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大谷家、動き出す

 ところがある朝、明生の勘が当たった。今度は花道町二丁目のコーポ花柳の三階と向日葵ハイツの二階に同じ様な落書きが見つかった。

 やはりコンシーラーで「バカ」「アホ」などの文字が書かれてあった。

詩織に「ミステリーを想像しないと!」と言われたからではないが、晴美はこの落書き事件が益々気になりはじめていた。たかが落書き、されど落書きである。今そこにある「ミステリー」を探ってみようと、早速行動を開始した。

 まず、落書きがあったマンションを、一件一件さり気なく見てまわった。二丁目は古いアパート、古い建売住宅が建っているが、ここ数年で田んぼだった土地が次々と駐車場や賃貸マンションに変わり始めていた。

 買い物帰りの井戸端会議で、晴美はメゾン花ノ木とコーポ花柳、向日葵ハイツ、すべてが同じ所有者だと知る。犯人は、この所有者に何らかの恨みがある奴だろうか……と普通に考えたらそうなるが、いくら恨んでいても落書きなんかやって何になるというのだろうか……と晴美は首を傾げた。


 所有者は、花道町一丁目隣の、桑原町に住んでいる馬場善三だ。妻に先立たれた今は一人暮らし。馬場の評判はそんなに良くはない。所有のマンションの住民が引越しを決め退去する時、何かといちゃもんを付け、必ずといっていい程、高額の修繕費を請求するという噂だ。

 詩織が登校中、陽太朗が何か知っていると思い、話を振ってみた。

「今、新婚夫婦が住んでる部屋のさぁ、前の住民の人が出てく時、超揉めてたらしいよ。何かさぁ、便座にヒビが入ってるとか、壁紙が猫か何かの引っ掻き傷でボロボロだとか? でも猫飼ってませんとか、超喧嘩してた」

「で、前の住民ってどんな人?」

「三十歳位の男の人と二十代位の若い女の人。母ちゃんが同棲カップルだって言ってた。でも別れたみたいなんだ。だから引っ越す時、先に女の人が引っ越して、その後男の人が引っ越してったよ」

「で、猫って飼ってたの?」

「うちのマンションはペット禁止だからさ、内緒で飼ってたのかな? でも、鳴き声とかしなかったし……」

「ふうん……で、その住民の人ってどこに引っ越したんだろ。近くなのかな……まさかそんな事まで知らないよね」

「知ってるよ」

「マジで?」

「馬場のジジイと揉めた時、掴みあいの喧嘩になって、通り掛ったうちの父ちゃんが止めに入ったんだ。それで引っ越してから御迷惑かけました的な? 手紙付きのビールが送られて来て、それで住所見たら、働いてる会社の寮だったって」

「会社の寮?」

「東峰化学とか……だったっけ」

「大企業じゃん」

 といきなり、前を歩いていた和也が振り返った。今の話を聞いていたらしい。

「お前ら、犯人探しするのか?」

「別に。ただ訊いてみただけ……」

「俺はさぁ、馬場のジジイがキャバクラに通ってるって聞いた事あるよ」

「やっぱり? 実は俺もそんな話、母ちゃんが電話で話してるの聞いたことある!」

 陽太朗の噂好きは、母親の影響のようだ。

「もうすぐ七十歳だろ? エロいよなぁ」

「うん、エロいよね!」

 和也と陽太朗がまるでおばさんの井戸端会議の様に話し出したので、詩織は少し呆れた。

「エロいってなにが?」

「誰がエロいのー?」

 一年生の蓮と由香里が面白半分で会話に入って来た。

「ほらほら、列が乱れてるよ、真っ直ぐに並んで」

 と詩織が列を正すが、まだふざけている和也、陽太朗、蓮、由香里。

 麻友が一人、ポツンとそれを眺めていた。


「その前の住民の男が、逆恨みをして落書きをした? 何かそれはピンと来ないわね」

 詩織が陽太朗から仕入れてきた情報を聞き、晴美は首を傾げた。

 食卓には刺身の盛り合わせと冷や奴、漬物とみそ汁が並んでいた。ちなみにみそ汁はお湯を注ぐだけのもので、申しわけ程度に刻んだわけぎが多めに入っていた。

「今日は一日中書いてたの?」

 全て調理が必要のないメニューを見て詩織が訊くと、晴美はクールな表情で答えた。

「ううん、書いてないわ。でもね、今日は事件についてちょっと調べていたのよ」

「お母さん、調べるって何を?」

 驚いた顔をした詩織と明生に、晴美はちょっと刑事っぽく話し出した。

「それくらいの時間にジョギング、犬の散歩をしていた人、勿論、新聞配達の男の子、全ての人に、何か変わった事……人物などは見なかったか聞き込みを行ったの」

「晴美さん、ちょっとやり過ぎじゃない?」

 少し呆れ顔で明生が言うと、晴美は真剣な顔をして答えた。

「ミステリーは、こういう身近な所から探らないと!」

 本やDVD、二時間ドラマ、インターネット……様々な物を見聞きして学んでも、得られる物と得られない物がある。晴美は実際自分で何かを探りたくなったのだ。

「それに、情報は足で稼がないと!」

 叩き上げの刑事の様な物言いに、ますます呆れ顔の明生と詩織を横目に、晴美は聞き込みの結果を話し出した。

「メゾン花ノ木に新聞が配達される時間は約五時半頃。その時は既に落書きはされていた。あの辺を早朝五時頃にウォーキングしている老夫婦が、離れた所からだけど、その時間はまだ落書きなんてなかったって言ってるの。だから、大体五時から五時半の間に落書きがされたと思うの。前の住民がそんな時間に来て、わざわざそんな事をするかしら」

