3-2:家族会議、オカルト話、周防仁吉
「ぼくたち、家族になろう」とセイゲンは言った。
何の前置きもない唐突な発言である。
轟音寺の客間にて、うどんと高野豆腐の煮物による夕食をとっていた一同も、いきなりの話に声が出ないようだ。
住職にフブキ、ハルク、キョウスケ、ミコのきょうだいたちの顔を順に見回していき、セイゲンが改めて告げた。
「ぼくたち、家族になろう」
「バカじゃないの、あんた。二回言わなくったって伝わってんのよ。突飛すぎて理解できないってだけで」
辛辣な物言いはやはりフブキである。
もちろん最初からすんなり受け入れてもらえる案だとは、さすがにセイゲンも思っていない。きちんとした説明が必要だ。
「少し踏み込んだことを言わせてもらうけど、許してほしい。以前にオリカからは母親の失踪以降、身寄りと呼べる方はもういないと聞かされている」
保護者がいなくなった状況で、未成年である四人のきょうだいたちが、そのまますんなり生きていけるはずもない。最悪のケースだと、全員がバラバラになってしまってもおかしくないだろう。
セイゲンの覚悟は決まっている。大学を辞めて就職し、一定の収入を得られることができれば里親制度を利用できるはずだ、と。
全員の父親が違うとはいえ、宙宮家のきょうだいたちの結びつきは非常に強い。
この絆をそのまま残せるように尽力すること、それがオリカ亡き後のセイゲンにできる精いっぱいだ。
だが思いの丈を丁寧に伝えてみても、きょうだいたちの反応は芳しくない。
「ありがたいお話ではあるんですけど……」
口を開いたハルクも言葉を濁している。
その後を引き受けたのはキョウスケだった。
「じゃあ何? セイくん、死んだオリカ姉さんに縛られて生きるつもりなの? これからずっと?」
責めるような調子ではなくむしろ気遣ってくれているのだろうが、明らかに納得はできていない様子だ。
確かにセイゲンはきょうだいたちの姉であるオリカの恋人である。だがそれだけでは、家族になる資格が不足しているのだろうか。
いつかはオリカのことを忘れ、まだ顔も知らぬ他人と恋に落ちて、何ごともなかったかのように生きていく。
そんな人生をセイゲンはこれっぽっちも望んでいない。
「オリカは、ぼくにとっての星灯りだったんだ」
用意していたわけではない言葉が口をついて出た。
「そりゃ、名前に星がついているのはぼくの方だよ。難しい読み方だけど。でもね、本当の星はいつだってオリカだったんだ。真っ暗な夜を独りきりで歩いていたぼくの道しるべとなって、往く先を明るく照らしてくれた」
オリカと再会していなければ、今のセイゲンはない。そこは明言できる。
「ぼくにとって、オリカはこの先もずっと輝きを放つ星であり続ける。だけどその光が少し途切れそうになっているのであれば、どうにか繋ぎ止めようとするのが自然だろ?」
理屈も何もあったものではないが、セイゲンにしてみればできるかぎり誠実に自身の想いを語ったつもりだ。
わかりますよ、と俯いた姿勢でハルクが答える。
「おれたちにとってもそうです。オリカ姉は星そのものだった。だからこんなに胸が痛くて苦しいんす」
喉の奥から必死に絞りだしたような声だった。
一方で「わかってない」と断じたのはフブキだ。
「あんたは全然、まったく、何にもわかってないのよ。今の話を聞くかぎりじゃ、自分がお姉ちゃんの代わりにでもなるつもりらしいけど、そんなの無理。無理ったら無理なの。お姉ちゃんが灯台ならあんたはせいぜい線香花火くらいなんだから」
「まあ、オリカ姉さんは太陽でセイくんは月っぽい」
ならどっちも星だね、とキョウスケが合いの手を入れる。
しかしどこか混ぜっ返すような弟の発言に、フブキはさらに機嫌を損ねたらしかった。
「あんたは黙ってろ。さもないとそのサイドテールを引っこ抜くぞ」
