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第7話 「起動せよ!巨大ロボ!起動せよ!起動せよ!! 」

1. 惑星ダイカジューイ

惑星ダイカジューイ第3庁舎 3階市民窓口


「おい、小出! この『住民税決定通知書』の世帯構成の枠線を見ろ! 線の太さが、去年の通知書より0.5ミリ細いじゃないか!俺の人生を、お前たちの事務ミスで汚すな!!」

窓口のカウンターを、初老の男性・呉霧くれぎり氏の拳が激しく叩いた。

「線の太さで呉霧様の人生が…ですか。……かしこまりました。プリンターのトナーのノズル詰まりかもしれません。予備の用紙に、全力の力加減で印刷し直させていただきます」

「当たり前だ! 事務の基本を忘れるな!」


ひとしきり難癖をつけ終わり、呉霧氏は鼻を鳴らして窓口を去ろうとする。その背中に、小出が声をかけた。

「呉霧様! 傘をお忘れですよ」

カウンターの端に立てかけられた古びた傘。呉霧氏は一瞬足を止め、それを不機嫌そうにひったくった。

「……おい、小出! そんな配慮ができるなら、その配慮をもっと業務のスピードに反映させてほしいもんだな! 税金泥棒め!」

呉霧氏が若手職員に誘導され、「おい、オマエ!引っ張るな! そんなに早く歩けるか!」と文句を言いながら庁舎を出ようとした、その時だった。


2. 「音速」の過大評価

――シュンッ!!

物理法則を無視した瞬間移動と共に、庁舎の目前に高さ5階建てのビルほどもある巨大な影が現れた。

「あれは……『デベロッパー・ザウルス』! 宇宙の地上げ屋共が放つ、惑星開拓用の生体重機です!」

オペレーターの悲鳴が通信機に割れる。

「奴が現れた土地は、あらゆる建築物ごと『更地』にされ、勝手に他惑星の富裕層へ転売される……。奴にとってこの街は、単なる『開発予定地』に過ぎないんです!」

怪獣の爪が庁舎を抉り、小出は緊急召喚された。


ホログラムの総務部長が叫ぶ。

「来たか、小出君! 君は起案決裁後の『施行しこう』(※)が速すぎて『音速の施行子おんそくのしこうし』と呼ばれていると聞いているぞ! 今回の起案も音速であげてくれ!!」

※「施行」とは、決裁された内容を、実際に外部へ郵送する等、実際の効力を発生させることを指します。


小出はボソリと呟く。

「(決裁後に書類を施行し忘れるのが嫌だから、決裁が下り次第、即施行してるだけなんだけどなぁ……)」

ホログラムの総務部長がさらに別のホログラムに巨大な設計図を投影する。

「これこそ、銀河行政機構が誇る広域多目的執行システム、名称『キアン(起案)』だ!」

そこに描かれていたのは、洗練されたロボットとは程遠い、「歩く合同庁舎」だった。

事務用品のような「くすんだグレーベージュ」のボディ。コンクリート打ちっぱなしを思わせる四角い装甲。肩には書類用キャビネットのようなミサイルポッド、背中には巨大なゴミ収集車型ブースターを備えた、圧倒的に無骨な「予算の塊」である。

総務部長「この巨大ロボを速やかに起動し、あの大怪獣をやっつけてきてくれ!」



3. 決裁の回廊 ―32個の断頭台―

合議あいぎ32箇所……正気かよ」

小出は、血の気が引く思いでキアン起動にかかる決裁文書の表紙(鑑)を睨みつけた。

怪獣デベロッパー・ザウルスの咆哮が、庁舎の窓ガラスを激しく震わせる。緊急非常事態に伴う特殊兵器『キアン』の起動には、システム障害を想定した「現物(紙)への押印」が規程で義務付けられていた。