「恨みがあるなら時間とか関係ないんじゃないの?」

 もう既に前の住民が犯人だと決めつけている詩織がキッパリとそう言った。

「いくらなんでも、あんな時間に? 仕事があるのに?」

「関係ないよ」

「でも、三件も立て続けにやるなんて……」

「しつこい性格なんじゃないの」

「しかも、落書きなんて子供じみた事……」

「ちょっとした嫌がらせをしたかっただけじゃないの? だから子供じみた事をしたんだよ」

「それに、何でコンシーラーを……」

「同棲相手が置いてった物、適当に使ったんじゃないの」

「うーん、言われてみれば……」

 何を言っても、詩織の言っている事に「一理あるかも」と納得してしまう晴美だが、何かやっぱり違う気がする。こうなったら自分の目で確かめるしかないと思い、早速行動を開始した。


 そして早朝、晴美はジャージ姿で気合を入れて、ウォーキングを装い馬場が所有する駅近くの月見マンションをうろついていた。なぜか眠そうな顔をして詩織もついて来た。

「そのジャージってダサくない?」

「いいのよ! 動きやすければ」

 などと話しながら、あたりを見回した。

 馬場を恨んでいる人の犯行なら、次は絶対ここを狙う筈。もうこのマンション以外、馬場の所有するマンションはないからだ。


 数日間、そんな事をしていると、いいかげん詩織の機嫌が悪くなってきた。

「あのさぁ現場を押さえたらどうするの? 二人で捕まえるつもり?」

「まさか、怖いから警察に電話するわ。それと、証拠の写真を撮るわ」

 とポケットからスマートフォンを出した。

「もうさ、いい加減そのスマホ機種変したら?」

「壊れてないのに?」

「私が幼稚園の頃から使ってるし!」

「そうだっけ? だいたい詩織はさぁ、新しいものばっかに目が行き過ぎ! 洋服もすぐに……」

「あっ! あの人」と詩織が指を差した先を、「なになに?」と思わず晴美はスマートフォンを構えた。「うっそー。リハーサルリハーサル」と詩織は笑った。ムッとした晴美だが、構えた先の向こうには、見覚えのある女性の姿が映った。それは、メゾン花ノ木の住民、四階の二号室に住む、最近ハデになったという噂の女子高校生だった。

 女子高校生は、一階の角部屋からコソコソ出てきた。まもなくその部屋のベランダに若い男性が出て来て、帰って行く女子高校生に手を振っていた。

「なるほど、年上のカレシがいるんだ。あのカレシ、ちょっとチャラい感じだね」

 そう呟き、詩織が興味津々で二人の光景を眺めていた。

「朝帰りか……まだ高校生なのに……でもまぁ二人ともチャラいっちゃあチャラいけど、お互いに優しい表情をしてたから、真剣な交際なのかもね」

「へぇー。さすが恋愛小説家・月丘雨音! 鋭い観察力?」

「何? ちょっとバカにしてる感じ?」

「別にバカになんてしてないし……あっ、でもさぁ、何で月丘雨音? 本名は使いたくなかったの?」

「だってね、旧姓、大空だよ。恋愛小説家、大空晴美って元気すぎじゃない? 憂いとかロマンチックさとか全く感じないでしょ? お父さんと結婚して名前変わったけど、大谷晴美って……殆ど変わってないじゃんって……」

 詩織は急にクスッと笑った。

「お母さん、何か最近変わったよね」

「そうかしら。どこが?」

「何かね、話してて楽しいから」

「前は楽しくなかった?」

「うん!」

 キッパリと言われ、ちょっとショックだったが、晴美自身、ここ最近生活に潤いが出てきたような気がしていた。少し前の自分は、明生と詩織の事だけが自分の世界だった。でも今は違う。まだまだ理解できていないミステリー小説を書くんだ、という目標ができ、ちょっと横道に逸れているのかもしれない、今回の落書き事件の犯人探しを、どこか楽しんでいた。しかし……。


「今回の落書き事件で、知らなくてもいい事も耳に入ってくるね」

『占瞳館』で明生が、午前の客が帰った後、深刻な顔をしてそう言った。

「今のお客さんに訊かれたんだけどね、コーポ花柳の住民の中に、前科がある人が住んでいるって噂知ってる? って」

「そうなの? 私はそんなこと知らないけど。そのオバサン、いや、お客さんはどこでそんな話しを聞いたの?」

「それは知らない。でも今のお客さん、駅向こうに住んでる人なんだけど、そういう類の噂が流れてるみたいだよ。他に、メゾン花ノ木のどこかに十年間引きこもってる子がいるらしいとか……」

「嘘、それも初めて聞いたわ」

「まぁ、あの落書き事件が起きてから、最近ちょっと騒がしい感じがするよ。嘘か本当か分からない噂話が広がって、みんなが今まで気にならなかった事が気になり始めてる……」

「……私も……小説を書く為とはいえ、いろいろ嗅ぎ回ったりしてるけど……」

「とにかく、一番いいのは早く犯人が捕まる事なんだけどね……」

「そうね! じゃあ私が絶対犯人を捕まえるわ!」

「えっ?」

「こうなったら、ドラマや映画に出て来るような、そう、素人探偵になったつもりで頑張るわ!……だってね、現場を押さえたらいいんでしょ? 近所を歩きまわって……」

 探偵になる気は当然ないが、晴美は本気でこの犯人を突き止めたいと思っていた。それに、根拠はないが、なぜか今の自分なら何か出来そうな気がしていたのだ。

 でも明生は、そんな晴美が暴走し過ぎじゃないか、少し心配だった。でも子供の頃の晴美は出来もしない事もやろうとするような……よく言えば意思の強さのようなものがあったっけ……などと思い出しながら、晴美の話を聞いていた。

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