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花道町三丁目の公太

 放課後、家に鞄も置かず、麻友は大谷家に直行。

 明生は仕事中で、晴美は買い物に出ていて留守だった。

 麻友は母親が好きだった『SとNの日記帳』の作者が晴美だと知って、また会えるのを楽しみにしていた。なので留守だと知って少しがっかりしていた。

 詩織は自分の部屋に麻友を通し、ペットボトルのジュースとスナック菓子をテーブルの上に置いた。

「ちょっと散らかってるけど」

 最近、晴美が掃除をしてくれなくなり、部屋の汚れと掃除は自己責任となっている。

 床に雑に置かれているティーン向けのファッション雑誌を、麻友は手に取った。

「こういうの好きなんだね。いつも大谷さん、オシャレだもんね」

「そうかな?」

 ちょっと照れる詩織は、他の雑誌も麻友に見せながら今どんな服が好きか、お気に入りのモデルは誰かなど、色々と話したりした。

 詩織は麻友の「聞いてほしい事」をいきなり聞くのが嫌だった。でも麻友は、話さないと落ち着かない様で……。


「私、里村公太くんっていう三丁目の中学生の子と友達なの!」


「えっ?」

 突然始まった話しにちょっと驚いた詩織だが、そのまま聞いた。

「引っ越して来たばかりの頃、行くとこなくて、よく立ち読みとかレンタルとか行ってたの。公太くんとは、いつも同じアニメのコーナーで会う様になって、いつの間にか話すようになって。大体、話すのは好きなアニメの話とかなんだけど、段々、家の事とかも話すようになったの……」

 麻友が何か言いづらそうに言葉を止めた。

「何? 言いたくないなら無理に……」

詩織がそう言うと、麻友が首を横に振った。


「私、公太くんが落書きをしてるの見たの!」


 予想通り、やっぱり東山中学校の男子、公太が犯人だった。

「偶然だったの。錦マンションにお父さんのお友達が住んでて、落書きがあった前の日、お父さんとその人の家に遊びに行ってて……そしたら、うちのお父さん、麻雀が好きで中々やめてくれなくて……だからその日はその人の家に二人で泊めてもらって。それで朝、学校あるし、お父さんより先にその家を出たの」