「うへ、怖いこと言うなあ」
肩を竦めているキョウスケの隣で、ミコは黙々とうどんをすすっていた。箸遣いもとても丁寧だ。
そういえば以前に「食事中はおしゃべりばかりしてちゃダメよ」と、オリカがミコに言い聞かせている場面に居合わせたことがある。
彼女は亡き姉からの教えを忠実に守っているのだろう。
ここでセイゲンは住職と目が合った。
住職もまたミコの所作を慈しむように見つめていたようで、セイゲンとの不意の視線の交錯によって、一瞬だけ我に返ったような素の表情を浮かべたのが印象に残った。
こほん、と住職が咳払いを一つする。
「セイゲンさんのご提案、宙宮家の皆さんにとってよいものだと私は感じました」
「でも!」
勢い込んで立ち上がったフブキの表情は「関係ない人間がいきなり家族になるなんて」と言いたげだ。
住職はかすかな手の動きだけで彼女をなだめる。
「ではフブキさん、こう考えてみてはいかがでしょう。あなた方とセイゲンさんとのご縁は、他の誰でもないオリカさんが遺してくださったものなのだと。故人の人徳ゆえに繋がっている関係を殊更に否定する必要もありますまい」
「でも……」
「もちろん、微力ながら私もお力添えを惜しみません。まずは互いに腹を割って今後について話し合う、今夜はそのための時間にいたしませんか」
そう穏やかに住職から諭されては、さすがにフブキも矛を収めるしかない。
代わって「でもさあ」と口を開いたのはキョウスケだ。
「問題は山積みだよ? 差し当たっての難題は住むところ。今の部屋はオリカ姉さんの名前で契約しているし、たぶん出ていかなきゃいけないでしょ」
「そうだな」
ハルクも同意する。
「セイさんが借りている部屋って、確か単身者用っすよね」
「うわ、じゃあ転がり込むのはなしか」
途方に暮れたようにキョウスケが天を仰いだ。
もちろんセイゲンとしては現在の住居を引き払い、宙宮家のきょうだいたち用に複数の部屋がある物件を探すつもりだ。
そう伝えようとしたが、お茶をすすっている住職に先を越されてしまった。
「皆さん、そんなに焦って行動なさらずともよろしいかと」
それから再び彼とセイゲンの視線がぶつかる。
住職は何でもないことのようにさらりと告げた。
「セイゲンさんへは夕刻に申し上げたはずです。こんな当寺でよろしければ何日滞在していただいても構わない、と。たとえそれが一年であれ、二年であれ」
先ほど話をしたセイゲンは驚かなかったが、宙宮家のフブキ、ハルク、キョウスケは絶句していた。
それはそうだろう。ありがたすぎる申し出なのは間違いないが、あまりに住職の善意が過ぎる。当面の住居確保の安堵より困惑が勝るのも仕方ない。
そんな空気の中で我関せず、うどんを綺麗に食べ終えて「ごちそうさまでした」と手を合わせたミコが、首を傾げてこう言った。
「でもユキちゃん、お化けの類は苦手って言ってたよね」
言葉の意味を理解するのに、たっぷり数秒の沈黙を必要としてしまう。
最初に素っ頓狂な声を上げたのはフブキだった。
「は? ここ、出るの? その、あれが」
オカルト話がよほど苦手なのか、彼女は固有名詞を使おうとしない。
示し合わせたかのように全員の目が住職へと向けられる。
当の住職は泰然としたものだった。
「無論、出ます」
本堂の方向を指差し、もう片方の手で駒を動かすジェスチュアを見せる。
「ほら、皆さんがおいでになったあの晩も、直前まで狐と狸の妖が本堂でバックギャモンに興じておりましたからな。やつら、長く生きておる割にハイカラでして」
「そんな話、聞きたくなかった!」
フブキが目を瞑って耳を塞ぐ。
澄ました顔の住職は、またお茶に口をつけてから言った。
「あなた方の来訪を事前に教えてくれたのも狐、いや狸だったかな。とにかくどちらかのおかげだったのですから」
