手芸教室と凛の森
大型ショッピングモール・ソレイユに来たのは、三カ月ぶりくらいだろうか。
『占いの館』に行くと、仙石は鑑定中だったが、ジュピターには珍しくお客が来ていない。
「こんにちはジュピターさん、久しぶりだね」
明生が話しかけると、ジュピターはパーテーションの向こうにいる若い男性占い師を呼んだ。
「ほら! 大谷先生よ」
隣から飛び出す様に出て来た、この若い占い師はどうやら明生に憧れているらしい。
「はじめまして! 随分と前なんですが、僕、ここで一度鑑定して頂いたことがあるんです! その時、沢山お話を聞いて下さって……励まされました! だから、僕も占いに興味を持って……勉強して同じ道を……」
「そうなんですか。何か照れちゃうな……」
そんな事を言われたことがない明生は頬を赤らめた。
「ほら、せっかくだから先輩になにかアドバイスをしてもらいなさい!」
「じゃあ、ご迷惑じゃなければお願いします!」
明生と若い占い師は隣の席で話し始めた。
お客がいない間にジュピターから話を聞かなくては、と晴美はジュピターの前に腰かけた。
「ジュピターさん、今日は聞きたい事があるんだけど……今いい?」
「はい。この通りお客様がいないので、何でもどうぞ!」
明るく微笑むジュピターに晴美は早速、ジュピターがOL時代、白鳥文化センターに通っていた時、洋裁を習っていたのか尋ねた。
「はい。習ってました」
「でね、先生の名前って……覚えてないよね」
「先生って?」
「里村喜代子先生って知ってる?」
「さぁ……でも、どうして?」
「うん、ちょっとね……えっと、評判がいい先生だって聞いてね。わ、私も習ってみようかな……なんて……」
別に嘘をつく必要はないが、ここで事情を説明するのもちょっと面倒だった。
すると、ジュピターがスマートフォンを触り始めた。
「もしかしたら友達がその里村先生に習ってたのかも……ラインで聞いてみますね。私は会社の帰りに夕方から夜の部に通っていましたけど、主婦の友達は昼の部に通っていたんですよ」
「あ、なんかごめんね。ありがとう……」
ここで何か分かる事を期待したが、なかなか返事が来ない。
「大谷さん、久しぶりだな」
仙石が鑑定を終えて隣から覗き込んでいた。
「ああ、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
そう言って笑った晴美の顔を、いきなり仙石がじっと見つめた。
「な、何ですか?」
「いやぁ……奥さん、人相が変わったな……少し見ないうちに……」
「実は私もそう思ってたんですよ!」
とジュピターも晴美を見つめた。
「そ、そうですか? どんな風に?」
まさか……最近少し寝不足だから老けた? と焦ってしまったが仙石とジュピターは同じ表現をした。
「ピリッとしてるな」
「そう! ピリッですね!」
よく理解できなかったが、そうらしい。今はようやくお客が来ているが『占瞳館』がこれからどうなるのか分からない、ちょっとした緊張感でそんな顔になっているのか? それともちっとも書けないミステリーのせいか? そんな事を考えているうちにジュピターの友達からラインが来た。
「ああ……知らないらしいです。すみません……」
そう簡単でないことくらい分かっていたので、ガッカリはしなかった。
ジュピターに客が来たので取りあえず行こうとしたら、隣の若い占い師の所にはいつの間にか、ちょっとした行列が出来ていた。
「先生、またアドバイスお願いします!」
と元気よく明生に挨拶をし、晴美の方にペコリと頭を下げた。
「晴美さん、邪魔になるから行こうか」
ちょっと寂し気に明生が言うと、仙石が明生の肩をポンポンと叩いた。
それから仙石と三人でお茶を飲んで、近況報告などをして、ちょっとブラブラしてから家に帰った。
その夜、明生も詩織も寝てしまったのに、晴美はひとりでリビングにいた。何も書けない事に少し焦りのようなものがあるのか、最近は眠れない。
昔、作品を書いていた頃、デビューしていない頃、物語を考えていると、その事で頭がいっぱいになって眠ることすら勿体ないと思い、朝まで起きていた事はしょっちゅうだった……そんな事を思い出していたら、スマートフォンが鳴った。画面を見るとジュピターだった。
「夜分遅くに申し訳ありません」
「それほど夜分じゃないわよ。今日はありがとう」
お礼を言うと、今日尋ねた、「里村喜代子」のことについて話はじめた。
「ラインした友達からさっき連絡があって、里村先生に教えてもらったことがあるママ友がいるらしいんですよ」
「えっ? そうなの!」
「で、どんな人だったのか知りたいんですか?」