「ああ、じゃあその時、目撃したんだ」

「うん。公太くん、私に気づかなくて、あの口紅みたいな化粧品、落として慌てて出て行った……でもまさか大谷さんに見られてたなんて思わなかった」

「私その時、完全に早川さんがやったんだと思った……」

「仕方ないよ。誰だってそう思うでしょ」

「でもね、どうして庇ったりしたの? 公太くん? だっけ」

「公太くんの家はお母さんがすっごく怖いみたいなの。成績が落ちると、ご飯抜きだったり……何時間も正座させられるって」

「マジで? 私なんて毎日正座で毎日ご飯抜きになっちゃう」

 クスッと笑ったが、再び真剣な顔をして麻友は話を続けた。

「それでね、もし、そんな事をしてるのがバレたら、公太くん大変な事になるんじゃないかと思って……」

「それで庇ったの?」

「うん……」

「ダメだよ。やってない事をやったなんて言っちゃダメなんだよ。そんなの優しさじゃないと思う」

「うん……そうかもしれないけど……」

 「好きだから?」そう訊きたかった詩織だが、言っちゃいけないような気がして、その言葉を飲み込んだ。

「今日、車に落書きがあったって聞いたから……何か心配……だから私、もうやめる様に話そうって思うんだけど、どう思う?」

「そうだね。もういい加減にやめさせなきゃ、絶対つかまるでしょ。次やっちゃったら、きっとヤバいよ」

「じゃあ、話してみる。明日」

 麻友は不安そうな顔をしていた。もし麻友が話しても、公太が言う事を聞かなかったらと思うと、詩織も心配だった。


 その夜、麻友の許しを得て、晴美と明生に全てを話した。

「やっぱり、お母さんが前に言ってた様に、勉強勉強の毎日で、成績が下がったらどうしようっていうストレスであんな事したのかなぁ」

「そうかもしれないけど、何か引っかかるのよね」

 晴美は里村公太の家が母子家庭だというのに、家に男性がいたという事がずっと気になっていた。

「公太くんのお母さんのカレシかもしれないって事? たまたま来てた親戚のおじさんとかじゃないの」

「何かそうとは思えないのよね……その公太くんがおかしな事をやり出したのは、その男性の存在が原因なのかも……」

「母親の再婚相手に反抗?」

「そういう年頃でしょ? そう思わない、明生さん」

「ああ、そうだね。母親が自分の父親以外の男性と結婚するとなると、そんな気持ちになるのかもしれないな」

「でもね、再婚の悩みだったら早川さんに相談するんじゃない? 早川さんの家はお父さんが再婚してるんだもん」

「まぁね、同じ立場だったら相談までしなくても、うちの母親再婚するかも、とか? 会話に出てくるはずかもね……」

「再婚とかじゃなくて、他に何かあるんだろう……」

 明生はずっと公太の事を考えていた。もうこれ以上落書きをさせない為にはどうしたらいいのか。麻友に言われてやめるとは思えず、一度公太に会いたいと思っていた。

「明日、早川さんはどこで公太くんに会うんだ?」

「いつも行ってるレンタルショップだと思うけど」

「お父さんも行きたいんだけど」

「明生さん、行ってどうするの?」

「その公太くんと何でもいいから話をしたい。何か感じられるかもしれない」

「じゃあ、私も一緒に行くよ」

「それじゃあ、お母さんも」

「三人で? お母さんはいいよ。家で何か書いてたら?」

「何かって……」

 晴美はずっと何も書いていなかった。というか、何も書けないのだ。晴美のミステリー作家への道は遥か遠かった。


 次の日の放課後、レンタルショップのアニメコーナーに麻友はいた。少し離れた場所に詩織と明生がスタンバイしていたが、公太はなかなか来ない。

「なぁ詩織、まさか来ないって事ないか? 詩織?」

「ついでに何か借りて来いってお母さんに頼まれたんだけど。何がいいかな」

「そんなの後にしなさい」

「でも、少しくらいならいいでしょ?」

 退屈になり、詩織がDVDをチョイスし始めた。

 その時、麻友が店の入り口を指差し、軽く合図をした。公太が来たようだ。

 公太は学校の制服ではなく、私服姿だった。水色のチェックのシャツにジーンズ姿の見るからに爽やかな少年という感じだった。

 公太はアニメコーナーで麻友と話し始めた。

「お父さん、行くよ」

「来たか」

 白杖をついて明生は歩きだした。後ろを詩織が付いていく。予め麻友には、明生が公太との会話を望んでいると伝えた。さり気なく近づく明生と詩織。

「あ、あれ? 早川さん?」

 ちょっとワザとらしくなかったかと気になった詩織だが……。

「し、詩織、早川さんがいるのか?」

 おいおい、お父さん棒読みじゃん! と、ちょっと慌てたが、公太は殆ど無視してDVDを見ていた。

「そうだよ。お父さん、早川さん、お友達と一緒みたい」

「大谷さんのお父さん、こんにちは」

「こんにちは。お友達と一緒なの?」

「はい。里村公太くんです」

 そう麻友が紹介すると、公太はちょこんと頭を下げただけで、殆ど明生と詩織の方を見ようとしなかった。

「何かお勧めのはないですか? なぁ、お母さんに何か借りて来るように言われたんだろ?」

「そうそう」

「僕はそんなに詳しくないから……でも、韓流とかじゃないですか?」

「そうですか。公太くんのお母さんもそういうの観ますか?」

「あっ……いえ、うちの母はあんまり見ません。テレビも映画も殆ど……」

 公太はようやく明生の目が不自由だと気がついた。

「公太くんはどんなの観るんですか? やっぱり若い人はアクションとか?」

「観ません」

「じゃあ胸キュンラブストーリー?」

「観ません」

「だったらお笑い?」

「観ません」

「男子は戦隊ものか?」

 いろいろ話したいと思い、明生はどんどん質問した。それを感じ取り、詩織も話しに入ってきた。

「や、やっぱ頭いいから難しいやつ観るの?」

「僕、別に頭なんてよくないけど……」

「だって東中なんでしょ?」

 しまった……今日ここで初めて会ったという設定を忘れていた。詩織は慌てた。

「あっ、私が前に話したの」

 とすぐに麻友がフォロー。

「どうしたら勉強が出来る様になるのか教えて貰おうかな。ねぇお父さん」

「何言ってるんだ。でも折角だから教えてもらおうか。公太くん?」

「すみません。僕、もう行くんで」

 そう言うと速攻立ち去った。こちらは少しでも長く話したかったが、公太はこれ以上明生と詩織とは話したくなかったようだった。麻友は詩織に向かって小さく頷き、公太の後を追いかけた。

