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大谷家のミステリーな生活

「ねぇお母さん、今日荷物届いてたよね?」

「そうそう、送ってもらったんだった」

「うーん……いい匂いがするね」

 今日、大谷家に宅配便が届いた。

 箱の中には、沢山の梨やブドウが入っている。

 兄の了一がこの時期になると毎年送ってくれて、今年はいつもより多めに送ってくれるようにお願いしていた。

 晴美は仏壇にお供えをした後、隣近所、麻友の家、陽太朗の家、美咲の家、公太の叔父の家、知笑、馬場……少しずつだがお裾わけをした。

 馬場の家に行った時、馬場は荒れた家庭菜園の草を毟っていた。バルコニーには、珍しく何組かの布団が干してあった。

「息子家族が久しぶりに帰って来るんだ」と馬場はそう言って、嬉しそうに笑っていた。


 夏休みが終わったと思ったら、時間はあっという間に流れ、詩織と明生の夏服を片付けていた晴美は、ふと我に返り、自分の小説がちっとも書けていない事にため息を付いていた。でも、最近嬉しい事があった。


 占瞳館にエリが来て、ある短編小説を読んでいた。

「何か……荒削りですけど、人間の奥底に潜む怖さみたいなものが描かれていて……ちょと雰囲気がある作品ですね」

「そうでしょ? やっぱりそう感じた?」

 と晴美が少し興奮気味で言うと、明生も珍しくテンション高めで話に入って来た。

「僕は素人なので偉そうな事はいえませんが、なかなか読ませるというか……」

「そうですね! このまま他の作品も描き続けてほしいと思いますね」

「じゃあ、知笑さんにそう言っておくわね!」

 晴美の小説を読んだのがきっかけで、知笑は小説を書き始めた。元々子供の頃から本を読むのが好きだったという。そして、よく大谷家に来ては晴美とあれこれ話していて、書いてみようと思ったようだ。最初は、何か趣味があれば生活に張りができるしね……なんて言っていたら、予想を上回るような物を書いて来た。当然、晴美と明生はエリに読んでもらって何かアドバイスをもらった方がいいと勧めた。でも知笑は自信がないと言い、占瞳館には来なかった。

「知笑さんにお会いしたかったです」

「今度は連絡して会えるようにするわね」

「あっ、でも私……すみません」

 エリの顔が急に畏まったように、晴美と明生を見つめた。

「暫くしたら、休職することになりまして……」

「えっ! どうして?」

「妊娠したんです」

「そ、そうなの? それは、お、おめでとう!」

「ありがとうございます」

 突然のおめでたい話に晴美は驚いたが、明生はちっともリアクションしなかった。

「明生さん知ってたの?」

「知らなかったよ。でも、何となくそうなるんじゃないかと予想はしてた」

「あの、明生さん、あれから主人と何度も話し合いました。こんなにすぐに授かるとは思いませんでしたが、もう迷っていません」

「そうですか。お二人で決めた事ならそれでよかったです」

 初めてショッピングモールに来た時、鑑定内容はこの相談だったのか、晴美は頷いた。

 エリは結婚した時、仕事を続けたかったので子供は望んでいなかった。エリの夫も同じ気持ちでいたが、やはり結婚生活を送る中、子供の事を考えてしまった。エリは産休を取って、職場復帰して前の様に働けるのか、育児と両立できるのか、元々そそっかしくて、不器用な自分の事を考えると悩んでいた。前に鑑定に来た時、自分の年齢と出産の事を考えると、早く決断をしなくてはいけなかった。元々エリは、そのような内容を占いで尋ねても、何の意味もないと思っていたが、明生の鑑定でかなり考えが変わった。

「あなたは自分が思っているよりも冷静です。それに、自分が思っているほど不器用ではありません。でも、強情な所があるので、助けてほしい時はちゃんと周りの人に助けてもらってください」

「はい。ありがとうございました」

 エリは安心したように微笑んだ。

「それで、休職しますが作品はいつでも読ませて頂きますね」

 玄関でそう言ってエリは帰っていった。いつも履いているヒールではなく、低めのパンプスを履いて。


 食卓には、テイクアウトの牛丼とインスタントの味噌汁と、レタスとプチトマトだけのサラダが並んでいた。

 それを食べながら、晴美と明生は話していた。

「電話したら知笑さん喜んでたわ。よかった」

「今も何か書いてるの?」

「そうみたい。徐々に長編にも挑戦……」

「ちょっと!」

 詩織が話を遮った。

「お母さん! 自分の作品はどうなのよ!」

「えっ……まぁ……ボチボチかな」

「で、このメニュー?」

 ちっとも進んでいなかったのは、詩織も明生も分かっていた。

「そんな事よりさぁ! 駅から向こうに出たのよ、下着ドロボー!」

 最近の晴美は、連続下着ドロボーを捕まえるのに闘志を燃やしていた。一体それは正義感なのか、ミステリーが書けないので、誤魔化す様に他の事に取り組んでいるのか、詩織は呆れていた。

「これはね、ただの下着ドロボーじゃないのよ!」

 話し続ける晴美を無視して、詩織は牛丼を頬張った。

「若い女性のを狙ってるんじゃなくて、高齢者の女性の下着が盗まれているらしいの!」

「マジで? キモっ!」

「うーん……ミステリーだね」

 明生がそう言うと、晴美は事件について話し始めた。

「そうなの! 被害者の人たちの共通点はね、70歳以上で、下着の色は淡いピンクばかりが盗まれてるらしくて……」

「うわっ、ただの変態じゃん!」

 いつになったらミステリー作家・月丘雨音になれるのだろうか。でも、まぁ取りあえず、明日こそはちゃんと夕食を作ることにしよう、そう思いながら牛丼を美味しそうに食べ始めた。


 それから、いつもと変わらない平和な日常が過ぎて行った。

 いつもの様に買い物へ出掛けようと花道公園隣の駐車場を通り過ぎようとした時、晴美の記憶が蘇った。

「ネズミの絵……」

 車が八台ほどしか止められない小さな駐車場には、日中はほぼ車が駐車されていない。

 確か、前にこの壁にバンクシーを真似たネズミの落書きがあって、その絵はいつの間にか消されていた筈。なのに、また前と同じようなネズミの絵が描かれているのが見えた。

 これがただの落書きではないとしたら? 晴美は足を止めてその絵をじっと見つめた。

 絵の中のネズミには足枷が付いていた。晴美にはその足枷が爆弾のように見えた。

 そして最近機種変更したスマートフォンを取り出して、ネズミの絵を撮影した。

「買い物は後にしようかな……」

 この絵にはどんなミステリーが隠されているのか? どんな出来事に繋がっているのか? 晴美は妄想、想像、空想したくなったのだ。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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