどうにか表現しようと試みた。
「でね、そんな数の人たちがみんな自分の進みたいように移動したとしたら、結果はどうなると思う? たとえば十字路でどの方向からも馬車が猛スピードで走ってきてたら、って想像してみてよ」
「そんなの、ぶつかって互いにぐちゃぐちゃになるしかねえだろ」
レドが答えれば、ルブウも「その馬車に乗っていたくはないですね」と返す。
「だよね。ちなみにあっちの世界じゃ、馬車よりもっと大きくて速くて頑丈なものが、ずらっと連なって走ってるんだよ」
「えー、怖い。それって人が暮らしていい場所じゃないでしょおー」
トルゴーはわりと本気で怖がっているようだ。
内心でオリカも彼の言葉に同意しつつ、仕上げに向けた提案を行う。
「もちろんそこを解決する手段があるんだな。今から説明するから、三人の場所をちょっと入れ替えてくれる?」
こういうときに「はあ? 面倒くせえだろうが」と毒づきながらも真っ先に動いてくれるのがレドだ。意外にかわいいやつだ、と見直してもいいくらいである。
ちなみに初対面の際、金的への蹴りを敢行してしまった件について、オリカは彼へまだ謝罪をしていない。そのタイミングを逸した気もするため、有耶無耶になるのを待つしかなさそうだ。
「レドがわたしから見て右。そう、そこね。で、その隣、真ん中がトルゴーだよ」
「ほーい」
オリカの指示通り、素直にトルゴーがレドの右隣へと収まった。
「そして最後、ルブウがわたしから見て左端。よし、これで完成」
得意げに親指を上げたオリカだけがこの構図を理解している。
「よくわかりませんが、ただ並び替えをしただけじゃないんですか?」
ルブウが不平を口にするのも無理はない。
だが種明かしはここからだ。
「信号機といってね、青/黄/赤の三色で構成されていることに意味が込められているんだよ。それぞれの道に設置されていて、色によって合図も異なるの」
「面白いじゃねえか。なら赤はどういう意味なんだ?」
「ふっふっふ。赤は『止まれ』だよ。絶対に進んじゃいけないの」
それから今度はルブウを指差して言った。
「逆に青は『進んで大丈夫』って印だね」
「なるほど。赤と青、二つの色を組み合わせることによって、交差する道の流れを制御しているのですか」
ここで「ちょっと待ってよ」と異を唱えたのはトルゴーだった。
「オリカちゃんの話だと、二つの色だけで問題が片付いちゃうってば。それだと黄色の出番がないじゃないのさ」
「いい質問ですね、トルゴーくん」
教師気取りの態度でオリカが解説を続けていく。
「確かにそういう二色だけの信号機も多いんだよ。歩いている人が対象であれば、それでも充分なの。でもね、速度が出ていると話は変わってくる」
「どういう風に?」
「めちゃくちゃ速い馬車がさ、信号機が赤になったからっていきなり停まれると思う? さすがに無理だよね。だから黄色の合図が存在するの。もうすぐ赤になりますから、そのつもりでいてくださいねーって」
「おおー」
信号機における黄色が果たす役割に、トルゴーは思いのほか感じ入っていた。
「疎かになりがちな間を埋めるって表現すればいいのかな。まさに橋だね、橋。トルゴーにぴったりだと思うよ」
「レドとルブウじゃ癖が強すぎるもんねー」
トルゴーの煽りにかちんときたか、レドが「へっ」と吐き捨てる。
「黄色なんてはっきりしない役割じゃねえかよ。どこがいいんだか。その点赤はさすがだな。そう、おれはすべてを止めてみせる男だぜ」
「いつになく頭が悪そうですね、まったく」
眼鏡を押し上げたルブウは、小馬鹿にするように顔を横へ振った。
「物事を円滑に進める役割が最も重要に決まっているでしょう。レド、君はもう一度慈善院から勉強をやり直してきた方がいい」
「よく言うぜ。おまえだってあの頃はろくすっぽ勉強なんてしてなかっただろ。おれよりずっと喧嘩っ早かったよなあ?」
「な……! そんな古い話を今さら持ち出すなんて」
「抜かせ。そっちから言いだしたんだろうが」
途中からレドとルブウのやり取りがよく理解できなかったオリカだが、トルゴーがそのあたりをすぐに察してくれたようだ。
「ボクらはみんな孤児でね、慈善院で知り合って以来の腐れ縁なんだー」
ようやく合点がいった。
そういえば、彼らの互いに遠慮のない物言いにはどこか既視感があったのだ。
「じゃあ、三人とも兄弟みたいなものなんだね」
フブキ、ハルク、キョウスケ、ミコ。
オリカとしてはどうしても、何も伝えることなく現世へ残してきた四人のきょうだいたちを思い出さずにはいられない。
再会できると信じ、心を強く持つ。
そのためには一日でも早く、ラブツーク王国内にあるという〈送りの門〉へたどり着かなくてはならないのだ。