 麻友は公太に目撃した事を話し、もうやらないで欲しいと言うつもりだ。でも、公太がどう出るのか、とても詩織は気になった。

「お父さん、どう感じた?」

「……随分と心を閉ざしているね」

 この感じは以前、マリコの声を聞いた時に似ていた。自分の感情を誰かに知られたくない。もしくは見られたくない。明生はそんな印象を受けた。


 その頃、歩きながら麻友は公太にどう話そうか、タイミングを見計らっていた。

「な、何か、今日のそのシャツ、カッコいいね」

「そう? これ、お母さんが前に作ってくれたやつ。ちょっと大きかったから着れなかったんだけど、やっと着れる様になった」

 とても嬉しそうに話す公太に、益々言い出しにくくなった麻友だが、勇気を振り絞り、

錦マンションの落書きをしていた所を見てしまったと話した。


「落として行ったでしょ? あの化粧品。私が拾ったの」


「……そうか。ごめん、見なかった事にしてほしい」

「もうやらないよね?」

「うん」とは言ってくれず、公太は麻友から目を逸らした。

「ちゃんと警察に行った方がいいと思う」

 麻友は不安になり、公太に迫った。

「そんな事したら、母さんに何て言われるか……それは出来ない!」

「じゃあ、何であんな事をしたのか教えて」

「話せない」

「どうして?」

「どうしても……ごめん……話せないんだ」

「じゃあ、私が警察で話したらどうするの?」

「話すの?」

「だって、警察はだれがやったのか、もう分かってるって噂だよ。このままだと絶対に捕まるよ」

「知らないって言うよ。見間違いじゃないかって言う。だから何も言わないで。もうすぐ終わるから」

「そんなこと言っても、誰かに見つかったら……」

「大丈夫だって」

 そう言うと、公太は走り去った。

 麻友は泣きそうな顔をして公太の後ろ姿をじっと見つめていた。


 晴美は詩織に「いい加減何か書いたら?」と言われ、何となくパソコンに向かっていたが、一向に書けず、ネットで「事件ファイル」を読んでいた。

 その「事件ファイル」に、『凛の森』という宗教団体の記事がある。それは今から三年前に、熱心な信者が行きすぎた修行を強要し、多くの信者を死なせたという内容の記事だった。

 晴美はその記事の概要欄に表示されている『凛の森』のシンボルマークが気になって仕方がなかった。緑色の木を模った上に『凛』の文字が重なっているデザインの物で、確かに見覚えがあった。


「あっ! 里村さんの家!」


 その時、里村家の門にセールスお断りのステッカーなどと一緒に貼られていた、緑色のステッカーを思い出していた。かなり掠れていたが、『凛』の文字の一部がはっきりと残っていたように思えた。

 一時期ワイドショーやニュースは、この事件ばかり取り上げていた。当時、殆どその類の番組は見ていなかった晴美でさえ、その事件は記憶にあった。なので『凛の森』のマークをどこかで覚えていたのだ。

それに前、詩織が蓮に里村家の事を尋ねた時、確か呪文の様な物が聞こえるなどと言っていた事を思い出した。


「『凛の森』は多くの信者が亡くなって、間もなく教祖も亡くなったから、表向きでは消滅したと言われてるんだけど、一部の信者がまだ隠れて信仰してるって噂なの。公太くんのお母さんは多分、その宗教に入っていて、公太くんの悩みはそこにあるのかもしれない」

