犯人の告白
次の日の放課後、晴美と明生は麻友を待ち伏せした。
「じゃあ、私は先に家に戻ってるから、明生さん頼んだわよ」
「大丈夫だよ。任せて」
明生は白杖を器用に扱いながら麻友が歩いている方に進んでいく。
麻友の後ろを歩いている明生をじっと晴美は見守っていた。
「あ、あの……誰か近くにいませんか?」
少しワザとらしく、明生は麻友が歩いているであろう方へ向かって声を掛けた。
「あの……どなたかいませんか? ちょっと道を教えてほしいのですが」
麻友が後ろの明生に気付き、近づいてくる。
「どうしたんですか?」
「ちょっと散歩に出かけたんですが、道に迷ったようです。ここは……どこですか?」
「花道小学校裏の、交差点近くです」
「あっ……そうですか……悪いんですが、見ての通り目が不自由なんです。家まで連れて行ってくれませんか?」
やはりワザとらしく、明生は困った顔を作った。
「どこですか?」
「花道町一丁目です」
「私のランドセルに摑まって下さい」
麻友はとても優しい口調で自分のランドセルに明生の手を置いた。
「ありがとうございます」
「いいえ、大丈夫ですよ」
明生と麻友が歩き出すのを確認すると、晴美は急いで家の方に向かった。
「お家に帰るのに、遠回りさせちゃったかな」
「いいえ、同じ方角だから大丈夫です」
と、やはり優しい声だ。その声を聞いて明生は、どこか寂しい印象を持った。きっと引越して間もない為、不安や心配事がいろいろあるのだろう。もう少し話してみたいと思った。
「同じ方角ならお家は花道町ですか?」
「はい、二丁目です。越してきて間もないので、あんまり詳しくはないですが……あっ、この辺が一丁目ですけど……どこの家ですか?」
「大谷です」
「大谷……って、まさか大谷さんの……」
「えっ?」
「あっ、私、大谷さんと同じクラスなんです。じゃ、じゃあ占い師で、霊感があるって……あっ、目が……」
思わず麻友は明生から離れた。
「あら、明生さん! どこに行ってたの?」
わざとらしく晴美が駆けてきた。麻友は急いでその場から立ち去ろうと後ずさる。
「お茶でも飲んで行ってちょうだい。丁度おいしいチーズケーキがあるの」
「いいです。チーズ苦手なんです」
今度は詩織がやって来て、「あれ? 早川さん!」とやっぱりわざとらしい。
そして、晴美と詩織が麻友を無理やり家に連れて行った。
麻友は何が何だか分からない内に大谷家のリビングにいた。
「改めて。こんにちは。詩織の父です」
「は、早川麻友です……」
緊張してソファーに浅く腰かけている。
「あっ、母です。早川さん、楽にしてね」
と紅茶が入ったマグカップを四つ、テーブルに並べた。
一人掛けのソファーに明生が座り、麻友を中心に晴美と詩織が座った。
麻友は、ますます緊張してずっと下を向いている。
「兄弟とかはいないの?」
まず晴美が当たり障りのない質問をした。
「はい……いえ、弟がいます」
「そう。転校してきたのよね? どこから……」
晴美の質問は続いたが、どうやって話を切りだすのか、詩織は気にしながらマグカップに手を伸ばした。
その時、明生がいきなりストレートに話し始めた。
「そういえば詩織、最近の落書き事件、どうなった?」
「ど、どうって……?」
詩織は慌ててマグカップの紅茶をこぼしそうになった。
「僕はね、何か見えるんだ。犯人の姿がね」
「お父さん、そ、それ本当? どんな?」
詩織はやっぱり大袈裟にリアクションした。
明らかに麻友の顔が動揺した様に感じられたので、ここではっきり訊いてみようか「あなたをマンションの前で見たんだよ」と。
でも、あのモゾモゾ声の麻友がいつもよりはっきりとした口調で質問した。
「あの……大谷さんのお父さんって、本当に霊視とかするんですか?」
「霊視ってほどじゃないけど。でも、何かを感じる事はできるよ」