小出は、重厚な印影が並ぶはずの空白の決裁欄を抱え、第1庁舎の階段を駆け上がった。

「財務部、財政課!! 予算按分案、持ち回りでお願いします!!」

扉を蹴破らんばかりに飛び込んだ小出に、財政課長は眉をひそめて老眼鏡をかけ直す。

「小出君、慌てなさんな。キアンの光熱水費の按分だろ?あれは第1庁舎と第3庁舎の比率が不明確だ。補佐を通したのかね?」

「補佐はさっき避難誘導で外へ行きました! 『不在ふざい』でお願いします!!」

小出は補佐の欄に自ら『不在』と書き殴り、課長の目の前に書類を突きつけた。

「施設保全課との合議は?」

「後で必ず見せに行きます、『後閲こうえつ』です!! 判子を!! はやく!!」

ドン、と乾いた音が響く。1つ目。

小出はそのまま第2庁舎へ走る。エレベーターは既に非常停止している。

「はぁ、はぁ……次は、通学課だ!!」

肺が焼ける。額から流れる汗が書類を汚しそうになり、小出は自分のネクタイで必死にそれを拭った。

通学課長は、窓の外で庁舎の壁を削り取っている怪獣を見ることなく、小出の書類を精読し始めた。

「……通学路の安全確保に関する意見書が足りないな。前例では……」

「前例なんて、今、怪獣が踏み潰してます!! 課長、判子を!! 判子をください!!」

「規程は規程だ。……まあいい、君の熱意に免じて今回は『後閲』を条件に認めよう。特別だぞ?私だからこんなことを許してやるんだからな?」

ドン。2つ目。……まだ30箇所残っている。

小出の「持ち回り」はもはや肉体労働だった。

「管財課長、不在! 不在処理!!」

「契約検査課、課長は…トイレ!? うー、不在は無理か!」

トイレに駆け込む小出

「出ろ!ドンドンドン!出ろ!ドンドンドン!出ろ!出ろ!早く出せ!!判子押せ!!!!」

廊下を走る小出の横を、避難する職員たちが通り過ぎていく。

「小出さん、何やってるんですか! 早く逃げて!」

「決裁だ!! 判子が……判子が足りないんだ!!」

狂気すら宿した目で叫ぶ小出に、同僚たちは絶句して去っていく。

3階、4階、5階。階段を往復し、各課の「判子持ち」を捕まえては、一刻を争う怒号と、事務職としての執拗な確認作業を繰り返す。

怪獣の爪が第1庁舎の天井を剥ぎ取り、書類の山が強風に舞い上がる。

「あと、一つ……。最後は……総務部長!!」

小出はボロボロになった書類を抱え、最上階の部長室へ転がり込んだ。

「総務部長!! 31箇所、合議完了しました!! 最終決裁を!!」

総務部長は悠然と立ち上がり、小出の持ってきた書類を一枚一枚、捲っていった。

「小出君。今回の決裁は、少し強引じゃないか? 『不在』が多すぎる。後でしっかり『後閲』をもらっておきたまえよ」

小出は、膝をつき、肩で息をしながら、部長の持つ「印鑑」だけを凝視していた。

(早く……。早くしろ……。押せ……。押せ……!)