 帰って来た明生と詩織、大谷家に寄った麻友の話しを一通り聞いた後、晴美はネットで見た『凛の森』の事を話していた。

「公太くんのお母さんが宗教にはまってるって知ってた?」

 テーブルの上の宅配ピザを摘みながら詩織は麻友に尋ねた。今日はネットに夢中で、晴美は食事の支度が出来なかったらしい。

「ちょっとだけ聞いた事あるけど。でも、どんな宗教だとかは知らない。ただお母さんは、お父さんがいなくなってから宗教に入ったって言ってた」

「何でいなくなったの?」

 詩織が麻友の皿にピザを運ぶ。

「公太くんが九歳の頃、他に好きな人が出来て、お父さん出て行ったんだって。それからお母さん、変わっちゃったんだって」

 少し話しづらそうに麻友が答えた。

「公太くんのお母さんってどんな人なの? 会った事ある?」

「一度だけ。ドラッグストアで公太くんと買い物してるところ見ただけだけど」

「お仕事は何をしてるのか、聞いたことある?」

「今は何もしてないと思う」

「マジで? どうやって生活してんの?」

「ストップ! ちょっとストップして」

 明生が麻友にどんどん質問する詩織を止めた。

「質問は後にして、ピザが冷めるよ。さぁ早川さん、食べて」

「そっか、ごめんね。食べよ食べよ……あれ? 早川さんってチーズ苦手じゃなかったっけ?」

 ピザを食べながら、詩織が思い出した様に言った。

「あ、ごめんね。うっかりしてた。何か他に作るわ」

 と晴美が立ち上がった。

「いえ、大好きです。ごめんなさい。あの時は嘘付いて……」

 恥ずかしそうに麻友は俯いた。

「あっ、そうだ。まだ謝ってなかったわね。前はここで早川さんの事、三人で犯人扱いして締め上げるような事をしてごめんなさいね」

「そうだ。本当に悪かったね」

 晴美と明生が謝ると、麻友は手に持っていたピザを皿に置いて、首を振った。

「いいえ。私が悪かったんです。嘘ついたから。あっ、私嘘ばっかりついてる」

 そう言うとちょっと恥ずかしそうに笑った。

「あっ、そうだ! 早川さんのお母さん『SとNの日記帳』持ってて、好きだったんだって」

「えー! 本当?」

「だから、他の作品、早川さんに貸してあげてよ」

「勿論!」

 晴美が本棚から『虹色らぶれたあ』『桜、咲く頃に会いましょう』を出した。

「ありがとうございます」

 麻友は嬉しそうに本を受け取った。

 明生は前に感じた麻友の心の寂しさや苦しみが少し和らいだ様な気がした。次は一日でも早く、公太の心が楽になればいい……と強く思っていた。


 ピザを食べた後、詩織の質問にすべて答えて麻友は帰って行った。

 暗くなったので晴美と詩織が麻友を家まで送っていったのだが、まだ父親の壮介は帰っていないようだった。お店を閉めて帰ってくるのは夜の十一時だという。でも、塾がある日は塾まで迎えにきてくれるので、家に一人でいる時間が長いのは塾のない二日だけらしい。晴美は心配になり、せめて里帰りから新しいお母さんが戻ってくるまでは、いつでも家に遊びに来てね、と言った。詩織も時々苦手な算数を教えに来てほしいと頼んでいたが、きっと勉強なんて口実で、部屋で遊ぶつもりなのだろうと晴美は詩織の魂胆を見抜いていた。でもなぜか、麻友といる時の詩織は、他の友達といる時と、どこか違うように感じられた。


 帰り道、少し遠回りして公太の家の前を通ってみた。

 麻友の話によると、公太の母親は生まれた時からあの家に住んでいて、結婚してからもずっとあの家に住み続けている。公太が小学校にあがる頃までは、父親、母親、祖父母と五人で生活していたらしい。今では祖父母が亡くなり、その後に離婚した為、今の母子家庭になっている。


「公太くんのお母さん、はっきり言ってお嬢様だよね。だって働かなくても生活できてるんでしょ?」

 と詩織が羨まし気に言った。

「でも、一応働いていた時期はあったんでしょ」

「お嬢様の道楽じゃない? 暇つぶしー」

 それはどうか分からないが、麻友の話によると公太の母親は中栄町の文化センターで洋裁を教えていたらしい。中栄町はこの町から電車で四十分ほどの、オフィス街から少し外れた町だ。おしゃれな店が立ち並ぶ、会社の帰りに立ち寄るところが沢山ある繁華街で、晴美も若い頃はよくこの辺で遊んでいた。


 家に戻ると、明生は疲れたのかソファーでうたた寝をしていた。詩織もすぐに部屋にあがって眠ってしまった。

 晴美は気になって、すぐに中栄町の文化センターを検索した。中栄町には文化教室が四件あり、その中で洋裁を教えている教室は、白鳥文化センターと立華文化センターと二件あった。それぞれのホームページを見てみると、講師のプロフィールや顔写真などがあり、その中には「里村」の名前はなかった。もうすでに辞めているし、名前がないのは当然だった。その時、白鳥文化センターには昼の講座と夜の講座の部に分かれているのに対し、立華文化センターは夜の講座しかない事に気が付いた。公太がいるのに、夜の講座の講師をやっていたとは考えづらい。晴美は公太の母親が講師を務めていたのは白鳥文化センターだと判断すると、白鳥文化センターについていろいろ検索してみた。

 すると、「元受講生の活躍」というコーナーに、ジュピターの顔写真と最近の活躍が記されたものがあった。そういえば、ジュピターが占い師になる前、中栄町でOLをやっていて、その頃会社帰りにいろいろな習い事をやっていたというのを、明生から聞いたことがあった。電話してジュピターから情報を得ようか? と思ったが、晴美は久しぶりにジュピターと仙石に会いに行こうと明生を誘った。

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