急に麻友が席を立った。
「私、帰ります」
「早川さん、隠してもダメだよ。私あなたがマンションから出て来るの見たの」
「えっ……」
更に動揺した麻友だが、諦めたのか再び席に座った。
「お父さんには言わないで下さい!」
「認めるのね?」
もしかしてやっていないと、一度はシラを切るものかと予想していた詩織は、ちょっと拍子抜けした。
「今、お父さん、仕事で忙しいから……心配かけられない……」
「それなら最初からやんなきゃいいじゃん」
「詩織、訳を聞こう。良かったら話して欲しい。早川さんは悪気や悪戯であんな事をしたんじゃないと僕は思うから……」
明生がそう言っても、麻友はなかなか話そうとしてくれない。
麻友が話してくれるのを、三人でひたすら待った。
「あのさ……早川さんって友達欲しくないの?」
沈黙を詩織が破った。
「いつも一人だし、一人が好きならいいけど、でも私は早川さんがどんな子なのか知りたいって思った。いつも大人しい早川さんがあんな大胆な事をやるって事は、きっとその裏には大きな大きな何かがあるんだって」
ずっと下を向いていた麻友がゆっくりと顔を上げた。
「……ごめんなさい……ストレス……がたまっていてイライラして……落書きをしたらスッキリして……だから、やめられなかった……」
「マジで?」
まさか麻友の口からそんな言葉が返って来ると思わず、詩織と晴美は顔を見合わせた。
「やっぱりお父さんに言わなきゃダメ?」
とても心細気に尋ねた。反省してる様だし、このまま出来る事なら、なかった事にしてあげたい。でも、そんな訳にはいかない。
「そうね。まずご両親にお話しして、それから一緒に警察へ行って……」
そう晴美が言うと、麻友はただ頷き、とても暗い顔をして席を立った。
「早川さん、ごめんね。何か騙すみたいに家に入れて。でも、どうしてもあなたと話がしたかったんだ」
明生がそう言うと、麻友が首を横に振った。
「いいんです。悪いの私だから……」
「悪い? でも僕は、ストレスとかイライラとか、そんな事で落書きをしたとは思えないから……何か、あるんじゃないかと感じるんだよ……」
堪らず、そのまま出て行こうとする麻友を明生は呼び止めた。
「詩織と友達になってあげてくれませんか?」
「お、お父さん、なに急に……」
「私と話しててもつまんないし、やめた方がいいです。それに大谷さんは友達が沢山いるから私と友達になんてならなくていいと思うし……」
そう言うと、ちょこんと頭を下げ、出て行った。
晴美が追い掛けようとしたが、詩織が「私が行くよ」と後を追った。
そして大谷家の門から出て、駆け足の麻友を引き止めた。
「待ってよ。早川さん、送ってくよ」
「一人で帰るからいい」
思わず麻友の腕を掴んだ詩織は、麻友の横顔から何か光る物を見た。
「早川さん……」
涙を隠す様に走り去る麻友を、詩織はモヤモヤした気持ちで見送った。
その夜の大谷家は暗かった。
「何か三人で、あの子を締め上げる様な感じになっちゃったわね」
「ほら、だから言ったじゃん。私はそんなつもりじゃなかったもん……お父さんが力になりたいとか言うから……」
「……そうだな、結局は何の力にもなれなかったか……でも詩織がこれから早川さんの友達になって……」
「勝手な事言わないでよ」
「でも、早川さんの事、もっと知りたいって言ってたじゃないの」
「そう思ったけど……なんかあの子、超複雑そうじゃない? 私単純だから合わないんじゃないかな」
「そんな事はないよ。早川さんはそんなに複雑な子じゃない。とっても純粋な子だと思う。だから寂しさやストレス発散で、あんな事をする訳ないよ」
「私もそう思うわ。ねぇ詩織、また家に来てねって伝えといて」
「えっ? 無理! 今日みたいな事があって来る訳ないでしょ?」
詩織は明日、分団で会いづらいだろうな……と思い、気が重かった。