「……よろしい。承認する」

ドン。

32個目の重厚な印影が、血の滲んだ決裁書に刻印された。

その瞬間、小出の瞳に宿ったのは、事務職としての冷徹な「完了」の光だった。

「――決裁、完了。これより『施行しこう』します!!」

小出は、もはや悲鳴を上げる筋肉を無視し、「照会!」の声と共に地下格納庫へと続くシュートへ飛び込んだ。



4. 「施行」への階段

ようやく32個の印影ハンコが揃った。オヂェフは地下格納庫へ走り、キアンのコックピットへ滑り込む。

オヂェフは高性能「事務用回転チェア」に深く座り、職員証をカードリーダーに通す。

オペレーター:「起動シークエンス! 第1庁舎!オールグリーン!第2庁舎!オールグリーン! ……第3庁舎!システム…イエロー! 3階に逃げ遅れた住民がいます!」

オヂェフ:「なぜだ!? 第3庁舎の避難は完了していたはずだ!」

オペレーター:「住民一名、文書保存庫付近へ再進入。……傘を……取りに帰っています!!」

財務部長:「この緊急時に、傘なんか!! オヂェフ、イエローならもう起動可能だ! 住民には直ちに(ただちに)影響はない! 即刻起動を『施行しこう』しろ!!」

オヂェフの指は動かない。

「……起動施行……しません!第3庁舎はキアン起動後に戦闘で甚大な影響が出る箇所です!」

財務部長:「 このままでは1兆銀河ドルの庁舎資産が全損になるぞ!早く施行しろ!」

オヂェフ:「呉霧氏は足が悪い! 通常の避難基準では命の保証はできません!!」

財務部長:「君は『音速の施行子』なんだろうが!早く施行しろ!」

オヂェフ:「市民を護らずして、何が公務員か!!そんな二つ名なら今この場で返上させていただきます!」

オヂェフはハッチを開け、第3庁舎内へと駆け戻った。


5. 市民課の叫び

崩壊を始めた第3庁舎内。呉霧氏は瓦礫の陰で、震える手であの古びた傘を握りしめていた。

「呉霧さん! 早く、こちらへ!!」

オヂェフが呉霧氏を抱え上げた瞬間、衝撃波で天井が崩落。オヂェフの脇腹にコンクリートが激突した。

オヂェフ:「ぐわああああああ!!」

肋骨が折れる鈍い音が響き、激痛に涙が溢れる。

オヂェフ:「ああああああぁぁぁぁぁ!!」

呉霧:「おまえ…小出…なのか?」

呉霧は割れたバイザーから覗く見知った顔に驚愕する。


オヂェフ:「あぅぅぐぅああああああああ!!」

呉霧:「…って、うるさいな。ヒーローなんだから肋骨ぐらい折れても『アバラが2・3本イッたか…』ぐらい呟きながらそのままカッコよく戦ってくれよ」


オヂェフ「私は!! 元々!! 市民課の窓口担当だ!!」

小出は血を吐きながら絶叫した。

「対怪獣戦闘はおろか、対人戦闘研修だって受けたことはない! 痛いんだよ!! 怖いんだよ!!」

通信が割って入る。

財務部長「なら早くキアンの起動を施行しろ!」


「それでも!!住民を!!蔑ろにすることだけは!絶対にできない! それが……公務員の『仕事』だろ!!」

オヂェフはボロボロになりながら、呉霧氏を安全な区画へと送り届けた。


6. 即時執行ソクジ・シッコウ

「……住民の安全、確認。……キアン、起動……施行しこう!!」

地底から轟音と共に、巨大なグレーベージュの質量の塊が立ち上がった。

コックピットに戻ったオヂェフは、震える手で操縦桿を握り、外部スピーカーのスイッチを入れる。

「……惑星ダイカジューイ行政機構より告げる。貴殿による土地の不法占拠及び器物損壊を確認した。直ちに現状を復旧し、速やかに『退去たいきょ』することを勧告する」

事務的で平坦な声。だが、デベロッパー・ザウルスはそれを嘲笑うかのように咆哮し、すでに深く抉り取られたキアンの胸部――『第3庁舎』へ、トドメの巨爪を叩きつける。


「『前例踏襲堅持アブソリュート・シールド』展開!!」

小出は左手である第2庁舎を巨爪の前に割り込ませると、第2庁舎を構成する分厚い装甲から、眩いばかりの数式と条文の光が溢れ出す。

「第2庁舎は建設以来、一度のクラックすら記録エビデンスに存在しない! その前例踏襲を『堅持』する限り、この防御が破れることは決して無いのだ!!」

物理法則を無視した「前例踏襲」は、どんな暴力にも屈することはない絶対防御なのだ!