さも自然なことのように語るため、セイゲンもうっかり「そういうものなのか」と信じてしまいそうになる。
「ミコも見た。狐さんと狸さん、オリカちゃんの傍でお祈りしてくれてた」
「ほう、見えますか。ミコさんは非常に素晴らしい霊感をお持ちのようだ」
話に置いていかれそうになっているセイゲンが、助けを求めてハルクとキョウスケを見遣ると、彼らは「うんうん」と頷いていた。
どうやら宙宮家ではミコの霊感はすでに認知されているらしい。
この流れを受け入れられないのはただ一人、フブキだけだ。
「無理ぃ! そんなの絶対無理ぃ!」
「ミコは楽しそうでいいなって思うんだけど、ユキちゃんはいや?」
「嫌も何も、とにかく無理ぃ!」
もう取り付く島もない。
「振りだしに戻ってしまいましたねえ」と住職も困り顔だ。
確かにフブキの頑強な抵抗によって、宙宮家の住居問題は再考を余儀なくされてしまったわけだ。ただし彼女に非があるわけではない。心から恐れるものがあるならば、それはどうしようもないだろう。
「なら、こういうのはどうでしょうか」
住職はまた新たな提案を披露する。
「実は、懇意にしている方から除霊をお願いされているビルがありまして。お若い皆さんはご存知かどうか、二十年ほど前に起こった女子高生大量変死事件。まさにその現場付近ということで、依頼者は真っ先に霊障を疑ったようです」
「またその手の話か! もういや!」
オカルト話から逃れようとしてなのか、不貞腐れたような態度でフブキは卓上で突っ伏してしまう。
まあひとまず耳を傾けてください、となだめながら住職は先を続けた。
「ご依頼を受けて私も件のビルを一通り確認させていただいたのですが、霊やお化け、そういったいわゆる妖の類の存在は認められませんでした」
「どういうことでしょうか」
セイゲンの問いに、住職は指を二本立ててみせる。
「二つの可能性が考えられます。一つめは依頼者の取り越し苦労。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ではありませんが、そういうケースもままあるものです。二つめは居住者ではない生身の人物による痕跡」
後者は私の管轄外でして、と住職は剃り上げた頭を掻く。
「というわけでフブキさん、あなたならば解決できる案件かもしれませんよ」
「人、てか要するに侵入者がいるかもってことね」
ぐふふ、と元気を取り戻したフブキが不気味な笑い声をあげた。
「人間相手なら怖くも何ともないのよ。真実を暴いて取っ捕まえて、洗いざらい白状させてやるっての」
「ほどほどにな、ユキ姉」
ハルクがそう忠告すれば、キョウスケも「ユキ姉さんは苛烈だからなあ」とため息をついている。
「うっさい。解決したらビルのオーナーに掛け合って、格安で住まわせてもらう」
これはもう決定事項だから、とフブキは大袈裟に胸を張った。
いつもクールな姿ばかりを見てきたせいか、目まぐるしく変わる彼女の態度はとても新鮮に映る。どうやらまだまだたくさん、セイゲンの知らない宙宮家のきょうだいたちの姿が隠されているらしい。
久しぶりに楽しげな様子のきょうだいたちを眺めながら、セイゲンは住職へと向き直る。
「そのビルのオーナー、お名前を教えてもらってもいいですか」
フブキの思惑通りに事が進めば、いずれ彼が挨拶へ伺うことになるだろう。
そう考えて訊ねただけだったのに住職の返事は衝撃的だった。
「はい。周防仁吉という、地域では名の通った有力者です」
「え」
周防仁吉、その名前に聞き覚えがあるどころではなかった。
引き取って育てたセイゲンに囲碁棋士を目指すよう強要し、今は関係が破綻して疎遠になっている祖父。
まさにその本人だったからだ。