「まぁ、知っていることがあったらなるべく……」
「何か、教室ではいつもニコニコしていて授業はとても楽しかったらしいです。教え方も上手で、お嬢様育ちだから、どこかおっとりしていて、優しい雰囲気の人だったって言っていましたけど……」
公太の成績が落ちると、正座させたりご飯を抜いたりすると麻友は言っていた。外に見せる顔と家での顔は違っていたのだろうか? 晴美は首を傾げた。
「でも、ある時期に急に様子が変わったらしいんです。何とかっていう、ほら、人が死んだとか言われてた宗教の勧誘を始めたらしくて……」
「勧誘?」
「はい。里村さんが教室をやめた理由っていうのが、しつこい受講生への勧誘がセンターの責任者の耳に入ったらしくて、厳重注意を受けたらしいんです」
「それで辞めさせられたの?」
「そうみたいです。それに、出身校が同じ朝陽学園だったせいもあって、センターを辞めた後も、友達のママ友は結構しつこく勧誘されたらしいんですよ」
ジュピターの話で、里村喜代子が熱心な信者だという事が分かった。きっと、急に変わったという時期に夫が出ていき、その後入信したのだろうか? それとも、その宗教に喜代子が嵌り過ぎてしまい、それが原因で離婚することになったのか? でも、麻友の話を思い出すと、喜代子が変わったのは父親が出て行ってからだと言っていたので、きっと、心の隙間に宗教というものが入ってきて、喜代子の気持ちをどんどん変えていってしまったのだろう……。そんな事を考えているうちに朝になり、晴美はすっかり寝不足気味だった。
「勝手な想像だけど……公太くんの家は、おじいちゃんとおばあちゃんと、お父さんとお母さんとで、仲良く暮らしてて、どっちが先か分かんないけど、おじいちゃんもおばあちゃんも亡くなって、寂しいなって思ってたら、まさかお父さんが出て行っちゃって……お母さんと二人になって……でも寂しさに耐えられなかったのは公太くんよりもお母さんの方で……宗教に心酔して、成績が落ちたからといって我が子に食事を作らず、体罰を与えて……公太くんはその辛さを吐き出すように町に落書きをし始めた……」
お客さんが帰った後の占瞳館で、晴美は明生と話していた。
「辛さをぶつける為にやっているとも思えないんだよな……でも、変わってしまった母親に対する反抗でやってるとも思えない。それならとっくに捕まって母親を困らせているはずだからね」
いっそのこと警察にこの事を洗いざらい話して相談すればいいのかもしれない。でも、防犯カメラがない建物を選んで落書きを行っていたようなので、公太がやった証拠はない。麻友が目撃者として話せば事件は解決するのかもしれないが、そんな事をしたら麻友と公太の関係は変わってしまうだろう。
麻友の忠告を聞き入れ、公太がもう落書きをやめて、このまま自然に何もなかった様に終わったとしても、公太がやった事は消えない。そして公太の心に何か傷を残すだろう。その傷が例え小さくても、将来なにか大きな物を生み出してしまうかもしれない。それがどんな形で現れるかは分からないが、このまま放っておくわけにはいかないのだ。
公太は誰も信じていない。特に大人を信じていない。誰かを信じていたら、きっとこんな事はしない筈。悩みがあっても話せず、自分でどうにかしなくてはいけないと、ずっと抱えてきたんだろう。そう思うと晴美は焦った。
その時、慌てて詩織が帰って来た。
「ちょっと! 大変大変!」
「何よ。まさかまた落書き?」
「違う。噂が流れてる! 公太くんが犯人かもって」
「何でだ? 僕たちと早川さんしか知らない筈だろ……」
勿論、麻友が誰かに話す訳がない。
「早川さん以外に、誰かが見てたのかも」
麻友の事が心配になり、鞄を置くとすぐに詩織は出て行った。
詩織が麻友の家に行くと、泣いたような顔をして麻友が出てきた。
「どうしたの?」
「公太くん、お前が言ったんだろうって……私のこと疑ったの。私……言ってないよ」
「そんなこと決まってんじゃん」
「でも……私の話、聞いてくれなくて……」
泣き出す麻友を詩織は慰めた。
麻友の話だと、警察が公太の家に来て、事情を訊いていったらしい。でも、公太は「やっていません」と言い、喜代子は警察に向かって怒りを露わにしたという。公太に罵られた後、心配で公太の家まで行った麻友は、門の前に立ち、警察との会話を聞いていた。
「公太くんのお母さん、警察の人に、もう二度と来ないで下さい、不愉快ですって! ……公太くんの事、本当に信じてるんだなって思った」
「……信じてる? のかな……」
今までの話から、喜代子が公太の事を信じてるとか信じてないとか、そんな風には思えない詩織は、ちょっとイラついた。