「……退去勧告を無視したうえ、業務遂行中の公務員に対し暴力的抵抗を確認。本件を『公務執行妨害』と認定し、これより実力による『行政代執行』へと移行する」

小出の眼前に、走り回って集めた32個の印影が、夕焼けのような黄金色の輝きを放つ。

「この街の図面に、貴様のような『不穏』は一箇所も記載されていない。……平和な日常という名の真理を強制するため、その存在を、あるべき元の姿へと差し戻させてもらう」

右腕(第1庁舎)が変形し、巨大なスタンプ型ハンマーが展開された。

破壊の力ではない。それは、世界を「正しい記録」へと書き換えるための、圧倒的な平穏の光。

「これより、『原状回復げんじょうかいふく』を施行する。――失せろ、不法占有者!!」

『ソクジ・シッコウ・ブレイカー!!』

怪獣の脳門に、巨大な「承認済」のエネルギー印が叩き込まれた。

その力は「倒す」ではなかった。空間を「怪獣などいなかった平和な今日」へと強制的に上書きする力だった。法的・物理的に存在を拒絶された怪獣は、黄金の光の中に霧散し、後に残されたのは、深い静寂と、夕焼けに染まるいつもの街並みだけだった。




7. エピローグ:修理代


数日後。仮設テントの窓口に、呉霧氏がやってきた。

「……おい、小出。……この傘はな。」

呉霧氏は語りはじめた。

「亡くなった女房が、俺が初めての給料で買ったのを大事に修理しながら使ってくれていた……形見なんだ」

呉霧氏は、柄に刻まれた『恵子』の名を愛おしそうに撫で、小出を見つめた。


「……おい、小出。……あの『世帯構成』の枠はな。」

小出も呉霧氏を見つめる。

「俺とあいつ(妻)が、まだこの世で繋がっている唯一の『囲い』なんだよ。

役所がよ、毎年送ってくるあの紙切れ一枚だけが、俺たちがここで一緒に生きてきたってことを、公に証明してくれる。あいつの名前はもう籍からは消えちまったが、俺の心の中じゃ、あの枠の中にまだ二人で住んでるんだ。

なのに、今年の通知書を見たとき、震えが止まらなかった。

線の色が薄くてよ……細くてよ……まるで、役所が『もうお前らの家庭なんて消えかかってるだろ』って言ってるみたいで、怖くて仕方がなかったんだ。

枠が壊れちまったら、あいつが……恵子が、どこか遠くへこぼれ落ちちまう気がした。だから、絶対に消えない太い線で、囲い直してほしかった。俺の人生を、お役所の都合で『薄く』されたくなかったんだ。…怖かったんだ。」


呉霧氏は一瞬、言葉を詰まらせた。

「……おい、小出。…おまえは、あの紙きれ一枚の重さを分かってくれた。……ありがとな、小出さん」


呉霧氏が去った後、総務部長のホログラムが現れた。

「小出君! 見事な施行だったな! ところで、君が起動を遅延させたせいで半壊した庁舎の修理代3000億銀河ドルだが……」

小出は静かに目を閉じた。

「私の給与から天引きですね。覚悟はしています。支払いきれる気はしませんが……責任は取ります」

総務部長: 「いや! その修理代なんだが、呉霧氏が6000億銀河ドルを昨日寄付してくれたんだよ! 修理してもお釣りがきたよ! 儲かった!! 良かった良かった!!」 シュンッ!!

小出は呆然として、呉霧氏が去っていった窓の外を見つめる。

「呉霧氏……さっきはそんなこと一言も……」

小出二郎は、折れた肋骨を抑えながら、短く笑った。


ナレーション

たとえ一兆の資産が瓦礫と化し、自らの肉体が悲鳴を上げようとも。

老いた市民が「形見の傘」を掲げ、通知書の「0.5ミリの枠線」が再び日常をふちどったのなら。

激闘の爪痕さえも「原状回復」された銀河の記録には、不敵なほど平坦な一言だけが残される。

――「本日、異常なし」


宇宙公務員オヂェフ。

彼は英雄ではない。ただ、ひたすらに『公務員』であるだけなのだ。

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